騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第六節 神官ティア・ドゥ・リィス ~白箱に封じられし百合~

公開日時: 2022年2月1日(火) 12:00
文字数:5,596

 ティアに玉砕された翌日、俺たち防衛部隊員はフィオーレに在る本拠地へ戻った。だがそこで待っていたのは受付嬢からの歓迎では無く、コルクボードに貼られた一枚の依頼だった。



EMERGENZAイメルジェンザ】《緊急》

 アルタ街にて一体のデーモンが出現。各部隊、騎士団と共にフィオーレへの侵入を食い止めよ。



「なっ……デーモンですって!?」

「どおりで連中がざわついてるワケだ」


 ティアとジミーにつられ周囲を見てみれば、誰もが困惑した様子で話し合っている。『どうする?』と尋ねては『絶対に無理!』と返す奴らばかり。……ティトルーズ防衛部隊はその辺のギルドより強い冒険者が集まってる筈が、何故どいつもこいつも弱気なんだ。

 その傍らで、ジョゼは訝し気に依頼書を見つめる。


「報酬は、これまでと比べ物にならないほど高額です。……しかし、我々人間が相手にすれば五体満足での生還は極めて困難でしょう」

「う……」


 杖を掴み、脚をガクガクと震わすティア。その時、昨晩彼女と交わした言葉が脳裏をよぎる。



『どうも胸がざわざわするのよね。明日、あたしらの身に何か起こるんじゃないかって』

『例えば?』

『口にしたくないわ。でも、国を災いから護るのがあたしらの仕事。きっと杞憂よ』



 ……彼女が予感していたのって、まさかこの事だろうか。だが、デーモンなんて魔界ではよく見かける存在だ。人間が過剰反応しているだけとしか思えない。

 だから余計バカらしくなって、思わず溜息をついてしまう。するとマスターが俺の方を見てきたので、こんなやり取りをした。


「どいつもこいつも情けねえよ」

「あんた、デーモンと戦った事ないのか」

「あんなもん、魔界で何度も見てるからな」

「ふん、だったらあんた一人で行くか?」


「ダメです、マスター!!」


 マスターに向かって怒号を上げたのは、同じ隊員のティアだ。マスターはいつもの冗談を言ったつもりだろうが、彼女にとっては本気に聞こえたのだろう。


「いくらアレクが強いとは云え、彼一人に任せるなんて無責任すぎます! 皆さんで力を合わせればきっと……!」

「ああ! 国を護らんで何が防衛部隊だ! おれも連れてってくれ!!」

「私も同行しましょう。よろしいですか、マスター?」


「無論、わしも行くさ。だがティア、あんたは此処にいろ」

「ど、どうしてですか!?」


 勝気のティアは、その言葉がマスターなりの配慮である事を知らないようだ。確かに当時の俺も『女は足手纏い』と思っていたが、ある程度の武術にも長けるティアは例外。……それに、好きだった女に何か起きるのだけは俺も御免だ。


 しかし、時が待ってくれる事はない。

 一人の兵士は突如本拠地に入り、大きな声でこう発した。


「報告します! デーモンがフィオーレへ侵入! 至急救援願います!!」


「ど、どうしますか隊長!!」

「ふむ……」


 別部隊の者から目線を送られたマスターは、腕を組んで考え込む。だがその時間は極めて短く、彼はすぐに答えを出した。



「勇気のあるヤツは全員出撃しろ。各隊員、騎士団と連携を取り対象者を滅ぼせ!」

「「承知サッピアーモ!!」」



 あれだけ怖気づいていた奴らも、隊長マスターの命令には逆らえまい。誰もがマスターに向かって敬礼すると、すぐさま本拠地を離れ騎士団と合流した──。



 この頃のフィオーレには、まだ蒸気機関など存在しない。魔力によって作動する路面電車も、情緒あふれる家々も、全てデーモンによって砕かれていた。一部の騎士団は住民たちを誘導するが、中には逃げ遅れて哀れな末路を辿った者もいる。


