騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第二節 母思いの天才少年

公開日時: 2021年7月1日(木) 12:00
文字数:4,801

「お前、ばっちいんだよ!」


 俺の予感を遮るように、少年の騒ぎ声が西の方から聞こえてきた。

 俺達が声のする方へ駆けつければ、広場と思しき場所に着く。その片隅で、複数の少年らが誰かを囲っているのが見えた。


 輪の中心にいるのは、茶髪でそばかすが目立つ丸眼鏡の男の子。歳の近い少年たちは、汚い物を跳ね除けるかのように笑いながら突き飛ばし合っていた。


「やめろ! こんな事したって、何も解決しないぞ!」

「おいおい、こいつ何か言ってるぞ。聞こえたか?」

「幻聴じゃねえの? こんなヤツが俺らと同じ言語を話すわけないじゃん」


 ……なんて醜い連中だ。彼らに何があったか知らんが、見過ごして良いわけがない。


 公憤に身を任せ、俺が半歩踏み入れたとき。シェリーがこの腕を強く掴んできた。──蒼い瞳の奥に、過去の痛みを宿して。


「大丈夫ですわ。私が止めてきますから」


 いくら小さい子相手と云えど、本当は怖いに違いない。それでも「彼を助けたい」という気持ちがその眼差しから伝わってきた。


 シェリーは凛とした表情を崩さぬまま少年たちに近づく。しかし、彼らは依然といじめに夢中のようだ。

 それでも彼女は、いかずちを落とすように声を張り上げる。


「こら! 何をしているの!?」


 シェリーの怒号が連中の背に突き刺さると、彼らはとっさに彼女の方を見た。すると顔を一気に青ざめ、まさに神にすがるように怯えだす。


「……って、ふぇぇぇえ!!! もしや女神様!?」

「ぜ、全部こいつがいけないんですよ!! どうか御慈悲を!!」


「何があったのか知らないけど、そんな事して良いワケがないわ! それ以上はバチが当たるわよ!」


「うあああぁぁああん!!!」

「ごめんなさーーーい!!!」


 さっきまでの威勢はどこへやら、彼らはシェリーを見て一目散に逃げだした。……きっと、声と外見でアリスに怒られたのだと勘違いしたのだろう。


 街の様子といい、少年少女たちといい、ミュール島の都心部はこんなにも治安が悪いのか? この男の子に訊けば何か判るだろうか。彼は隠者姿に扮した俺を見ても怯えるどころか、此方へ駆け付けてお辞儀をし出す。


