騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第九節 忘れがたき戦友たち ~夕陽を覆う魔物~

公開日時: 2022年2月10日(木) 12:00
文字数:3,697

 デュランが死兆星について話してから七日近くの時が流れる。

 第五部隊は二人の漁師を護る使命を課され、早朝からへプケン領海に赴く事となった。


 俺たちが乗る船は、魔力回復剤を燃料としたものだ。竜骨が細長いボディを支え、前方には竜の頭を、後方には竜の尾を模る。赤と白の縞模様を描く横帆は、無数のロープと支柱で支えていた。

 この船にはじゅのエレメントが宿っており、漁師曰く「嵐に強い」。小人数でも漁業が行えるよう、漁師の意思に応じてオールが勝手に動くと云う。電車がそうであるように、船もまた魔力で動くのは昔から変わらなかった。


 隊員は四隅に留まり、魔物及び敵軍の襲撃に備える。それが漁師たちにとって心強いようで、楽しそうに網を放り投げる。──が、それもほんの束の間。二人の男性は暫くして首を傾げ、ぶつぶつと不満を漏らす。


「今日もダメかぁ」

「まあ、ここ最近と比べたらマシじゃないの」


 俺からすれば随分な魚の量だが、彼らからすれば不作に当たるのだろう。水中から揚げられた魚は、網の中でぴちぴちと跳ね上がる。その魚たちを手短に処理した後、漁師たちは「よぉし」と手をはたいた。


「そろそろ昼時だい。飯にしないか?」

「じゃあ、俺は後で取るよ。お前らは先に休んでくれ」


「い、良いんですか!?」

「……隊長と、見張る……」

「かたじけない。お言葉に甘えて、儂らは先に頂くよ」


 こうして俺は前方を、デュランが後方を見張る形での昼食となる。その傍ら、残る彼らはレーションを食しながら談笑しているようだ。その朗らかな空気に羨望を懐かないと云えば嘘になるが、客人を護る事こそ騎士の務め。とてもデュランの予言が当たるとは思えない流れだった。





 俺とデュランも遅い昼食を終え、時刻は夕暮れ時となる。美しい夕陽を背景に、漁師たちは豪快に横たわり眠りについていた。

 戦士とドワーフは前方を、俺達は後方を見張る。誰もが言葉を交わす事無く、橙と群青のグラデーションに見惚れている事だろう。


 そう思った矢先、デュランはゆっくりと口を開いた。


「……息子たちよ……」

「家族、か」

「二人の息子、まだ幼い」

「……なら、早く終わらせてえよな」


 俺は家庭を持った事が無いが、子ども達はきっと父を恋しく思うだろう。それは父も同じはずだ。家に帰っても多くを語る事無く、ただ彼らを静かに見守るのかもしれないな。


「養うために、防衛部隊に入った」

「そういう事だったんだな。お前がちょっと羨ましいよ」


「……必ず、叶う。隊長は、お優しい方」

「良いって、お世辞は」


 まさか俺が励まされるとはな。相変わらず、正面から褒められる事には慣れない。


 これまでに色んな女性と付き合ってきたが、経験を重ねるごとに理想が高くなってしまう。『可愛い子が良い』とか、『同じ隊員が良い』とか──そんなんだから長く続かなくなった。

 もしこの頃に恋人がいれば、俺もデュランと似た感情を持っていた事だろう。運命の相手は、きっとへプケンにいるかもしれない。



 そんな淡い希望を懐いた刹那。

 船が大きく揺らめき、思わずバランスを崩してしまう。



「うわっ!!」

「…………!」


 足を踏み外すも、デュランが即座に手を差し伸べる。

 そのおかげで俺は海に落ちずに済んだが──。


「おい!! あれを見ろ!!」

「お下がりください! こちらは我々が!!」


 漁師が慌てふためき、戦士が槍を構える。

 揺れが激しくなる中、俺も何とか海に視線を移してみる。



「嘘、だろ……?」



 水面みなもに映る、赤黒い存在。

 見え隠れする触手はたこを思わせるが、それ以上の大きな体躯が確信をもたらす。



 クラーケンだ。



「デュラン!」

「御意」


 俺は長剣を、デュランは弓を構える。それに気づいたのか、クラーケンは姿を現したようだ。

 イカの姿をした魔物は、まるで鮮血を皮膚に落とし込んだかのよう。鷹のような目で俺たちを捉え、触手で水を打ち付ける!


 水飛沫が俺らの視界を遮る中、突如船が前方に傾く。

 視界が戻るや、男性たちの割れるような悲鳴が聞こえてきた。


「ぎあぁぁあぁぁ!!!」

「つ、捕まれぇえ!!!」


 必死で機具に捕まる二人の漁師。

 俺は彼らを助けようと大股で駆けつけるが──。


「ぐふっ!」

「うぼぉあ……!」


 脚が素早く漁師らを捕え、海底へ突き落とす。

 残る触手は戦士とドワーフに迫るも、戦士は槍で抵抗を続けた。


「よくも彼らをぉ!!」

「ひぃぃいい……!」


 一本の触手がドワーフに狙いを定め、今にも巻き付かんとする。

 その時、三本の矢が高速で横切り、脚を見事射抜いた。


 クラーケンが痛みに悶える傍ら、大きな影がドワーフの前に立つ。その影の正体は他ならぬデュランであり、力強い低声で俺に指示を送った。


「時間、稼ぎ」

「ああ!」


 これ以上の悲劇は御免だ。

 目覚めよ、大悪魔ヴァンツォの魂──!


