魔女チェルデインによって幼い少女にさせられてしまったアイリーン。いくら彼女と云えど地べたを歩かせ続けるのは気が引けるので、俺が抱き上げる事にした。
戸惑いが隠せない俺たちだが、廃墟都市エリヴィラを歩いていると、どういうわけか三人の子どもと遭遇する。うち一人は子オークだが、種族を越えて遊び呆けているようだ。
「女王様が来たぞ!」
「「こんにちわ!」」
「どうも。此処はいつ魔物が出てきてもおかしくない場所よ。早く家に帰りなさい」
開口一番に注意するマリアだが、子ども達は俺とアイリーンに視線を移す。子オークが「あっ」と感嘆して指差した時、半年前のような悪夢が脳裏をよぎった。
「おいら達と同い年の子がいるぞ!」
「ホントだ! ねえねえ、その人が君のパパ?」
「ママは誰ー?」
「えっ……う……」突然の質問攻めにどもるアイリーン。
「いや、誰でもねえ──」
「もしかして皆?」
「「ええええええええ!!!?」」
俺が代わりに答えようとした時、子ども達が勝手な憶測で遮ってきた。勘弁してくれよ、そりゃあこの国は重婚が許されてるが──。
「知ってるか? “じゅうこん”はモテモテの証なんだって!」
「でもママたちとどうやって子ども作ってるの?」
「それはね──」
「ちっがーーーーう!!!」
俺に抱き上げられるアイリーンが、子ども達に向かって怒鳴りつける。幼い声が街中に響き渡ると、彼らは口を開けたまま黙り込んだ。
「この人たちは自分の仲間! お父様でもお母様でもないのっ!」
「……なーんだぁ」
「別のとこで遊ぼうぜ」
「そうしよー」
案外あっさりと去っていく子ども達。もしアイリーンが止めてくれなきゃ、俺はまた妙な扱いを受ける事になるからな……。
「ありがとな、アイリーンちゃん」
「隊長もちゃんと止めなさいよね? とっても恥ずかしかったんだから……」
「すまん……」
アイリーンが頬を膨らまし、そっぽを向く。俺が内心困惑している一方、マリアは依然として恍惚の視線をメイド長に注ぐのみだ。
「陛下! ぼーっとしてないで行きますよ?」
「あっ、ええ……! さ、さあ皆も早く!」
「どっちがご主人なのでしょう……」
「逆転してますわよね……」
俺らを見て呟くエレとシェリーだが、その会話がアイリーンに届く事は決して無かった。
──月の神殿前。
石造の床を突き進んだ先に長い階段がある。そこを昇り切れば“月の神殿”だ。エリヴィラから見えた楕円形の屋根の正体は此処であり、今紫色の連なる建物は城を彷彿させる。
雨は小康状態になったものの、数か所の水たまりが視界に飛び込む。気をつけねば、この湿り切った床の上で滑りそうだ。
見上げれば半円型の門があり、その先は中へ通ずる両開きの扉がある。この階段を昇りたいところだが、果たしてアイリーンはどう見るか。
「階段までは俺と一緒に行こう」
「これぐらい一人で昇れるわよ」
やはりそうくるよな……。成人の俺たちなら問題なく昇れる段差だが、小さい子だとそうはいかない。
だから、此処は俺の考えを押し通そう。
「ほら、行くぞ」
「むーーー」
子どもを抱く分身体が少し重いが、これぐらいは許容範囲だ。神殿の中でもおぶるわけにはいかないので、彼女のコンディションをこまめに確かめながら進もう。
「本当に戻れるのかしら……」
「大丈夫だ。魔女の呪いには必ず抜け道がある」
不安の表情を見せ、項垂れるアイリーン。俺が頭を撫でると、彼女は顔を赤らめて口を尖らせた。
「や、やめてよ……また勘違いしちゃうじゃない」
「わりぃ、つい癖でな」
「うふふ。アレックスさんったら、天然ジゴロですわね」
「嬉しくねえよ」
余裕があるのか、隣のシェリーがからかう。
花姫たちが俺に惚れるのも、何かの偶然だ。俺はただ本命を追ってただけだし、彼女らにモーションを掛けた覚えはない。それにフラれたことは沢山あるし、本当にモテるなら毎日がもっと忙しいだろう。
さて、他愛ない話をしていたらあっという間に辿り着いた。例の扉には、月の紋章──三日月を月桂樹で囲ったようなデザイン──が刻まれている。『鍵は掛かっている』と予想していたが、俺が扉を押すと容易く開かれた。
扉が軋む音と共に、冷風が運ばれてくる。突き刺すような冷気が頬に当たるせいで、肌に亀裂が走りそうだ。
