騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第五節 三つの試練 〜鋼鉄のガーゴイル〜

公開日時: 2021年9月1日(水) 12:00
文字数:5,425

 憩いの場での仮眠中、アイリーンが差し出してきたのは“目覚ましガム”。コーヒーの香りがするそれを口の中へ放り込んだとき、悪夢が瞬く間に訪れた。


「あがぁぁぁぁあああああ!!!!!!!」


 誰か! 誰か助けてくれ!!!! このガム、ありえないくらいからいぞ!! アイリーン、お前は俺が激辛でぶっ倒れたことを知った上で渡したのか? とにかく無理。ムリすぎて死ぬ!!


「大丈夫だから隊長、じきに収まるわ」


 いやいや何を言って──



「…………あれ?」



 本当だった。口の中はまるで燃えるような熱さだったが、嘘のように収まっていく。

 ふと隣を見れば、シェリーは相変わらず平然と飲み込んでいる。いったいその強靭な舌はどこで手に入れたんだ……。


「さて。アレックスたちも起きた事だし探索を再開するわよ」

「「はい!!」」


 マリアの号令で花姫フィオラたちが一斉に頷く。俺も眠気が吹き飛んだ事だし、今度こそ憩いの場を離脱した。




 引き続きげつの神殿内をまわっていると、俺の身長を超える両開きの扉が行く手を阻んだ。

 その横にある真鍮のプレートには、こう刻まれてある。


 三の試練を乗り越えよ。


 一、 渡りたくば天を射よ

 二、 己の魔力を以ってして壁を壊せ

 三、 酸の湖に眠る鍵を拾え


 へえ、その三つの試練を超えないと扉が開かないってのか。……って!


「酸の湖とかマジかよ……」

「そんなとこに落ちてる鍵って拾えるの!?」

「小指でも突っ込んだら、あっさり溶けてしまいますわ……」


 アンナとシェリーが動揺するのも無理もない。俺だって内心は『不可能』という単語しか思い浮かばないくらいだ。


「えっと……シェリー様の霊力で扉をこう、『バーン!』とできないのでしょうか?」

「エレ、そんなことしたらあたし達に跳ね返るかもしれないわよ」


 随分と抽象的だが、言わんとしていることはよくわかる。ただ、マリアの言う通り俺たちの身体が吹っ飛ぶようなことが起きれば、今度こそティトルーズ王国を救えないかもしれない。

 こういう試練の場は近くにあるはずだし、とりあえず探してみよう。




一、 渡りたくば天を射よ


 まずは第一の試練とおぼしき場所に辿り着く。


 俺たちの歩く先は断崖になっていて、血のように紅い円の中で射撃を行うらしい。奥に見えるのは、垂直に掛けられた橋。文中では『天を射る』と書いてあったし、天井に吊るされた生首の事だろうか。緑色の肌を持つ辺り、オークか何かだと思うが随分と悪趣味だ。なお崖の下は透明な湖に見えるが──。


「この下、ひょっとすると酸かもね」

「アイリーンちゃんもそう思うか?」

「ええ。しかもあの円もかなり端っこだし、気を付けないと」


 こんな危険な任務を女の子にやらせるのは気が引ける。だからって遠距離の魔法を持たぬ俺が引き受けても却ってまずいし、ここはエレに任せよう。


「エレちゃん、頼んで良いか?」

「任せてください!」


 良かった。意外とおっかない彼女なら生首ぐらいじゃ怯えないだろうし、安心して託せる。

 エレは笑顔で俺に頷いたあと、早速所定の位置に向かった。


 ゆっくりと歩み、華奢な両脚を円の中に収める。

 それから静かに大弓を構え、生首を狙う──!


 しかし、突如吹き荒れた強風がエレの射撃を阻んだ。


「きゃああ!!!」

「エレちゃん!」


 危ねえ! エレが落ちる!