「俺が調理してやる」


 まずは鎖を召喚し、ヤツの脚を縛る。クラーケンは案の定抗うが、こいつはただの鎖ではない。魔力を注ぐことで鎖は熱が増し、脚を焦がす事で動きを封じた。

 それから鎖を反対方向へ引っ張り、翼を広げて一気に後退。脚は意外にも脆く、切り身のようにバラバラとなった。


 だが、俺が倒したのはそのうちの一本に過ぎない。

 間髪入れずにもう一本の触手をこく魔法で無力化。残る脚は戦士らの方を向き、引き続き猛威を振るおうとしている。


「隊長に任せてばかりじゃ……ダメだ!」


 戦士が自身に喝を入れ、デュランがその背後から射撃を行う。その間にドワーフは鞄から小瓶を取り出し、クラーケンに向かって投げつけた。


「喰らうがよい!!」


 ドワーフが投げた小瓶は、おそらく毒薬だろう。小瓶は緩やかなカーブを描いてクラーケンの身体に着弾。ガラスが割れ、透明の液体が皮膚を抉り始めたようだ。

 クラーケンはガスを撒くような悲鳴を上げた後、ドワーフを見遣る。そして残る脚が変形し、彼に襲い掛かる!


「させるかぁぁあぁぁぁあ!!!!!」


 戦士が真っ先に駆けつけ、槍を豪快に振り回す。

 だが──甲高い金属音が槍を弾き、闘志を燃やす青年の身体を分断する。


 上半身が宙を舞い、海へ投げ込まれる。

 夕陽を照らす水面は、瞬く間に紅く染まった。


「な、なんと……!」

「──!!」


 ドワーフの背後に迫る触手。その足先には三日月の形をした刃が生えており、血や肉片が付着している。

 すぐに行動したのはデュランだ。彼は稲妻のような速さで矢を射るも、足先の刃によって破壊される。


 ならば俺の力で──!

 意識を集中させた矢先、眼前で再び惨劇が広がり始める。


「ぐぉああぁぁあ……!!」


 クラーケンは想像を絶する速さでドワーフに絡みつき、果物のように搾り取る。その際刃が小柄な身体に当たる事で、もはや見るに堪えない状況と化した。


 ドワーフだった存在がただの肉塊に変わり、揺らめく船の上に打ち捨てられる。

 クラーケンはさらに暴走し、ついには船を真っ二つにした。


「っ!!」

「デュラン!!」


 あのままではデュランまで落ちる!

 俺は一気に加速し、彼の元へ手を差し伸べる。この手を取るデュランだったが、彼の右脚に粘性の器官が絡みついていた。


「行け……!」

「家族に会うんだろ! 諦めてどうすんだよ!!」


 こうなったら、ダイスに全てを託そう。

 余る手に魔力を極限まで注ぎ、ある長柄武器を具現化。それは、魔物退治のために用いてきた特大槍だった。


 槍に纏うこくの氣は、怒りを増幅させる。そして俺は感情に身を任せ、クラーケン目掛けて槍を放り投げた。


「いい加減……失せろ!!」


 槍は高速で直進し、クラーケンの頭部を貫通。

 その衝撃はあまりに大きく、漆黒の血を一気に放出させる──が。


「何だ、こいつ……!?」


 クラーケンの血は、十メートルにも及ぶ波を形成。

 俺とデュランは為す術も無く、波に呑まれ──








「……ろ! アレク!!」


 記憶が霞み、視界がホワイトアウトする。

 不思議な事に身体が軽い。もしや、首輪が外れたとでも……?


 それはそうと、この声に聞き覚えがある。軽薄で、しかし力強さを秘めた青年の声だ。

 大丈夫だ、俺はまだ生きている。意識に語り掛け、何とか瞼を開けてみせる。


 視界に飛び込んだのは、不安げに俺を見つめるジェイミーだった。


「アレク……」

「……んだよ……」


 いつだっただろうか。俺たちは下らない事で揉め、こいつが目の前から消え去った。あれで終わりだと思ってたけどよ、何だかんだで心配してくれてんじゃねえか。

 ジェイミーが手を差し出してきたので、その手を受け取り上体を起こす。ひとまず立ち上がってみるが、まだまだ俺は動けそうだ。


「……あの時は悪かったよ」

「良いって、俺様もピリピリしすぎたし。それよりこれ」


 彼はコートの中に手を入れ、物を探り出す。墨色の布地に張り付く血は、まさにデーモンやクラーケンを彷彿させる。此処に来るまでの間、たくさんの敵を殺ってきたのだろう。

 ついにコートのポケットから現れたのは、橙色の液を詰めた小型注射器。これは確か、鏡映しのシェリーが手にしていた物だ。何故ジェイミーがこれを?


「おい、どういう事だ?」

「あんたもいずれ、片腕を失う事になるからだよ」


 言葉の意を汲み取れず、頭の中が真っ白になる。

 だが、此処で躊躇する暇など無い。



 牢獄の扉はまたしても開かれ、飼い主くそやろうが姿を現したからだ。




(第十節へ)






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