【前章のあらすじ】
アレックスはシェリーと共に城下町フィオーレを巡るも、ジャックが城内に侵入する事件が発生。そこでシェリーは暴走したが、アレックスが止めることで一応の収束を見る。その後、彼らは遊歩道を歩く中で“ヒイラギ”と云う女を撃退。彼女がエレの妹であることが明らかとなったとき、エレに多大なるショックを与えた。
一方で、ティトルーズ防衛部隊の一員である剣士アンナは、陽の花姫として覚醒。銀月軍団の一味ジェシーに傷つけられた友のために生きることを決意した。
堂々と構える石材の建物は、茜色の陽に照らされていた。その建物を前にして、思い思いに過ごす麻服姿の人々。豊かな緑の絨毯の上を車椅子で渡る者から、ベンチの上で会話する者たちまで様々だ。すすり泣く声が聞こえてきたり、浮かない表情をしたりする者もいる。
此処は、城下町一番の病院だ。住民のほとんどは此処で病魔や怪我と闘うだけでなく、死を遂げることもある。だから、この庭を散策する人々が必ずしも笑顔とは限らない。
もちろん俺たち三人――マリアとアイリーンは救助活動により不在――も例外ではない。病院から数歩離れた場所で、シェリーとエレが周囲を静かに見つめる。
しかし、沈黙を破るように口を開いたのはエレだった。
「アンナ様、大丈夫でしょうか。あのような惨状を目の当たりにしたら辛くなるはずですし、これからも力を振るえるのかどうか……」
エレが懸念するのも無理もない。いくら陽の力を持つとはいえ、ショックを引きずれば本領発揮できないからだ。もちろん俺たちが強要する権利もないわけで。もし彼女を辞退させることになったら、ほかに適任者は存在するのだろうか? シェリーは清の力を発揮できないし、三つのエレメントで成立するのか?
その時――。
「あ、戻ってきた」
シェリーの声と共に顔を上げる一同。同時に、アンナと思しき影がこちらに近づいてくるのがわかった。とぼとぼとした足取りで、顔を下に向けている。
やがて俺たちの前で止まると、肩を震わせながら話す。
「……みんな、ありがとう。あれは……ボクの知ってるルナじゃない。狂ったように、ずっと泣き叫んでて……。苦しいよ。ルナの笑顔も両腕も、全部ジェシーが奪った。だから、ボクは……」
唇を噛んでいる様子だが、俯くアンナの顔から雫がこぼれ始めた。夕陽で反射する涙は一粒一粒が大きく、無念さを流しているようにも見える。
それでも彼女は顔を上げ、力強い眼差しで俺たちを見つめた。
「だからボクは、ギルドを抜けてルナを看る。あの子を一人にするわけにはいかないんだ」
なんて綺麗な人なんだ。女神がアンナを陽の花姫として認めたことも納得いくし、今後も心強い存在となるだろう。今は見守ることしかできないが、いずれは――。
帰宅した俺は、ソファーに座って通信機を開いていた。液晶の上で親指を走らせ、一文字ずつ打ち込んでいく。
<辛いときは、俺たちを頼ってくれ。無理だけはするな>
……うん、これでいい。
メッセージ横の送信ボタンを押したあと、端末を卓上に置いて自室の天井を見上げる。
アンナはどこまでも友想いだ。けれど、憎しみが暴走してしまわないか不安でもある。だからあのメッセージを心の片隅にでも留めてくれたら……。
その時、開きっぱなしの通信機が長く震える。
画面を見てみれば――意外な人からの着信で、一瞬心臓が飛び出そうになった。もちろん『出ない』という選択肢はないが、震える手先が緊張の証だ。端末を耳に当てながら、荒い息を必死に抑える。
「どうした?」
「突然電話をかけてしまい、すみません……その、アレックスさんと話がしたくて」
シェリーの自信のなさそうな声。
……かと思いきや。
「私は、これまでジャックに想いを捧げてきました。……しかし、仲間が傷つくところを見てきた以上、それももうできません。ですから、彼への想いを棄て、銀月軍団をこの手で壊滅させます」
ああ……やっとそう言ってくれたのか……。熱い意志が受話器越しで伝わってくる。でも、それ以上に仲間を想う彼女が美しいと思えたのだ。
お前のこと、惚れ直したよ。
男としての喜びを抑えるように、隊長という仮面をかぶり続ける。
「それでいい」
「あら、なんだか嬉しそうですね?」
「気のせいだ」
まだ本心を見せやしないさ。『次は俺の番かもしれない』とわかってても、まだその時じゃない。
優越感と期待で心の中を埋め尽くしていると、シェリーが「それから」と話題を変えてきた。
「先日は私のそばにいてくれて、ありがとうございました。その時にくださったハンカチですが……やっぱり返します。元々アレックスさんのモノですし」
「いや、お前が持っててくれ」
「えっ!?」
「あ、その……やっぱ、好きにしていい」
何言ってんだ俺!?
彼女の驚愕で我に返った途端、自身の頬が熱くなっていく。
「うふふ」
「何笑ってんだよ……」
「あなたって不思議な方ですよね。いきなり壁に追い込んだり、ハンカチをくださったりと……。でも、本当はとても優しい方。そんな人が隊長なのも悪くないと思えてきました」
「なんだよ、『悪くない』って。『前はイヤだった』ってことか?」
「そ、そういう意味ではありません!!」
「ははは、ちょっと冷たいお前も動揺するんだな」
「もう! 『冷たい』だなんて失礼ですわよ!? ……まあいいわ。ずっと前から、『どうしてあなたは私に話しかけてくるのかな』と思っていましたの。それに……」
「それに?」
「ジャックもそうですが、あなたともどこかでお会いしたような気がするんです」
「えっ、酒場の時よりも前に……ってこと?」
「はい」
おかしいぞ。アイリーンが話してくれたプールでの怪事件では、シェリーとマリアが七歳だったはずだ。当然この時の俺は隣国にいたし、そこで似た人物と会った試しがない。
(会ったとしても憶えていることは稀)
いったい、俺やジャックといつ・どこで会ったというのか。
疑問が絶えない中、シェリーは話を続けてきた。
「どうしてでしょうか。あなたを見ると、時々胸が痛むんです。懐かしくて寂しい何かが押し寄せてきます。その理由を確かめたくて、家に呼ぼうとしたのですが……」
「なぜお前は家にこだわる?」
前にも思ったが、ただお茶をするだけなら外でも良いはずだ。
しかし――。
シェリーの答えは、想像をはるかに上回るものだった。
「誰にもわかってもらえない秘密がある――そう悟っているからです」
その言葉は、俺たちが恋人になるための詭弁だとは一切思えなかった。
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