【前章のあらすじ】
アレックスとシェリーはミュール島へ向かい、宮殿にて霊力の極限解放を行う。だが、ジャックの策略によりシェリーと引き離されたアレックスは、彼女を救出すべく牢獄を脱出。大悪魔の力を封じられた彼は神官アマンダと一戦交えたのち、ヒイラギ・アルベルトと共にティトルーズ王国へ帰国した。
燃え盛る城下町でヴィンセントを撃退した末、マリアがルドルフに監禁されている事を知る。だが、ティトルーズ城にはアイリーンやルナも待ち構えるのだった。
そして残る隊員と協力者達は、王家に仕える者たちと火花を散らす事になる。
アンナは、通信機──ミュール島で捕まった時に奪われた──を失くした俺に代わってエレたちに連絡を取る。俺達はエレ・ヒイラギと避難所で合流すると、いよいよティトルーズ城へ向かった。
マリアがルドルフに監禁されている旨を姉妹に話すと、ヒイラギはすぐに首を縦に振る。一方でエレは躊躇いを見せていたが、『仕方ないのです』と大弓を握り締めた。
誰もが城へと歩を進める中、肌を褐色に染めたヒイラギだけは浮遊しながら付いていく。先程まで緊迫した状況だったからか、言葉を交わす者は一人としていなかった。
俺達の前にそびえ立つ門扉。何度もくぐり抜けてきたが、これほど息が詰まるのは初めてだ。張り詰めた空気の根源はすぐ眼の前に在り、両脇に立つ彼らはそれぞれ剣と槍を構えていた。
そして鎧姿の男たちは俺らを見るや、怒号を上げて突進する!
「虐殺者など、我が国の騎士に非ず!」
「覚悟しろぉ!」
「ど、どうしよう……!」
「うちに任せな」
アンナが困惑していると、ヒイラギが俺達の前に着地。
刹那、彼女の背後から湧き出る茨が衛兵たちを捕らえた! 茨は彼らの手足を縛り、鎧の隙間へと食い込んでいく。
「ぬぁ!?」
「何だこれ、動かねえ……!」
「アンナ、少し痛めつけてやりな」
「それじゃあ彼らが……!」
「大丈夫さ。ちょっと痺れさせてやれば良い」
悶える衛兵たちを見て鼻で笑うヒイラギ。
不敵な眼差しを受け取ったアンナは、迷いながらも両手に稲妻を生み出した。
「ごめんなさい、衛兵さん……! 雷撃!」
「「あひぃ!? ぎあぁぁああ!!!」」
彼女の手から迸る稲妻が、茨を──衛兵たちの前進を駆け巡る。
身動き取れぬ彼らは暫く悲鳴を上げるが、稲妻が消えると共に首が前に垂れた。そこでヒイラギが片方の首に手を当て、脈を確認する。
「気を失っただけだ。これで洗脳が解けただろう」
「ほっ……良かった……!」
アンナが胸を撫で下ろす辺り、対人戦への苦手意識が強いのかもしれない。これまでは防衛部隊で魔物を狩ってきたのだ。同じ種族である以上、抵抗を覚えるのも無理もない。
さて。今度こそ門扉を開けられると思った矢先、鍵が掛かっているようだ。二メートル程の高さなら越えられなくは無いが、どうしたものか。
「俺様に任せな」
ちょうどやってきたのはジェイミーだ。彼が通れるよう道を開けてやると、片足に翠色の光を宿す。
彼は助走をつけた後、門扉目掛けて飛び蹴りを決めた!
「おらぁああ!!」
強い衝撃音と共に門が開かれ、ギイギイと軋ませながら揺れる。ジェイミーが一歩先に庭園へ踏み込んだ時、前方から女性の影が複数駆け付けてきた。
「「お覚悟!!」」
高い声を張り上げるメイドたち。その手には、上品な出で立ちに不相応な銃器──マシンガンが収められていた。
横一列に並ぶ彼女らは一斉に駆け付け、トリガーを引く!
「おっと! そういう歓迎は無しだぜ?」
最前線に立つジェイミーが巨大な防御壁を展開。
瞬く間に結界に亀裂が生じるが、使役する本人は如何にも余裕そうだった。
「いい加減、目を覚ましなっ!!」
怒号と共に結界が破裂。破片がメイド達の方へ散らばると、彼女らは黄色い悲鳴を上げて倒れ込んだ。
ジェイミーはその隙に振り返り、俺に向かって指示を出す。
「アレク! 此処は俺様たちが押さえる! あんたは城へ向かいな!!」
「おう!」
なんて頼もしい友だ。彼は次々と体術でメイド達を蹴散らすものの、決して息の根を止めはしない。
ならば、お言葉に甘えて行かせて貰おう。
そう思った矢先、俺は一人のメイドと目が合ってしまった。
彼女は片腕を横に突き出し、目にも留まらぬ速さで迫りくる!
「マスターの元へは行かせません! はぁっ!!」
俺は下へ潜り、足払いで彼女をダウン。
その隙に逃げようとしたが、彼女はすぐに起き上がり目の前に立ちはだかる。
「やっ!!」
この素早い蹴り──アイリーンから伝授されたものだろう。
俺が回避すれば、彼女は残像が見える程の速さで拳を振るう。腕や脛で受け止めれば受け止めるほど、じわじわと痛みが広がっていった。
だが──。
「とぉ!!」
「ぐふぉっ!」
油断してしまった。メイドは突如踵を上げ、俺の腹部に強い衝撃を覚える。そのまま後方へ吹き飛ばされた俺は、背中を地面に叩きつけられた。
追い打ちを掛けるように、宙を舞うメイドたち。
それぞれが手にする銃器が光り、弾丸の雨を降り注ぐ!
