騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第八節 柊 〜過去を断つ刀〜

公開日時: 2021年5月4日(火) 12:00
文字数:4,472

「来ると思っていたさ。純真な花ピュア・ブロッサムの連中よ」


 小雨が降り出す中。濡烏色ぬれがらすいろの髪を優雅に揺らし、黄金の瞳を月光の如く輝かす女が佇む。

 そのエルフの名はヒイラギ。本来の名を捨て、銀月軍団シルバームーンもとでティトルーズ王国を襲撃した彼女は今、祖国リヴィにあるガルティエの遺跡で待ち伏せていた。


 そんな彼女は刀の切先を此方に向け、紅色の唇を綻ばせる。

 ──まるで、血縁あねと死に別れる覚悟を決めたかのように。


「ベレ! もうこんな事はやめて!」


 真っ先に叫んだのは、ヒイラギの姉であるエレだ。彼女の下がった眉と震える唇からは悲痛さが伝わってくる。

 しかし、その言葉がヒイラギの不敵な笑みを崩すことは決して無かった。


「いくら姉貴でも、うちを止めるヤツには容赦しない。覚悟!」


 ヒイラギが地面を蹴り、瞬時でエレに迫る。

 無論、俺はその瞬間を逃さなかった。


 刀を振り上げる刹那。

 エレの前に立ち、庇うように剣身をかざす!


──カァァアン!!

 鼓膜を突き刺す、刃の衝突音。ヒイラギは一歩後ろへ下がり、蔑むような視線を俺に向けた。切先を地に下ろす彼女の振る舞いは、余裕を示すためのものだろう。


「おやおや。誰かと思えば、いつぞやの悪魔じゃないか。うちの事も服従させようってかい?」

姉妹きょうだい喧嘩を見たくない。ただそれだけだ」

「あははっ、人間みたいな事を言うんだな! その綺麗に見せかけた心、うちが直々に打ち砕いてあげるさ」


 釣り目で俺を見つめ、乾いた笑いを浮かべるヒイラギ。

 彼女が前方へ跳躍すると同時に、刀が俺の頭部へ振り下ろされた。


 俺が後ろへ大きく避けると、ヒイラギは着地と同時に舌打ちする。

 そして間髪入れずに迫り、銀色に光る軌道を何度も描き始めた。


 その度に受け止めては躱し、瞬時に生じた隙を伺う。毛束を掠める事はあれど、自分の身体に傷がつく事は無かった。

 攻防を繰り返すうちにヒイラギの呼吸が乱れ、剣舞から鈍りが垣間見える。


 そしてついに──

 俺と彼女の、刃を振り上げる瞬間が重なった。


 この緊迫した状況でありながら、ヒイラギは品定めするように上目遣いをしてくる。


「ふふっ。こうして見れば、あんた良い男じゃん。大人しくうちの下僕になれば良いものを!」

「願い下げだ」


 拒絶の意を剣に込め、ヒイラギを弾き飛ばす。その流れで彼女は少しよろめいたが、すぐに地を踏みしめる事で体勢を保つ。

 刀を鞘に収めたかと思いきや、次は扇子を取り出し呪文と思しき言葉を発した。


疾風はやての波!」


 彼女が放つのは、あずまの国におけるじゅ魔法だろう。8を描くように腕を何度も振ると、翡翠色の衝撃波がその分扇子から放出される。

 それは、ビュンビュンという風の唸り声と共にあらゆる方角から迫った。一発一発を剣身で受け止めるたび、自分の身体が徐々に後ろへずれる。


 そして──


「はぁああっ!!」


 腹の底から絞り出すように叫び、扇子を大きく振り下ろすヒイラギ。めの衝撃波は、暴風のような勢いで俺の防御態勢を突き崩した。

 思わず剣を顔から離してしまった時、彼女の手中には既に大弓が収まっていた。


「射る!」

 一本の矢が、ヒイラギの指先から離れて直線上に飛ぶ。


 こうなったら覚悟の上だ。

 顔を守るべく、もう一度剣身をかざ


──ゴォォオ!

 風と風が、ぶつかり合った……? ヒイラギが見つめる方──上空に目線を向けると、翼を広げたエレが妹同様大弓を持っていたのだ。そんな彼女は妹を睨み、怒号を浴びせる。


「アレックス様に何する気なの!?」

「……男でキレるなんて、姉貴にしては珍しいじゃないか。ならばっ!」


 ヒイラギが消えた?