「あの、僕を助けてくれてありがとうございます!」

「気にしないで。それより、怪我はない?」


 シェリーがそう尋ねると、少年は左肘を彼女に見せる。きっと家に籠もりがちなのだろう。擦り剥いたような傷が、白い肌からほんのりと浮き出ていた。


「これぐらい平気です!」

「良いわ。ちょっとじっとしてて」


 少年はシェリーに患部を軽く押さえられ、顔を赤らめる。しかしシェリーは彼の反応に気にも留めず、静かに目を瞑った。

 彼女を包む金色の光は粒子となり、蛍のように患部へと向かう。光の集まりはたちまち傷を塞ぐと、少年は目を輝かせた。


「す、すごい……! こんなに優しい霊術、見たことないよ! その、お手を煩わせて申し訳ありません!」

「いいえ、やりたい事をしているだけよ。私はシェリー・ミュール・ランディ。あなたは?」

「僕はアルベルト・ローレンツと申します。気軽に『アル』とお呼びください」


 アルの品行方正ぶりから、育ちの良さが窺える。しかしどんなに礼儀正しく振る舞おうと、うぶな一面までは隠しきれないようだ。

 彼は好奇の眼差しを俺達に向け、話を続ける。


「シェリーさん……やはりミュール族の方だったんですね。女神様を伝記や聖書でしか存じ上げませんが、あまりにそっくりで僕も驚いてしまいました」


「本当に似てるよな。俺も初めて見た時、ドキッとしちまったよ」

「もうっ、ア……あなたまで! 何だか、恥ずかしくなってしまいますわ……」


 シェリーはいつもの癖で『アレックス』と呼ぼうとして、『あなた』に言い換える。この際なので、俺も自己紹介をする事にした。


「紹介が遅れて悪い。俺はアダム。ワケあってシェリーこいつの付き添いをしてるよ」

「よろしくお願い致します! もしかして、ティトルーズ王国の方々ですか?」


「ああ。だからお前さえ良ければ、この島で今何が起きてるか教えてほしいんだ。どうだい?」

「すみません。此処では申し上げにくいので、一旦僕の家に来て頂けますか?」

「そうだな……」


 俺はマントから腕を出し、手首に巻かれた時計を確認する。うむ、約束の時間まではまだ余裕があるな。


「良いぜ。お邪魔させてもらうよ」

「ありがとうございます。それでは、僕に付いてきてください」


 俺とシェリーは、アルの後を付いていく。人気ひとけの少ない通りをしばらく歩くと、都会から外れた住宅街へ。もう少し歩くと、如何にも田舎という感じの家々が並んでいた。

 その一連とは別に、一軒の大きい屋根が見つかる。アルは「ここが僕の家です」と指差すと、玄関まで連れて行ってくれた。


「お邪魔しますわ」

「失礼する」


 彼に家の中を通されたとき、石造りの古びたリビングが視界に広がった。草木の匂いに程良い涼しさと、両親と住んでた場所を思い出す。

 決して中は狭くない。だからこそ、小さな違和感がそこにあった。テーブル席に案内されて座る間も、その正体について考え込んでしまう。


 その時、アルは二つのマグカップをトレーに添えてやってきた。立ち上る湯気は彼のメガネを曇らせるが、当の本人はきちんと視えているらしい。


「宜しければどうぞ」

「まあ! ありがとう!」

「よし、頂こう」


 アルが差し出してくれたのはホットミルクだ。縁を唇に当ててカップを傾けてみると、適度な熱さと濃厚な味わいが口の中を占める。優しい味で、思わず全部飲み干してしまいそうだ。

 俺が一旦カップを置く傍ら、彼は俺達の向かいに腰掛けている。窓辺に見つめるその横顔は、何かに思いを馳せているようだった。


「昨年に僕の母が病死して以来、ずっとで独りで暮らしています。ですから、この家に招いたのは貴方達が初めてです」

「そんな事が……」

 同じく窓際のシェリーが表情を曇らせる。


 ……ああ、そうか。この違和感の正体は、“両親の気配が無い事”だ。その事実といい、先程の苛めといい、天も酷い事をするものだ。

 アルは此方へ向き直り、シェリーにこんな事を尋ねる。


「ご存知の通り、この国にはミュール族が多く住んでいます。然しながら、貴女ほどの温かい霊術を僕は見たことがありません。何か心当たりはございますか?」

「……信じてもらえないかもしれないけど、私にはアリスとしての記憶と能力があるみたいなの」


「──!? 本当に、そのような奇跡があるのですね……!」

「何か知ってるのか?」


 息を呑むアルだったが、俺の問いで平静を取り戻す。


「失礼いたしました。女神様のお力は太古より存在するもので、永い時の流れを経て継承される──と聞き及んでおります。ですが、それはもはや伝説に等しく、これまでに確認された事がございませんでした。……どおりで、あそこまで躍起になられているのですね」


「アマンダ?」

ミュール族に仕える神官であり、彼女も霊力を持っています。毎日都心に出ては、僕やみんなに挨拶をしてくれる方でした。それが最近では片目を失い、怖い顔で街中を歩くように……」


「そういえば、あちらの方々は何かしら身体が欠損していたわね。それはどうして?」


「ひと月ほど前、でしょうか。銀月軍団シルバームーンという組織が現れ、突如皆さんを傷つけ始めました。家族を殺された人に、身体の一部を奪われた人。僕はそれが怖くて、ずっとずっと地下に潜っていました」


「……酷すぎるわ……。ティトルーズ王国だけでは飽き足らず、この国も支配しようと云うの?」

「どんなヤツがつらを見せたか判るか?」


「申し訳ありません。僕は鐘を聞いてすぐに逃げ込んだ為、どのような者がいたかまでは……。ですが、彼らの悲鳴だけははっきりと耳にしました。『痛い痛い』と泣き叫ぶ子どもの声も、毎日のように聞こえます。近所に住む子なのですが、僕ですら見ていられなくて……」


「辛い事を思い出させてすまなかった」

「とんでもございません。……アマンダさんは、こう仰っていました。『ミュールの奇跡を与えし者がいれば、傷は癒え、失った者が蘇る』と」


 ミュールの奇跡──アリスは、花姫フィオラになるための力を代償に幻視病げんしびょうを消滅させた。膨大な霊力を持つであろう彼女がああなんだ。もしシェリーが同様のことをすれば、今度は俺たちの国が危ない。


