騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第十一節 初夜

公開日時: 2021年5月28日(金) 12:00
文字数:5,278

 アンナと出掛けてから数日後。今日はシェリーが俺の家に泊まりに来る日だ。陽が昇っているうちは『用事がある』との事で、夕方ごろに待ち合わせ場所へ向かうらしい。

 今は午後六時頃──そろそろ陽の沈みが始まる頃だろう。夕陽に照らされた雲は焦がされたかのよう。薄水色の空の下、俺は家を出て近くの本屋へ足を運んだ。


 その本屋は、かつてエレと一緒に向かった場所とは違ってとしている。その分、品揃えもあまり豊富ではないので俺は立ち寄らないが、読書好きのシェリーにとっては申し分ないようだ。


 中に入ると、中央にある三列の本棚が目につく。奥に伸びたその空間はやや狭く、立ち読みする人を横切るのにも精一杯だ。

 ふと視線を左の方に向ければ、ワンピース姿のシェリーが文庫本に夢中になっている。……あそこは確か月夜想つきやそう小説があるとこだよな? 明るいうちからを読む辺り、俺と好みが近かったりして──。


 静かに歩み寄ってみると、シェリーは俺と目が合うや身体を飛び上がらせた。


「はわわっ! アレックスさん」

「悪いな、驚かせて」


 彼女は慌てて本を棚にしまった後、身体を俺に向けるも両手を後ろで組んで顔をそらす。……赤面してるとこも、やっぱ可愛いな。


「あの、今の……見てませんよね?」

「何も」


 それは真っ赤な嘘だが、いくら恋人と云えど詮索はよそう。

 シェリーは安堵の溜息をつき、胸を撫で下ろす。彼女が着るベージュのワンピースは、ブラウスのように裾までボタンが付いている。加えて、透けた生地のスカートがウエスト部分から膝下にかけて重なる──という不思議な作りだ。春に会ったときも白く狭い肩を露出させたし、今回もそういう格好なのは彼女の好みかもしれない。


 俺が「じゃあ、行こうか」と促すと、シェリーが後からついてきた。彼女が俺に追いついて横並びで歩くものの、さっきから周りを気にしてばかりだ。余程俺らの関係を知られたくないのだろう。


「心配すんな。これも『大事な親睦』だ」

「そ、そうですよね!」


 手を繋げないのはちょっと寂しいが、ここは気丈に振る舞おう。いくら家の近くとはいえ、誰が見ているか判らない。

 辿り着いた先は、長方形の窓が複数設置されたクリーム色の建物。此処が俺の住むアパルトマンであり、一部のバルコニーからは草花が生い茂る。玄関をくぐってしばらく階段を昇った後、シェリーを自分の家に招いた。


 何の変哲もない場所だと云うのに、シェリーは部屋に入るたび感嘆の声を上げる。彼女が台所に着くと、俺は普段使いのエプロンを差し出した。


「食材、言われた通り買っておいた」

「ありがとうございます! あの、全部でいくらでした?」

「んなの気にするな。お前の飯はタダじゃねえ」

「そ、そんな……!」


 せっかく作りに来てくれるのに支払わせるなんて、何処の過ぎた倹約家だ。それにもし食材を買わせていたら、幸せそうに立ち読みする恋人なんて見れないだろうよ。

 シェリーはワンピースの上からエプロンを重ね、髪を一纏めにする。……服はちゃんと着てるはずなのに、ノースリーブのせいで正面から見ると裸に見えてしまう。いっそのこと、何も着ずに──って妄想は止そう。油が跳ねて火傷したら大変だからな!


「アレックスさん、えっちな事考えてます?」

「またって何だよ! 俺そんなスケベに見えるのか?」

「ええ」


 即答かよ。しかも笑顔で言わないでくれ、傷つくから。

 いよいよシェリーが調理に取り掛かったので、俺は食卓に着き雑談しながら待つ。この時点でかなり腹が減っていたが、彼女が手際良く作るおかげで完成までの時間が短く感じた。


 主食は、小エビを入れたトマトクリームのパスタだ。クラムチャウダーや副菜など、卓上はたちまち華やかに。シェリーが向かいの席に着いた後、早速フォークを掴んだ。

 フォークを回転させ、麺やクリームを絡め取る。それからエビを突き刺すと、ぷちっと弾ける音が聞こえてきた。いよいよ口の中に入れた瞬間、全てがどうでも良くなるような幸福感を覚える。


「あの、お味はいかがですか?」


 これは……美味い……。エビは弾力があるし、パスタも丁度良い歯ごたえだ。トマトクリームだって、牛乳と合わさるおかげで味わいがとても優しい。もし余りがあるなら、是が非でもお代わりしたくなるものだ。