 俺の身体は勝手に動き、背後からエレを抱き留める。くそ、向かい風とかタイミングが悪すぎだろ……!


「踏みとどまれ! 俺が押さえてるから!」

「はい……!」


 肩まで切り揃えた金髪と裏柳のスカートが揺れる。

 彼女の脚は震えていたが、負けじとこう叫んだ。


「絶対に……射てみせるのですっ!! アレックス様、あとはわたくし一人で!!」

「お前が踏み外したら、必ず受け止めるからな!!」


 俺がいったん離れると、エレは今一度弓を構え直す。

 そして、矢を的から敢えてズラし──。


「はっ!!」


 矢はエレの指から離れ、弧を描いて的に向かう。

 生首は眉間を貫かれ、そのまま湖へと落ちていった。


 湖がたちまち紅く染まる中、大きな木の板が傾いて地面が縦に揺れる。天井から欠片が降り注ぐものの、崖と崖が繋がったおかげで渡れそうだ。試練が終わった合図か、風だって止んでいる。


「ふう……ちょっと怖かったのです」

「ありがとう。よくやってくれた」ため息をつくエレの肩に俺の手を添える。


「でも、アレックス様に抱き締められて、とても嬉しかったのですよ」

「っ……!」


 振り向きざまに見せる表情は、不覚にも心臓を跳ねさせた。

 優しい笑みと桃のように色づく頬。エルフ特有の美しさをなぜか直視できず、思わず視線を逸らしてしまう。


「……行くぞ」

「あっ! 恥ずかしがらないでくださいー!」


 照れと共に生まれたのは、シェリーへの罪悪感。

 それらを誤魔化すように、先に橋を渡ることにした。




二、 己の魔力を以ってして壁を壊せ


 次の試練は──魔法か。この面子で最も魔術に長ける者は、声を掛けずとも自ら前に出る。


「ここはあたしの出番かしらね」

「任せた」


 橋を渡ってしばらく歩くと、俺たちの前には行き止まりがあった。そこには魔法陣が描かれていて、あたかも『ここにぶつけてくれ』と言っているように見える。魔法であれば、エレメントは何でも良いのか?


 マリアが杖を前に突き出すと、紅い光が灯る。その光はだんだんと膨大し、最終的には俺たちをも呑み込みそうな光球に変わった。

 彼女が息を吸った刹那、ハリのある声が響き渡る──!


焔龍フィアード!」


 炎の龍が現れ、壁に向かって突進!

 魔法陣は緋色に染まり、壁は大きく崩れた。


「わぁ……相変わらずマリアの魔法はすごいね!」

「あら、あたしを褒めても何も出ないわよ?」

「本当は嬉しいくせに」


「うるさいわね変態悪魔!」

「変態は余計だろ!」


 マリアはシェリーの頭を撫でつつ、俺を睨みつける。でいてくれたら良いになるんだがな。

 それはさておき。これは思ったほか早く解決できたし、最後は──。


「アレか」

「ええ、アレですわね……」




三、 酸の湖に眠る鍵を拾え


「これ……どうするの……?」

 マリアらの見つめる先にある湖。小さく波打つ湖は一見ただの水だが、落ちてしまえば全く洒落にならない。

 この湖のどこに鍵があるというのだろう。少し考えてみた時、ある考えが思い浮かぶ。


「シェリーちゃん、ちょっと力を貸してくれないか? 俺が潜るから、お前の力で無効化してほしい」

「できる限りやってみますわ」


 良かった。力を温存してもらう以上、早く見つけよう。

 俺は湖の前に立ち、シェリーが念じるのを待つ。


「お願い、あの人を守って」


 シェリーが静かに両手を重ね、目を瞑る。すると球体の結界が俺を囲み、澄んだ空気が体内に入り込んだ。霊術の発動を確信すると、湖に飛び込んで泳いでみせる。


 この結界が剝がれれば、俺は骨すら残らないだろう。徐々に水底へ降下すれば、灰色の床が視界に広がる。さすが酸の湖といったところか。何一つ落ちていないし、これなら鍵をすぐに──


「……! まさか……!」


 気づいたときには既に遅し。見上げれば板のような何かが湖を覆い隠そうとする。その板の正体は橋で、誰かが飛び込むだけで下りる仕組み。つまり、最初に見掛けた扉も偽物だったのだ。

 こんな事なら、向こう岸まで飛ぶべきだった……!


