騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第八節 悪魔の接吻

公開日時: 2021年2月19日(金) 12:00
更新日時: 2021年5月18日(火) 18:10
文字数:3,357

 廊下を歩くたび、麻服に身を包む者と白衣の者たちが徘徊していた。手を包帯で覆う人間に、松葉杖を突いて進む獣人。俺たちは彼らと距離を取りながら、ある部屋へと向かっていく。


「此処ね」

 マリアの言葉で誰もが立ち止まり、扉に打ち付けられたドアプレートを目視する。そこには『Lunaルナ』と刻まれていた。先頭の俺が扉を三度叩くと、アンナが顔を出して「入っていいよ」と手招きしてくれた。


「失礼するぜ」


 そう言って扉の先をくぐれば――茶髪でポニーテール姿の少女が上体を起こしていた。両腕に白銀の義手を嵌める彼女は、自分の手を静かに見つめている様子。しかし、俺たちの存在に気づいたのか、ハッとしたように視線を上げた。

 彼女こそがルナである。ジェシーに両腕を切断されたのち、マリアが急きょ義手を開発。それから(俺含む)純真な花ピュア・ブロッサムの全員は資金の調達に専念した。元々はあの国王一人でやるつもりが、他の隊員たちにも漏れて今に至るらしい。ただ、俺もエレに言われるまでは全く気づけなかっただろう。


 ルナは俺たちを見据えたまま、凛々しい声でこう話し掛ける。


「貴方たちが魔術戦隊『純真な花ピュア・ブロッサム』であられますか?」

「ああ。俺は隊長のアレクサンドラ・ヴァンツォだ」

「なんということだ……!」

 両脚をこちらに向け、深く頭を下げる彼女。


「陛下に隊員の皆様。未だ腕を動かせぬゆえ、ご無礼をお許しください。私こそがルナと申します。この義手を贈ってくださったのも貴方たちだと聞き及びました。この度は……心より感謝を申し上げます」

「それは俺じゃなくて、マリアこいつらに言ってくれ」

「あら、ただの暇つぶしよ」


 嘘つけ、本当はお前が率先して造ってただろ。マリアはさも何もしていないかのように振舞うが、見え透いた演技である。

 それにしても、ルナの瞳の焦点があまり定まっていない。エレとシェリーが空気を和ませるように、ベッドに近づいて朗らかに声を掛けた。


「あまり緊張なさらないで! わたくし達は、あなた様が元気でいればそれで良いのですから!」

「そうですよ、ルナさん! 私たちとも友達になってほしいくらいですわ」

「恐れ多いことを……なぜそこまで気にかけてくださるのでしょう?」


「それはね、ルナがとても素敵だからだよ! 子どもの頃から『ボクだけの騎士でいる』ってずっと言ってくれてたし、あの時もボクを見捨てなかったでしょ」

「ふっ、何を言う……。友であるお前を守るのが、私の使命だからな。見捨てるわけがなかろう」


 ルナがアンナの肩に触れる。慣れない手つきだが、確かな友愛が感じられた。


「皆様、このご恩は必ず返させていただきます」

「そんなの気にしないで。それよりも、リハビリが終わったら皆でお食事しましょ。必要あらば、稽古に付き合うわ」

 アイリーンが優しく微笑んだ。


「それは誠ですか!?」

「剣と武の鍔迫り合い……ぜひ見てみたいですわね」


 ルナとアイリーンの模擬戦闘か……。シェリーに限らずとも、俺も気になるな。

 そんな中、ルナは冷静さを取り戻すようにトーンを下げる。


「ジェシーに腕を切られたときは、『もうおしまいだ』と思っていました。『これではアンナを守れない』とも。ゆえに、貴方たちは恩人でございます」


 助けた当初はアンナから『もうボクの知るルナじゃない』と聞かされていたが、こうして腕と希望を手にしてくれて何よりだ。今後もあらゆる痛みを乗り越え、より強い剣士となるだろう。

 拳で約束したいけれど、ここはグッと堪えて言葉だけで約束を交わしてみる。


「じゃあ俺からも。お前との一戦を楽しみにしてるぜ」

「は、はい!」

「そう緊張するなって。今まで通りお前らしくやってくれたらいい」

「ありがとうございます。私もその日に備えて鍛えて参りますので!」


 また頭を下げるなんて……とても良い子だ。一見アンナとは対照的だが、真っ直ぐな態度は彼女とそっくりである。


「よし、そろそろ出るぜ」

「うん! 皆、本当にありがとう!!」


 俺たちは軽く手を振るアンナに背を向け、静かに部屋を去った――。




 病院を出た頃には、陽が少し沈みがかっていた。それはまるで、アンナがようの力に目覚めた日のときのような――しかし、その時とは違って皆の表情は晴れやかだ。


 何やらシェリーとマリア、アイリーンで盛り上がっているようだが……何があった?


