騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第三節 月の神殿

公開日時: 2021年8月27日(金) 12:00
文字数:3,452

 魔女チェルデインによって幼い少女にさせられてしまったアイリーン。いくら彼女と云えど地べたを歩かせ続けるのは気が引けるので、俺が抱き上げる事にした。

 戸惑いが隠せない俺たちだが、廃墟都市エリヴィラを歩いていると、どういうわけか三人の子どもと遭遇する。うち一人は子オークだが、種族を越えて遊び呆けているようだ。


「女王様が来たぞ!」

「「こんにちわチャオ!」」

「どうも。此処はいつ魔物が出てきてもおかしくない場所よ。早く家に帰りなさい」


 開口一番に注意するマリアだが、子ども達は俺とアイリーンに視線を移す。子オークが「あっ」と感嘆して指差した時、半年前のようなが脳裏をよぎった。


「おいら達と同い年の子がいるぞ!」

「ホントだ! ねえねえ、その人が君のパパ?」

「ママは誰ー?」

「えっ……う……」突然の質問攻めにどもるアイリーン。


「いや、誰でもねえ──」

「もしかして皆?」

「「ええええええええ!!!?」」


 俺が代わりに答えようとした時、子ども達が勝手な憶測で遮ってきた。勘弁してくれよ、そりゃあこの国は重婚が許されてるが──。


「知ってるか? “じゅうこん”はモテモテの証なんだって!」

「でもママたちとどうやって子ども作ってるの?」

「それはね──」


「ちっがーーーーう!!!」


 俺に抱き上げられるアイリーンが、子ども達に向かって怒鳴りつける。幼い声が街中に響き渡ると、彼らは口を開けたまま黙り込んだ。


「この人たちは自分の仲間! お父様でもお母様でもないのっ!」


「……なーんだぁ」

「別のとこで遊ぼうぜ」

「そうしよー」


 案外あっさりと去っていく子ども達。もしアイリーンが止めてくれなきゃ、俺はまた妙な扱いを受ける事になるからな……。


「ありがとな、アイリーンちゃん」

「隊長もちゃんと止めなさいよね? とっても恥ずかしかったんだから……」

「すまん……」


 アイリーンが頬を膨らまし、そっぽを向く。俺が内心困惑している一方、マリアは依然として恍惚の視線をメイド長に注ぐのみだ。


「陛下! ぼーっとしてないで行きますよ?」

「あっ、ええ……! さ、さあ皆も早く!」


「どっちがご主人なのでしょう……」

「逆転してますわよね……」


 俺らを見て呟くエレとシェリーだが、その会話がアイリーンに届く事は決して無かった。




 ──げつの神殿前。


 石造の床を突き進んだ先に長い階段がある。そこを昇り切れば“月の神殿”だ。エリヴィラから見えた楕円形の屋根の正体は此処であり、今紫色の連なる建物は城を彷彿させる。

 雨は小康状態になったものの、数か所の水たまりが視界に飛び込む。気をつけねば、この湿り切った床の上で滑りそうだ。


 見上げれば半円型の門があり、その先は中へ通ずる両開きの扉がある。この階段を昇りたいところだが、果たしてアイリーンはどう見るか。


「階段までは俺と一緒に行こう」

「これぐらい一人で昇れるわよ」


 やはりそうくるよな……。成人の俺たちなら問題なく昇れる段差だが、小さい子だとそうはいかない。

 だから、此処は俺の考えを押し通そう。


「ほら、行くぞ」

「むーーー」


 子どもを抱く分身体が少し重いが、これぐらいは許容範囲だ。神殿の中でもわけにはいかないので、彼女のコンディションをこまめに確かめながら進もう。


「本当に戻れるのかしら……」

「大丈夫だ。魔女の呪いには必ず抜け道がある」


 不安の表情を見せ、項垂うなだれるアイリーン。俺が頭を撫でると、彼女は顔を赤らめて口を尖らせた。


「や、やめてよ……また勘違いしちゃうじゃない」

「わりぃ、つい癖でな」


「うふふ。アレックスさんったら、天然ジゴロですわね」

「嬉しくねえよ」


 余裕があるのか、隣のシェリーがからかう。

 花姫フィオラたちが俺に惚れるのも、何かの偶然だ。俺はただ本命シェリーを追ってただけだし、彼女らにモーションを掛けた覚えはない。それにフラれたことは沢山あるし、本当にモテるなら毎日がもっと忙しいだろう。


 さて、他愛ない話をしていたらあっという間に辿り着いた。例の扉には、げつの紋章──三日月を月桂樹で囲ったようなデザイン──が刻まれている。『鍵は掛かっている』と予想していたが、俺が扉を押すと容易く開かれた。