『アレックスさん……!』

「わかってるさ。お前らが渡ったあと、俺も行くから!」


 シェリーの悲痛な声が脳内に響き渡る。

 俺とシェリーが力を合わせれば、これぐらい……!


 視界を完全に遮られた今、複数の足音だけが聞こえてくる。彼女らが駆け抜けているのだろう。

 再び静寂が戻ったとき、シェリーは俺に声を掛けた。


『私が助けますわ! だから、あなたは意識を集中させて!』

「わかった! 頼りにしてるぞ」


 内側の空間が急速に圧迫し、息苦しくなる刹那──。



『間に合って!!』



 彼女の霊術が俺を打ち上げ、橋に大きな穴を開ける。

 その流れで、俺は花姫たちが立つ場所に着地。彼女らはマリアの防御壁バリエラに守られたおかげか、飛沫が身体に付着していないようだ。誰もが呆然と口を開けるが、無理もない。


「ご無事で良かったわ!」

 シェリーが駆けつけ、俺の両手を握り締める。その頃には彼女が張ってくれた結界が剝がれ、何事もなく息を吸えることに気づいた。正直、すげぇホッとしている。


「お嬢様の力が無かったら──!」

「ああ。だから、ホントにありがとう」


 アイリーンと一緒にシェリーを見つめると、本人は顔を赤らめ始めた。


「この先にまた扉があるけど、何か試練が待ってるのかな……」


 アンナが視線で捉える先には、確かに別の扉がある。それはげつの紋章を描いたもので、向こう側に魔物がいるような気がしてくる。

 それでも行かねばならない。石の板に両手を添えると、冷たい感触が皮膚を伝う。まるで緊迫感を物語るかのようだ。


 その緊迫感に抗うように押してみせると──ある魔物を模る巨大な鋼が、俺たちを待ち構えていた。



「な、何なのですこれ!?」

銀月軍団シルバームーン……よくも盗んだわね!」



 これがティトルーズ王国の技術だと云うのか? 長い耳とツノに、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうな身体。俺同様、悪魔の翼を生やしたそれは“ガーゴイル”とだ。片手には、先端がドリル状の槍。ガーゴイルは俺たちを捉えると目を赤く光らせ、ドリルを唸らせた。


「この魔物を倒せばきっと……!」


 エレ達はおののくも、すぐさま武器を構え直す。

 そして俺も大剣を取り出したとき、ガーゴイルは高い天井へ跳躍した。背中から蒸気を噴出させ、水平の状態で高速飛行。翼の下部から聞こえてくる駆動音は、俺たちに威圧を与えてきた。


「来るぞ!」


 翼から六本の無機質な筒を射出! 全長三メートルにも及ぶそれは、後ろから火を噴き放物線を描き始めた。

 その標的は他ならぬ花姫たち。俺は地面を蹴り、まずは自身に迫る兵器を両断した。千切れた白銀の脈が露わとなり、煙が天に昇る。


 さあ次だ!