「じゃ、シェリー。あとは頑張ってね」

「ええ! 本当にあれをやるの!?」

「当然ですよ。それが隊長にとって大切なことなのですから」


 俺にとって大切なこと? いまいち掴めねえぞ。


「エレちゃん、何のことかわかるか?」

「さあ?」


 エレもただ首を傾げるだけで、結局誰もが解散する流れだ。

 皆がそれぞれの方向へ散らばって俺一人――になるかと思いきや、シェリーだけが立ち尽くした。紅のが蒼い髪を照らすおかげでどこか哀愁が漂う。


 ん? この光景と胸の痛み……気のせいか。


「あの、アレックスさん」

「どうした?」

「ちょっと私に付いてきてくれますか?」


 彼女は顔を赤らめながら、こちらを見つめている。


 これは……もしかして……!!!

 期待に胸を膨らませながら、言葉通りついて行く。


 路地裏でもない。

 遊歩道でもない。

 彼女の家でもない。


 たどり着いたのは――城の礼拝室だった。


 似ている。いつぞやの晩に、俺がフラッシュバックを起こした場所と似ている。ステンドグラスが記憶と一致するも、頭痛は不思議と起こらなかった。

 シェリーに導かれて聖書台の前に立つと、なぜか向き合う形となる。それはまるで結婚式のようだ。


「その……手を……」


 右手??? 左手じゃないのか? とりあえず言われるがままに差し出す。すると、彼女は小さなケースの蓋を開け、深呼吸し出した。


「ああ、恥ずかしい……どうして私がこんなことを……」


 手を震わせながらも、金色の指輪が徐々に近づく。

 そして、中指へ――。


 中石が赤く光り、温かいエネルギーが身体の中へ入り込んでいく。


 女性の囁きと、抱かれるような温もり。

 やがて俺の視界に、ある光景が浮かびだす。




 緑豊かな草原。

 俺の手を握る、銀色で長髪の女性。広がる白いスカート。


 彼女は振り返ることなく、ただひたすら前へ突っ切っていた。


『ほら、アレックスさん! 早くっ』


 シェリーに似た声。だが、本人と違ってかなり朗らかだ。


 ここはどこだ?

 それに、お前は……?




「はっ!」

「気が付きました?」シェリーが俺の手を握ったまま首を傾げる。


「その様子ですと、また思い出したみたいですね……」

「なんとなくお前にそっくりなヤツが出てきた」

「私に……似てる?」

「うん。顔は見えなかったけど、声とか雰囲気とかがな。ところで、お前が嵌めた指輪これは一体なんだ?」

「本来の力を制御しつつ、翼を展開するための器具ですわ。これで、今のお姿のまま空を飛べるようになりますの」


 通信機といい、剣の改造といい、また便利なものをくれるんだな。


「だったら、わざわざここに呼び出さなくても……」

「私もケースごと渡すつもりでしたが、『大事な儀式だから』とマリアやアイリーンさんがうるさくて……」

「お前がなんて言おうが、俺は嬉しいよ」


「勘違いしないで! これも使命ですわ! ……あなたに、ミュール神の御加護が……んなぁあ、もう! あなたのせいできちんと言えないじゃない!」

「俺のせいかよ!」

「やるべきことは果たしたので、これで失礼しますわ」


 そうして顔を赤らめるお前も可愛いじゃん。

 シェリーが俺の手から離れようとしたとき、身体が勝手に彼女を抱き寄せる。


「ちょっと、何す――……!?」

「逃がすかよ」


 なぜ瞳を潤ませる? そんな目で見つめられたら、もっと狂っちまうだろ。

 少女の美しい顔立ちに近づき、指先で顎を持ち上げてから――。


「……――っ……!」


 この聴色ゆるしいろの唇を、悪魔のそれと重ね合わせた。


 柔らかな感触と甘い香りが衝動を煽る。

 でもはまた別の機会にしよう。今は少しわからせるだけで良い。


 刹那を堪能し、唇を離す。

 徐々に彼女を解放してみるのだが、依然と立ち尽くしたままだ。



「俺も男だということを忘れるな」



 彼女は小さな唇を薄く開くだけで、掠れた声を断片的に漏らすことしかできないらしい。それでも俺は待たないさ。


 ただ……せっかくこんな事できたってのに、何だか胸がざわつく。


『高鳴っているだけだ』

 そう心の中で言い聞かせながら、この穢れた指先を鉄黒てつぐろの扉に近づけた。




(第九節へ)





◆ルナ(Luna)

・外見

髪:栗色/ロング/ポニーテール

瞳:髪の色に近い

体格:身長162センチ/B86

備考:両腕に白銀の義手

・種族:人間

・職業:騎士

・武器:長剣

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