騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第十一節 悪魔、蛇に敗れ

公開日時: 2021年5月7日(金) 12:00
文字数:4,816

 エレを救うべく、ガルティエ倉庫に辿り着いた俺とヒイラギ。手前の魔物たちを全て始末した後、いよいよ屋内へ入る事となった。

 ……が。そこで待ち構えていたのは、牛の頭を持つ巨漢ミノタウロスと、エレを奴隷に仕立てるジャックだ。彼は指先でエレの顎に妖しく触れ、かつて抱いた女に劣等感を投げつける。


「こんな従順な女がティトルーズ王国にいたのは意外だ。全く、妹とは大違いよ」

「よくも姉貴を……! 絶対に許さんぞ!!」

「貴様もこいつのようなを持っていればな……」


 激昂するヒイラギは、ジャックの言葉に何を思うか。

 ジャックは彼女の怒りを意に介する事無く、片手を突き出しては魔物にめいを下した。


「行け、ミノタウロス。偽善ぶった魔族どもを肉塊に変えろ」


──ブモォォオオオ!!!!!

 牛男の目が赤く光り、地を揺るがすほどの雄叫びを上げる。でも、それが何だと言うんだ?


「ヴァンツォ、此処はうちが引きつけよう。あんたはヤツの不意を突け」

「わかった」


 ヒイラギがミノタウロスを横切ると、彼は彼女を目で追う。鼻息を荒らしながら斧を振り回すも、囮はただ颯爽と回避するのみだ。


「ほらどうした? デカブツさん」


 彼女の挑発はミノタウロスの怒りを助長させるが、それは精彩を欠かせる事も表していた。さっきまで伸びてた背筋も、今じゃすっかり丸くなってやがる。脇腹を狙うことも考えたが、確実にガラ空きとなった背中を突くのが良いだろう。

 俺は担いでいた大剣を取り出し、翼を展開。気配を殺してヤツの背後に迫ると、脊髄に狙いを定めた。


「ふっ!」


 大幅の剣身がめり込み、前方に大量の血を撒き散らす。血飛沫はヒイラギの身体に付着してしまったが、彼女は全く気にしていない様子だ。

 それどころかヒイラギは、片手を上げて何らかのこく魔法を展開。漆黒の粒子がミノタウロスの左胸に収束すると、肉と皮が剥がれ落ちる音が聞こえてきた。魔物はただ俺らの攻撃に悶絶するのみで、斧の上部を地面につけてから跪く。


「左胸だ。銀の心臓はそこにあるぞ」

「サンキュ!」

「今度はうちがあんたをいじめる番だ。喰らいな!」


 ヒイラギの背後から無数の茨が現れると、凄まじい速さでミノタウロスの全身に絡みつく。棘は筋肉質な皮膚を次々と傷つけ、目玉をも抉り出した。


──グヌゥゥゥウウ!!!

「あははっ♪ 魔物をこうしてのも悪くないな!」


 ヒイラギがもう俺らに敵対しないとは云え、本来の加虐性は変わらないのだろう。……正直、恐ろしい女だとは思う。

 しかし、ジャックはこの状況を『つまらない』と思ったのか、再び手を突き出しヤツに命じる。──もう片方の手で、エレの華奢な身体に触れながら。


「立て。貴様に敗北は赦されぬぞ」


 不覚にも、ジャックは気付いていないようだ。

 元配下ヒイラギが彼に向けて矢を構える事に。


「射る!!」


 いや、矢が狙うはエレの──首輪だ。やじりは見事皮革を千切り、花弁のように音も無く落とす。同時にエレの瞳に光が宿り、ハッとしたように声を漏らすのだ。

 そして──



「気持ち悪りぃんだよこのエロ蛇がぁ!!!!」



 彼女は両腕を動かせない代わりに、大きく跳躍してジャックの頭に回転蹴りをかます。

 ジャックは鈍い音と共に吹き抜けから落下すると、ミノタウロスを縛る茨に身体が突き刺さった。


「がぁぁああ!!」

 ジャックが口から血を噴出させる中、ヒイラギは姉の元に向かい縄をほどく。


「姉貴、無事か!?」

「ありがとう、ベレ。後でアレックス様に口直しして貰うから」

 待て待て、この状況下で約束されても困るだけだぞ!?