 翼を展開し、最も接触しそうなモノから切断! 他の筒も同様に大破するが──


 甲高い咆哮。

 今度はドリルが存在を示し、束となる花姫たちに襲い掛かる。


「散らばれ!!」


 彼女らに向かって声を張り上げると、誰もが一斉に分かれ始めた。

 ガーゴイルはドリルを突き出し、先程まで花姫たちが居た場所へ突く。無論、からを刺す事で隙を見せる格好となった。


「堕ちなさぁぁああい!!」


 アイリーンは幼い身体を以って二度跳躍。左手に宿す鉤爪は、ガーゴイルの右翼に穴を空けた。ヤツは声にならぬ悲鳴を上げ、体勢を崩す。


「まだまだなのですっ!」


 花姫の追撃は終わらない。今度は、一メートル前後の矢が地上から射出。その矢は左翼を貫くと、鉄の欠片が雪のように舞い降りた。


 しかし、完全に動きを封じたとは言い難いだろう。

 なぜなら──この鋼鉄の魔物は、蒸気の飛行機具を背負っているからだ。


 偶然か必然か。ガーゴイルは佇むアンナと目線が合う。

 そのまま大きく口を開けた時、喉奥が光り出すのがわかった。


 発射される紅い閃光。それが到達する前に、跳躍でアンナの前に着地。


「くっ……!」

 幅広な剣身で閃光を受け止めると、背後からアンナの声が聞こえてきた。


「アレックス!?」

「俺に構うな! さっさと離れろ!!」


 想像以上に衝撃が重い……! ただ、あっちも引き下がるつもりは無さそうだ。

 再び閃光が放たれた時、ある考えが脳裏を過ぎる。失敗すれば大怪我を負うハメになるが、やらなきゃわかんねえ。


 ダイスに身を任せ、右手に力を込める。

 閃光が迫る中、俺は──



「るぁぁあああ!!!!」



 勢いよくぶん回す!!


 光束はガーゴイルへ反射すると、その巨体をジリジリと炙り始めた。それから光が消え、筋肉質な身体から煙が立ち込める。片膝をつく今がチャンスだろう。


「行くよ!!」


 いつの間にか宙に浮いていたアンナが急降下。

 白き刃が飛行機具に風穴を開け、大量の蒸気を放出させる!


「先程のお返しですわ!」


 シェリーの追撃。

 彼女はレールガンを召喚し、青い光束でガーゴイルの頭部を破壊! 破片が飛び散る瞬間、俺と花姫たちは腕で顔を覆った。


「マリア、後はお願い!」

「ええ!」


 マリアは首無し怪物の前に立つと、杖を突き出し翠色の光を宿す。


大樹の槍アルベランシア!!」


 尖端を持つ樹の幹が杖の先から出現。蔓に絡まれたそれは、まさに大樹の槍といえよう。

 俺が息を吸う間に、槍は高速で心臓コア部分に到達。背中から槍が露出すると、体内から溢れた青い飛沫──燃料である魔力回復剤──が飛び散った。


 串刺しにされたガーゴイルは、ついに前へ倒れる。その反動で地面が少し揺れたあと、張りつめる静寂が訪れた。

 奥にあるのは、アルテミーデの肖像を刻んだ二枚扉。肖像が紫色の光を放つとき、その先のいびつな気配を悟った。自身の首筋を伝う脂汗は、俺に魔力補給の指示を促す。


「魔力を回復しろ。それからシェリー」

「はい」


 シェリーは俺の元へ駆け寄り、互いに手を握り締めた。彼女の全身が金色に包まれ、霊力が戻る。光が消えると、彼女は俺から離れて拳銃に持ち替えた。


「行くぞ。絶対に気を抜くな」


 彼女らが応える中、俺は扉に手を掛けて押し開ける。葵色の光が差し込んだ末、奥へと伸びる空間が俺たちを出迎えた。

 アーチ型の支柱が左右対称に並び、床には紋章が大きく描かれている。しかもその奥にあるのは、アルテミーデの像だ。この幻想的な光は、彼女の胸に埋められたオーブによるものだろう。


 だが、女神像の前にはこの場にそぐわない存在が立ち尽くしている。



「侵入者を捕捉。これより、殺戮段階に移行します」



 抑揚を失った声と、柔らかなボブカットヘアーが特徴の少女はこちらを見つめ、長いを握り締めた。




(第六節へ)






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