騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第三節 Sh. 暗雲に生きる花々《上》

公開日時: 2021年9月30日(木) 12:00
文字数:3,812

 私たち純真な花ピュア・ブロッサムがアルタ街で“アーサー”と云う獣人と戦った後、急きょ城の医務室へ赴く事になった。その理由は、アイリーンさんにアンナ──そしてエレさんが意識を失った事にある。アレックスさんと共に中庭へ降り立った後、すぐさま医務室へ駆けつけた。

 白い壁と天井は、病院を彷彿させる。等間隔で配置されたベッドの上で、彼女らは仰向けで横たわっていた。


 事の経緯は、今から約一時間ほど前に遡る。アレックスさんは、(救援信号を介して)アルタ街に漆黒の狼ウォーグが出没した事を報せた。その後、ジャックと獣人アーサーが現れ、アイリーンさんとアンナが戦闘不能になってしまう。

 それからジャックは私たちをこく魔法で縛り付け、エレさんの声帯を奪った。戦力の半分を失った私たちは、過ぎ去る彼らを追うこともできずにいたの。


 騎士団の人たちが救護馬車を呼んでくれたのは幸いだけど、彼女らの意識が戻ってくるのか判らない。霊術で蘇生する事はできない以上、私も不安で仕方無かった。


 マリアかルナさんが呼んだのか、この部屋にはジェイミーさんもいる。彼はアンナの隣に腰掛け、ただ彼女の片手を握り締めるだけ。一方アイリーンさんの隣にはクロエさんが居るかと思えば、気配が全く見当たらない。その代わり、マリアは今にも泣きそうな表情でお義姉ねえさんを見つめるのだった。


「お願い、アイリーン……目を覚ましてよ……」

「……あの野郎、どこまでクズなんだ……!」


 誰もが不安や憤りを訴える。……私には霊術というものがあるのに、少しでも時間が経てば効果が殆ど無くなってしまう。何にも出来ない自分が嫌で嫌で仕方ないよ。



「エレちゃん。お前の声、必ず取り戻すからな」



 エレさんの横に腰掛けるのはアレックスさんだ。彼は未だ目覚めぬエルフの頬に手を添え、悲しそうに見つめている。私もだけど、彼はもっと悔しい思いをしているはずだ。

 暫くの沈黙が続いた末、何か変化があったらしい。それを物語るように、ジェイミーさんは想い人の名を呼んだ。


「アンナ!」

「……此処は、病院……?」


 誰もが振り返り、唖然とした様子でアンナを見つめる。私もその一人だけど、突然の出来事で足が棒のようになってしまった。


「此処はあたしのとこの医務室よ。身体はどう?」

「……まだ全身が痛むけど、少し経てば治まると思う」


「さっき医者に手当てをしてもらったのが効いたのかしら。でも、あなたは次の出撃を控えるべきよ」

「そんな……!」

「女王の言う通りだ。あんたがどうしても行くってなら、俺様は全力で止める」


 それが、ジェイミーさんなりの気遣いかもしれない。私に背を向けているから顔は見えないけど、きっと不安を露わにしている事でしょう。

 アンナは悲しそうに俯き、片手を胸に当てる。少し広い空間の中で、彼女の小さな声ははっきりと聞こえた。


「ジャックのヤツ、エレから素敵な声を奪ったんだ。ボクにとってエレも大切な友達だし、この手で止めなきゃ……!」

「気持ちはよく判る。だが、今は自分の身体を優先してくれ。お前が死ねば、俺たちが苦しくなる」

「……アレックス……」


 アンナはきっと焦っている。だから、アレックスさんは隊長として彼女を止めているんだ。言葉が詰まって何も言えないけど、彼らの言葉に異論は無い。

 その時、アイリーンさんの瞼が開きだした。先程四肢を切りつけられたからか、アンナと違って上体を起こせずにいる。それでも、彼女の意識は少しずつ鮮明になっているようだ。


「……くっ……」

「アイリーン! ああ、やっと気が付いてくれたのね……」

「申し訳、ありません……自分も、身体に痛みが……うっ!」

「無理に動かさないで……もう暫くすれば、これまで通り動かせるから」


 アイリーンさんは右手を挙げようとするが、痛みに遮られて下ろしてしまう。彼女は仰向けになったまま、掠れた声で言葉を続ける。



「……このまま動かなくなれば、自分の存在意義が……失われ、ます。あの獣人おとこに、隙を見せてしまった時……『もうダメだ』と……思っておりました……。この身体は、陛下を……大切な、シスターを……抱き締めるためにあるもの……」



 もし私もそのような状況になれば、アレックスさんを抱き締める事も守る事もできない。アイリーンさんのマリアに対する想いは、私の胸を強く締め付けた。


 直後、廊下を駆ける足音が近づいてくる。

 医務室に来ると察した私は、入口から右にずれる事にした。



「姉貴っ!!」



 張り裂けんばかりの声を上げるのは、エレさんの妹──ベレさんだ。彼女は銀月軍団シルバームーンの配下だった頃から“ヒイラギ”と名乗っているけど、私は以前の名で呼ぶことにしている。

