騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第三節 The beginning of chained love

公開日時: 2021年8月16日(月) 12:00
文字数:4,530

 ヴァルカと一戦交えた後、俺とヒイラギは城下町フィオーレから少し離れたアウレッタ牢獄へ。


 アウレッタ牢獄は、かつて俺が収容されていた場所。奴隷屋を兼任している側面もあり、一部の者が奴隷を求めて牢獄を訪ねる事がある。マスターもその手法で俺の部屋を訪れたが、実際は一人の人間として接してくれたのだ。


 石造りのアーチ橋を超え、巨大な建物の前に辿り着く。六つの塔を繋ぎ合わせたこの地こそがそうだ。俺たちは手前の門番に用件を話した後、屋内へ案内される。


 エントランスの正面奥には受付がある。そこでヴィンセントと会う旨を伝えた後、俺たちは面会室を通された。といっても一室まるまる用意されてるわけではなく、此処の隅に配置された小部屋がそうだ。

 木で造られたその部屋はまるで懺悔室であり、とても狭そうに見える。だが懺悔室と違って質素な作りとなっており、扉の窓はただの曇り硝子だ。


 俺たちは正面から見て右の部屋に案内される。二人の成人が入るだけで窮屈になり、ヒイラギの長い毛先が時折皮膚に触れて。季節はもう秋だと云うのに、数分経っただけで汗が一気に噴き出た。


 少ししてから複数の足音と鎖の擦れる音が近づく。ヴィンセント本人と看守だろうか。部屋の奥で扉の開く音がした後、男の溜息が仕切り越しで聞こえてきた。


「面会は半時間までとする。始め」


 看守の淡白な声と共に計測が始まる。仕切りの小窓にはカーテンが下がっているものの、俺はそれを開ける事なく用件を告げた。


「シェリーの左腕に紋章が刻まれていた。ヴィンセント、お前は何か知ってるか?」

「ああ、あれですか……。貴方がたのような凡愚が知ったところで、何も得が無いでしょう」


「悪いが、うちらもあんたの都合に付き合ってる暇は無い。お互い銀月軍団シルバームーンから外れた身だし、いっそバラしたらどうだ?」

「ダークエルフ……貴女までそう仰りますか……。仕方ありません、これ以上痛い思いはしたくありませんからね」


 ヴィンセントにとってヒイラギは苦手なのか、すぐに交渉が成立。やはり彼女と同行して正解だ。

 彼は小さく咳払いをした後、俺たちに紋章の事を述べた。


 ジャック様がシェリーに刻んだのは“背徳の紋章”。それは、使役者の所有物である証とも云えるでしょう。


 その紋章を刻まれた者は、他の者に愛を捧げる事が赦されません。接吻すれば霊力を失い、言葉を告げれば心臓が停止してしまいます。

 失われた霊力は、満月に戻ってくるでしょう。しかし、争いが絶えぬ今においての浪費は死活問題。それに加え、他者との交わりを敢えて許す事で、生殺しにするのが目的でしょうねぇ。