 否。彼女はエレの元へ飛び交い、神速で踵を突き出す。瞬きする間にエレが苦鳴を上げ、背中が石畳に叩きつけられた。


 追撃が始まる前に、俺が行かねば!

 だが、それは罠だった。翼を展開してヒイラギに接近した直後、胸ぐらと腕を掴まれ真下へ投げ飛ばされる。


 激痛が全身を駆け巡る中、彼女の追撃はエスカレート。

 扇子を眼下の俺に向けた瞬間、地中から無数の蔓が現れ四肢に絡みつく。蔓から発する独特な香りは鼻腔をくぐり、戦意を急速に奪っていくのだ。


「さあヴァンツォ。うちと良いことしようじゃないか」


 おい、何する気だ!?

 馬乗りする彼女の脚部に自然と目が行くのは、もはや男のさがだ。その肌の白さはまさに姉譲り……って感心してる場合じゃねえよ! つか耳に息吹きかけるな!!


「ふふっ、そのまま楽になっちまえよ。こういうの、ホントは大好きなんだろ?」


 甘美な声で鼓膜を揺さぶられ、必然的に情欲が掻き立てられる……。

 生ぬるい液が耳の外側を駆け巡った瞬間、俺は思わず声を漏ら



「それ以上はおやめなさいっ!!」



 ──す前に、シェリーの制止が現実へと引き戻す。俺の中で理性と衝動がせめぎ合うが、緊迫した空気によって戦意を奪還できた。


「へえ?」


 ヒイラギは視線をシェリーの方に移し、俺から離れる。シェリーは銃口を元同級生に突きつけるが、手先の微かな震えが次の一手を引留めた。


「どうせ昔ので撃てないんだろう?」

「そんな事は……!」


 それを良いことに、一歩一歩と近寄るヒイラギ。彼女が俺に背を向けた直後、俺に絡む蔓を爪のような何かが切り裂いてくれた。


「隊長、お怪我は!?」

「俺は問題ない。それより、エレは無事だよな?」

「はい。今しがたアンナが手当をしています」


 俺を助けてくれたのはアイリーンか。彼女は背中に腕を回し、打撲だらけの身体を起き上がらせる。それからエレを見てみると、確かに彼女はアンナから受け取った治癒薬ポーションを飲み干したところのようだ。

 もう一度シェリーらの方に視線を戻そう。今、彼女とマリアはヒイラギを挟撃している。マリアが体術でヒイラギを攻めるのに対し、シェリーは銃で牽制けんせいだ。挟まれたヒイラギは扇子を振り回し、樹魔法を放っていた。


 肝心の敵はその状況を愉しんでいるようだ。何度も拳を繰り出されるも、鉄壁の守りが崩れる事はない。

 マリアが攻撃を止めてひと呼吸置く瞬間、ヒイラギは扇子を振り上げ高らかに叫んだ。


「疾風の刃!!」


 回転する刃が複数飛び交い、マリアとシェリーを確実に捉える。咄嗟の反撃に対応できない彼女らは、為す術も無く身体の各所に傷をつける事となる。

 ヒイラギは刀に持ち替え、よろめくシェリーにそのまま突進。


 しかし、切先が彼女の腹部に触れる直前──

 シェリーは両手を広げ、一瞬だけ宙に浮いた。彼女を囲む光の膜が、ヒイラギを後方へ吹き飛ばす。


 ヒイラギは転回で受け身を取ると同時に、空中から弓矢を射出。マリアが力を振り絞って防御壁バリエラを張ると、鼓膜が破れそうな音を立てて双方の魔法が無に還った。

 エルフは弓を持ったまま降り立ち、魔術師に向けて暴言を吐く。


「……この童顔が」

「何よ貧乳。またシェリーをいじめるなら容赦しないわよ」

「あはは、随分と過保護な事。可愛いシェリーちゃん。良い子のあんたなら、うちの話を聞いてくれるだろ?」


「そう言って油断させるつもりですか?」

「まあまあ、あんまりピリピリするな。ジャック様があれからどうなったか知りたいだろ?」


「え……っ?」

「シェリー! まともに耳を傾けてはダメよ!!」


 マリアが叱責するも、シェリーはヒイラギに向けた拳銃を下ろしてしまう。その一方で、ヒイラギはあたかも『攻撃しない』といった素振りで余った片手を仰いだ。


「ほら食いつくと思った。でもね、そんなに良い話じゃないよ。なんせジャック様は三年間うちを愛してくれたからね」

「!!」


 シェリーが息を飲み、銃を持つ手先がさらに震えだす。それでもヒイラギは、恥じる様子も無く実情を口にした。


「卒業してからちょっとした後にね、ジャック様はうちを口説いてきたんだよ。『貴様の望みを叶えてやる』と。まあ、あんたの事は変わらず狙ってるだろうけど、もう昔と違うんじゃないかな。……それどころか、あんたはただの──」


