俺たちが辿り着いたのは、清の都の住民が避難しているであろう壕。そこは元来の国の者が造った地であり、ちょうど都の境目に位置する。洞窟にも似るこの場所は入り口が狭く、成人が屈まないと入れない。
「階段を検知。足下にご注意を」
洞穴を覗き込むヴァルカ。俺は「判った」と答えると、同行するロジャー達を率いて狭い入口へ向かう。それから姿勢を戻せば、確かに階段らしき段差が垣間見えた。
「暗いねー。灯りつけとくよ」
ジェイミーは片手に淡い光を宿し、自身の近くに光球を生み出す。その光が階段を照らしてくれたおかげで、俺たちは何とか階段を降りる事ができた。
やはり壕というだけあって、それなりに整備されている。迷宮のように道が分かれるものの、一つ一つを部屋として区分しているようだ。
まずは住民たちが集ってる部屋へ行こう。しばらく道なりに歩けば、緩やかなカーブが見えてくる。そのまま進むにつれ、人々の声が次第に聞こえてきた。
そしてちょうど一人の男と鉢合わせした時、彼は顔を青ざめ悲鳴に近い裏声を上げる。
「て……敵が来たぞぉおおぉお!!!! 銀月軍団の連中だぁぁああ!!!!」
「待て、俺はティトルーズの騎士だ!! この紋章を見てくれ!!」
「いや、鎧を強奪したに決まってる! は、早く武器を構えろぉぉおお!!!」
まずい……鎧に刻まれた紋章を見ても信じてもらえねえとはな。
住民たちは男の声を聞き、銃や剣を構えだす。中でも鍬を構える壮年の男は、声を荒げて俺たちを威嚇した。
「それ以上近づけば、わ、わわわ儂が許さん!!」
「あーあ。これじゃあ話してもどうにもならんね」
呆れた様子のジェイミー。ロジャーは相変わらず『はっは』と笑うが、具体的な解決策を見出せそうにないだろう。
「来るなら来い! 死ぬのは僕一人で良い!!」
「先手必勝よ! さあ、今すぐ奴らを!!」
緊迫した静寂の中、撃鉄と鉄を鳴らす音が響く。
俺たちもやむなく武器を構えると、男性の怒号が緊迫を掻き消した。
「皆の者、武器をしまえ!! 隊長様の前だぞ!!」
彼の声を聞いた住民たちは、ビクッと肩を上げて武器を即座にしまい出す。誰もが彼の指示に従うと、通路にできた雑踏をかき分ける老人が現れた。彼は俺たちの前に跪き、深々と頭を下げる。
「ああ、これは魔術戦隊隊長様……。どうかご無礼をお許しください。私めは、彼らを壕へ導いた者です」
「顔を上げてくれ。魔族に故郷を襲われたなら無理も無い」
「ヴァンツォ……」
此処はこの年配と目線を合わせよう。俺も同じく片膝をつくと、彼はゆっくりとこちらを見つめる。その細い目の奥に、悲しみや恐怖が宿っている事だろう。だから俺は、できるだけトーンを下げて彼らを宥める事にした。
「安心してくれ、こいつらがもうジャックのとこへ戻る事は無い。そうだよな?」
「ったりめぇよぉ!」
後ろに立つ仲間に目線を送ると、ロジャーが胸を叩いて自信ありげに答える。不安げに俺を見つめるダークエルフも、慈悲深い笑みを住民たちに向けて頷いた。……転身しても、笑顔はやはりエレにそっくりだ。
その時、新たに雑踏をかき分ける者が目下にいた。急ぐように現れたのは、やんちゃそうな黒髪の少年。彼はロジャーを指差し、嬉しそうに高い声を上げたのだ。
「あっ! ロジャーだぁ!!」
「ええ!?」
「ホントに!?」
大人の後ろに隠れていた少年少女は次々と現れ、ついにロジャーを囲んでしまう。いったい何があったんだ?