 嗚呼。私にもその力があれば、アイリーンを管理する事ができたでしょう──。


「……だからあいつは開花できなかったのか」


 俺は悔しさの余り唇を噛む。するとヒイラギは鋭い眼差しで仕切りを見つめ、俺の代わりにある事を尋ねてくれた。


解呪げじゅの方法は無いのか?」

「さあ、どうでしょうねえ。私が存じ上げるのはその限りですから。大魔女にでも尋ねれば判るのでは?」


「てめえ! さっきから平然としやがっ──」

「よせ。いくらあんたと云えど、此処で殴れば洒落にならんぞ」


 俺が眼前の仕切りを殴ろうとした時、ヒイラギが腕を掴んで引き留める。それだけで怒りが収まるわけがないが、ここは彼女の言葉に従おう。


「くっくっく……相変わらず、彼女の事になると愚かになるのですねぇ」

「当然だ。シェリーは……大切な仲間の一人だからな」


 危うく恋人と言い掛けたが、此処は『仲間』と言っておく。

 それにしても、アンナの魔法で視力を奪われたというのに反省の色が無いんだな。相変わらず腹立つ物言いだぜ。


「博識のあんたが『知らない』ってなら仕方あるまい。ヴァンツォ、此処はとっとと退散するぞ」

「一発殴ったら吐いてくれそうだが、こんなとこで人生を棒に振りたくねえからな。看守、もう終了で良い」


「はっ。行くぞ、八番」

「私にはれっきとした名前があるんですがねぇ……」


 看守は意に介す事なく、ヴィンセントを連れて面会室を後にする。足音が遠くなった後、俺たちも蒸し暑い空間を抜けて牢獄を飛び去った。


「別に消えるのを待たなくて良かったんじゃ?」

「そういう決まりなんだよ。後ろから危ねえもんを入れられないための対策だ」

「へえ」


 ヒイラギは退屈そうに答えた後、「そういや」と思い出したように話題を切り替える。


「軍議は今頃終わってるだろうし、これからどうすんだ?」

「シェリーの家に行く。さっきの事を話さなきゃなんねえからな」

「それが良いだろうね。……ったく、あの女はすぐ隠し事するんだから」


「隠し事?」

「うちとか他の奴らが仲間だってのに、何でも背負しょおうとするだろ。それとも、あんたにだけ話すってのか?」

「いや、俺もついさっき知った。『俺たちに迷惑掛けたくない』って抑え込んでるんだろうな」


 ヒイラギの言う通り、シェリーにはそういう悪癖があるだろう。だが、知らないヤツに何でも話すよりはマシだ。


「まあ良いか。いずれうちらに心を開いてくれるだろう。ヴァンツォ、うちはそろそろこの辺で失礼するよ」

「おう。今日はありがとな」


 眼下に城下町フィオーレの町並みが広がった時、彼女と上空で別れる事に。俺は彼女に向かって軽く手を振った後、シェリーの家がある方角へ進んだ。



 夕暮れ時。家近くの通りに降り立つと、念の為通信機を確認。マリアからのメッセージが届いていた為、壁に寄りかかって内容を確かめてみた。


 ご苦労さま。軍議で話し合った事をあなたに伝えるわね。


 以前話したように、近日中に城内の転移装置で神殿へ向かうわよ。そこで五大元素のオーブを集めて、ルーセ王国の跡地──つまりルーセ城を攻めるの。最初の目的地はげつの神殿。アルテミーデ──北方に位置する都──に転移するから、しっかり防寒すること。