「畜生! おれらの街を滅茶苦茶にしやがって!!」

「私達が到着した頃とは違う光景……急いで倒しましょう!」

「ええ!」


 俺たちの部隊も騎士たちと合流し、荒れ果てた街中へと突き進む。そして暫く走っていると、ブリガ方面へ向かわんとする巨大な影が在った。

 三メートル弱の身長に、紫の皮膚に覆われた筋肉。六本の手を生やすそいつこそがデーモンだ。腕を豪快に振り回しては、建物を次々と破壊。広がる青空はたちまち黒く染まり、嗅覚は鉄のにおいに支配される。


 幸い、デーモンはまだ俺たちの存在に気づいていない。リーダーとされる騎士が俺らに「止まれ」と指示すると、弓を構える騎士が横一列になって前方に出た。

 リーダーが片手を振り上げた刹那、弓兵たちは一斉に射撃。矢の雨は高速で降り注ぎ、デーモンの背に集中砲火を浴びせようとした。


 しかし──。


──ンンゥゥウウ!!!


 くそ、こっちに気づいたか!

 高く伸びたツノを持つデーモンは、振り向きざまに片足を上げる。弓兵の多くはけたたましい咆哮で硬直し、そのままヤツの下敷きになってしまう。


「「ぎあぁあぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!」」

「ぐ、放せえぇぇえ!!!」


「今助けるわ!!」

焔撃フィアルテ!」


 デーモンに捕まれたリーダーが両手を振って抵抗を試みる。遠距離を得意とするティアは青い光の矢を、ジョゼは剛速球の炎を(デーモンの)腕に向かって放った。

 だが巨体の悪魔は余る腕で振り払うと共に、暴風を巻き起こす。その風圧に逆らえる者は俺含め誰もいない。空中へと投げ出された俺は──いや防衛部隊員は、すぐさま受け身を取って体勢を立て直した。


 その瞬間──骨肉が潰される音が聞こえ、俺たちの前に赤黒い人形が投げ飛ばされる。地面に棄てられたのは、先程掴まれたリーダー。彼から広がる血だまりは、瞬く間に石畳を汚していった。