 彼女の声はお姉さんを呼び覚ましたようで、重く閉ざされていた瞼が徐々に開かれた。そして口を開くのだけど……声が、聞こえてこない。そこでマリアは、部屋の隅で待機するメイドさんに指示を出した。


「筆記具を」

「はっ」


 メイドさんが群青色の手帳と黒いボールペンを取り出す中、アレックスさんがエレさんの上体を起こす。メイドさんが困惑気味のエレさんに筆記具を差し出すと、アレックスさんが代わって伝えてくれた。


「伝えたい事を此処に書くんだ」

「…………」


 エレさんの表情に真摯さが現れ、アレックスさんを見つめたまま頷く。それから手帳を左手に持ち、利き手ですらすらと書き込む。筆を走らす音は想像よりも早く終わり、皆さんに見えるように手帳を両手で抱えた。



『わたくしにも戦わせてください』



 その訴えは皆さんに向けてというより、マリアに向けての文章だった。短いけれど、強い筆圧と眼差しがエレさんの意志を伝えていた。

 いくら権限を持つマリアと云えど、戸惑いを隠せずにいるようだ。エレさんは私のように援護射撃が得意だけど、アーサーに酷い仕打ちをされた身でもある。私も反対の声を上げるべきだろうか……躊躇していると、ベレさんが言葉を荒げた。


「何言ってんだよ! あんたを失えば、うちは……」

「…………」


 エレさんの鋭い視線がベレさんの方を向き、無言で圧を掛ける。まさに一触即発な状況であり、衝突に繋がると思ったけど──エレさんは、視線を落として再び手帳に書き込む。その表情には、どこか悲しみを秘めているように思えた。


『わたくしが、アーサーと対話するのです。どうしてわたくしの声が必要なのか、きっと深い理由があるに違いないのです』


「……銀月軍団の配下たちにも、色んな過去がある。だから、ジャックはそういう人たちを集めてこの国を潰そうと考えているはずよ。だけど、あたし達にも譲れないものがあるの。もし彼の望む事がこの国の滅亡だとしたら、あなたはどう答えるつもり? いいえ、こう尋ねるのは適切じゃないわね」


 マリアはエレさんの方を見つめていたかと思えば、突如私の方を向いて「シェリー」と名を呼んでくる。心臓が口から飛び出そうになったけど、マリアは変わらずこう尋ねた。


「もしあなたがあたしだったら、どう答える?」


 此処に来てからずっと無言でいたからか、マリアは私にも話す機会を与えたのでしょう。でもその問いは、言い換えれば『エレさんの出撃を私が判断する』という事……いきなり重要な決断を任され、私はますます声が出そうに無かった。

 ベレさんの苛立つような眼差しが、とても怖い。もし妹さんかのじょの視線に応えればエレさんは療養に専念できるけど、当の本人はきっと納得いかない。それに、エレさんの考えにも一理があると思っているの。だから──。



「……エレさんの対話に、協力しますわ。勿論、マリアやベレさんの気遣う気持ちも判っていますし、もしかしたらアンナも不満に思うかもしれません。それでも、アーサーの望みはもっと違うところにあると思っていますの」



 私が言い切った時、ベレさんの表情が柔和に変わったように見えた。エレさんは目尻に涙を浮かべ、アンナは力強く頷く。アイリーンさんはただ目線を移すだけだけど、まるで本当のお姉さんみたいな、優しい目つきでもあった。

 ベレさんも首を縦に振ると、ジェイミーさんに呼び掛ける。


「なら、うちも戦おう。ジェイミー、あんたも来るか?」

「あの連中をぶっ飛ばしてぇけど、俺様はアンナの傍にいる。それに、女王の留守を狙うバカもいないわけじゃねえし」


「ありがとう、二人とも。クロエが戻ってきたら軍議を開くから、今しばらく待ってもらえるかしら?」

「判った。……シェリー、俺は少し席を外すから、エレちゃんの傍にいてやってくれ」

「は、はい!」


 アレックスさんは席を立ち、医務室を離れる。このタイミングで席を外すなんて、何か理由があるのかな……。

 私は彼の言葉に従い、アレックスさんが座っていた椅子に下半身を預ける。直後、スカートのポケットに入れていた端末が震え出した。


「ご、ごめんなさい……」


 この状況下で何故か通信機を開くのは憚る気がして、思わず謝ってしまう。でも皆さんは気に留める事なく、ただ静かに怪我人を見守るだけだった。……私に関しては、エレさんに見守られてしまってるけど。

 どうしてアレックスさんが席を外したのか。それは、手元のメッセージが理由わけを教えてくれた。


〈お前は、自分の考えが正しかったかどうか考える必要は無い。あの獣が対話を望まないなら、俺たちの手で止めれば良いだけだ。返事は要らない〉


 ……わざわざ私を気遣うなんて。

 そう思っていると、エレさんが顔色を伺う様子で見つめてくる。私は慌てて端末を畳むと、慈しむ気持ちを以って彼女の手を握る事にした。




(第四節へ)






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