騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第一節 手荒な歓迎

公開日時: 2021年7月9日(金) 12:00
文字数:3,554

【前章のあらすじ】

 アレックスとシェリーはミュール島へ向かい、宮殿にて霊力の極限解放を行う。だが、ジャックの策略によりシェリーと引き離されたアレックスは、彼女を救出すべく牢獄を脱出。大悪魔ヴァンツォの力を封じられた彼は神官アマンダと一戦交えたのち、ヒイラギ・アルベルトと共にティトルーズ王国へ帰国した。

 燃え盛る城下町フィオーレでヴィンセントを撃退した末、マリアがルドルフに監禁されている事を知る。だが、ティトルーズ城にはアイリーンやルナも待ち構えるのだった。


 そして残る隊員と協力者達は、王家に仕える者たちと火花を散らす事になる。

 アンナは、通信機──ミュール島で捕まった時に奪われた──を失くした俺に代わってエレたちに連絡を取る。俺達はエレ・ヒイラギと避難所で合流すると、いよいよティトルーズ城へ向かった。

 マリアがルドルフに監禁されている旨を姉妹に話すと、ヒイラギはすぐに首を縦に振る。一方でエレは躊躇いを見せていたが、『仕方ないのです』と大弓を握り締めた。


 誰もが城へと歩を進める中、肌を褐色に染めたヒイラギだけは浮遊しながら付いていく。先程まで緊迫した状況だったからか、言葉を交わす者は一人としていなかった。



 俺達の前にそびえ立つ門扉。何度もくぐり抜けてきたが、これほど息が詰まるのは初めてだ。張り詰めた空気の根源はすぐ眼の前に在り、両脇に立つはそれぞれ剣と槍を構えていた。

 そして鎧姿の男たちは俺らを見るや、怒号を上げて突進する!


「虐殺者など、我が国の騎士にあらず!」

「覚悟しろぉ!」


「ど、どうしよう……!」

「うちに任せな」


 アンナが困惑していると、ヒイラギが俺達の前に着地。

 刹那、彼女の背後から湧き出る茨が衛兵たちを捕らえた! 茨は彼らの手足を縛り、鎧の隙間へと食い込んでいく。


「ぬぁ!?」

「何だこれ、動かねえ……!」


「アンナ、少し痛めつけてやりな」

「それじゃあ彼らが……!」

「大丈夫さ。ちょっと痺れさせてやれば良い」


 悶える衛兵たちを見て鼻で笑うヒイラギ。

 不敵な眼差しを受け取ったアンナは、迷いながらも両手に稲妻を生み出した。


「ごめんなさい、衛兵さん……! 雷撃トゥオーレ!」

「「あひぃ!? ぎあぁぁああ!!!」」


 彼女の手から迸る稲妻が、茨を──衛兵たちの前進を駆け巡る。

 身動き取れぬ彼らは暫く悲鳴を上げるが、稲妻が消えると共に首が前に垂れた。そこでヒイラギが片方の首に手を当て、脈を確認する。


「気を失っただけだ。これで洗脳が解けただろう」

「ほっ……良かった……!」


 アンナが胸を撫で下ろす辺り、対人戦への苦手意識が強いのかもしれない。これまでは防衛部隊で魔物を狩ってきたのだ。同じ種族である以上、抵抗を覚えるのも無理もない。


 さて。今度こそ門扉を開けられると思った矢先、鍵が掛かっているようだ。二メートル程の高さなら越えられなくは無いが、どうしたものか。


「俺様に任せな」


 ちょうどやってきたのはジェイミーだ。彼が通れるよう道を開けてやると、片足に翠色の光を宿す。

 彼は助走をつけた後、門扉目掛けて飛び蹴りを決めた!


「おらぁああ!!」


 強い衝撃音と共に門が開かれ、ギイギイと軋ませながら揺れる。ジェイミーが一歩先に庭園へ踏み込んだ時、前方から女性の影が複数駆け付けてきた。


「「お覚悟!!」」


 高い声を張り上げるメイドたち。その手には、上品な出で立ちに不相応な銃器──マシンガンが収められていた。

 横一列に並ぶ彼女らは一斉に駆け付け、トリガーを引く!


「おっと! そういう歓迎は無しだぜ?」


 最前線に立つジェイミーが巨大な防御壁バリエラを展開。

 瞬く間に結界に亀裂が生じるが、使役する本人は如何にも余裕そうだった。


「いい加減、目を覚ましなっ!!」


 怒号と共に結界が破裂。破片がメイド達の方へ散らばると、彼女らは黄色い悲鳴を上げて倒れ込んだ。

 ジェイミーはその隙に振り返り、俺に向かって指示を出す。


「アレク! 此処は俺様たちが押さえる! あんたは城へ向かいな!!」

「おう!」


 なんて頼もしい友だ。彼は次々と体術でメイド達を蹴散らすものの、決して息の根を止めはしない。


 ならば、お言葉に甘えて行かせて貰おう。

 そう思った矢先、俺は一人のメイドと目が合ってしまった。


 彼女は片腕を横に突き出し、目にも留まらぬ速さで迫りくる!


「マスターの元へは行かせません! はぁっ!!」


 俺は下へ潜り、足払いで彼女をダウン。

 その隙に逃げようとしたが、彼女はすぐに起き上がり目の前に立ちはだかる。


「やっ!!」


 この素早い蹴り──アイリーンから伝授されたものだろう。

 俺が回避すれば、彼女は残像が見える程の速さで拳を振るう。腕や脛で受け止めれば受け止めるほど、じわじわと痛みが広がっていった。


 だが──。


「とぉ!!」

「ぐふぉっ!」


 油断してしまった。メイドは突如踵を上げ、俺の腹部に強い衝撃を覚える。そのまま後方へ吹き飛ばされた俺は、背中を地面に叩きつけられた。


 追い打ちを掛けるように、宙を舞うメイドたち。

 それぞれが手にする銃器が光り、弾丸の雨を降り注ぐ!


