【前回のあらすじ】
焔の神殿へ向かった純真な花は、曲刀使いの魔術剣士ロジャーと交戦。彼はブリガにてリザードマンの撃退に貢献したが、現在はオーブの守護者として立ちはだかる。次々と翻弄されるアレックスらに、勝利の女神は微笑むのか。
※この節には残酷描写が含まれます。
「ぐ、あ…………っ!」
何やってんだ、俺は……。これで二度目じゃねえか……!
天井からゆっくりと遠のき、背中が床に叩きつけられる。
鉄の臭においが鼻腔をくぐることで、自身が血まみれであることを報せた。
「遊びはそろそろ終わりだ。今度こそこれで果てなぁ!!」
ロジャーが武器を投げ棄て、両手を天にかざす。
だが、炎の渦が手中から生じた時──
ある少女の怒号が、この神殿に響き渡るのだった。
「いい加減になさぁぁぁああいい!!!!」
声の主はアンナ。しかしその肉体に宿るマリアの魂が、ロジャーの追撃を引き留めたのだ。
彼の手から炎の渦が失われ、アンナの方を見る。
「アイリーン! アレックスの回復を最優先よ!」
「はっ!」
アイリーンの足音が近づき、俺の身体を起こす。彼女が取り出したのは茶色い瓶。それが高度治癒薬だと判ったとき、若干の安堵を覚えたのは言うまでもない。
「これを!」
「すまねえ……!」
彼女から瓶を受け取り一気飲みすると、身体の傷が急速に塞がった気がした。一方で、アンナはロジャーと対峙している。俺とアイリーンはその隙に他の花姫たちを助けることにした。
まずはシェリーだ。俺と同じく身体を焼かれたとはいえ、苦痛は俺を遥かに上回る。横向きで縮こまる彼女を起こすと、アイリーンが高度治癒薬を差し出した。
「自分はエレたちをサポートするわ」
「任せた!」
女王の側近が俺らから離れ、柱近くで倒れるエレの方へ向かう。そこにはマリアの姿も在り、二人でエレを支えている様子だった。
視線を戻せば、シェリーは瓶を持つ手を震わせている。そこで俺が代わりに瓶の蓋を開け、縁を彼女の口元へ持って行く。唇の端から緑の雫が垂れるも、最後まで飲み干してくれた。
「マリア……」
「喋るな! お前は身体を休めろ」
「……フラカーニャ様が、あの子の声を聞いてくださったわ……」
「それは本当か?」
「ほら、あちらに……」
シェリーが指さす方を見る。すると、アンナの前で浮遊する細身の女性が目に映った。
その短い髪は炎のような色を見せ、踊り子のようなドレスで肌を露わにする。おびただしい熱気を放つ彼女は、焔神フラカーニャと判った。
「うふふ、あなたから感じるわ。『この国を救いたい』という熱い思いが! マリア・ティトルーズ、あなたとの契約を心待ちにしてたのよ!」
「覚悟はできています。焔神様、どうかあたしに力を!」
「そう慌てちゃダーメっ。まずは私のダンスでお客さん達をドキドキさせなきゃ! さあ。目を瞑って、私の舞を感じて」
戦いの最中だと云うのに、ずいぶん飄々としている。これが神の余裕なのだろうか。けれど、こういう女神も悪くない。
フラカーニャは自身の背後に立つロジャーにウインクしてみせると、艶めかしく踊り始める。その間、アンナは両手を重ねて祈りを捧げているようだ。
直後──。
「「うっ!!」」
舞を見るアンナとマリアが短い悲鳴を上げ、前に倒れる。しかし、焔神は気に留めていない様子だ。
「このフラカーニャ様が魂を戻してあげたんだから、ありがたく感謝なさい。ここからが本番よ!」
フラカーニャが指を鳴らすと、彼女らがゆっくりと起き上がる。どちらが先か、二人の声を上げるタイミングは重なった。
「も、元に戻ってる!」
「ああ、やっとあたしの身体が……! 負ける気がしないわ!」
良かった……これで俺たちも混合せずに済む。もしあのまま戻らなければ、俺らは勿論本人たちが生活に苦労していただろう。
アンナとマリアは目を合わせ、位置を入れ替えるように移動する。それを見たフラカーニャは、両手を広げてくるくると舞い始めた。そしてマリアを抱き寄せ、太ももを指でなぞっていく。マリアは身体をビクッと跳ねるが、両手を焔神の肩に添えて顔を近づけた。
今にも接吻しそうな距離。
焔神が言葉を紡ぎ出す。
「《さあ、紅蓮の花姫。私と契約なさい》」
互いに頬を寄せ、唇を重ねる。幸か不幸か俺の本能が疼きだすが、拳を作ることで理性を維持しよう。
