騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第十節 友の覚悟

公開日時: 2022年2月14日(月) 12:00
文字数:5,313

「無駄な足掻きはよせ」


 牢獄に立ち入り、口角を上げるジャック。しかし、かつての友であったジェイミーが耳を貸す事は無いようだ。

 ジェイミーに差し出されたのは、鏡映しのシェリーが使用していた蘇生剤。数分ほど前、彼は俺にその理由を明かした。


『あんたもいずれ、片腕を失う事になるからだよ』


 それは戦いで失うのか、あるいはもっと別な理由なのか──現時点では全く予想がつかない。

 彼は俺に考える猶予を与えず、重々しそうに片手を掲げた。


「はあ、これで身軽になるよ」


 ジェイミーが指揮のように軽く手を上げる。すると、虚空から見覚えのある二種の武器が舞い降りた。

 その正体は、俺が所持していた大剣と長剣だ。一見手ぶらだったので気付かなかったが、わざわざ俺の武器を回収し、魔法で預かってくれていたのだろう。


 彼のおかげで(首輪から)解放された俺は、すぐさま自身の武器を受け取る。ジェイミーが首と肩を動かす辺り、相当重かった事が窺えた。


「あの魔法、荷物を軽くできたら良いんだけどねー」

「ありがとな。お前のおかげでまた戦えるよ」


「友を裏切り、盗みを働かすとは貴様も下劣な者よ」

「で? あんたはさっきから何が言いたいの?」


 ジャックの方へ向き直り、だるそうに佇むジェイミー。その傍らで俺は長剣を構えるが、これぐらいで慄く蛇野郎ではない。それどころか、勝ち誇るような口ぶりで仰いだ。


「悦べ、貴様にとっての褒美だ」

「いや意味わかんねえーから」


 先手を打ったのはジェイミーだ。手を振り下ろす事で、じゅの衝撃波がジャックに襲い掛かる。

 しかし、ジャックは表情一つ変えずに結界を展開。衝撃波は呆気なく結界に呑まれ、ジェイミーに舌打ちさせる事となる。


「なに、お得意の召喚?」

「そう焦るな。貴様が最も求める存在よ」


 ジャックの前に現る黒い靄。それは人の──いや、少女の姿を形成させていく。

 鮮明になっていく輪郭。背丈は俺の胸ほど、髪型はショートヘアだ。なだらかなは、やや大き目な胸と腰を強調させる。これだけでは、何者か判断する事はできない。


 しかし──。

 靄が晴れた瞬間、俺は──特にジェイミーは息を呑んだのだ。



「ま……マジかよ……」



 外ハネが目立つ茶髪に、浅緑色の大きな瞳。朽ちたこうじ色の鎧に身を包む彼女は、アンナとそっくりだった。

 だが、彼女と大きく異なる点はいくつか存在する。スカートも非対称的で、スリットからは色白の脚が露わとなる。花姫フィオラが腹部をも布地で覆うのに対し、この女は平然と見せびらかすようだ。この鎧は、もはや防具と言うよりアクセントに近いだろう。


 女性に疎く、アンナに恋するジェイミーにとってこれ程刺激が強いものは無いはずだ。……けど、お前なら本物の区別はつくだろ?


「おい、動揺してどうする!!」

「無理だろ! いくら偽者だからって、俺様には……」


「ふははははは! 己の醜さに嘆き、おすに慰められる事を望む──これぞアンナの本性だ。偽者という保証はどこにある?」


「……落ち着け、全部妄言だ。ああ! 俺様の知るアンナは、簡単に欲に溺れる女じゃねえ!!」

「ほう」


 ジェイミーは拳をわなわなと震わせ、唾液を飛ばす勢いでジャックを睨む。一方でジャックは中空で座り、他人事のように俺らを見下すのみだ。

 俺は剣を握り直し、間合いを詰めようと一歩進む。だが友は自身のプライドがあるのか、「良い」と俺の前で片腕を広げた。


「こいつは俺様が殺る。あんたはあの蛇を狙いな」

「くれぐれも果てんなよ?」

「あんたもね!」


 俺はジェイミーの元を離れ、ジャックの元へ大きくジャンプ。

 剣を振り下ろした刹那、彼は再び結界を展開しだした。


「飼い主に抗うとは良い度胸よ」

「餌付けと散歩に付き合ってやったんだ。満足だろ?」


 変わらず結界に弾かれるが、これはただの剣なんかじゃねえ。

 マリアらが用意してくれた無属性の剣──このまま押すぜ!!


「おらよぉ!!」

「っ!?」


 もう一度剣を振り下ろし、結界に圧力を掛ける。

 先ほどまで余裕の表情だったジャックだが、次の瞬間に驚愕を見せた。


 結界に亀裂が走り、瞬く間に崩れ落ちる。

 さすがの彼も危険と感じたのか、颯爽と着地して俺と対峙する。


「ふっ……犬の分際で」


 ジャックが鼻で笑う傍ら、魔法の衝突音が聞こえてくる。しかし、その実はジェイミーが劣勢だろう。時折聞こえる苦鳴が証拠であり、アンナの乾いた笑い声が鼓膜を掠める。

 もし俺が神なら、同時にジェイミーを助けられただろう。それが儘ならねえなら、目の前のクソ野郎を殺る他あるまい!