「もう私には無関係ですわ」

 震えを押さえるように武器を構え直し、冷淡に遮るシェリー。だが、俺からすれば随分と下手な演技だ。あれだけ俺に接してくれたってのに、瞳に涙を溜めてやがる。……まあ、それも可愛いんだけどさ。


「私には、大切な仲間たちがいますもの! そんなことより……例えお友達だろうと、傷つけるなら容赦しませんわっ!!」

「なっ……!?」


 姉と共に辛い経験をしてきたヒイラギにとって、『友達』という単語は弱点かもしれん。そう思わせるくらい、彼女はたじろいでいるのだ。

 そんな中シェリーは瞳の奥に熱気を宿し、元同級生の心に訴えかける。


「ベレさん。私は、あの時のように『また仲良くなれる』って今も信じています。本当のあなたはとても優しくて、芯の強いお方。……あなたが『ジャックを愛している』と仰るなら、心から幸せを願いますもの」

「…………目障りだ」


 俯き、ぼそりと呟くヒイラギ。

 その女を包む漆黒のオーラは、恐るべき力の解放を物語るのだ。



「良い子ぶったヤツは、大っ嫌いなんだよっ!!!!!」



 ヒイラギの服が破れ、肌が褐色に変化。胸元など局部を覆っただけの服装は、持ち前の痩身そうしんをさらに強調させる。俺とシェリーを除いた隊員たちは、真の姿を見たのは初めてのようだ。その証拠として誰もが目を見開かせ、開いた口が塞がらないでいる。


 彼女は以前のように六本の矢を召喚。シェリーに狙いを定めると、躊躇わずに指先を離した!

 矢は弧を描いてシェリーを襲うも、標的にされた本人は冷静沈着に撃ち落とす。彼女の揺るがぬ意志を示すように、銃声は重く鳴り響いた。


 ヒイラギが地に落ちた矢を見つめ、「くそ……」と毒づいた時。

 大剣を構えるアンナが雄叫びを発し、ダークエルフの元へ駆け寄る!


「はぁぁぁあぁぁぁああ!!!!!」


 アンナの存在に気づいたのか、ハッとするように顔を上げるヒイラギ。

 彼女が左手を突き出すと、巨大な白い花──まさに柊──を召喚。


「ひぇっ!?」

「聞かせてくれよ、可愛い悲鳴をさ」


 柊の花は弁を閉じ、刃に吸い付く事でアンナの攻撃を封じる。その様は、まるで虫を食らう植物のようでかなり不気味だ。アンナは必死に剣を引き抜こうとするが、少女の腕力では極めて困難だろう。


 だから俺はアンナの元へ駆けつけ、後ろから抱き止める。

 その勢いで彼女の手元から剣の柄が離れ、ついに花が剣そのものを飲み込んでしまう。


「ぼ、ボクの剣が……!」

「捨て置け! ルナと同じ目に遭うぞ!!」


 武器はいくらでも作れるが、人間の腕はそうは行かない。もしあのままアンナが引き込まれたら、少なくともルナのように両腕が失われる事だろう。


「それで逃れると思ったか?」


 ヒイラギの足元から生える無数の茨。

 尖端を持つそれらが絡み合い、俺たちに襲い掛かる!


「うちに突っかかった事、あの世でずっと悔やんでな!!」


 その時。

 金色の髪を揺らす少女が俺達の前に立ち、覚悟を決めるように両手を広げ出した。


「あっ、ぐあぁ……!!」


 少女の全身を貫く茨。食い込む棘が苦痛を助長させているのは、もはや言うまでもない。

 茨が一気に抜かれたとき、身体の至る所から鮮血を噴出させた。


 だが、それでも彼女は立ち尽くす。

 家族いもうとを改心させるために。



「あんた……この国に恨みがあるからって、調子に乗んなよ?」




(第九節へ)






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