 とりあえず俺は聞かぬフリして、右手にせいの魔力を込める。

 ミノタウロスの頭上に魔法陣が展開されると、俺は高らかに呪文を詠唱した。


氷柱ギアッツィズモ!」


 魔法陣から降り注ぐ氷柱は剣のように大きく、ジャックやミノタウロスに次々と刺さる。うち一本は牛男の左胸を貫いたようで、彼はそのまま儚く散るのだった──。

 ヒイラギが召喚した茨も消えると、ジャックはそのまま硬質な床に叩きつけられる。だが、氷が刺さってもなお死にゆく気配は一切無かった。


「く……っ!」


 ジャックが手を自身にかざすと、氷柱はガラスを割るような音を立てて消滅。

 黒いオーラに身を包む彼はそのまま回復魔法を使ったようで、何事も無かったかのように立ち上がったのだ。


「力に目覚めずとも、魔法の一つや二つ使えるか」

「お前と違って、女神に愛されてるんでね」


「相変わらず減らず口の絶えない男だ。ならば問おう。貴様が追っているのは、本当にか?」

「は……?」


 ジャックの問いに理解できぬ俺は、ただ呆然と立ち尽くすほか無かった。


 しかし──

 それが罠だと気付いた頃には、漆黒の閃光がこちらに接近し


「うあぁぁぁああああぁぁああ!!!!!」


「ヴァンツォ!!」

「アレックス様!!」


「ふはははははは! 女の事になると愚かになる。それが貴様の弱点だ!」


 ちくしょう……! 身体のあちこちが痛てぇし、くらくらする……。


「よくもヴァンツォを!!」

「さっきのお返しなのですっ!」

「貴様らが束になろうと、俺に敵うはずがあるまい」


 俺の馬鹿野郎。エレを助けに行くはずが、彼女らに助けられてるじゃねえか……。

 視界が闇に包まれた今、もはや立っているかどうかすらも判らない。ただ聞こえるのは、エレたちのじゅ魔法とジャックの黒魔法が空気を震わす音だけだ。


「暴れるだけのメスには用は無い。とっとと果てろ」

「うあぁあっ!!」

「いやあぁああ!!」


 おい! ヒイラギ、エレ……!

 俺が行かなきゃならねえってのに、なんで身体が動かねえんだよ!!


 革靴を踏み鳴らす音。ジャックが此方に近づいてくる。

 いったい何する気だ


「ぐほぉぉ……っ!」

 つま先で溝を蹴られ、思わず唾液を吐いてしまう。


「珍しく父の力を借りぬとはな。手加減のつもりか?」


 んなんじゃねえ、ただ気付くのが遅かっただけだ……!

 こんな時に口すら動かせねえなんて、屈辱以外の何物でも無いぞ……。


 力強く髪を後ろへ引っ張られ、毛が引き抜かれそうな痛みに襲われる。

 煙草のにおいが鼻腔に入り込んだ矢先、彼は俺の耳元で囁いてきた。



「貴様は未来永劫、あの女と結ばれまい」



 蛇男は言うだけ言って俺を突き放し、気配を消し去りやがった。何もできない俺は頬を床に打ち付けられ、痛覚と深淵に身を委ねる事となる。

 二つの足音が近づき、誰かが俺を揺さぶってきた。


「アレックス様、しっかりしてください!!」

「ヴァンツォ、聞こえるか!? おいっ!!」


 特にエレは、今ごろ瞳に涙を溜めて気に掛けているのだろう。それすら見れないなんて余りにも悔しすぎる。

 けど、次第に静寂が大きくなり、いよいよ彼女らの声が遠のいていく──。


「──ないで!! ───ク─様!!」

「───、────!」



 もう何も見えない。

 何も聞こえない。



 メルキュール迷宮で起きた時のように、シェリーが意識に訴えかける事も無いんだ。

 そりゃ、そうだよな。だって此処に彼女はいねぇんだもの。



 ごめんな、純真な花ピュア・ブロッサムの皆。

 親父、おふくろに……マスター。


 それから……シェリー。

 結局、俺たちは結ばれぬまま幕を閉じるんだ。



 再会のチャンスを、もう掴むことなど────。






 これは夢か?

 それにしては随分と鮮明だな。吐き気を催しそうな重い空気も、鉄の臭いも、錆びついた狭苦しい部屋も……。無論、枷に嵌められた手足の感覚だってそうだ。


 何故俺は捕まっている?

 それは誰に?


 思い当たる節はあれど、名前すら浮かばない。

 とうとう記憶喪失になったのか?


 それに、側頭部に何かが足りないような──

 ああ、何が起きてるのかさっぱりだ!



「ようやく目覚めたか」



 この声──! 身近で何度も聞いたのに、誰だったか全く思い出せねえ!

 目の前にいるのは、呂色ろいろの髪を足下まで垂れ流し、羊のような角を生やした男。マントで身を包む彼は、栗色の眼で俺を見下ろし口角を上げる。


「てめえ! 俺に何する気だ!?」

「これから汝は、我が下僕しもべになってもらう。あの場で朽ちるには余りに惜しすぎるからな」

「ふざけんな! 俺は此処から抜け出し、あいつの元へ戻る!」


『あの場』って何の事だ?