「ううっ……!!」


 リーダーの亡骸を見つめ、口を手で覆うティア。戦闘に慣れた彼女と云えど、床を更に汚すかと思いきや──。


「ティア!」

「大丈夫……こういうの、ずっと見てきたから!!」


 ジミーの呼び掛けにより持ち直したようだ。……どこか無理しているように見えるが、今は気に掛けるよりヤツを止める方が先決だ。


「俺が引きつける。その間にティアとジョゼが攻撃してくれ」

「「はい!」」


 俺が真正面に立つ事で、デーモンの意識をこちらに向ける。デーモンは唸り声を上げて幾度も爪を振り下ろすが、難なく懐へ入れた。


「ふんっ!」

「こいつを喰らいな!」


 その間にマスターが飛び掛かり、長い爪で左腕に傷を入れる。それだけではない。ジミーが巨大斧をブーメランの如く投げ飛ばしたおかげで、右腕のうち一本が吹き飛んだ。

 なお俺も間髪入れずに大剣ですねを突き刺す。骨を貫くまでには至らなかったが、何とか追い込みに成功したようだ。


「行くわよ、ジョゼ!」

「はい!」


 今度はティアとジョゼの連携だ。ティアは杖を媒体に、青い光でデーモンを仰け反らせる。その隙にジョゼがよう魔法を詠唱すると、天から雷が落ちてきた。

 デーモンは雷によって身を焦がし、ついに後ろへ倒れる。これを機と見たのは、圧倒的な跳躍力を持つジミーだった。


「これでとどめだぁぁぁあぁぁ!!!!」


 ジミーは斧を両手で持ち、助走をつけてから大きくジャンプ。

 これで全てが終わる──誰もがそう予想していただろう。



 その直後、



「うがぁ……!!」

「「ジミィィイイイイィィィ!!!!!」」


 ジミーの鍛え抜いた肉体は一気に散らばり、斧がデーモンの身体へと急降下。デーモンが立ち上がる瞬間、斧はヤツの頭部に突き刺さ──


「は、弾き飛ばした……!」


 ジョゼが腰を抜かすのも無理も無い。デーモンは紅いオーラを身に纏う事で、硬質な皮膚へと変化させた。

 再び立ち上がるデーモンを前に、残るメンバーが唖然とする。僅かに恐怖感が沸き上がった刹那、男の張りのある声が背後から響き渡った。



「第二陣、撃てぇぇえ!!!」



 高台に建つ騎士たちは、小銃を構え一斉に発砲。破裂音が聞こえた頃、デーモンの全身に無数の銃弾が叩き込まれていった。

 しかし、どの弾も金属音を立てては散るばかり。デーモンは未だ残る右腕を前に突き出すと、紫色の炎で騎士たちを焼き尽くした。


「あぎゃぁぁぁあぁぁあ!!!!」

「あちぃい!! ひぃぃいいぃいい!!!!」


 誰もが銃を手放し、火だるまと化す。あの炎は一瞬にして鎧と皮膚を焼き尽くすものだ。いかに上位のせい魔法で凌いでも、火傷を免れる事は不可能とされている。

 それでも諦める仲間たちではない。ジョゼは今一度杖を握り締めると、自身の足下に巨大な魔法陣を展開。一方で、デーモンの殺気は彼を向いていた。


「よせ、ジョゼ!!」

「来てはなりません!! ここは私が!!」


 ジョゼは悪魔のような形相で叫び、杖を振り回す。黄金の長髪が風によって揺らめく最中さなか、俺の背後から高速で何かが迫ってくる──!


「避けろ!!」

 マスターの叫び。直感で右へローリングした瞬間、ジョゼの短い悲鳴が耳を伝った。



 体勢を立て直し、ジョゼの方を見た瞬間。

 丸太のような杭が、彼の腹部を貫く。


 彼を包み込むのは黒い靄。体内を冒された事で、もう視力も聴力も戻ってこないだろう。

 デーモンは、間髪入れずに杭を引き抜く。魔術師はただ魔物に弄ばれ、体内の臓物を一気に撒き散らすのみだ。


 豪快な戦士も、冷静な魔術師も、もう目覚める事はない。

 残された神官は手を震わせ、凶悪な魔物に向かって憤りをぶつける。



「……さない……絶対に、許さない!!!」



 ティアは杖を振り上げ、先端に霊力を宿す。収束する光は人間を呑み込むほど大きく、今にも放たれようとしていた。

 デーモンも次の攻撃に移行。ヤツは全ての腕を前に突き出し、計七つの魔法陣を展開させる。六つの魔法陣に囲まれた中心部は、反時計回りに回転。黒い光を放った瞬間、稲妻がティアに狙いを定める!


 間に合え、アレクサンドラ!

 惚れた女を守れねえで何が男だっ!!


「させるかよぉぉおおぉおおおぉおおお!!!!!」


 距離は残り二メートル。

 あと少し……あと少しでティアを──!!



「あぁぁあぁぁぁぁああぁぁぁあぁあ!!!!!!」



 鞭打つような音と共に、ティアの顔から肉片が飛び散る。

 彼女に襲い掛かる現実は、俺の足を引き留めた。


「いや……あたしの……顔、が……」


 長い事見てきた、ティアの美しい顔。稲妻はその左半分を焦がし、雪肌を真っ赤に染め上げた。

 もう彼女に戦意など存在しない。女は痛みに悶え、ただ絶望を叫ぶのみだ。


「……ティア……」


 ただの仲間である俺に、何ができる?

 もし霊術を使えたら、彼女の傷を癒せたのか?


 ティアが泣き崩れるも、俺にはどうする事もできない。

 それを見たマスターは、毅然とした態度で俺の名を呼んできた。


「アレックス」

「……判ってる」


 答えは一つだ。

 意識を集中させ、無心に大悪魔ヴァンツォの魂を呼び起こす。マスターも全身に氣を纏い、もう一度俺に呼び掛けてきた。


「行くぞ」

「ああ」


 もう今までの俺とは違う。

 これは遊びなんかじゃない。目の前の存在が、祖国の未来を踏み潰そうとしているんだ。


 マスターは雄叫びを上げると、懐へ飛び込んで囮となる。

 その隙に、俺は一条の特大槍を召喚。希望を握り締め、片手に全てを賭ける──!!