見渡す限り神殿内は薄暗く、シーンという耳鳴りが終始響く。ふとアンナが俺の隣に来たと思いきや、手を掲げて呪文を唱え始めた。
「蛍灯」
彼女の手が淡く光り、葵色の石畳をほんのりと照らす。視認性が僅かに上がった事で、足元を確認できるようになった。
俺はアイリーンを下ろした後、お目付け役としてアンナと共に前を歩く。マリアについては、シェリーとエレに守ってもらおう。
だが、扉を閉ざして数歩進んだとき──魔の気配はすぐそこにあった。
「ひゃああ!!!」
「エレさん!? いま助けますわ!」
エレの足首に黒い影が絡みつく。それはファントムと呼ばれる魔物であり、二ヶ月前の城下町炎上で湧き出した異形だ。
エレが抵抗すればするほどファントムは蠢き、彼女の自由を奪っていく。
シェリーが一丁の魔力変換銃を召喚し、影めがけて数弾撃ち込む。ファントムは鮮血の如く黒い飛沫を散らすが、まだ生きているようだ。──ならば。
「俺が行く! エレ、絶対動くなよ!」
長剣を鞘から取り出し、エレがいる後方へ回り込む。素早くファントムを切り落とすと、そいつらは呻きながら掻き消えた。
「大丈夫か?」
「はい……っ! それにしても、今のアレックス様はとてもカッコよかったのです……」
「当然のことをしたまでだ」
解放されたエレは新緑の垂れ目を細め、俺に視線を注ぐ。
この感じ、帰国して間もない頃にエレを(暴漢どもから)助けた事を思い出す。でも、その眼差しを俺なんかに向けて良いのだろうか。
「そういや、ステファンを昼飯に誘ったのは何故だ?」
「はい? お友達をお食事に誘う事に問題でも……?」
「……脈無しってヤツね」
満面の笑みを浮かべ、無慈悲な事を言うエレ。
アイリーンも俺も、心の中でステファンを哀れんだのは言うまでもない。
さすが銀月軍団の支配下というだけあって、魔物が絶え間なく湧き出す。オーブを守るという使命からか、此処の奴らは一段と強く感じるものだ。
「そっちはどうだ?」
「もうちょっとで片付くよ!」
俺とアンナは二手に分かれて魔物を処理。俺やマリア・アイリーンはスケルトンの群れと、アンナらは闇色のスライムと戦っていた。
しかしこの三体のスケルトン、ヴェステル迷宮にいたヤツと違って素早い。薄汚れた身体で曲刀を持つ彼らは、各々が自立しているため一筋縄ではいかない。
スケルトンが再び跳び上がり、俺に向かって剣を振り下ろす。
そこで俺は左に避け、すぐさまヤツの背後に回った。
「とおっ!!」
大剣を肩から斜めに切り下ろし、一体目を粉砕。
「たぁあっ!!」
はじめは幼い身体で戦うアイリーンに懸念が募ったが、成人期さながらの身のこなしだ。スケルトンの攻撃を躱した後、お得意の足蹴で撃退。
さて、残る一体は──。
「すばしっこいわね……!」
マリアが相手しているようだ。彼女は防御壁を展開して自身を護るが、ここは援護すべきだろう。
──と思ったが、結界でスケルトンの一振りを弾き飛ばし、次の詠唱に移る。
「雷撃!」
迸る稲妻が骸骨を縛った末、骨が散らばっていく。
こうして神殿に再び静寂が訪れると、俺とマリアは偶然にも目が合う。
乙女色の煌めく瞳が俺を捉えたとき、一瞬だけ自分の胸が高鳴ってしまう。長いまつ毛に雪のような肌と、名誉王妃と面影が重なる程に美しい。
加えて令嬢服からは想像がつかない程、メリハリの利いたスタイルだ。未だ残る幼さと色気のギャップを持つ彼女は、国民の間で密かに人気があるらしい。
それ以上見つめれば俺も現を抜かしてしまう。彼女から顔を逸らし、他の花姫たちに目を向けた。
「みんな、怪我してねえか?」
「はい、大丈夫ですわ」
「わたくしも平気なのですが、憩いの場を探したほうが良さそうなのです」
「そうだね。今日中に戻れるとは限らないし」
エレやアンナが言うように、確かに安らげる場所は確保したほうが良いな。俺は彼女らの言葉に頷いた後、視線を落としてアイリーンに尋ねる。
「アイリーンも平気か?」
「自分はまだまだ! ところで分かれ道があるけど、隊長はどーするの?」
「そうだな……はぐれたら厄介だし、まずは右手から行こう」
此処から少し歩けば分かれ道だ。そろそろ日の入りの時間だが、憩いの場を見つけるまでは探索を続けよう。
「女四人に幼女一人……まずはあの男から、だね」
(第四節へ)
読み終わったら、ポイントを付けましょう!