 もっともっと噛み締めていたい。けれど、その刹那にも必ず終わりは訪れる。俺はこの幸せを更に味わいたくて、次から次へと手を伸ばしたくなるのだ。


「最高だよ。これからも作りに来てほしいくらいだ」

「お望みなら、いつでも駆け付けますわ。そこまで美味しく食べてくださるなんて嬉しいです……」


「できることなら、今すぐ一緒に暮らしたいさ」

「ちょ、ちょっと! どうしてそんなこと平気で言えますの!?」


「俺は本当の事を言ったまでだ。美人で優しいし、料理が美味いだけじゃない。俺たちはお前の霊力ちからに助けられてるんだよ」

「もう、やめてください……! 恥ずかしくなります……」


 ああ、俺はこういう生活を待ち望んでいたんだ。昔も似たような事をしてきたが、今までとは全く違う感覚だ。

 それに……どこか懐かしい感じもするんだよ。遥か昔、シェリーに似た女と過ごした気がする。はて、それは何だったかな……。


 考えていても仕方ないので、俺は食事に集中して全てを平らげた。他の飯も美味かったし、腹持ちも十分。こんな女、他のヤツには明け渡せねえよ。


「シェリー。今日のためにワインを買ってきたんだ。一緒に飲まないか?」

「良いですよ」


 俺は彼女をリビングに通した後、台所から赤ワインとグラスを取り出す。それからソファーに腰掛けて一緒に乾杯した後、色んな話題に花を咲かせた。

 しばらく雑談していると、シェリーの頬に赤みがさす。うっとりした表情で俺を見つめた途端、妖艶なムードが高まり始めた。


「あの、アレックスさん……」

「どうした?」

「良かったら、一緒にお風呂に入っても良いですか?」


 シェリーが唇を薄く開かせ、両脚をもぞもぞと動かす。その様子を見てを考えずにはいられない俺は、彼女の耳元でこう囁いた。


「俺と一緒に入って、どうしたいんだ?」

「……っ!」


 彼女の口から艶やかな吐息が漏れる。だが彼女は答えるどころか、目を泳がせながら脚を依然と動かすだけだ。そこで俺は、滑らかな肌の上で指先を走らせる。


「お前の口で言ってみろ」


 身体を仰け反らせ、喘ぎ声を上げ始めるシェリー。何度も求めてくるが、敢えて期待に添えない。すると彼女の目尻には涙が浮かび、断片的ながら言葉を紡ぎ始めた。


「……抱いて、ください……あなたが、満足するまで……」

「お前も変態だな」


 ゆっくりと手を離し、彼女の唇に軽くキスをする。それから背中に手を回して一緒に立ち上がると、そのまま風呂場へと足を運んだ。


 接吻を交わしながら、互いの服を脱がしていく。仄かな汗臭も、場を盛り上げるために不可欠な要素だ。曲線を描いた肢体を指でなぞれば、彼女は腰を妖しく動かす。

 感極まったところで中に入ると、シェリーは限りなく奉仕をしてくれた。


「ああ! もう我慢できねえ……!」

「ひゃあ!」


 当然、そこまでされたら暴れずにはいられない。悪魔おれに細い腰を掴まれた人間かのじょは、この小さな風呂場で何度も悲鳴を響かせるのだった──。




 あれで終わりにするなんて、誰が決めたことか。ベッドに戻った後、ワイシャツを彼女に貸したのが間違いだった。……いや、『それが正解だった』と言い直す。

 俺のワイシャツをシェリーが着れば少し袖が余るし、なんせ裾から伸びた脚が更なる興奮に至らしめる。それに……胸元のボタンを閉めないなんて卑怯だぞ。そこそこ大きい方だからこそ、目のやり場に困るのは言うまでもない。


「ねえ、アレックスさん。まだ、寝ませんよね……?」


 袖で口元を隠し、横座りしたまま誘惑の眼差しを注ぐシェリー。そんな風に求められたら、な方法じゃお互い満足できないだろう。ならば──。


「ちょっと待っててくれ」


 俺はある物を取るべく、棚の中を漁る。

 目当ての物はすぐに見つかった。群青色に艶めく円錐形の瓶。その中を満たす透明の液体は、今か今かと開封の時を待ち構えるようだ。


 その瓶を片手で持ったままベッドに上がり、ブリキ製の蓋を開ける。鼻腔に入り込む葡萄の香りはワインを彷彿させるが、ある意味酒より強い効果をもたらすだろう。

 意味を察したのか、シェリーが自ら口を開ける。そのまま瓶を傾けて液体を流し込むと、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえてきた。


