騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第五節 もう一人の大悪魔 〜蓮理の杭〜

公開日時: 2021年5月12日(水) 12:00
文字数:5,122

【前回のあらすじ】

 自身の意識に迷い込むアレックスは、シェリーと共にデーモンを撃破。その後、兄であるヘンリーと死闘を繰り広げるが、圧倒的な強さの前に倒れてしまう。

 非情な悪魔と、人情深き悪魔。勝利の女神はどちらに微笑むのか。


・地獄花:彼岸花の別名。

『こいつ、本当にあのヴァンツォの息子なのか?』


 これは、まだ俺が魔界に居た頃の出来事だ。

 少年時代から、兄貴は既に強かった。それは親父の力を色濃く受け継いでいるのが大きく、俺が出来ない事もあいつなら簡単にやってのけた。


 親父もおふくろも俺たちを大事にしてくれたけど、兄貴は何かと歪んでいた。両親の前では何もしねえ癖に、誰も居なくなるとすぐ手を上げてくる。


 人間界が己の力で文明を発達させていくのと同じように、魔界や天界も徐々に順応していく。この頃の魔界には蒸気機関とか云う便利な文化など無かったが、暮らす分には何の不自由も無かった。

 ……それなのに、兄貴は俺からありとあらゆるモノを奪った。

 自尊心、勇気、名誉、そして友情──仲間だと思ってた奴らはみんな兄貴に流され、誰もが俺を苦しめるのに夢中だった。


 ある日。俺は『修行』という大義名分のもと、兄貴を始めとした連中に殴られまくった。魔法の実験台にもされ、死に掛けた頃には兄貴が回復魔法を使ってくる。そうすれば、俺はまた砂袋のような扱いを受ける事となる。この無間地獄に終わりなど無かった。

 この日も兄貴は俺の頭を踏みつけ、踵でグリグリと追い打ちを掛けてくる。


『実に惨めだ。我がこれだけ修行に付き合ってやっても尚、力をロクに使えやしないのだからな』


『血、繋がってないんじゃないの?』

『こんなヤツ、人間界に突き落とした方がマシじゃね?』

『うふふ。ダメよ、人間は悪魔を嫌うのだから余計辛くなっちゃうでしょ』


 魔族共の嗤い声が胸に突き刺さる。けど、俺にはもう立ち上がる力すら残っていなくて、この石畳に染みを落とすしか無かったんだ。


『だったら餌になるのが精一杯だろ。おい、お前』


 地に響き渡る足音。それは、取り巻きの一人が使役していた人喰いの巨人──オーガのものだ。

 オーガはその太い手で俺の首根っこを掴み、醜い顔をさらに歪ませる。俺の身体は反射的に震えていたが、横で嘲笑う兄貴が気に留めるわけが無い。


『喰らうのは肉だけにしろ』


 そしてオーガは俺の胸元に牙を突き立て──



『ぎぁぁああぁぁああぁぁああああぁあ!!!!!!!』



 奴は律儀に兄貴の言葉に従い、骨が露出する程度に留めてきたのだ。


 なぜお前らはそんな愉しそうなんだ?

 なぜそんなに嗤っていられるんだ?


 それから俺は長い時間捨て置かれ、虫の息になって初めて命拾いされた。

 生と死を彷徨う最中さなかが脳裏を過ぎったのだ。


 おそらく女だったろう。うなじまで伸ばした銀髪が風に揺られ、こんな俺に手を差し伸べてきた。そう、やんわりと口角を上げたままな──。




 ああ、今回もきっと同じような道を辿る。

 兄貴はきっと、この小休止が終わったらまた回復させて痛めつけるんだ。あの頃のように……



『あなた』



 ……この声はシェリー? お前、まだ生きていたのか?