「わー! やっぱりでかい!!」
「伝説はホンモノだったんだね!! どうしたらおっきくなれるの?」
「はっはっは、よく食ってよく遊んでただけさ」
「なあヒイラギちゃん、伝説ってどういう事だ?」
「そっか、あんたは隣国にずっといたもんな。ロジャーは二十年前から世界を渡り歩いてた魔術剣士さ。昔は幻獣三体を一気にいなしたって話だし、それで子ども達の間で有名になったんだ」
「「さ、三体ぃぃい!!?」」
かつてジェイミーも苦労を味わったのか、偶然にも声が重なってしまった。いくら俺でも、フェンリルなどの幻獣は一体でも精一杯だ……。
「ねえねえ、今まで何処にいたの?」
「ロジャーの過去を分析。ティトルーズ暦348年、コーラルの月にてシルバーム──」
「おおっと違ぇよな!? か、変わらずほっつき歩いてたんだよな?」
「おうよぉ!! そしたらてめぇみてぇなライバルに会っちまってね!!」
危ねえ、ヴァルカのせいで子ども達の夢を壊されるとこだったぜ……。子どもたちの視線はこちらに移るが、俺はすぐに彼女の腕を引っ張り、彼らから見えない場所へ連れ出す。
「おい、子どもの前だぞ」
「真実の提示に年齢は無関係です」
「あのなぁ……。とにかく、お前は此処で見張っててくれ」
「承知」
機械人形らしく生真面目なヴァルカに、これ以上の説得は無駄だろう。そこで彼女に警備を指示し、俺はロジャー達の元へ戻る。変わらず彼らがはしゃいでいると、先ほどの年配が「これこれ」と窘めた。
「ここで立ち話をするわけには参りません。ちょうどお昼時ですので、お食事でもどうですか?」
「けど、食糧もそんなにあるわけじゃねえだろ。俺たちは一休みできれば十分だ」
「こちらではかねてより食糧を補充しておりますので、問題ございません。貴方たちも如何でしょう?」
「せっかくの飯だし、頂かなきゃ損っしょ!」
「はっ、こんなとこで休むなどうちらしくないがな」
「その割には随分と嬉しそうじゃねえか。……じゃ、せっかくだから俺も頂くよ」
「ありがとうございます!! ささ、どうぞこちらへ」
男性は頭を下げ、俺たちを広々とした空間へ案内する。ランプの下、鍋を囲う住民たちは一斉にこちらを見つめるが、男性が説明する事で誤解されずに済んだ。
俺たちも彼らに紛れて腰掛けると、正面にある鍋が視界に飛び込む。鉄製の携帯コンロは鍋を沸騰させ、トウモロコシの香りが鼻腔をくぐる。
「ああ、あなた方が純真な花でございましょうか……?」
「んや、あいにく花姫たちは事情があって此処にいない。ここにいる奴らはちょっと変わってるが、みんな頼りになる」
「スケベなあんたが一番変わってるよね」
「チャラいくせに無駄にピュアな吸血鬼も初めて見るぞ」
「だが、それが良いってもんよぉ! な、ヴァルカ?」
「多種多様、十人十色」
「今に始まった事じゃないだろ、ティトルーズに限ってはな」
仲間たちが会話に花を咲かせる傍ら、女性が俺たちの分もよそう。彼女からスープ皿を受け取ると、コーンスープとパセリが皿を満たしていた。昇り立つ湯気は熱さを物語るが、こういう時こそ食べ時だ。
早速スプーンですくい上げ、息を吹き掛ける事で熱を逃がす。
「ありがとう、頂くよ」
「お口に合えば良いのですが……」
女性が不安そうに覗き込む。構わず口にしてみると、スープはすぐに口の中で蕩けてしまった。それに、このバターのような甘さはもしや──。
「すっげえ美味しいよ。そういや、清の都ってトウモロコシの特産地だったよな?」
「ご満足頂けて何よりです。仰る通り、こちらのトウモロコシは余所と比べて果実が白く、調味料が要らないくらい甘いんです。ですから、お菓子に使われる事もあるんですよ」
「どおりで美味ぇわけだ! ねーちゃん、御代わりを頼む!」
「あああ、ありがとうございます……!」
女性は頭を下げた後、ロジャーから皿を受け取りスープをよそう。この際なので、先ほどの年配に今回の件について尋ねる事にした。
「なあ、良かったら逃げるまでの経緯を教えてくれねえか? 街を凍らせた犯人の事も知りたい」
「あれは、トパーズの月末でしょうか。夜、私が寝ようとした頃に突然吹雪いたんです。それも、異様な速さで街中を凍り尽くしてしまいました。幸い私たちはこちらまで逃げ延びましたが、あちらには逃げ遅れた者もいるはずです。捜索を頼もうにも、こちらには電話が無く文を書く事も儘なりません。万が一依頼できたとしても、その方も凍れば意味がありませんから」