「うぉぉおおおぉぉおおおぉぉおおおおぉおおおおおおお!!!!!!!!!!」





















 ──数時間後、フィオーレの病院にて。


「もういやぁあ!! 殺してぇぇえぇぇえ!!」

「くっ……彼女を放すな!!」


 扉越しから響く女の悲鳴。ドアプレートには、『Tia=de=Lys』と筆記体で刻まれていた。

 純粋無垢な神官も、今では生きた屍。入室を許されないマスターと俺は、ただ扉の前で見守るしかなかった。


「物足りねえよ。やっと、強ぇヤツに会えたってのに」

「それだけあんたが成長した証だ」


 もし俺が悪魔でなけりゃ、ジミーらと同じ末路を辿っていただろう。

 あれからデーモンは俺とマスターの連携によって敗れ、フィオーレに静寂が戻る。だけど、踏み潰された魂は決して戻らない。誰もが身近な存在の死を弔い、光見えぬ明日あすに苛まれていたのだ。


 魔界にいた頃とは違う重みが、再び圧し掛かる。

 アリスにティア──想い人が次々と殺された今、何が残ると云うのだろう。


 自身の両手を見つめるにつれ、視界が滲んでいく。

 もう……己の愚かさを、認めるしかねえんだ。


「……俺が油断しなけりゃ……くそぉっ!!」


 瞳から零れる悔恨。

 掌が塩気に満ちた時、マスターが俺を抱き寄せてきた。


「マスター……どうすりゃ、良いんだよぉ……!!」

「あんたのせいじゃねえ。……わしらはただ、あいつらの分も生きるだけだ」

「うっ……あぁぁあぁぁあぁ!!!!」



 ジミーに、ジョゼ。そして……ティア。

 もっとお前らと笑っていたかった。また旨い酒が飲めると思ってた。


 だが、それも叶わぬ未来。

 ティアとの面会を永久的に断たれた事で、二度目の淡い恋は幕を閉じる──。








 気が付けば、頬がびしょ濡れだ。どんなに泣こうが、過去が変わるなんざ有り得ねえのに。

 あれから隊員たちは俺らを慰めてくれたが、少なくとも俺の胸中に傷は長く残った。そりゃあジミーやジョゼとも揉めた事はあったさ。でも、あんな形で別れるなんて……納得いかねえよ……。


 暗闇の世界が、ぼんやりと映る。

 この岩肌を見つめていると、鉄製の扉を開ける音がした。



「飯の時間だ」



 ジャックが俺の視界を覆うように現れる。彼は血痕のついた革袋に手を入れると、何かを俺の横に落とした。

 ふと視線を移せば、カビが酷く生えた一片のパンがある。それも掌に収まる程の大きさで、とても腹が満たせそうになかった。……そもそも、カビが生えてる時点で食い物とは思えねえ。


「言うべき事はあるだろう?」

「…………」


 重くなった身体を何とか起こすも、言葉を発する気力など無い。その代わり犬扱いするクソ野郎を睨むが、直後つま先が顎目掛けて飛んできた。


「がぁっ!!」

「喰え」

「ふご……!!」


 んだよこいつ! うあ、口にしただけで……!


「────っ!!」

「贅沢な味覚だな。無論、どう掃除するか判るな?」

「俺は……てめえの家畜じゃねえ」


「ならばもう一度調教するまでだ」

「ぬあぁぁあぁぁ!!!」


 ──それから調教は続き、言葉にならないモノを延々と食わせられた。


 此処は、岩漿マグマが流れる“灼熱の渓谷”。

 魔物どもが黙々と兵器を生む傍ら、俺の中に在る大切なモノがまた壊れようとしていた。




(第七節へ)






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