「お前らの遊び相手は俺だ」
金髪の少女を囲う大男どもに対し、俺はそう強く言い放った。彼女の腕を捕らえる一人は、癪に障ったのか彼女を乱暴に突き放す。
「けっ! そんなに遊びてえなら付き合ってやるよ!」
「きゃ!」
今にも倒れそうな少女。俺は真っ先に手を伸ばし、彼女を抱き寄せた。
「逃げろ」
「は……はい!」
少女が急ぎ足で駆ける音。
何とか逃げてくれたようだ……。これで好き勝手に暴れられるぜ。
「てめえ、よくもおれらの女をぉぉお!!」
「邪魔したらどうなるか、わかってるよな?」
男が怒りに身を任せ、拳を掲げる。
けれども――
「遅い」
――ドカッ。
「ぐげぇぇえ」
軽く蹴っただけでそいつは派手に転び、呻き声を上げた。
「俺らを舐めるなよ?? 行くぞお前ら!!」
「「うぉぉおおお!!!」」
周囲のヤツらも一斉に襲い掛かるが、
鈍い。
にぶいニブい鈍い、鈍い!!!!
どんなヤツとも比べものになんねえぜ。
とりあえず片っ端から投げては殴ってを繰り返す。
ただ、ザコはこれぐらいで泣き喚くので追い打ちは掛けない。
「ぐ……貴様はいったい誰だ!!」
「個人情報聞いてどうする」
「そんな返し求めてねぇよ!……とりあえず逃げるぞ」
のたうち回る男どもがノロノロと立ち上がり、この場から消え去った。
「……でけえくせに大したことねえな」
「あ、あの……」
その声の主は、先ほどの少女だった。髪は金色のボブヘアーでありながら、横だけやたら長い。青柳のような瞳の色と長い耳を持つ辺り、エルフかもしれん。そして後頭部の大きな赤いリボンと揃えた前髪が、彼女の存在感を引き立てていた。
スレンダーな身体を持つ彼女は、胸元で指をもじもじさせながら話す。
「先ほどは、ありがとうございました……その、なんてお礼をすればよいものか」
「気にすんな。胸糞悪かっただけだし」
別にお礼など要らなかったが、わざわざ言いに来てくれたのだろう。律義な子だ。
「もう妙なヤツが出ないとは限らない。お前さえ良ければ、途中まで送るぞ」
「え……良いんですか?」
「ああ。それに今は銀月軍団が暴れてるし、此処で一人にさせるのは俺も不安だ。ま、お前からすれば俺も妙なヤツだと思うし、無理強いはしないがね」
「その……」
少女はしばらく無言になった後、弱々しく口を開いた。
「お言葉に甘える、のです」
どこか自信なさげな様子が心配だ。若干ハラハラしてはいるが、とりあえず目的地を尋ねて彼女を送ろう。
見知らぬ少女と共に街中を歩く中、彼女はなぜか俯きがちだった。
「実は最近、旅から戻ってきたばかりで……久しぶりだから迷うのです」
「奇遇だな、俺も似たようなもんだ」
「ホントですか? 景色が変わっちゃって、何が何だか……」
「すごくわかる。しかも戻ってきたばかりってのに、あんな暴漢どもに囲まれたらたまったもんじゃねえよな」
「はい。わたくしは吟遊詩人としてお仕事しながら、双子の妹を探しているのです。三年前から行方不明で、各地を回ったのですが……手がかりが見当たらないのです」
「それは……大変だな」
「生まれたときから一緒にいたのですが、急に音沙汰がなくなっちゃいまして」
「親はこのことを知ってるのか?」
「………………」
立ち止まり、再び無言になる彼女。もしかして、まずいこと聞いてしまったか。
「妹が、両親……いえ、母国から追放されたので、わたくしも付いてきたのです。ですから、親はいないようなものなのです」
「……辛いことを話させちまって、すまん」
「いえいえ。むしろ、お話しできてスッキリしましたから」
「まあ、それならよかったよ」
これ以上重い事情を話させるのも何だし、とりあえず話題を変えよう。
ただ彼女は本当にすっきりしたらしく、俺に向かって微笑んでくれる。その笑顔からは、どんな罪も赦してくれそうな温かさを感じ取れる。直後、少女は何かを思い出したかのように「あっ」と声を漏らし、頭を下げてきた。
「そういえば、自己紹介が遅れちゃいましたね。わたくしは、エレといいます。リヴィからやってきたのです」
「俺はアレクサンドラ・ヴァンツォ。長いから『アレックス』と呼んでくれ」
「わかりましたのです、アレックス様!」
元気よく頷くエレ。流石に『様』付けは恥ずかしいが、悪い気はしないから良いか。
「リヴィってことは、エルフしかいない国か」
「そうなのです。ただ、あちらは観光するだけなら良いのですけど……」
「言わんとしてることはわかるよ。俺もちょっと行ったことはあるけど、なんだか窮屈な感じがして」
「……もしかしたら、わたくし達はすれ違っちゃったのでしょうか? あなた様のような方をお見掛けしたら、わたくしがすぐに歓迎いたしますのに」
「気持ちだけでも十分嬉しいよ。それに、俺みたいな悪魔が来ても皆が不安になるだけだ」
「ええっ!? アレックス様って悪魔なのです!?」
「うん、この角が証拠だよ」
自身の角を指差し、彼女に見せる。
「ぜ、全然悪魔に見えないのです!! それどころか、竜人だと思っていたのですっ」
「あはは。そっちの方が良かったか?」
「ううん……むしろ、とてもカッコ良いのです……」
「それほどでもねえけど、ありがとう」
なぜ顔を赤らめてるのかはさておき、楽しそうだから良いか。
解散場所まではまだ距離があるためか、エレは上目遣いでこう尋ねてきた。
「アレックス様のこと、もっと訊かせてくれませんか?」
「うーん。そんな大した話はねえが、それでも良ければ」
「はい!」
何を話せばいいだろう。とりあえず此処に戻ってきた理由でも話せば良いのかな。
「俺は二十年以上、へプケンっていう国で騎士をやってたんだ。でも、つい先週くらいかな。此処の皇配殿下から命を受けて帰国してきた」
「命って?」
「魔術戦隊の隊長に任命されたんだ」
「あの、最近話題の純真な花っていう部隊ですよね!? す、すごすぎます!」
「え、あ、肩書はそうだけど……」
この子、無理してないか? 別に俺をそこまで持ち上げなくても良いのに。それに、花姫たちもまだ俺のこと半信半疑って感じだからなぁ。
そんなこんなでキリのいい場所までたどり着いた。
「ああ、こうしてアレックス様のお話が聞けるの、すっごく嬉しいのです……もっとお話したいなぁ」
「俺も楽しかったよ。またそのうち会わないか?」
「はい……! では、近いうちに」
ちょっと危ういところがあるけど、気分が良くてつい俺から言ってしまった。
エレ、か。彼女ともこれから縁がありそうだ。
「あの、本当にありがとうございました!」
「いいって。じゃあな」
エレは丁寧にお辞儀をしたあと、こちらに背を向けてトコトコと帰路へ向かった。
さて。彼女の影が遠くなるのを確認したところで、俺も帰って――
「え?」
蒼い髪をなびかせた少女――シェリーが俺を静かに横切る。
でも俺の近くを通ってるというのに、なぜ無視するんだ?
……いや、彼女は気づいていないんだ。
だからといって、此処で声をかけるのも気が引ける。
何かに導かれるように、歩いていたから。
(第七節へ)
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