「……ダメ……おさえ、きれない……っ!」


 シェリーは間もないうちに息を荒げ、膝を擦り合わせる。

 だが、お前のしたいようにはさせまい。俺は勢いよく押し倒し、互いの舌を絡ませる。……それから何をするかって? んなの、言うまでもなかろう。


 ついに肉体にも塗りたくられ、理性を支配されるシェリー。

 ベッドの軋みが激しさを増し、そして──。



「シェリー、好きだ……!」

「私も、好きです……アレックス、さん……!」



 例え流れるような蒼髪が乱れても、彼女は月星が隠れるほど美しかった。長い睫毛は涙で濡れ、甘い歌声で俺を狂わせていく。


 嗚呼、俺らの初夜を阻む者など何処にいよう。

 身分も種族もどうだって良い。今はただ、このシーツに彼女との愛を染み込ませたいんだ。


 だが、流石の俺も限界が近い。野生に帰った俺は女神を見つめ、欲望を飲み込ませる。

 苦そうな熱が彼女の喉を通った後、俺らはだらしなくくたばった──。




 あれからどれくらいの時が経った事だろう。街は闇に飲まれ、星が疎らに瞬いている。

 テーブルに置かれたのは、二つのティーカップだ。紅茶を注げば桃の香りが立ち、ソファーに座る俺たちに安らぎを与える。


「さっきのお前、綺麗だったよ」

「うう、面と向かって言われると困りますわ……」

「ま、次は普通に楽しもう」

「……はい」


 恥ずかしそうに頷くシェリー。だが直後、俺の人生崩壊危機に瀕するとは思ってもみなかった。


「あっ、そういえば」


 彼女がナイトテーブルの方を向いたのが運の尽き。「どうした?」と尋ねるも、無言で立ち上がって歩いていく。

 ──そう、そこに置いてあったのは。


「待てシェリー! それは……」


 俺の馬鹿野郎、何故彼女が来る前に整理しておかなかったんだ……! シェリーはついに、卓上にある例の五枚の写真を見つけてしまったのだ。



「これ、いつ撮ったんですか?」



 やべえ。表向きはお淑やかだが、絶対怒ってるヤツだよ。なんて言えば良いんだ? ……いや、正直に言おう。


「春頃、俺がジェイミーに撮らせた」

「え……えぇ!?」


 そりゃ驚くよな。なんせジェイミーの本命はアンナだし──この時は彼女とも出会ってなかったがな──、『自分が撮られる』なんて思ってもみないだろう。

 これで別れを切り出されたら腹を括ろう。全ては俺の責任だ。


「本当に悪かった。だが、彼のことは責めないでやってくれ。俺が無理に頼んだことだから」

「……でしたら、次は一緒に撮りませんか?」

「…………え?」


 顔を上げても、シェリーは女神のような笑みを浮かべたままだ。俺は……夢でも見ているのか?


「お前、盗撮されたんだぞ? 少しは俺に怒ったって──」

「それだけ私のこと想ってくれてたんでしょ? 本当に、初めて会ったときから気にかけてくださったんですね」


 あ……えっと……。

 正直、彼女のリアクションが予想外すぎて困惑してしまう。身も心も悪魔である俺を、なぜそんな慈悲深い眼差しで見つめるんだ?


「違いましたか?」

「いや、そういうわけじゃない! ……そのときは、笑顔で撮ろう」

「はい!」


 ちょっと変わってると思わなくもないが、喜んでくれてるから良しとしよう。

 俺も笑顔で返すと、一緒に元の位置に戻って別の話題に切り替える。


「ねえ、近いうちに合鍵を作りましょうよ。そうすれば何時でもご飯を作れますわ」

「おっ、いいね」


「アレックスさんったら、いつも皆さんをまとめてくれるでしょ。だから、できる限りあなたを癒やしたいんです」

「あれは隊長として当然のことだ。嬉しいが、無理はするなよ」


 互いの手を絡ませ、頬を寄せ合う。俺たちの頬が熱を帯びているのは、きっと紅茶のせいだろう。そのまま静かな時が流れ、またもや唇を重ねる。

 柔らかな感触が離れると、俺たちは額をくっつけたまま言葉を交わした。


「行くんだろ? ミュール島へ」

「はい。霊力の解放をしなければなりませんから」


「なら、俺も連れて行ってくれ。何となく嫌な予感がするんだよ」

「同じことを思っておりましたわ。……できれば、あなたのお傍を離れたくありません」

「俺もだ」


 シェリーが更に霊力を解き放つには、彼女の血統が暮らすミュール島に行かねばならない。

 その時に思い出すのは、城下町フィオーレでデュラハンを狩った日に見た悪夢──あれがただの夢とはとても思えないのだ。


 ならば一緒に行く以上、あの書物を尚更読まねばならない。それは、リヴィでマリアから預かった“アリスの日記”だ。彼女の生き様を知ることは俺にとって苦痛ではあるが、これも『シェリーのため』と捉えよう。


 こうして、彼女と過ごす初めての夜は新たな責務への架け橋となるのだった──。






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