しかし、艶めく刹那はほんの一瞬。フラカーニャが静かに離れると、揺らめく火の粉がマリアの四肢を包み込んだ。それはやがて炎となり、彼女の手足を容赦なく焦がす。
マリアはその激痛に耐え切れず、四つん這いになって悲鳴を上げた。
「あぁぁぁああぁああぁあああぁぁ!!!!!!」
「あの男をぶちのめしたいんでしょ? 耐えて耐えて!」
契約者が苦しんでいるにも関わらず、楽しそうに煽るフラカーニャ。マリアは何度も『イヤ』と叫ぶが、焔神は言葉を続けた。
「私に誓いなさい! 『己の手で、今降り注ぐ厄災を祓わん』と!」
「くっ……己の、手で……今、降り注ぐ厄災を……祓わん!」
マリアは地面に爪を立て、ゆっくりと立ち上がる。彼女の瞳から大粒の涙が溢れていたが、今一度俺たちに背を向ける。ロジャーは契約の瞬間を阻むどころか、敵の堂々たる佇まいを見つめるのみだ。
「それがてめぇの契約奥義か」
「そうよ。魔術剣士さん、あたしが火遊びに付き合ってあげるわ」
四肢に炎を宿し、赤い翼を生やすマリア。不敵な笑みを浮かべるであろう女王に、もはや不可能など無い。
焔神が灰となって消えると、ロジャーは曲刀を拾って構え直した。
「(エレメントの)女神と契約したヤツは、痛みと引き換えにとんでもねえ魔法をぶっぱなせる。オレはその素質を秘める連中と遊ぶのが大好きなんだ。手足がもぎれても、恨みっこ無しだぜ?」
「判ってるわ。今度こそ、決着をつける時よ!!」
燃え滾る存在が彗星の如く駆け抜け、右ストレートをかます!
ロジャーはマリアの足を剣で切ろうとするが、彼女の跳躍により回避される。その隙にマリアは右脚で弧を描き、つま先でロジャーの顔に衝撃を与えた。
「ぐぉ!」
大男は左頬を焦がされ、身体を仰け反らせる。隙を見せた彼は、一人の少女に追撃を許すこととなった。
「やぁあぁぁああ!!!!」
マリアの左脚が迫り、ロジャーの溝にクリーンヒット!
彼は為す術も無く身体を吹き飛ばされ、床を背中で引きずってしまう。女王が魔術剣士を見下す中、彼は断片的に呟いた。
「国王さんよぉ……いつの間に、そんなに強くなっちまったのかい」
「焔神様があたし達に味方してる。ただそれだけよ」
ヒールでロジャーの腹部を踏みにじるマリア。その圧が段々と増し、彼に大量の唾液を吐かす。
「アイリーンが月のオーブを手に入れたように、あたしもこの手でオーブを手に入れなきゃいけない。……この国を統べるあたしなら、尚更この世界の秘密を知らないといけないの」
「真面目な、お嬢さんだねぇ……。どおりで支持されてるわけだ」
冷たい夜風が桃色の髪を揺らす。冬のような風は、強い熱気を帯びるこの場において程よい涼みとなった。あれだけ溢れていた汗も、今では乾き切っている。そのおかげか、少しばかり冷静さを取り戻せた。
僅かな静寂の中で、薪を燃やす音だけが聞こえてくる。けれど、その静寂を破ったのは男の方だった。
「……オレは、てめぇに楯突いて正解だった。これほど強い連中に出会えたオレは……果報者だぁぁあ!!!!」
「っ!?」
突如彼の身体が光り、マリアを弾き飛ばす。だが彼女は受け身を取ることで、傷を負わずに済んだ。
これまでに戦ってきた銀月軍団の連中のように、姿を変えることはない。しかし、彼を包む光のおかげで格段と強くなっているのが判った。
「焔のロジャー! 女王陛下と殴り合えることを光栄に思うぜぇ!!」
「やらせるものかぁぁああ!!!」
ロジャーの背後から迫る影。
陛下に仕える女の右脚は、彼を前に吹き飛ばした。
漢は体勢を整え直すと、月光の花姫と対峙。
翡翠の瞳で確実に彼女を捉え、静かな声音で言葉を放った。
「言っただろ? これは『一対一の真剣勝負』とな。オレらの邪魔をするたぁ良い度胸だ、ティトルーズのメイドさん」
「これは戦争であって、遊びではない。これ以上、貴方が決めたルールに付き合う義理も無いの」
「……そうかい。どうやら、てめぇとは判り合えそうにねぇな」
冷たい視線から伝わるもの──それは“怒り”だ。情熱的な振る舞いから一変、厳かな佇まいが恐怖を与えるのだ。
それでも、アイリーンの姿勢が崩れることは無い。彼女は意識を集中させるように地を踏みしめ、二つの拳を作り出す。
「はぁぁぁぁあああああ!!!!!!」
右脚に宿る紫色の霧。
アイリーンが雄叫びを上げることでその濃度は更に増し、全速力を与えた。
俺たちですら目で追えぬ速さ。
彼女はもう一度跳躍し、右脚を突き出す!!
