騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第八節 約束

公開日時: 2021年9月6日(月) 12:00
文字数:3,162

 げつの神殿でヴァルカを破り、オーブを回収。降伏した彼女は都アルテミーデで騎士団に保護され、馬車で搬送された。

 この街の瘴気が失われ、ひとまず役目を終えた俺たちは一軒の食事処へ立ち寄る。水色のオーニングテントが目立つその店は、ご当地である赤いカブのスープがとびきり美味いらしい。


 扉を開ければ、女性店員が笑顔で六人席へ案内してくれた。正面には(呪いが解けた)アイリーン、俺の右隣は手前からアンナ、エレという順で座っている。シェリーはというと、マリアを挟むように最も右斜の席に着いていた。

 店員は、メニューが書かれた羊皮紙一枚を俺たちに配る。無論、此処へ来たからには例のスープとパンを選ぶほか無かろう。全員一致でそれを頼むと、料理が来るまでの間に雑談を始める。


「ねえマリアさん、スネッグってどんな国だったの?」

「雪国だから、その頃から温かいご飯が盛んよ。特にエリヴィラでは、雪像を作る祭りが開かれたみたいね」


「でも、どうして人が居なくなったのです?」

「時代の流れかしらね。魔術機関を取り入れるようになってから、自然とこの街に集まるようになったの」

「見てみたかったなぁ。エリヴィラに人が集まってるとこ」


 廃墟都市に思いを馳せるアンナ。未知の国に興味津々のようで、目を爛々と輝かせている。そこへシェリーが楽しそうな事を提案してきた。


「戦いが落ち着いたら、皆で旅行にでも行きたいね」

「そうね。どうせなら外国にでも行く?」

「うん! ベレさんを誘ってあずまも良いなあ」


「とても素敵な提案なのですっ! アレックス様もそう思うでしょう?」

「ああ。というか、俺も混じって良いのか?」


「陛下は隊長を歓迎するはずです。なんせ、自分たちを率いる大切な存在なのですから」

「あら、省くのは可哀想だから考えてやってるだけよ?」


 アイリーンの言葉で顔を赤らめるマリア。言葉とは裏腹に、生来の優しさが伝わってくる。


「別に俺抜きで行ってきても良いんだぜ。お前らだけで話したい事はあるだろ?」

「そんなぁ! アレックス様が居なければ、混浴も同衾どうきんもできないのですよ!?」


「いや、混浴も何も二人で旅行するわけじゃねえだろ?」

「違うのです! 皆様で温泉に浸かって、同じベッドの上で寝るのです! そうすれば、一つの部屋で収まって節約できるのですよ!」


「そういう問題かよ!?」

「勝手に話を進めないでちょうだい。あと、こいつと寝ればロクな事にならないわよ?」

「そ、そうだよ! アレックスが変態な事忘れたの?」


 マリアとアンナが止めてくれるのは嬉しいが、先程から胸がチクチクと痛むのは気の所為だろうか。いくら仕事仲間と云えど、美女の裸を見れば気が気じゃ無くなるのは事実だが……。

 ああ、ダメだダメだ。落ち着けアレクサンドラ! 今は妄想を膨らます時間じゃねえ!


「あら隊長、顔が赤くてよ?」

「此処の部屋が暖かいだけだ」


 やはり、女だらけの旅行に混じれば色々とヤバい事になる。シェリーとこっそり行くか、ジェイミーを誘うかの二択になるな。


 と、盛り上がっていた(?)ところで女性店員がトレーを持ったまま歩み寄る。そのトレーの上には、深紅の汁で満たしたスープ皿三客とパンを入れた小さな籠が載っていた。

 一方で、別の店員がスープ皿をもう三客運んでくる。白いナプキンの上に次々と置いていくと、彼女らは「ごゆっくり」と言って立ち去った。


 その汁は一見トマトスープに近い色合いだが、原料は赤カブだと云う。牛肉はもちろん、角切りのジャガイモや人参がゴロゴロと入っている。それらの上にはパセリが撒かれてあり、白い粘液であるサワークリームがアクセントを利かせていた。昇る湯気とニンニクのほのかな香りが、俺たちにスプーンを握らせようと静かに煽る。