 シェリーが口を開く前に、俺が粛々と答えた。


「俺たちの国も魔物が蔓延はびこってて危険な状況だ。お前達のところも救ってやりたいが、シェリーの霊力を欠かすわけにはいかなくてな……」

「無理は言いません。自分の故郷を守るのは当然の事ですから」


 アルは静かに微笑みながら首を横に振る。一瞬だけ落胆の表情が見えたからこそ、彼なりの気遣いが心に染みた。シェリーが片手を差し出すと、アルもそれに応える。


「ごめんなさい。私は、あなた達が受けた全ての傷を治せないかもしれない。……代わりに、銀月軍団を必ず倒すって約束するわ」


「ありがとうございます! あの、最後に一つだけお願いしても良いですか?」

「おう、なんだ?」


 アルはシェリーの手を離した後、とんでもない事を口にした。


「僕の飛行機を見てくれませんか?」

「「飛行機!!?」」


 偶然にも俺たちの声が重なる。ミュール島は蒸気機関があまり発達していないと云うのに、何故そんな単語が出てくるのだろう。

 彼は嬉々と立ち上がり、逸るように「こちらへ」と手招きしだす。思わずシェリーと顔を合わせた後、俺達も後に続く事にした。



 俺達が向かったのは裏庭だ。元々家族も使っていたとは云え随分と広い。そこに堂々とそびえ立つのは、黄色いプロペラ飛行機だった。前後には座席があり、操縦者含め二人は乗れるだろう。小型の部類と思われるが、でかい事に変わりは無い。


「すげえ……どうやって入手したんだ?」

「処女作ですが、自慢の飛行機なんです」

「もしかして、一人で造ったの!?」

「はい! ……いつか『母と一緒に大陸を回ろう』と開発を急いだのですが、結局間に合いませんでした」


 自慢気に話す様子から一変して俯くアル。後方に母を乗せ、楽しそうに飛行する彼が真っ先に目に浮かんだ。

 だが彼は悲しみを振り切るように顔を上げ、レンズの奥に信念を宿す。


「きっと母は一足先に旅している事でしょう。ですから、僕も彼女のように飛び回りたい。その思いで完成まで漕ぎ着けました」

「…………!!」


 シェリーは息を呑み、瞳から大粒の涙を流す。俺もアルの話に胸を締め付けられ、目頭を熱くせずにはいられなかった。


 単身で飛行機を造るのみならず、家族を大切にするアルベルト。もし彼が世に出れば、さらに幸せな人生を歩めるに違いない。

 その予感を後押しするように、アルは次のように語る。


「それから、僕は思い切って異国で生活してみたい。勿論こちらも大切な場所ですけど、僕の知らない世界が眼下に広がっていると思うと、スパナを握らずにはいられません。アダムさん、シェリーさん。ティトルーズ王国って、どんな場所ですか?」


「きっとお前が気に入る所だ。お前の好きそうな機械が山程あるし、どの王も種族で判断するようなヤツじゃない」


「わあ! ますます楽しみになってきました! ……とはいえ、このご時世で遠征はなかなか難しいですよね……」

「だから私達は戦っているの。一刻も早く平穏を取り戻すためにね」


「僕、戦いが落ち着いたら必ずティトルーズ王国へ遊びに行きます! その日までに飛行機を造って、アダムさん達を乗せたいです!」


 ……始めは『大人びた少年』だと思っていたが、どこまでも真っ直ぐで胸を打たれる。彼のためにも、早いとこ銀月軍団と決着を付けよう。


「アル、今日はありがとう。私達はこれでおいとまするわね」

「はい、こちらこそ本当にありがとうございました! 無事戻ってきてくださいね!」

「勿論だ」


 俺とシェリーはアルと握手したあと、家を出て都心部に戻る。


 向かう先は、アリスの旧居である“ミュール宮殿”。

 果たして俺達の運命が如何に動くか──その答えは、天のみぞ知る。




(第三節へ)






◆アルベルト・ローレンツ(Albert=LORENZ)

・外見

髪:金茶色

瞳:青緑

体格:身長146センチ

備考:丸メガネ / 顔にそばかす / 肌は白め

・種族・年齢:人間/8歳

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