月の神殿でヴァルカを破り、オーブを回収。降伏した彼女は都アルテミーデで騎士団に保護され、馬車で搬送された。
この街の瘴気が失われ、ひとまず役目を終えた俺たちは一軒の食事処へ立ち寄る。水色のオーニングテントが目立つその店は、ご当地である赤いカブのスープがとびきり美味いらしい。
扉を開ければ、女性店員が笑顔で六人席へ案内してくれた。正面には(呪いが解けた)アイリーン、俺の右隣は手前からアンナ、エレという順で座っている。シェリーはというと、マリアを挟むように最も右斜の席に着いていた。
店員は、メニューが書かれた羊皮紙一枚を俺たちに配る。無論、此処へ来たからには例のスープとパンを選ぶほか無かろう。全員一致でそれを頼むと、料理が来るまでの間に雑談を始める。
「ねえマリアさん、スネッグってどんな国だったの?」
「雪国だから、その頃から温かいご飯が盛んよ。特にエリヴィラでは、雪像を作る祭りが開かれたみたいね」
「でも、どうして人が居なくなったのです?」
「時代の流れかしらね。魔術機関を取り入れるようになってから、自然とこの街に集まるようになったの」
「見てみたかったなぁ。エリヴィラに人が集まってるとこ」
廃墟都市に思いを馳せるアンナ。未知の国に興味津々のようで、目を爛々と輝かせている。そこへシェリーが楽しそうな事を提案してきた。
「戦いが落ち着いたら、皆で旅行にでも行きたいね」
「そうね。どうせなら外国にでも行く?」
「うん! ベレさんを誘って東も良いなあ」
「とても素敵な提案なのですっ! アレックス様もそう思うでしょう?」
「ああ。というか、俺も混じって良いのか?」
「陛下は隊長を歓迎するはずです。なんせ、自分たちを率いる大切な存在なのですから」
「あら、省くのは可哀想だから考えてやってるだけよ?」
アイリーンの言葉で顔を赤らめるマリア。言葉とは裏腹に、生来の優しさが伝わってくる。
「別に俺抜きで行ってきても良いんだぜ。お前らだけで話したい事はあるだろ?」
「そんなぁ! アレックス様が居なければ、混浴も同衾もできないのですよ!?」
「いや、混浴も何も二人で旅行するわけじゃねえだろ?」
「違うのです! 皆様で温泉に浸かって、同じベッドの上で寝るのです! そうすれば、一つの部屋で収まって節約できるのですよ!」
「そういう問題かよ!?」
「勝手に話を進めないでちょうだい。あと、こいつと寝ればロクな事にならないわよ?」
「そ、そうだよ! アレックスが変態な事忘れたの?」
マリアとアンナが止めてくれるのは嬉しいが、先程から胸がチクチクと痛むのは気の所為だろうか。いくら仕事仲間と云えど、美女の裸を見れば気が気じゃ無くなるのは事実だが……。
ああ、ダメだダメだ。落ち着けアレクサンドラ! 今は妄想を膨らます時間じゃねえ!
