騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第七節 大いなる黒竜

公開日時: 2021年9月18日(土) 12:00
文字数:3,629

 ──えんの神殿にて。


 エレの脅迫で怯んだ呪術師は、あの曲刀使いが待つであろう場所へ案内することとなった。一同と歩く間に俺は魔力回復剤を飲み、奪われた魔力を取り戻す。

 呪術師がレッドオークを従えることで緊迫した空気は、裏表のあるエルフがいなければ続いていたことだろう。感謝の念と恐怖心がせめぎ合う中で、この神殿を歩かねばならない。


「えっと……あの……こちら、です……」


 たどり着いたのは、えんの紋章を描いた扉。これはげつの神殿で機械仕掛けのガーゴイルと戦う前と似ている。ということは、今回もオーブのある部屋に着く前にのか?


「なあ、この先に魔物が……っていねえ!!」


 とうとう怖気づいて逃げちまったか……。まあ、此処まで案内してくれただけ感謝しよう。


「さあ、行きましょう! 陛下とアンナ様の魂を戻すためにも……!」

「う、うん!」


 エレの変化ぶりにおののいているのか、本人であるマリアは吃音気味に頷く。それはシェリーも同じようで、俺にこっそりと話し掛けてきた。


「エレさん……ちょっと怖いですわ……」

「俺もそう思うよ」


「あら、アレックス様にシェリー様。何か言いました?」

「「いえ!!!」」


 このに逆らえるヤツなどいるはずが無い。もし在ったとしても消されるのがつねだ。あの和装好きな妹と組めば、もう俺ですら敵いやしない。


 さて、そろそろ扉を開けるとしよう。石造りの扉は相変わらず重く、こじ開けるのに一苦労だ。

 隙間から熱風が入り込む。しかし、その先にあるのは新たな部屋ではなく、広大なバルコニーだった。右後ろには半円型の二枚扉が佇み、その先で例の男が待っているかもしれない。


 時の流れはあっという間で、青かった空はいつの間に赤黒く染まりつつある。秋だから仕方ないとはいえ、祖国の現状を考えると少々不気味だ。

 こんな神殿にバルコニーがあるなど気付かなかったが、おそらくこの床も断崖に支えられているのだろう。鼠色とベージュを混ぜたような床の色も、まさにマグマから生成したようだ。


 しばらくすると、重苦しい空気が一気に漂い始める。既にそのはずだが、感覚が麻痺してしまったらしい。それが更に増して、俺たちのいる先で何かが召喚されそうだ。


「な、何よあれ!」

 アンナが指さす先で、黒い粒子が集まっていく。その影はだんだんと大きくなり、ついには全長およそ十五メートルの魔物が姿を現した。


 この場に現れるドラゴン──まさか、ネロ・サラマンドラか? 城下町フィオーレで戦ったときと違って、こっちは焦げたように黒く、より引き締まった体型だ。胸元には例の如く銀の心臓が埋め込まれている。

 直後、黒竜は張り裂けんばかりの咆哮を上げた。


──グガァァァァアアアア!!!!!


 耳を塞ぎたくなる程の気迫だ。ヤツは喉の奥を青く光らせ、薙ぎ払うように炎を撒き散らす。その炎は紅蓮を彷彿させるそれではなく、燐火そのものだった。


 だが、俺たちは火炎放射を一斉に回避。それぞれが安全地帯に着くと、シェリーが俺の名を呼んできた。


「あなたの魔力ちからを底上げしますわ!」

「サンキュ!」

 金色の光が俺の身体を包むことで、さらにみなぎったような気がする。これならより強いせい魔法を放てるだろう。


 一方でエレは大弓を召喚し、三本の矢──猪の肉を刺すべく、串代わりとして使ったもの──を一気に構える。それから矢に魔力を込め、呪文を唱えた。


毒の報復ヴェレンス


 矢に纏わりつく紫のオーラは、毒によるものだ。

 エレは黒竜の首に狙いを定め、三本の矢を一気に射る!!


 高速で迫る矢が首や身体を突き刺すも、黒竜にとっては無害な様子。ただ、毒が体内を侵すのも時間の問題と判断した俺は、前に出て囮になってみせる。

 黒竜は俺に向かって何度も爪を振り下ろすが、その鋭い刃が俺を裂くことは決してなかった。


 知性は意外と低いほうなのかもしれん。

 ヤツの手が、また暴れるときだった。


──グォォォオオオ……。


 毒が回ったのか、攻撃をやめて地に響くような悲鳴を上げる。(ヤツにとって)複数の敵がいるにも関わらず、反撃に出る様子もない。

 そう判断した俺はマリアに指示を出す。


「マリア、魔法を頼む!」

「わかった!」


 マリアは黒竜から数メートル程距離を置くと、片手をかざし始めた。

 直後、夕陽に染まる雲に白い光が垣間見える。


光芒ファシルテ!」


 雲の中に溜まる光。

 それは一筋の柱と化し、落雷の如く漆黒の魔物を撃ち抜く!


──ガァァァアアアァァ!!!!