『どうか希望を捨てないで。あなたなら、この国を──いえ、この世界を救えますわ。だって本当は……────ですもの』


 おい、何言ってるんだ!? 何故俺が世界を救うことに? それに最後の言葉はよく聞き取れなかったし、そもそもお前は本当にシェリーなのか?


『さあ、お立ちになって。今こそ、あなたに眠る真の力が目覚める時です』


 彼女に似た女の声に躊躇していると、温かい風が俺を包み込んでくる。これまでに受けた身体の傷を全て癒やし、封じ込められた大悪魔ヴァンツォの魂がドクリと脈打った気がした。


 誰だか知らないが、お前が望むならいくらでも応えるさ。



 目覚めよ、俺の力──

 今度こそ……この手で兄貴をぶっ潰す!!



「っ!? アレクが、目覚めただと……!?」

「はっ。お前が驚くなんて、雪でも降るんじゃないか?」


 真の姿に変化した俺は、気づけば兄貴の前で立っている。

 しかも隣には──


「ヘンリー、あなたを絶対に許しませんわ」

「その力を解放しきれてない汝が何を言う?」


 あれだけ傷だらけだったシェリーも、今じゃ勇敢に佇んでいるではないか。背中から生える蒼い翼も一際大きく、底知れぬ力を感じる──。

 それに、彼女はある巨大な武器を右に抱えているのだ。そのフォルムは大樹のように太く、十本以上の細長い管を一纏めにしたようなもの。群青に色塗られた鋼鉄の銃器は、何処からどう見てもガトリング砲だった。


 兄貴の言う『解放しきれてない』が何を指すかは判らないが、今のシェリーには無関係である事は明白だ。

 兄貴は蝙蝠の翼を広げ、後退する事で間合いを取る。相変わらず薄気味悪い笑みを浮かべるが、その実は焦燥が抜けきれていないはずだ。


「我の制御からと逃れるとはな。だが、所詮汝らが我に敵わぬ事を証明せねばなるまい。……はぁっ!」


 彼の前に展開される、深紅と漆黒の魔法陣。俺がこの姿の時にしか使えないものだが、この男なら目覚めずとも容易に召喚できるだろう。

 けど、今の俺は誰にも止められまい。同じくその魔法陣を展開させると、特大槍が現れるタイミングが……いや、俺の方が少し速かったはずだ。


 射出する瞬間が重なり、二条の槍が直線状に飛び立つ!

 それらが衝突を起こすと黒い爆発が起こり、この地を大きく揺るがした。


「うっ!」

 人間であるシェリーはその揺れでバランスを崩すも、何とか持ち直したようだ。


 血のような煙と黒い光が視界を覆う中、シェリーがガトリング砲を構える。それから彼女は目を瞑り、自己暗示するように呟く。


「大丈夫ですわ。私なら……!」


 魔力を注いだのか、銃口に青白い光が集まっていく。

 そしてシェリーは瞼を開け、力強い掛け声と共にトリガーを引いた!


「はぁぁあぁっ!!!」


 鼓膜を破るほどの銃声が連なり、短い間隔で光弾が乱射される。

 それに気付いた兄貴は左手を突き出し、巨大な紅い盾を召喚。しかし、光弾は瞬く間に風穴を開け、零れ桜のように無作為な模様を描き出す。その時、兄貴の眉間にシワが寄ったのは決して気のせいではない。