 それから、新たな情報がついさっき入ったわ。ブリガで蜥蜴男リザードマンの襲撃が相次いでいるそうよ。日程は明朝。シェリーは状況次第で出撃を控えてもらうつもり。


 あなたの方はどうかしら? このメッセージを確認次第、必ず連絡して頂戴。以上。


 ……そういや、転移装置には既にシェリーの霊力は注がれているのだろうか? もしそうでなければ次月への持ち越しも有り得るぞ。

 懸念を懐きつつ、早速マリアに発信信号を送ってみる。ちょうどお手隙だったのか、彼女はすぐさま通話に出てくれた。


「もしもし、アレックスだ。転移装置の状況はどうなっている?」

「後は霊力さえあれば稼働するわ。どうかしたの?」


 当然マリアは紋章の詳細について知らない。だからこそ、事実を伝える前に一度深く呼吸をした。


「シェリーの霊力は満月の日まで戻らない。月齢次第では反撃が翌月になるぞ」

「満月まで……ですって!? ……少し待ってて」


 スピーカー越しでマリアの驚いた様子が聞こえた後、物音が微かに耳を伝う。言葉通り少しの間待つと、彼女は「もしもし」と発してきた。


「ちょうど今は上弦だから、あと四日で満月よ」

「良かった……一刻を争うが、月を跨ぐよりはマシだな」


「ちなみに、何故シェリーの霊力が戻らないって判ったの?」

「それは──」


 流石に恋人と接吻した事を知られるのは気が引けるが、話しておかないと面倒な事になる。

 俺はヴィンセントから聞いた話を伝えると、マリアは落胆した様子で言葉を返した。


「酷すぎるわ……いくら我が物にしたいからって……!」

「ああ。ぶっ殺したいぐらいに腹が立ってるよ」


 怒りをズボンのポケットにしまい、裏生地を握り締める。暫しの無言が続いた後、彼女から沈黙を破ってきた。


「こんな事を言うのは心苦しいけど、今は耐えてちょうだい。あたしも解呪の方法を探してみるわ」

「よろしく頼む。こっちは今からあいつの家に向かうとこだ」


「引き続きお願いね。……あなたなら、あの子を幸せにできるから


 マリアが俺に信頼を託すと、通話が途切れた。端末を耳から離し、しばらく何も映らない画面を見つめる。


「…………あの呪い、絶対に解いてみせる」


 決意を呟いた後、俺はそのままシェリーの家へと足を運んだ。



 このパステルグリーンのドアの前に立ったのは何度目だろうか。色んな理由で彼女の家を訪れたが、これほど不安な気持ちで訪れたのは初めてだ。

 ドアに掛けられたノッカーで三度叩いた後、向こう側から「はい」と声が聞こえてくる。扉が開くと、目を腫らした彼女がハンカチで口元を押さえたまま顔を覗かせてきた。


「お前に話したいことがある」

「では……入って……」


 掠れた声で俺を中へ通す。彼女が足早で向かったのは自室だ。俺も後から入ると、彼女は桜色のソファーに腰掛け背を丸める。


「話って……何でしょう?」

「例の紋章の事だ」


 彼女の隣に腰掛け、まずは一息つく。胸の鼓動が高鳴る中、いよいよ本人に先程の事を告げた。


「よく聞いてくれ。その腕に刻まれたのは、背徳の紋章だ。お前はジャック以外の者に愛を告げる事も、接吻も許されない。お前が霊力を一時的に失ってたのは……全部俺のせいだったんだ」

「…………嘘よ……!!」


 瞳に涙を溜め、首を横に振るシェリー。碧眼から雫がこぼれ落ちるも、彼女は俺に向かって声を張り上げた。


「あの時開花できなかったのは、あなたとキスしたからだというの!? もっと違う理由があるはずですわ!」

「それが事実だから言ってるんだ。お前が俺に想いを告げようとした時、心臓が止まったのは偶然じゃない」


「……いや……っ」

 シェリーは両手で顔を隠し、嗚咽を上げる。その啜り泣きを聞くだけで、俺の胸は茨に絡むように痛みだした。


「どうして、私がこんな目に遭わなきゃいけないの……。身も心も、あなたのモノなのに……!」

「……シェリー……」


 俺が両手でシェリーを包み込んだ時、彼女は更に泣き声を上げた。その声音は、俺が無力である事を示すかのよう。

 シェリーは、胸の中で言葉を続ける。


「この腕に紋章を刻まれても、あの男は教えてくれなかった……『貴様の目を覚ます』と、身体を永く弄ばれました。ですが……何度臨死しようと、私の心は変わりません。その答えが、彼の怒りを買ったのです」

「苦しい思いをさせたな……。本当に、すまねえ……!」


 そんな事があれば、ジャックの元へ戻ってもおかしくないってのに……彼女は強い女だ。

 俺にできる事は何だと云うのだろう。ただ抱き締めるだけなのだろうか。──否、それだけじゃないと思いたい。


「シェリー、必ずお前の呪いを解いてみせる。辛いだろうが、『長くは続かない』と信じるんだ」

「……本当に、そうでしょうか。私の全ては、彼に穢されました。あなたこそ、本当は失望しているのでしょう?」

「んなわけねえだろ……お前は今も綺麗だ。もしお前を汚す輩がいるなら、この手でぶっ飛ばすだけだ」


 より強く抱き締めた後、俺はシェリーと見つめ合う。今も涙を流す彼女に対し、月齢の事も伝えた。


「満月だ」

「え?」


「お前の霊力は満月に戻ってくる。今月はあと四日で満ちるさ。それまでは耐えよう」

「……はい」


 銀月軍団との戦いが続く限り、愛を伝える手段が大きく失われたままだ。それまでに解かねば、彼女の精神状態に大きく響くだろう。

 明日はブリガへ向かうが、今宵は彼女の傍にいてあげよう。それが、今の俺にできる事だから──。






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