 苦しそうに啼く竜。その光は蝙蝠こうもりのような翼に穴を開け、鱗がガラスの破片のように飛び散った。


 アンナの魂は、ひょんな事からマリアの肉体と入れ替わってしまった。それでも数か月前と比べて、魔法の精度がかなり安定していると感じる。

 いや、彼女の覚悟がさらに固まっているのだ。花姫フィオラとして生きる意志の強さ。祖国を護るという想いの強さ。そして──今も持ち続ける、親友ルナへの友愛。肉体が戻れば、さらに強力になるだろう。


「はぁぁぁあぁぁああ!!! たぁああっ!!」


 アイリーンが四肢にげつの氣を込め、黒竜に向かって突進。彼女は残像が見える程の速さで、巨大な魔物に鉄拳を食らわせた。


「お嬢様!」

「はい!」


 アイリーンが呼び掛ける刹那、黒竜は再び喉の奥を青く光らせる。だが、その予兆は先ほどを上回る気迫だった。

 口を大きく開ける瞬間、俺の近くで風を切る音が聞こえてきた。その方を振り向けばシェリーが翼を広げ、レールガンを構えている。


「アレックスさん、詠唱のご準備を!!」

「ああ!!」


 今俺の右手に込められた魔力は、シェリーが授けてくれたもの。それを活かすべく、意識を極限まで集中させる。それは彼女も同じであり、細長い銃口は魔物を捉えていた。


「この一発を、お見舞いして差し上げますわっ!!」



 黒竜と燐光の銃士。

 双方が眩い光を放ったとき、閃光が炎を呑み込んだ!!



 その閃光ひかりはやがて黒竜の身体にまで達し、容赦なく巨体を貫く。無論、この干渉に耐えられるヤツはいなかった。

 ネロ・サラマンドラが更に怯む中、俺の右手に最大級の冷気が宿る。蒼き光は左手にも集まると、己の感覚がさらに研ぎ澄まされた。


 もはや、俺の周りに音も景色も存在しまい。

 この両手に、この呪文に、


 全てを懸ける──!



結晶クリスタリモ!!!」



 空中に描かれた、大きな雪の結晶。

 瞬く間に氷柱つららの如く崩れるも、連結された氷の縄と化して黒竜を縛り付けた。氷点下の荒縄は体温を一気に奪い、一体の魔物を死に際へ追いやる。


 ついにが後ろに倒れ、地面が縦に揺れる。その際轟くような音が聞こえたが、床が全く崩れないのはいささか不思議である。


 そんな疑問を外へ追い出し、黒竜へ接近。

 長年の戦闘経験を以って、大剣に魂を込める。


 そして──。



「うぉぉぉぉおおおお!!!!」



 大きく跳躍し、切先を銀の心臓に突き出す!

 急降下すると共に、刃は骨をも貫いた。


 この心臓が砕ける音は、幾度も聞いてきた。例え大いなる魔物だろうと、此処さえ突けばあっけなく消えるものだ。

 それは今回の魔物も例外では無い。黒竜は間もないうちに掻き消され、花弁が竜巻のように舞い上がった。


「何とか倒せたわね。これで──」


 アイリーンが呟いたとき、背後からガタンという大きな物音が聞こえてくる。音の方を向けば、先程右後ろにある扉が開かれていた。その向こうから弧を描いた階段が徐々に姿を表し、いよいよ螺旋階段の形を為す。

 俺達がそこに近づいたとき、マリアは「うっ」と声を漏らした。


「何!? この熱気……!」


 彼女の言う通り、扉の向こうから熱気を感じる。それこそが男の気配だろうが、銀月軍団シルバームーン特有のそれとは違ってどこかカラッとしている。


 片足を一段に掛けた瞬間、毛穴から汗が噴き出たのが判る。清の使役者は焔への耐性が高い──そんな法則を破る程の暑さだ。思わず熱気と緊張感に押し負けそうになる。

 そこで、俺は懐から塩飴を取り出した。包装紙を開ける乾いた音だけが響き、口の中に溶け込む塩気と甘味が緊張を和らげる。俺につられたのか、一部の花姫も塩飴を舐めているようだ。


 一段ずつ昇るにつれ、熱気はさらに増す。本当の戦いはこれからだと云うのに、最上階に着けばどうなるんだ?


「うう、暑いですわ……」

「あと少し……なのです」


 短いようで長い階段も、ようやく終わりが見えてきた。片足を地面に着けた時、少しばかりの達成感が溢れ出す。


「今度こそあいつに会えるってか」


 辿り着いた先に佇む物──それは、巨大な両開きの扉だ。表面に描かれたのは、焔神えんしんフラカーニャの肖像。このショートヘアの女神を視界に入れるだけで、緊張がさらに増すとはな。

 そんな俺を察したのか、アンナが声を掛けてきた。


「アレックス、こういう時こそ深呼吸よ」

「だな……」


 まずは鼻から息を吸い、ゆっくりと吐く。それを繰り返すにつれ、少しずつ、少しずつと落ち着きを取り戻していった。



「楽しめそうな予感がするぜ」



 敢えて自身を鼓舞し、熱を帯びた石の扉を強く押しやる。なに、その気になればこの重い扉も軽く感じるさ。


 いざ行かん。

 この両手に、使命感と興奮を込めて。




(第八節へ)






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