騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第三章 騎士系悪魔と純真な花

第一節 少女たちの熱い意志

公開日時: 2021年2月11日(木) 12:00
更新日時: 2021年3月5日(金) 10:19
文字数:2,403

【前章のあらすじ】

 アレックスはシェリーと共に城下町フィオーレを巡るも、ジャックが城内に侵入する事件が発生。そこでシェリーは暴走したが、アレックスが止めることで一応の収束を見る。その後、彼らは遊歩道を歩く中で“ヒイラギ”と云う女を撃退。彼女がエレの妹であることが明らかとなったとき、エレに多大なるショックを与えた。

 一方で、ティトルーズ防衛部隊の一員である剣士アンナは、よう花姫フィオラとして覚醒。銀月軍団シルバームーンの一味ジェシーに傷つけられた友のために生きることを決意した。

 堂々と構える石材の建物は、茜色の陽に照らされていた。その建物を前にして、思い思いに過ごす麻服姿の人々。豊かな緑の絨毯の上を車椅子で渡る者から、ベンチの上で会話する者たちまで様々だ。すすり泣く声が聞こえてきたり、浮かない表情をしたりする者もいる。

 此処は、城下町フィオーレ一番の病院だ。住民のほとんどは此処で病魔や怪我と闘うだけでなく、死を遂げることもある。だから、この庭を散策する人々が必ずしも笑顔とは限らない。


 もちろん俺たち――マリアとアイリーンは救助活動により不在――も例外ではない。病院から数歩離れた場所で、シェリーとエレが周囲を静かに見つめる。

 しかし、沈黙を破るように口を開いたのはエレだった。


「アンナ様、大丈夫でしょうか。あのような惨状を目の当たりにしたら辛くなるはずですし、これからも力を振るえるのかどうか……」


 エレが懸念するのも無理もない。いくらようの力を持つとはいえ、ショックを引きずれば本領発揮できないからだ。もちろん俺たちが強要する権利もないわけで。もし彼女を辞退させることになったら、ほかに適任者は存在するのだろうか? シェリーはせいの力を発揮できないし、三つのエレメントで成立するのか?


 その時――。


「あ、戻ってきた」


 シェリーの声と共に顔を上げる一同。同時に、アンナと思しき影がこちらに近づいてくるのがわかった。とぼとぼとした足取りで、顔を下に向けている。

 やがて俺たちの前で止まると、肩を震わせながら話す。


「……みんな、ありがとう。あれは……ボクの知ってるルナじゃない。狂ったように、ずっと泣き叫んでて……。苦しいよ。ルナの笑顔も両腕うでも、全部ジェシーあいつが奪った。だから、ボクは……」


 唇を噛んでいる様子だが、俯くアンナの顔から雫がこぼれ始めた。夕陽で反射する涙は一粒一粒が大きく、無念さを流しているようにも見える。

 それでも彼女は顔を上げ、力強い眼差しで俺たちを見つめた。


「だからボクは、ギルドを抜けてルナを看る。あの子を一人にするわけにはいかないんだ」


 なんて綺麗な人なんだ。女神がアンナを陽の花姫として認めたことも納得いくし、今後も心強い存在となるだろう。今は見守ることしかできないが、いずれは――。




 帰宅した俺は、ソファーに座って通信機を開いていた。液晶の上で親指を走らせ、一文字ずつ打ち込んでいく。


<辛いときは、俺たちを頼ってくれ。無理だけはするな>


 ……うん、これでいい。

 メッセージ横の送信ボタンを押したあと、端末を卓上に置いて自室の天井を見上げる。


 アンナはどこまでも友想いだ。けれど、憎しみが暴走してしまわないか不安でもある。だからあのメッセージを心の片隅にでも留めてくれたら……。


 その時、開きっぱなしの通信機が長く震える。


 画面を見てみれば――意外な人からの着信で、一瞬心臓が飛び出そうになった。もちろん『出ない』という選択肢はないが、震える手先が緊張の証だ。端末を耳に当てながら、荒い息を必死に抑える。


「どうした?」

「突然電話をかけてしまい、すみません……その、アレックスさんと話がしたくて」


 シェリーの自信のなさそうな声。

 ……かと思いきや。



「私は、これまでジャックに想いを捧げてきました。……しかし、仲間が傷つくところを見てきた以上、それももうできません。ですから、彼への想いを棄て、銀月軍団シルバームーンをこの手で壊滅させます」



 ああ……やっとそう言ってくれたのか……。熱い意志が受話器越しで伝わってくる。でも、それ以上に仲間を想う彼女が美しいと思えたのだ。


 お前のこと、惚れ直したよ。

 男としての喜びを抑えるように、隊長という仮面をかぶり続ける。


「それでいい」

「あら、なんだか嬉しそうですね?」

「気のせいだ」


 まだ本心を見せやしないさ。『次は俺の番かもしれない』とわかってても、まだその時じゃない。

 優越感と期待で心の中を埋め尽くしていると、シェリーが「それから」と話題を変えてきた。


「先日は私のそばにいてくれて、ありがとうございました。その時にくださったハンカチですが……やっぱり返します。元々アレックスさんのモノですし」


「いや、お前が持っててくれ」

「えっ!?」

「あ、その……やっぱ、好きにしていい」


 何言ってんだ俺!?

 彼女の驚愕で我に返った途端、自身の頬が熱くなっていく。


「うふふ」

「何笑ってんだよ……」


「あなたって不思議な方ですよね。いきなり壁に追い込んだり、ハンカチをくださったりと……。でも、本当はとても優しい方。そんな人が隊長なのも悪くないと思えてきました」


「なんだよ、『悪くない』って。『前はイヤだった』ってことか?」

「そ、そういう意味ではありません!!」


「ははは、ちょっと冷たいお前も動揺するんだな」

「もう! 『冷たい』だなんて失礼ですわよ!? ……まあいいわ。ずっと前から、『どうしてあなたは私に話しかけてくるのかな』と思っていましたの。それに……」

「それに?」


「ジャックもそうですが、あなたともどこかでお会いしたような気がするんです」

「えっ、酒場ランヘルの時よりも前に……ってこと?」

「はい」


 おかしいぞ。アイリーンが話してくれたプールでの怪事件では、シェリーとマリアが七歳だったはずだ。当然この時の俺は隣国へプケンにいたし、そこで似た人物と会った試しがない。

(会ったとしても憶えていることは稀)

 いったい、俺やジャックとで会ったというのか。


 疑問が絶えない中、シェリーは話を続けてきた。


「どうしてでしょうか。あなたを見ると、時々胸が痛むんです。懐かしくて寂しいが押し寄せてきます。その理由を確かめたくて、家に呼ぼうとしたのですが……」

「なぜお前は家にこだわる?」


 前にも思ったが、ただお茶をするだけなら外でも良いはずだ。


 しかし――。

 シェリーの答えは、想像をはるかに上回るものだった。



「誰にもわかってもらえない秘密がある――そう悟っているからです」



 その言葉は、俺たちが恋人になるための詭弁きべんだとは一切思えなかった。





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