「まずいっ!!」


 優雅な地に相応しくない轟音は、俺に更なる危機感を与えた。俺はすぐさま起き上がり、バックステップで弾を避ける。その結果、弾吹雪は緑の絨毯じゅうたんに幾つもの穴を空けた。


 ふと視界に飛び込んだのは、ジェイミーがメイドを吹き飛ばす光景。宙へ放り投げられた彼女はマシンガンを手放し、為す術も無く倒れ込んだ。マシンガンが俺の足下に落ちたとき、脊髄反射で大剣を捨ててしまう。


 変わらず飛び交う銃弾。隙間を縫ってマシンガンを拾った矢先、良からぬ考えが過ぎった。


「やるしか、ねえのか……?」


 俺がトリガーを引き、次々と彼女らを撃ち抜くという筋書き。

 鉛が思い出に風穴を開け、鉄臭い温もりが鎧に撥ねる未来。


 不覚にも、彼女らとの会話が脳裏で再生された。


『任務お疲れ様です、隊長』


 案内してくれたヤツも、


『よろしければどうぞ』

『おう、ありがとな』


 茶菓子を用意してくれたヤツも、


『いつもお疲れ』

『わ、私に飴ですか……!? ありがとうございます!』


 俺と他愛ない会話に付き合ってくれたヤツも、


 みんなみんな斃れていく。

 そんな未来は、『ごめん』で済まされるのだろうか。


 足首まで伸びたスカートもエプロンも無惨に破れ、美しい顔が歪みを見せる。

 

 果たして俺は、耐えきれるのだろうか……?


 メイドたちはいよいよ距離を詰め、一人ずつ俺に殴りかかってくる。

 それでも俺は決断などできなくて、銃を持ったまま躱す他なかった。


『お人好しでは生き残れない』


 ミュール島でヒイラギが放った言葉。結局、生き残るために誰かが血を流さねばならないのか。


「…………赦せ」


 如何にグリップを握ろうと、震える手が止まらない。

 だが、銃口は徐々に彼女らの方を向き、人指し指でトリガーを──



「ダメぇぇええぇええ!!!」



 張り裂けんばかりの声が耳をつんざく。ふとトリガーから指が離れた時、暴風がメイド達に襲いかかった。


「く……っ!」


 髪が乱れ、砂埃が際立つ程の風。

 何とか地に足をつけ、片腕で顔を守る中、誰かの気配が俺の前に舞い降りたようだ。


 風が止むと共にその正体を見つめてみる。すると、黄金の髪を揺らすエルフが振り向きざまに叫んできた。


「これ以上手を汚さないでください!! わたくしのアレックス様は……そんな人なんかじゃないのですっ!!」

「……エレ……」


 新緑の瞳に浮かぶ涙。それは俺の理性を呼び戻し、マシンガンを地へ落とす理由に繋がった。

 それだけではない。隣には、凛然とした佇まいのアンナがいたのだ。彼女は迷いの無い声音でこう言う。


大丈夫だよ、アレックス。ボクたちに全部任せて」


 ……俺は、なんて事を考えていたんだ。

 全部ぜんぶ、自分の手でどうにかしようと思ってたんだ。『犠牲は致し方ない事だ』と諦めかけていた。


 ならば此処は、彼女らに任せよう。

 彼女達なら、そんな未来を創りはしない。何より、武器を持たぬ手が答えだ。


「……ありがとう。目が覚めたよ」

「うん……! 行こう、エレ」

「はい!」


 俺に襲いかかったメイド達は、まだ抗う様子だ。

 けれど、胸中に蠢く不安は不思議と存在しない。それどころか、仲間たちの戦いは“信頼”という言葉を思い出させてくれた。


「これ以上はさせない!!」

「お願いなのです! もう銃を捨ててくださいっ!!」


 叫びを魔法に換え、平和を訴える花々。


「へへ、良い遊び相手だっ!」

「うちらが魔族って事、忘れるなよ?」


 嬉々として戦えど、義を失わぬ魔族たち。


 彼らの存在は、俺に一歩踏み入れる勇気を与えてくれたのだ。


 もうすぐだ。

 もうすぐで彼女らとの戦いが終わる。


 予感を胸に大扉へ向かおうとした矢先、ある女の力強い声が頭上から響く。



「そこまでよ!」



 攻めの手を止め、屋上を見上げる一同。屋上には二つの影があった。


 他のメイド同様、給仕服を着こなす鳥人。

 傍らに立つのは、赤橙のウェーブヘアを靡かせる女。


 噴水のせせらぎが鼓膜をくすぐる中、彼女らは地上へ跳躍。あれだけ暴れていた使用人たちも一斉に退き、降り立つ女達の前で跪いた。

 そして舞い降りた二人は、俺達を見据えて冷淡に言葉を交わす。


「マスター、あの者たちは私が」

「頼んだわよ、クロエ」


 薄紫の鎧に身を包み、引き締まった脚をスリットから覗かせる女。鋭利な眼差しを俺に向け、赤い唇を開く。



「悪く思わないで。この戦いに、あの子の命が懸かってるの」



 言葉の端々から伝わる敵意。

 だが、俺は見逃さなかった。



 その蒼い瞳の奥が、蝋燭の如く揺らめく瞬間を。




(第二節へ)






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