 扉が軋む音と共に、冷風が運ばれてくる。突き刺すような冷気が頬に当たるせいで、肌に亀裂が走りそうだ。


 見渡す限り神殿内は薄暗く、シーンという耳鳴りが終始響く。ふとアンナが俺の隣に来たと思いきや、手を掲げて呪文を唱え始めた。


蛍灯イルーチェ

 彼女の手が淡く光り、葵色の石畳をほんのりと照らす。視認性が僅かに上がった事で、足元を確認できるようになった。


 俺はアイリーンを下ろした後、お目付け役としてアンナと共に前を歩く。マリアについては、シェリーとエレに守ってもらおう。


 だが、扉を閉ざして数歩進んだとき──魔の気配はすぐそこにあった。


「ひゃああ!!!」

「エレさん!? いま助けますわ!」


 エレの足首に黒い影が絡みつく。それはファントムと呼ばれる魔物であり、二ヶ月前の城下町フィオーレ炎上で湧き出した異形だ。


 エレが抵抗すればするほどファントムはうごめき、彼女の自由を奪っていく。

 シェリーが一丁の魔力変換銃を召喚し、影めがけて数弾撃ち込む。ファントムは鮮血の如く黒い飛沫を散らすが、まだ生きているようだ。──ならば。


「俺が行く! エレ、絶対動くなよ!」


 長剣を鞘から取り出し、エレがいる後方へ回り込む。素早くファントムを切り落とすと、そいつらは呻きながら掻き消えた。


「大丈夫か?」

「はい……っ! それにしても、今のアレックス様はとてもカッコよかったのです……」

「当然のことをしたまでだ」


 解放されたエレは新緑の垂れ目を細め、俺に視線を注ぐ。

 この感じ、帰国して間もない頃にエレを(暴漢どもから)助けた事を思い出す。でも、その眼差しを俺なんかに向けて良いのだろうか。


「そういや、ステファンを昼飯に誘ったのは何故だ?」

「はい? をお食事に誘う事に問題でも……?」

「……脈無しってヤツね」


 満面の笑みを浮かべ、無慈悲な事を言うエレ。

 アイリーンも俺も、心の中でステファンを哀れんだのは言うまでもない。




 さすが銀月軍団シルバームーンの支配下というだけあって、魔物が絶え間なく湧き出す。オーブを守るという使命からか、此処の奴らは一段と強く感じるものだ。


「そっちはどうだ?」

「もうちょっとで片付くよ!」


 俺とアンナは二手に分かれて魔物を処理。俺やマリア・アイリーンはスケルトンの群れと、アンナらは闇色のスライムと戦っていた。

 しかしこの三体のスケルトン、ヴェステル迷宮にいたヤツと違って素早い。薄汚れた身体で曲刀を持つ彼らは、各々が自立しているため一筋縄ではいかない。


 スケルトンが再び跳び上がり、俺に向かって剣を振り下ろす。

 そこで俺は左に避け、すぐさまヤツの背後に回った。


「とおっ!!」

 大剣を肩から斜めに切り下ろし、一体目を粉砕。


「たぁあっ!!」

 はじめは幼い身体で戦うアイリーンに懸念が募ったが、成人期さながらの身のこなしだ。スケルトンの攻撃を躱した後、お得意の足蹴で撃退。


 さて、残る一体は──。


「すばしっこいわね……!」


 マリアが相手しているようだ。彼女は防御壁バリエラを展開して自身を護るが、ここは援護すべきだろう。

 ──と思ったが、結界でスケルトンの一振りを弾き飛ばし、次の詠唱に移る。


雷撃トゥオーレ!」


 迸る稲妻が骸骨を縛った末、骨が散らばっていく。

 こうして神殿に再び静寂が訪れると、俺とマリアは偶然にも目が合う。


 乙女色の煌めく瞳が俺を捉えたとき、一瞬だけ自分の胸が高鳴ってしまう。長いまつ毛に雪のような肌と、名誉王妃と面影が重なる程に美しい。

 加えて令嬢服からは想像がつかない程、メリハリの利いたスタイルだ。未だ残る幼さと色気のギャップを持つ彼女は、国民の間で密かに人気があるらしい。


 それ以上見つめれば俺もうつつを抜かしてしまう。彼女から顔を逸らし、他の花姫たちに目を向けた。


「みんな、怪我してねえか?」

「はい、大丈夫ですわ」

「わたくしも平気なのですが、憩いの場を探したほうが良さそうなのです」

「そうだね。今日中に戻れるとは限らないし」


 エレやアンナが言うように、確かに安らげる場所は確保したほうが良いな。俺は彼女らの言葉に頷いた後、視線を落としてアイリーンに尋ねる。


「アイリーンも平気か?」

「自分はまだまだ! ところで分かれ道があるけど、隊長はどーするの?」

「そうだな……はぐれたら厄介だし、まずは右手から行こう」


 此処から少し歩けば分かれ道だ。そろそろ日の入りの時間だが、憩いの場を見つけるまでは探索を続けよう。








「女四人に幼女一人……まずはあの男から、だね」




(第四節へ)






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