「煉毒飛翔脚!!!!!」
月光の女神から授かった力は、
乙女の憤りに換わり、大男の身体を蝕む!!
「う……おぉぉお……!!」
「まだよ!」
必死に剣を握り締める彼だが、体内を侵す毒には逆らえない。
アイリーンの鋭い瞳はふらつく身体を捉え、左手で胸倉を掴む!
「せぇいっ!!」
自身を上回る巨体を背負い、遠くへ投げ飛ばす!
またしても背中を打ち付けられたロジャーは、今度こそ起き上がりそうにない。
「隊長、今よ!!」
アイリーンが俺の方を向き、声を張り上げる。
すぐさまロジャーに近づき、喉元を切先に突きつけた。
「何故銀月軍団に就いた?」
「オレ、は……祭りが大好き、でねぇ……『大悪魔の、倅が盛り上げてる』って話を聞いて……駆けつけたんだ」
「安心しろ、祭りは始まったばっかだ。お前がこっちに来れば、やべえヤツとわんさか会えるぞ。ほらよ」
俺は剣を鞘に納め、懐から瓶を取り出す。解毒剤と書かれたそれを床に置くと、フラカーニャの像へ歩を進めた。
「俺を楽しませた礼だ」
「……悪魔のクセに、良いヤツじゃねえか……」
彼の言葉を背に、焔神像の前で立ち尽くす。正面には既にマリアとシェリーの姿があり、彼女らは瞼を閉ざしている。
「いくよ、マリア」
「ええ」
シェリーが両手を重ね、中央に立つマリアが左手を差し出す。すると橙のオーブは光を放ち、自ずと焔神像の胸元から離れていった。
浮遊するオーブは契約者の手中に収まり、ただの宝玉へと変わる。彼女が無言で立ち尽くす中、シェリーが誰かの名を呟く。
「ブレンダ……さん……」
「……かつての、焔の花姫ね。シエラと離ればなれになって、今も悲しい想いをしてるに違いないわ」
ブレンダ──彼女もまた、元祖純真な花の一人のようだ。これでシエラやセリーナに続いて名が明かされたが、後の二人も悲惨な末路を辿ったのだろう。
シェリーは静かに瞼を開けると、手先で涙を拭い花姫たちの方に向き直る。
俺も彼女らの方を見つめた時、ロジャーが既にいない事に気づいた。蓋の開いた瓶がただ置いてあるだけで、あれから直ぐに去った事が判る。あいつは今後どうするのか知らんが、心のどこかで『近いうちに会える』という確信があった。
その時、轟音と共に秋風の勢いが増す。こちらに近づく大きな影の正体は、軍用の飛行船だ。それは楕円形の気嚢に水素を多分に含み、下部の客船と連結させている。しかしこの最上階には天井がある以上、飛行船は付近で浮遊したままだ。
そこから扉が開き、黒鉄色の翼を生やすメイド──クロエがこちらへ飛んでくる。彼女は俺たちの前に着地すると、片膝をついて敬意を示した。
「陛下、そして純真な花の皆様。お迎えに参りました」
「ええっ!? どういう事なの!?」
唖然とするマリア。辺りを見回していると、アンナが「実はね」と切り出す。
「昨晩にボクが呼んだの」
「同じ部屋で泊ったとき、彼女に促したのです。『今のうちに救助信号を送って』とね」
「そ、そうだったの……」
思えば、アンナとアイリーンは一つの部屋で寝泊まりしてたっけ。でもあの時のアンナは“マリア”として過ごしていたし、長年王室に仕えるアイリーンが指示するのも納得いく。
「それでは陛下、どうぞ中へ」
「そうね。……あたしの身体を大事にしてくれてありがとう、アンナ」
「ううん、ボクの方こそ。そのうち、他の魔法も教えてよ」
「良いわよ。あたしも剣の使い方を勉強しなきゃね」
「その際は、隊長のご指導を仰ぎましょう」
「じゃ、お手柔らかにね。アレックス」
「おうよ」
こうして俺たちは船内に乗り込み、火山を模した神殿を発つ。
鋼鉄の船が羽ばたく時、また一つ戦いに区切りがついた事を悟った。
◆ロジャー(Roger)
・外見
髪:ブラウン/アップバング
瞳:エメラルド
体格:身長210センチ
備考:額に深緑色のバンダナを巻いている
・種族・年齢:人間/42歳
・職業:魔術剣士
・属性:焔
・武器:曲刀
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