 赤いテーブルクロスの中央に置かれたのは、六人分のパン。厨房から油で揚げる音が聞こえてきたし、これが正体なのだろうか。


 まあ。どのみち美味そうだし、頂くとしよう。全員が「いただきます」と手を合わせたあと、それぞれが己の好奇心に身を委ね始める。


 まずはスープをすくい上げ、湯気を吐息で逃がす。それから口の中に流し込むと、酸味がすぐに広がっていった。

 それからパンを手に取り、ひと口かじってみる。軽やかな音が弾んだあと、もっちりした食感を噛み砕いていく。あらゆる味が味覚を刺激する中、断面図を眺めてみた。粉砕したジャガイモや茹で卵・玉ねぎなどが入っているようで、味は例のスープとは対照的でかなり濃い。


「おいしー!」

「うん! 身体が温まってくるよ」


 幸せそうに頬張るシェリーとアンナ。他の花姫フィオラたちも同様に満足しているようだ。ご当地のグルメは、城下町フィオーレでも食べられないわけじゃない。でも、現地で食べるから良いんだ。


「精霊祭ぐらいはゆっくりしたいわね」

「はい。陛下のためにとっておきのケーキもご用意できればと」


「じゃあ、その時は皆を招待してあげる。ベレやジェイミーも誘って、舞踏会なんてのも悪くないわね」

「あ、うん……」


 無邪気に食していたシェリーが突如動揺を見せる。その理由について、俺は何となく察しがついていた。

 二十五のラピスラズリと云えば、シェリーの誕生日でもある。自分で言うのもが、俺と二人きりで過ごしたいのかもしれん。しかし、俺たちの関係は花姫たちに内緒である以上、口実を考えねばならなかった。


「どうしたのです? シェリー様」

「う、ううん! 何でもありませんの! 予定、何かあったかなって……」


「そういや、俺も野暮用で遠出しなきゃならねえんだよな。一泊二日ぐらい」

「それなら日を改めましょうか。年末にでもどうかしら?」

「賛成! お城には美味しいのいっぱいあるし、楽しみだなぁ」


「うふふ、アンナがそう言うならいっぱい用意しなくてはね。頼むわよ、アイリーン」

「仰せのままに」


 良かった、マリアの言葉に助けられた……。野暮用とは言っておいたので、彼女らも訊いてこないようだ。シェリーとの旅行は追々考えるとして、後は情勢次第か。

 そこでエレは何かを思い出したらしく、俺たちにこんな事を尋ねてくる。


「そういえば、精霊祭の前夜ということで聞いたことあるのです。えっと……なんとかの六じか──」

「エレ!」

「ひゃい!!」

「んな言葉、どこで憶えてきたんだよ……」


 マリアが赤面したままさえぎると、エレの身体が跳ねる。幸い、アンナは知らなそうに首を傾げるのみだ。


「え、なんの六時間?」

「平和を祈る儀式の時間だ」


「隊長ったら、ホントに足りるのかしら?」

「何言ってるんだアイリーンちゃん。俺は時間をきっちりまも──」


「い、いい加減にしてください!!! 公衆の面前ですよっ!?」


 店内に訪れる静寂。俺らや客のみならず、店員までもがシェリーに氷柱つららのような視線を注いでいた。耳まで赤くなったシェリーは、顔を両手で覆って小さく唸り声を上げる。


「お嬢様こそ、いったい何をお考えで?」

「…………うぅ~~~~~」

「お前もまた狡猾だな……」




 食事処を後にすると、花姫たちは元気になったのか前を突き進む。

 そんな彼女らの背後で、俺とシェリーは景色を見ながらのんびりと歩いていた。


「アレックスさん……その、先程はありがとうございます」

「良いって。ちょうどお前と出掛けたいと思ってたし」


 小声で俺に礼を言う彼女。誰も見ていないのを良い事に思わず手を繋ぎそうになったが、堪えるために拳を作る。


「では、『一泊二日』というのは本当、なんですか?」

「当たり前だよ。たまには戦いを忘れたいだろ」

「…………はい……!」


 別に仲間たちと一緒にいるのが嫌というわけではない。だが、たまには思い切って違う場所に行きたいのだ。


 それは、リタ平原でピクニックに出掛けた時のように。

 あずまの国で花火を見たときのように。


 俺たちは、その頃のような日を無事迎えられるのだろうか。

 恋人かのじょに刻まれた呪いは、俺に不穏な予感を与える。






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