『あいつ』って誰を指してる?


 此処で捕まってるはずなのに、何故自分の発言の意味を理解できてねえんだ? そもそも、この身体はなのか?


 男が俺の問いに答えるわけも無く、ただ無言で長剣を抜く。

 彼が徐々に歩み寄ると、無防備な胸を尖端で突き刺す痛みが襲い掛かった。


「うああぁぁああぁぁああぁぁああ!!!!!!」


 彼は剣を引き抜く事無く、胸部から腹部の間を往復するように大きな弧を描く。その度に切先が食い込み、臓物が抉れるような激痛に見舞われるのだ。


「歴戦の勇将ですら、このような痛みに耐えられぬか」

「やめ、やめろぉぉおおお!!! あっ、ぐあぁぁああぁ!!!!」


 切先を引き抜いたかと思いきや、それはほんの一瞬だ。

 再び皮膚を貫かれ、なぞられ続ける俺は、残る力を振り絞って両手を揺さぶったのだ。


 だが──。


「動くな」

「ぐぉぉ……!!」


 踵で急所を蹴られ、頭の中が真っ白になる。

 いま身体の中で大きく駆け巡るのは、擦れた痛みと切り刻まれる痛みの二つだ。理性を奪われた今、体内から多量の血と尊厳が急速に抜け落ちていく。


 けれど、もう俺にはどうする事もできなかったんだ。

 男の不敵な笑みは、まるで俺に『諦めろ』と言っているようで……もはや悔しいも何もどうでも良くなっていく。


 それなのに──脳裏を過ぎるのは、あの銀髪の女だ。

 柔らかな雪肌に、慈悲に満ちた甘い声。水晶のような瞳で俺を見つめ、名前を呼んでくれたと云うのに……自分の名前すら思い出せねえんだ。


 俺の周りには彼女以外の女も居た気がするが、誰もかも輪郭がぼんやりとしている。

 まるでそれらの記憶が幻に変わっていくかのような、悲しい感覚でもあった。


「こんなものか」


 ようやく身体から剣が引き抜かれるが、生暖かい感触が皮膚の上でだらだらと溢れ出す。

 そして彼が片手をかざすと、嘲笑うように言葉を紡ぎ出したのだ。



「悦べ。これより汝は、我が下僕として新たな生を受けん!」



 この時、今までの苦痛が余興である事を初めて悟った。

 刻まれた部分が灼けるような痛みに変わり、業火が俺の身体を包み込む。


 俺はただ激痛に叫ぶしかなかった。

 絶望に身を委ねるしかなかった。


 炎はこれまでの生き方を──幸せを焼き尽くし、俺に邪悪な氣を刷り込ませる。


 そう。


 愛した記憶も、戦い抜いた記憶も、

 全てが灰に変わり、俺は──






「……はっ!?」


 ……さっきのは、やっぱ夢……だよな?

 ジャックとの戦いで受けた傷も、謎の男になぶられた痛みも、何もかもが嘘のように癒えている。


 視界に映り込むのは、青紫に包まれた神妙な空間だ。寒暖も乾湿も感じられないこの気候は、リヴィどころかティトルーズ王国でも無い。そもそも、此処が人間界かどうかも定かでは無いのだ。

 立ち上がってみても、特に重力に変化はない。両脇には直方体の柱が等間隔で配置されており、時に幾何学模様の灯りを見せる。


 この通路は何処まで続いているのだろうか。辺りを見回しても俺しか居ない上に、奥を見つめるだけで気が遠くなりそうだ。加えて無駄に広い空間だし、天井だって存在しているのか判らない程に高い。

 ただ一つ言える事は、『とにかく前に進むしかない』という事だ。こんな所で突っ立ってても誰かが助けに来てくれそうに無いし、歩いていればそのうち出口が見つかるかもしれない。


 そう信じて一歩踏み入れたとき。

 目の前で広がる大きな魔法陣は、俺の淡い希望をあっさりと阻んできた。


 鼠色の体毛に身を包み、白いたてがみで顔を覆う獅子──ヴァンレオーネ。

『吸血獅子』と名付けられた魔獣は、猫のように耳を立て此方を睨んでいた。


 幸い長剣や大剣は勿論、せいのエレメントすら失っていないらしい。

 だから俺は鞘から長剣を取り出し、切先をその魔物に向けた。



「またお前と戦う事になるとはな」



 この時、俺はまだ知らずにいた。


 秘める愛と向き合うことに。

 そして、最も恐れてきた“絶望”と対峙することに──。




(第七章へ)






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