「とぉっ!」


 ジャックが手薄なうちに素早く突く。彼はバックステップで俺の攻撃を躱しつつ、アルフレードの剣を虚空から召喚した。

 動きを最小限に留め、次の手に出た。横に払えば、互いの剣が何度も火花を散らす。相変わらず隙の無い男だ。ならば、此方がもっと速く動けばいい。


「貴様と何度遊んでやった事か」

「それはこっちのセリフだ」


 俺が外した事で、今度は向こうが主導権を握る。こいつの剣舞は子供騙しだ。うまいことステップで避け、がら空きになった頭部へ斬り掛かる!!


──カァァアァァアンッ!


 ……やっぱそうくるか。こうして鍔迫り合いになったのは何度目だろう。

 もちろん諦めねえさ。封印を解かずとも、俺にだってがある!


「何世紀経とうと、貴様は変わらぬ」

「それはどうかな。……氷華ギオゥラ!」


 麗しき清神せいじん様に敬意を表し、魔力を放出。ジャックの足下から鋭い氷山が芽生え、高速で彼の四肢を貫く!


「うあ……っ!!」

 呼吸の余地を与えぬ速さ。氷山は黒ずくめのスーツを紅く染め上げ、対象者の身動きを封じる。


 その時、彼のポケットから小さな物が落ちた気がした。吊り下げられたランプは、それを僅かに黄金のように輝かせる。

 ジャックは氷山を引き抜こうと抗うが、却って痛みが増す事だろう。早速彼の足下へ近づき、手に取ってみる。


「アレク……そいつが、封印装置の鍵だ!!」

「何だと!?」


 ポインセチアのような花を模った鍵。高温の空気に晒されたからか、取っ手には人肌程度の熱がこもっていた。

 そんな事より、今はジェイミーだ。苦し紛れの彼に呼び掛けられ、反射的に身体を向ける。あれだけ余裕だったジェイミーは、想い人の偽者に押し倒され万事休すと云った状況だ。


「ふうん、まだそんな口利くんだね? ほら、ボクだけを見て」

「がぁぁぁあぁぁあぁあ!!!!」


 馬乗りになるアンナは手を振りかざし、ジェイミーに向かって雷撃を喰らわす。一時的な攻撃が止んでもなお、彼が抗う様子は一切見られなかった。

 これを機と見たのか、アンナは艶めかしく腰を動かし耳元で囁く。


「──、──しないで。今から──、本物の──と─────んだから……」


 彼女の声を聞き取るには距離が遠すぎる。しかし唇の動きを見るからに、『本物』という単語を使っている気がした。

 あの時と同じだ。(鏡映しの)シェリーは、あたかも自身がそうであるように振舞っていた。ジェイミーのヤツ、なに弱気になってんだよ!


 でも良いか、これで借りは返せる。

 当の二人は俺の存在に気づいちゃいない。彼女の背後に回り、ゆっくりと近づく。気付かれぬよう、半歩ずつ──。


「──!」

 ふとジェイミーと目が合うも、彼はすぐに察したようでアンナに視線を戻す。


 すまんな、俺も偽者は許せねえ性分なんだよ。

 剣の切先は、アンナの左背を確実に捉える。


 唇の距離はごく僅か。

 この悪魔の剣で、偽りの恋路を貫かん──!



「ぐはぁぁぁっ!!」



 胸中の臓物は串刺しとなり、黒いコートに紅い花弁が舞い散る。

 俺はすぐさま剣を引き抜き、ステップで後退。一人分の隙間が生じた瞬間、ジェイミーはアンナの身体をがっちりと掴んだ。


「せいッ!!」

 胸を負傷し、ダウンしようとするところを咄嗟に投げ飛ばすジェイミー。予測通りアンナの身体はこちらへ転がり、俺の追撃を許す事となった。


「ジェイミー、ボクを……信じ、て……!!」

「誰が信じるかよ」

「あがぁぁあぁぁあぁぁぁああ!!!!」


 剣を下に向け、もう一度胸を突き刺す。血は噴水のように舞い上がり、俺の顔や鎧に付着した。

 散々ヒトを殺してきた俺が、今更怯えるまでも無い。むしろ友を煽る余裕があるくらいだ。


「なにムラついてんだよ、むっつりくん」

「う、うっせえ!!」


「へえ、その割にはじゃねえか。魔法のせいか?」

「そ、それは……」

 ジェイミーは顔を赤らめ、慌てて立ち上がる。相変わらず女の不意打ちに弱い男だ。


 さて、遊ぶのもこれくらいにしておこう。

 氷の砕けた音によって、空気が再び張り詰める。ジャックの四肢から鮮血が溢れるも、彼は屍となったアンナに手を突き出した。


「くっ、詰めが甘かったか……ならば!」


 アンナの身体は黒い靄に包まれ、灰となって消える。彼女がいた場所に血だまりだけ残ると、ジャックは俺達の方へ向き直った。


「飼い主に抗った事、永遠に後悔させてやる!!」


 声を荒げ、黒い魔法陣を展開させるジャック。そこから現れた無数の鎖は、ある記憶を蘇らせる。

 それは、かつてティトルーズ城でシェリーを縛り付けた時と同質のものだ。──だが、今の俺ならこんな悪趣味も断ち切れるぜ!!