「この盾に穴を開けるとは大したものだ。ならば、これはどうだ?」


 兄貴が指揮者の如く左手を振り下ろすと、盾が水平に飛行しくうを切る音と共にシェリーに迫った。

 しかし、その速度は鈍く見える。俺は彼女の前へ一歩踏み入れ、宙に浮く盾を爪で切り裂いた。赤黒い軌道は表面に傷を刻んだのち、呆気無く砕け散る。


でよ」


 彼が右手を掲げると、自身の前に無数の小さな魔法陣を展開。魔法陣が光りだした刹那、シェリーはすぐさま俺らの周りに結界を張った。

 魔法陣から放たれる光線は、一斉に結界へと伸びる。けれど破壊には至らなかったようで、反動による激しい横揺れだけで済んだ。


 両手を広げて立ち尽くすシェリー。彼女は振り向きざまに真摯な眼差しを注ぎ、思いもよらぬ事を求めてきた。


「アレックスさん、私の身体に魔力を注いで! 私もあなたに霊力を送りますから!」

「お前、人間が魔族の力を受け取れば──」

「良いから早くっ!!」


 シェリーに気圧けおされて戸惑いを隠せないが、覚悟を決めてるなら仕方あるまい……!

 魔族が持つ魔力は、人間のそれとは比べ物にならない程邪悪なものだ。俺は目を瞑って彼女の前に両手を突き出し、少しずつ力を注いでいく。すると温かな手が握り締め、優しい氣が体内に送り込まれた。


『そう。もっと私に注いで……』


 耳元で囁くような、甘くて艶めかしい声。その一音一音が霊力に換わるおかげで、俺の手先がどんどん熱くなっていった。

 一方で俺はシェリーに向けて魔力をさらに注ぎ込むと、風が唸り声を上げてきた。加えて風は、こんな悪魔おれに過ぎたる希望を運んでくる。


『この世界を救える』


 その確信が、今の俺たちにとって大きな力だ。

 やがて互いが送るエネルギーが頂点に達したとき。俺たちは片方の拳を合わせ、兄貴に向かって勢いよく突き出す!


「これで終わりよ! ヘンリー・ヴァンツォ!!」


 紅の光に、蒼の光。

 それぞれが交差し、俺たちの手先に収束。


 そしてついに──

 鋭角な閃光が宿敵ヘンリーを捉えた!



「「蓮理の杭パーロ・デラモーレ!!!!」」



 その杭は彼の心臓を迅速に貫き、鮮血は地獄花のように外側へと弧を描く。口からも大量の血が溢れると共に、断続的な苦鳴がこの青紫の空間に響き渡った。


「ぐぁぁあ! が、はぁ……っ!!」


 杭が消えた瞬間、彼が後ろに倒れる。四肢を広げて横たわる様は、まるで自身の敗北を認めるかのようだ。

 しかし。俺とシェリーも力を使い果たしたのか、元の姿に戻ってしまう。それでも俺はいつの間にか鞘に収まった長剣を取り出し、兄貴に少しずつ歩み寄る。


 俺はもう、覚悟ができていると云うのに……何故‥…。

 切先を兄貴の喉元に向けたは良いが、柄を持つ両手が小刻みに震えるのだ。彼はそんな俺を見上げて鼻を鳴らす。


「小心者めが」

「っ!? おい、何処へ行く!!」


 彼の肉体が黒い靄となり、天へ昇っていく。

 肩透かしを食らった俺は思わず辺りを見回し、姿見えぬ彼に向かって怒号を上げた。


 けれど、それは兄貴にとって無意味なようだ。

 彼は次の言葉を最後に、とうとう気配を掻き消す。



『なかなか有意義であった。いずれまた会おう』



 ……結局俺らがあれだけ力を尽くしても、あいつにとって掠り傷かよ。

 しかし、苛立ちより先に襲いかかったのは視界のぼやけ。静寂は聴覚みみを支配し、皮膚感覚が失われた末──



 俺は再び倒れてしまったのだ。

 真っ赤に染まる、鉄臭い床の上で──。






 視界に広がったのは、白い天井だった。この硬い枕に月光が射し込む小さな窓辺──城内の医務室であることに間違いは無いようだ。

 俺は、ようやく現実に戻ってきたのか。もうどれくらい日が経ったのだろう。他の皆はどうしてる? 俺らが眠る間に、何か事件が起こっていないだろうか。


「……はっ!?」


 そういやシェリーは!?

