「アレックスーーーー!!! 起きろぉぉおおおお!!!!」
けたたましく響くノック音に、ドスの利いた女の声。それらが鼓膜に突き刺さり、俺の意識を一気に覚まさせた。
「どうしたヒイラギ!! 事件か!!?」
「起きろ! 早く起きろ!!」
いったい何があったんだ……? まさか、銀月軍団がまた襲ってきたとか?
とにかくドアを開けよう。きっと彼女から何か手掛かりが掴めるはずだ!
「何があった!?」
「『何があった』も何も、もう出港のじか──ほぉ〜?」
ヒイラギが発言を止め、突如恍惚な眼差しを俺に向ける。何故にやついているのか、俺には全く想像がつかなかった。
「あんた、うちが起こしに来るのを察してたのかい? 随分と元気そうじゃないか」
は? 元気そう……? そういや、今の俺はやけに開放的な気分だ。
そのまま視線を落としてみると──
「あぁぁああぁぁあああぁぁあああああああぁぁぁああ!!!!!!!!!」
この時、俺は──
大切なモノを失った気がした。
「そう落ち込むな! あんたは本当の騎士だ!」
「そういう問題じゃねえよ……」
此処は客船の中だ。エク島の村長らと別れの挨拶を交わしたものの、それで今朝のショックを拭えるワケが無い。もはや立つ瀬が無い俺は、バルコニーの片隅で膝を抱えるほか無かった。
勿論、事情を知るのは俺とヒイラギだけだ。彼女がハイテンションで俺の肩を引っ叩く一方、花姫たちの悲しげな視線が肩に刺さる。中でもシェリーとマリアが「何がありましたの?」「またえっちな事でもしたんじゃない?」と耳打ちする辺り、もう俺の人権など此処には無い気がしてきた。
「ねえアレックス、良かったらボク達に話してよ」
「そうなのです。もしかして、アレックス様を傷つけてしまいましたか?」
「違う、そういう問題でもねえんだ。全部俺が悪いんだ……」
むしろ話したら海中に沈められるって……。それで『王室直属の魔術戦隊“純真な花”の隊長が、何も穿かぬまま(便宜上)隊員に挨拶してしまった』なんて国中に広まったら、それこそ隊長失格になっちまうだろ。
「そっとしておきなさい。少ししたら元気になるはずよ」
「「はーい」」
嗚呼、アイリーンの優しさが胸に滲みて涙が出そうだぜ……。ヒイラギ含む花姫たちが一斉に客室に戻ると、俺はようやく一人になれた。
暫くは波打つ音に耳を澄まし、空を眺めてみる。ムカつく程に真っ青な空とムカつく程の眩しい太陽だ。
「俺のバカやろぉぉおおおぉぉおお!!!!」
そう叫びたいところだが、却って彼女らを心配させるのでそれは止めておこう。
ズボンに収めていた通信機がメッセージの受信を報せる。これは、きっと誰かが察して俺を国から追い出すんだ。
ありがとう、皆。
ありがとう、シェリー。
情けないが、隊長としての務めは此処で終わりを迎え──
《Sherry》
〈元気出してくださいね? 私も、昨夜は何も着ないで寝ちゃいましたから……〉
その文面を見た刹那、俺のあらゆる部分が漲ってきた。
「ひゃっほぉぉおおお!!」
『何も着ないで』!! 『何も着ないで』!!! 俺を元気にさせるには十分すぎる内容だ!!
ありがとう、シェリー!! やっぱりお前は俺の、いや俺だけの女神だ!!! よし、今晩が楽しみだ!!!
一気に精神が回復した俺は、堂々と客室に入る。それから廊下の絨毯を踏み締め、筋肉トレーニングをすべく自室へ向かおうとした。
その時、マリアとアイリーンが困った様子で廊下に立ち尽くす。俺から話し掛けてみると、マリアはある事を尋ねてきた。
「ねえ、執事たちを見なかった?」
「執事……? 俺、さっきまで外にいたから見てねえぞ?」
「そうよね……どうしよう……」
「陛下、隊長に協力を仰いでは?」
「ああ、良いわね。ちょっと運びたいモノがあるから、手伝ってほしいのよ」
「良いぜ、重いものなら運ぼう」
何処へ向かうか知らないが、とりあえず彼女らに付いて行く。この感じだと、おそらく倉庫へ向かうのだろう。
しかし──
「お願い、もっとぉ♡」
食堂の方からだろうか。甲高い嬌声が耳に届き、誰もがその場で立ち止まる。あの声の感じからすると、エレかヒイラギ──どう考えても後者だ。
俺たちは(食堂の)両開き扉の前に立つと、アイリーンが身を乗り出そうとする。
「自分が止めて参りま──」
「待って。アレックスも何もしないでちょうだい」
「おう」
マリアにはきっと考えがあるようだ。……よく見れば、彼女の両手には赤いオーラが宿っているし、どう考えても不穏な予感しかしない。
「とりあえず皆で入るわよ」
彼女が扉の片側をそっと開けると共に、俺とアイリーンも中に入る。
そこには、執事たちに囲まれてマッサージをされるヒイラギがいた。
「そ、そこなのです♡ さあっ、もっとあたくしの名前を呼んで♡」
「はい、ヒイラギ様!」
「そこのあなた様♡ アイスレモンティーを♡」
「はい、ヒイラギ様!」
何だこの光景は……。マッサージと云うのは決して比喩ではなく、本当にそのままの意味だ。ヒイラギが椅子に腰掛ける中、執事たちは足の裏や肩などの随所を揉みほぐす。それもバリエーション豊富なイケメンたちと、チョイスがいかにも彼女らしかった。
そんな光景を見て見ぬフリするマリアではない。彼女が宿す焔の氣は、今にも発動寸前だった。
そして──!
「まとめて焼き尽くしてあげるわ。焔撃!!」
轟音と共に襲い掛かる炎の波!
ダークエルフと執事たちは一気に焦がされ、気の抜ける断末魔の叫びを上げた。
「ゆ、許せ……疲れてたんだ……」
「だーめ。次から留守番よ」
ヒイラギが俺らに手を伸ばすが、マリアは構わず背を向ける。
彼女がヒールを踏み鳴らす中、俺とアイリーンは後に続いてラウンジを去った。
(第十章へ)
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