「あら隊長、顔が赤くてよ?」
「此処の部屋が暖かいだけだ」
やはり、女だらけの旅行に混じれば色々とヤバい事になる。シェリーとこっそり行くか、ジェイミーを誘うかの二択になるな。
と、盛り上がっていた(?)ところで女性店員がトレーを持ったまま歩み寄る。そのトレーの上には、深紅の汁で満たしたスープ皿三客とパンを入れた小さな籠が載っていた。
一方で、別の店員がスープ皿をもう三客運んでくる。白いナプキンの上に次々と置いていくと、彼女らは「ごゆっくり」と言って立ち去った。
その汁は一見トマトスープに近い色合いだが、原料は赤カブだと云う。牛肉はもちろん、角切りのジャガイモや人参がゴロゴロと入っている。それらの上にはパセリが撒かれてあり、白い粘液であるサワークリームがアクセントを利かせていた。昇る湯気とニンニクの仄かな香りが、俺たちにスプーンを握らせようと静かに煽る。
赤いテーブルクロスの中央に置かれたのは、六人分のパン。厨房から油で揚げる音が聞こえてきたし、これが正体なのだろうか。
まあ。どのみち美味そうだし、頂くとしよう。全員が「いただきます」と手を合わせたあと、それぞれが己の好奇心に身を委ね始める。
まずはスープを掬い上げ、湯気を吐息で逃がす。それから口の中に流し込むと、酸味がすぐに広がっていった。
それからパンを手に取り、ひと口かじってみる。軽やかな音が弾んだあと、もっちりした食感を噛み砕いていく。あらゆる味が味覚を刺激する中、断面図を眺めてみた。粉砕したジャガイモや茹で卵・玉ねぎなどが入っているようで、味は例のスープとは対照的でかなり濃い。
「おいしー!」
「うん! 身体が温まってくるよ」
幸せそうに頬張るシェリーとアンナ。他の花姫たちも同様に満足しているようだ。ご当地のグルメは、城下町でも食べられないわけじゃない。でも、現地で食べるから良いんだ。
「精霊祭ぐらいはゆっくりしたいわね」
「はい。陛下のためにとっておきのケーキもご用意できればと」
「じゃあ、その時は皆を招待してあげる。ベレやジェイミーも誘って、舞踏会なんてのも悪くないわね」
「あ、うん……」
無邪気に食していたシェリーが突如動揺を見せる。その理由について、俺は何となく察しがついていた。
二十五のラピスラズリと云えば、シェリーの誕生日でもある。自分で言うのもおこがましいが、俺と二人きりで過ごしたいのかもしれん。しかし、俺たちの関係は花姫たちに内緒である以上、口実を考えねばならなかった。
「どうしたのです? シェリー様」
「う、ううん! 何でもありませんの! 予定、何かあったかなって……」
「そういや、俺も野暮用で遠出しなきゃならねえんだよな。一泊二日ぐらい」
「それなら日を改めましょうか。年末にでもどうかしら?」
「賛成! お城には美味しいのいっぱいあるし、楽しみだなぁ」
「うふふ、アンナがそう言うならいっぱい用意しなくてはね。頼むわよ、アイリーン」
「仰せのままに」
良かった、マリアの言葉に助けられた……。野暮用とは言っておいたので、彼女らも訊いてこないようだ。シェリーとの旅行は追々考えるとして、後は情勢次第か。
そこでエレは何かを思い出したらしく、俺たちにこんな事を尋ねてくる。
「そういえば、精霊祭の前夜ということで聞いたことあるのです。えっと……なんとかの六じか──」
「エレ!」
「ひゃい!!」
「んな言葉、どこで憶えてきたんだよ……」
マリアが赤面したまま遮ると、エレの身体が跳ねる。幸い、アンナは知らなそうに首を傾げるのみだ。
「え、なんの六時間?」
「平和を祈る儀式の時間だ」
「隊長ったら、ホントに足りるのかしら?」
「何言ってるんだアイリーンちゃん。俺は時間をきっちり守──」
「い、いい加減にしてください!!! 公衆の面前ですよっ!?」
店内に訪れる静寂。俺らや客のみならず、店員までもがシェリーに氷柱のような視線を注いでいた。耳まで赤くなったシェリーは、顔を両手で覆って小さく唸り声を上げる。
「お嬢様こそ、いったい何をお考えで?」
「…………うぅ~~~~~」
「お前もまた狡猾だな……」
食事処を後にすると、花姫たちは元気になったのか前を突き進む。
そんな彼女らの背後で、俺とシェリーは景色を見ながらのんびりと歩いていた。
「アレックスさん……その、先程はありがとうございます」
「良いって。ちょうどお前と出掛けたいと思ってたし」
小声で俺に礼を言う彼女。誰も見ていないのを良い事に思わず手を繋ぎそうになったが、堪えるために拳を作る。
「では、『一泊二日』というのは本当、なんですか?」
「当たり前だよ。たまには戦いを忘れたいだろ」
「…………はい……!」
別に仲間たちと一緒にいるのが嫌というわけではない。だが、たまには思い切って違う場所に行きたいのだ。
それは、リタ平原でピクニックに出掛けた時のように。
東の国で花火を見たときのように。
俺たちは、その頃のような日を無事迎えられるのだろうか。
恋人に刻まれた呪いは、俺に不穏な予感を与える。
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