 衝動に任せて起き上がった時、雷に打たれたような激痛が全身を襲う。……きっと、ジャックにやられた時の傷がまだ癒えていないのだろう。


 思わず背を丸めて布団に爪を立てていると、誰かの息を呑む声が左奥から聞こえてきた。


「隊長!」


 一人の少女が声を張り上げ、俺の元へ駆けつける。肩を両手で支えるのは、次期メイド長と囁かれるクロエだった。

 暗緑の髪が月に照らされ、柘榴色の瞳で顔を覗き込む彼女。いつもは罵倒してくるのに、この日に限っては眉が下がる程の不安げな表情を俺に見せていた。


「無茶をするからですよ……!」

「すまんな、クロエちゃん……。その、シェリーは今どこにいる?」


「私でしたら、此方にいますわ」


 俺とクロエは、左から聞こえてきた声の方に視線を移す。

 隣の寝台には、白いネグリジェに身を包むシェリーが微笑を浮かべていたのだ。


「お嬢様……お目覚めのようで、何よりでございます」

「私こそ、ご心配をお掛けしてすみません。アレックスさん、お身体の方はどうですか?」


「まだ身体があちこち痛むけど、こうして上体を起こせるだけマシだ」

「それなら、良かった……」


 シェリーの目尻に浮かぶ涙。それでも彼女は俺たちに笑顔を見せるが、血が噴き出んばかりに唇を噛み締めているのが判った。

 クロエは背筋を伸ばして俺らをしばらく見つめると、いつもの冷淡な態度に戻って頭を深々と下げる。


「お嬢様に隊長……僭越ながら、急用につき一旦失礼いたします」

「ああ。見張ってくれてありがとな」

「とんでもございません。それでは」


 クロエは俺とシェリーを残し、急ぎ足で去る。聞こえるのは窓辺の葉が微風で擦れる音と、彼女の鼻をすする音だけだった。


 俺は意識せずとも両足を床に着け、ゆっくりと腰を上げる。療養中に誰かが脱がしたようで、今の俺は上半身裸の状態だった。

 構わずシェリーのいる寝台へと足を運び、シーツの上で胡座あぐらをかく。それからこの右手で彼女を抱き寄せ、胸の中に頭をそっとうずめてやった。


「……うぅっ、ひっく」


 彼女は壊れた人形のように嗚咽おえつを上げ、細い両腕で俺を包み込む。この胸を濡らす涙は、生きている事を強く実感させる程に温かかった。

 そしてシェリーは、枯れた声で俺に想いを打ち明ける。



「あなたが……好きです……」



 その一言は、かげりある俺の心に光を宿した。


 意識を彷徨う中で見た、荒れ果てた城下町フィオーレ

 それが本当に俺の本心こころを表すとしたら。今頃色とりどりの花弁が舞い降り、街並みが元の形に戻っている事だろう。



《あなたの心に奇跡が起こらんことを》



 もし意識の中にまだシェリーが居れば、きっとこう言うかもしれない。

 考えれば考えるほど胸が熱くなって、この手で強く抱き締めたくなるのだ。俺なりの想いを添えて。



「俺もお前が好きだ。ずっと一緒にいられるように、まずはこの国の平和を取り戻そう」

「……はい。これからも、よろしくお願いしますね。アレックスさん」



 魔物が蔓延る今、こうして愛を誓うのは愚かな事だろう。

 ……いや、今だから良いんだ。



『宿命』とかいう無情な獣が、また俺らを引き離すかもしれないから。




(第八章へ)






◆ヘンリー・ヴァンツォ(Henry=VANZO)

・外見

髪:ブラック/マッシュウルフ・ストレート/昔はロング(足下まで)

瞳:ブラウン(アレックスと同様)

体格:身長191センチ

備考:羊のようなツノ(白)/やや尖った耳

・種族・年齢:悪魔/不詳(アレックスより年上)

・職業:???

・属性・能力:無/???

・武器:???

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