彼がそう話すと、彼の隣に腰掛ける少女が補足する。
「私、犯人をちゃんと見ようと思って、望遠鏡で覗いてみたの! そしたらね、とっても髪の長い竜人が屋根の上に立ってたの! でも、パパとママについて行かなきゃいけなかったから、あまり細かく見えなかったかも……」
「十分だ。ヴァルカ、この特徴だけで誰か判るよな?」
「はい。『吹雪』に『髪の長い竜人』──二点を分析した結果、アリア・アングレスの特徴と九〇%一致。然しながら、彼の現在地は不明。殲滅のターゲットにつき、情報を要求します」
「アングレス……!? もしや、領主様のご親族でございましょうか!?」
ヴァルカの言葉にハッと驚いた様子を見せるのは、メガネを掛けた青年。彼の問いに対し、ヒイラギは淡々と答えた。
「ルーシェって娘がいただろ。そいつは八年前に天界で邪神との子を孕んだが、ワケあって人間界に来た。で、その子どもがアリアってわけだ。そうだろ、ロジャー?」
「おうよ。アリアのヤツ、相当おかんの親を恨んでるらしいぜ。なんせ、『清魔法しか操れねえから』って理由だけでひでぇ目に遭わせたそうだかんな」
……思えば、メルキュール迷宮でルーシェはその事に言及していた。
アングレスは、天性によりあらゆるエレメントを操る上級魔術師の一族。しかし、ルーシェだけは例外だった。それは清の花姫としての宿命を持つ事の裏返しだが、両親が当然知るわけもない。戦闘中に彼女が放った言葉は、今でも憶えているさ。
『蛮族のあなたにはわからないでしょ? 上級魔術師の家系で、清のエレメントしか扱えない苦しみが! 両親と許嫁の一族に哀れな目を向けられる苦しみが! 私の全てを受け入れてくれたのは、唯一ルドルフお兄様よ!』
しかもルーシェの両親は清の都の領主なんだから、プライドが許せねえわけだ。確かにあの女はいけ好かねえが、家族に乱暴された痛みだけは汲み取れる。俺に関しては兄貴が相当やべえヤツだったからな……。
ルーシェを哀れに思ったのか、暫しの沈黙が流れる。この重苦しい空気を破るように、年配は静かに言葉を述べた。
「……でしたら、今頃お館を占拠している可能性がございます。もうご存知かと思いますが、お館の場所について地図に書き込んでおきましょう。壕を出て北東へ進んでください。緑色の大きな屋根と噴水が目印でございます」
「ありがとう。よし、お前ら行くぞ」
「「おう!」」
「承知」
俺たちはスープを飲み干すと、礼を述べてから広場を去る。住民たちは勿論、子どもたちは温かく見送ってくれた──。
再び清の都へ戻るが、どこもかしこも氷漬けのままだ。この灰色の空を飛行する中、肌が擦り切れそうな寒さに何度見舞われた事だろう。
「うぅ~寒ぃ~~~」
「なあジェイミー、お前の魔法で何とかならねえのかよ」
「だってこの先も魔法使うっしょ? 今温存した方が良くない?」
「なぁに、どうせ動けばあったまるさ! オレはこの機械のおかげであったけぇがね!」
「お前の話は聞いてない」
「おい、見えてきたぞ」
男たちで他愛ない会話をしていると、ヒイラギが遠方を指差す。見えてきたのは、雪と氷に包まれた横長の屋敷。囲うように建設された建物の下には、彫刻のように凍った噴水があるようだ。
「座標一致。着地を推奨します」
「降りるぞ」
緩やかに高度を下げ、真っ白な庭園に着地。もう一度屋敷を凝視してみると、確かに屋根には緑色の部分がほんの少し見える。レンガ造りの壁も霜のせいで白く染まっており、屋根には氷柱が降りている事だろう。窓には灯りがついておらず、暗い印象を受ける。こうして見ると、まるで時がトパーズの月末で止まったかのようだ。
その時だった。
細長い何かが俺の顔を掠め、恐るべき速さで横切る。それを矢を判断した頃には、ジェイミーが素手で受け止めていた。
「……っと! 観光気分はここまでだ!」
「戦闘態勢に移行。これより殲滅を開始します」
弓兵が、いつの間に……!? それも数多く!
まあそうだよな。銀月軍団の手下なら、こういうとこも抜かりねえよな!
「こうなりゃ全員倒すまでだ! 気を抜くなよ!」
「行っくぜぇぇえぇぇえ!!!!」
「うちらを見くびるなよ?」
この寒い街に熱気が宿り、それぞれの正義が火花を散らす。
かつての敵、そして友と行く戦いはまだまだ続くだろう。
(第八節へ)
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