 もはや瞬きなど許されない。

 剣を握り締め、鎖に向かって半歩踏み入れた時だった。



「何っ!?」



 目の前を遮り、短く呻く黒い影。

 その影はたちまち鮮明となり、自ら縛られる友を映し出した。


「何やってんだジェイミー!!」


「あんた……昔っからウゼェんだよ!!」

「ほう、貴様が庇うとはどういう風の吹き回しだ?」


 彼は決して抗わなかった。

 俺に背を向け、死守するように両手を広げる。今にも血が噴き出そうだ。何故動かない?


 そして彼が次に放った言葉は、降参などではなく──俺への助言だった。



「アレク……階段を降りて、橋を、渡れ……! そのまま……右に曲がって、紅い扉を……!」



 俺はまた、友を失うと言うのか?

 否。此処で見捨てれば、一生後悔が付き纏う。だから──。


「必ずお前を助ける!」


 どんなに友が拒もうと、俺は俺のやり方で戦う。

 さあ突き進め、アレクサンドラ!!


「貴様が近寄ればどうなるか、教えてやろう」

「うあぁぁあぁぁぁあぁあ!!!!」


 畜生!! あと一歩ってとこで何しやがる!!

 ジャックが指を鳴らした刹那、鎖に熱を持たせジェイミーを焦がす。しかし、それで口を閉ざす友では無かった。


「来んな……!! 俺様が死なねえって事……判ってんだろ!?」

「バカ野郎! なんで俺を庇うんだよ!!」


「忘れんな!! あんたは、あいつの命を……未来を、預かってんだよ!! 幸せを願って、何が悪りぃ!!?」


 彼は決して俺と目を合わそうとしない。だが、宿敵を見据える碧眼には、覚悟が宿っていた。

 その覚悟とは何か──もはや言うまでもない。


「気が済んだか?」


 無遠慮に遮る男の声。

 気付けば男はジェイミーの前に立ち、何かを握り締めていた。


「此処であの犬に仕込もうと思ったが、却って都合が良い」

「おい! ジェイミーに何する気だ!?」


 ジャックが俺を見遣り、ピンのような物を見せびらかす。けれど、どうせロクでもないものだ。

 俺は歯を食いしばり、ジャックに向かって突進するが──。


「ぐあっ!」


 これは……霊術か!?

 突如身体が宙を舞い、後ろへ吹き飛ばされる。岩肌の地面に打ち付けられる前に受け身を取るも、既に打つ手が無かった。



 吸血鬼ジェイミーの心臓を押さえ込む、蛇男ジャックの右手。

 闇色のオーラは、無情にも吸血鬼の身体を包み込む。



「ジェイミィィイイイイイィィィ!!!!!!!」



 諦めんな、俺!! ジェイミーがこんなヤツにやられるわけねえだろ!?

 ああ、これも分身だ!! 絶対に本体は何処かにいるは──



「これで俺たちの関係は修復した。そうだろ、ジェイミー?」

「…………」



 ジェイミーの目が、赤い……? それも、今までに見た事の無い形相だ。

 ジャックは、ついに彼を解放したようだ。だけど、違和感だけは明らかに残っている。


 その違和感はジリジリと距離を詰め、拳を突き出す。

 剣で身を護ろうとした瞬間、鈍痛が腹部に襲い掛かる!


「ごほ……っ!!」


 ついに壁に激突し、体勢を崩してしまう。付近には廊下へと繋がる扉、どういうつもりだ?

 何とか立ち上がろうとするが、今度は片手が忍び寄る。


「ぁ……がっ……!!」


 何て力だ?! このままじゃ、首がもげちまう……!

 剣はまだ俺の手元にあるが、手放すのも時間の問題だ。


 いよいよ視界が白くなった時──友だった存在は、言葉を放つ。



「行け」

「は……?」



 幻聴か? いや、確かにそう聞こえた!

 言葉の意味を探ろうとした刹那、ジェイミーは俺の身体を放り投げる。顔を上げた頃には既に背を向け、俺にこんな言葉を残した。



「アンナを……頼む」



 ……その覚悟はあまりに勇敢で、あまりに無慈悲だ。

 俺なんていう男のために、何故こいつは人生を棒に振るんだよ……!


 ああ、こいつが何て言おうと無駄だ。

 なんせ俺には、まだやるべき事があるからな。だから今は──!!



「……判ったよ、いくじなし」



 この手で罪悪感を覆い、右へ捻る。扉を開けてもなお、ジャックが引き止めないのは余裕の表れか。


 いや、今はこの部屋を出なければなるまい。

 むせ返る程の熱気は俺を迎え、使命が廊下へ引きずり込む。


 そして──

 この一歩が、新たな戦いの始まりへと繋がるのだった。




(第十一節へ)






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