「まずいっ!!」
優雅な地に相応しくない轟音は、俺に更なる危機感を与えた。俺はすぐさま起き上がり、バックステップで弾を避ける。その結果、弾吹雪は緑の絨毯に幾つもの穴を空けた。
ふと視界に飛び込んだのは、ジェイミーがメイドを吹き飛ばす光景。宙へ放り投げられた彼女はマシンガンを手放し、為す術も無く倒れ込んだ。マシンガンが俺の足下に落ちたとき、脊髄反射で大剣を捨ててしまう。
変わらず飛び交う銃弾。隙間を縫ってマシンガンを拾った矢先、良からぬ考えが過ぎった。
「やるしか、ねえのか……?」
俺がトリガーを引き、次々と彼女らを撃ち抜くという筋書き。
鉛が思い出に風穴を開け、鉄臭い温もりが鎧に撥ねる未来。
不覚にも、彼女らとの会話が脳裏で再生された。
『任務お疲れ様です、隊長』
案内してくれたヤツも、
『よろしければどうぞ』
『おう、ありがとな』
茶菓子を用意してくれたヤツも、
『いつもお疲れ』
『わ、私に飴ですか……!? ありがとうございます!』
俺と他愛ない会話に付き合ってくれたヤツも、
みんなみんな斃れていく。
そんな未来は、『ごめん』で済まされるのだろうか。
足首まで伸びたスカートもエプロンも無惨に破れ、美しい顔が歪みを見せる。
果たして俺は、耐えきれるのだろうか……?
メイドたちはいよいよ距離を詰め、一人ずつ俺に殴りかかってくる。
それでも俺は決断などできなくて、銃を持ったまま躱す他なかった。
『お人好しでは生き残れない』
ミュール島でヒイラギが放った言葉。結局、生き残るために誰かが血を流さねばならないのか。
「…………赦せ」
如何にグリップを握ろうと、震える手が止まらない。
だが、銃口は徐々に彼女らの方を向き、人指し指でトリガーを──
「ダメぇぇええぇええ!!!」
張り裂けんばかりの声が耳をつんざく。ふとトリガーから指が離れた時、暴風がメイド達に襲いかかった。
「く……っ!」
髪が乱れ、砂埃が際立つ程の風。
何とか地に足をつけ、片腕で顔を守る中、誰かの気配が俺の前に舞い降りたようだ。
風が止むと共にその正体を見つめてみる。すると、黄金の髪を揺らすエルフが振り向きざまに叫んできた。
「これ以上手を汚さないでください!! わたくしのアレックス様は……そんな人なんかじゃないのですっ!!」
「……エレ……」
新緑の瞳に浮かぶ涙。それは俺の理性を呼び戻し、マシンガンを地へ落とす理由に繋がった。
それだけではない。隣には、凛然とした佇まいのアンナがいたのだ。彼女は迷いの無い声音でこう言う。
「大丈夫だよ、アレックス。ボクたちに全部任せて」
……俺は、なんて事を考えていたんだ。
全部ぜんぶ、自分の手でどうにかしようと思ってたんだ。『犠牲は致し方ない事だ』と諦めかけていた。
ならば此処は、彼女らに任せよう。
彼女達なら、そんな未来を創りはしない。何より、武器を持たぬ手が答えだ。
「……ありがとう。目が覚めたよ」
「うん……! 行こう、エレ」
「はい!」
俺に襲いかかったメイド達は、まだ抗う様子だ。
けれど、胸中に蠢く不安は不思議と存在しない。それどころか、仲間たちの戦いは“信頼”という言葉を思い出させてくれた。
「これ以上はさせない!!」
「お願いなのです! もう銃を捨ててくださいっ!!」
叫びを魔法に換え、平和を訴える花々。
「へへ、良い遊び相手だっ!」
「うちらが魔族って事、忘れるなよ?」
嬉々として戦えど、義を失わぬ魔族たち。
彼らの存在は、俺に一歩踏み入れる勇気を与えてくれたのだ。
もうすぐだ。
もうすぐで彼女らとの戦いが終わる。
予感を胸に大扉へ向かおうとした矢先、ある女の力強い声が頭上から響く。
「そこまでよ!」
攻めの手を止め、屋上を見上げる一同。屋上には二つの影があった。
他のメイド同様、給仕服を着こなす鳥人。
傍らに立つのは、赤橙のウェーブヘアを靡かせる女。
噴水のせせらぎが鼓膜をくすぐる中、彼女らは地上へ跳躍。あれだけ暴れていた使用人たちも一斉に退き、降り立つ女達の前で跪いた。
そして舞い降りた二人は、俺達を見据えて冷淡に言葉を交わす。
「マスター、あの者たちは私が」
「頼んだわよ、クロエ」
薄紫の鎧に身を包み、引き締まった脚をスリットから覗かせる女。鋭利な眼差しを俺に向け、赤い唇を開く。
「悪く思わないで。この戦いに、あの子の命が懸かってるの」
言葉の端々から伝わる敵意。
だが、俺は見逃さなかった。
その蒼い瞳の奥が、蝋燭の如く揺らめく瞬間を。
(第二節へ)
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