騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第六節 柳緑の吟遊詩人エレ

公開日時: 2021年1月27日(水) 12:00
文字数:2,815

「お前らの遊び相手は俺だ」


 金髪の少女を囲う大男どもに対し、俺はそう強く言い放った。彼女の腕を捕らえる一人は、癪に障ったのか彼女を乱暴に突き放す。


「けっ! そんなに遊びてえなら付き合ってやるよ!」

「きゃ!」

 今にも倒れそうな少女。俺は真っ先に手を伸ばし、彼女を抱き寄せた。


「逃げろ」

「は……はい!」


 少女が急ぎ足で駆ける音。

 何とか逃げてくれたようだ……。これで好き勝手に暴れられるぜ。


「てめえ、よくもおれらの女をぉぉお!!」

「邪魔したらどうなるか、わかってるよな?」


 男が怒りに身を任せ、拳を掲げる。

 けれども――


「遅い」


――ドカッ。


「ぐげぇぇえ」

 軽く蹴っただけでそいつは派手に転び、呻き声を上げた。


「俺らを舐めるなよ?? 行くぞお前ら!!」

「「うぉぉおおお!!!」」


 周囲のヤツらも一斉に襲い掛かるが、


 鈍い。

 にぶいニブい鈍い、鈍い!!!!


 どんなヤツとも比べものになんねえぜ。


 とりあえず片っ端から投げては殴ってを繰り返す。

 ただ、ザコはこれぐらいで泣き喚くので追い打ちは掛けない。


「ぐ……貴様はいったい誰だ!!」

「個人情報聞いてどうする」

「そんな返し求めてねぇよ!……とりあえず逃げるぞ」


 のたうち回る男どもがノロノロと立ち上がり、この場から消え去った。


「……でけえくせに大したことねえな」

「あ、あの……」


 その声のぬしは、先ほどの少女だった。髪は金色のボブヘアーでありながら、横だけやたら長い。青柳のような瞳の色と長い耳を持つ辺り、エルフかもしれん。そして後頭部の大きな赤いリボンと揃えた前髪が、彼女の存在感を引き立てていた。

 スレンダーな身体を持つ彼女は、胸元で指をもじもじさせながら話す。


「先ほどは、ありがとうございました……その、なんてお礼をすればよいものか」

「気にすんな。胸糞悪かっただけだし」


 別にお礼など要らなかったが、わざわざ言いに来てくれたのだろう。律義な子だ。


「もう妙なヤツが出ないとは限らない。お前さえ良ければ、途中まで送るぞ」

「え……良いんですか?」


「ああ。それに今は銀月軍団シルバームーンが暴れてるし、此処で一人にさせるのは俺も不安だ。ま、お前からすれば俺も妙なヤツだと思うし、無理強いはしないがね」

「その……」


 少女はしばらく無言になった後、弱々しく口を開いた。


「お言葉に甘える、のです」


 どこか自信なさげな様子が心配だ。若干ハラハラしてはいるが、とりあえず目的地を尋ねて彼女を送ろう。

 見知らぬ少女と共に街中を歩く中、彼女はなぜか俯きがちだった。


「実は最近、旅から戻ってきたばかりで……久しぶりだから迷うのです」

「奇遇だな、俺も似たようなもんだ」


「ホントですか? 景色が変わっちゃって、何が何だか……」

「すごくわかる。しかも戻ってきたばかりってのに、あんな暴漢どもに囲まれたらたまったもんじゃねえよな」


「はい。わたくしは吟遊詩人ぎんゆうしじんとしてお仕事しながら、双子の妹を探しているのです。三年前から行方不明で、各地を回ったのですが……手がかりが見当たらないのです」

「それは……大変だな」


「生まれたときから一緒にいたのですが、急に音沙汰がなくなっちゃいまして」

「親はこのことを知ってるのか?」

「………………」


 立ち止まり、再び無言になる彼女。もしかして、まずいこと聞いてしまったか。


「妹が、両親……いえ、母国から追放されたので、わたくしも付いてきたのです。ですから、親はいないようなものなのです」


「……辛いことを話させちまって、すまん」

「いえいえ。むしろ、お話しできてスッキリしましたから」

「まあ、それならよかったよ」


 これ以上重い事情を話させるのも何だし、とりあえず話題を変えよう。

 ただ彼女は本当にすっきりしたらしく、俺に向かって微笑んでくれる。その笑顔からは、どんな罪も赦してくれそうな温かさを感じ取れる。直後、少女は何かを思い出したかのように「あっ」と声を漏らし、頭を下げてきた。


「そういえば、自己紹介が遅れちゃいましたね。わたくしは、エレといいます。リヴィからやってきたのです」

「俺はアレクサンドラ・ヴァンツォ。長いから『アレックス』と呼んでくれ」

「わかりましたのです、アレックス様!」


 元気よく頷くエレ。流石に『様』付けは恥ずかしいが、悪い気はしないから良いか。


「リヴィってことは、エルフしかいないところか」

「そうなのです。ただ、あちらは観光するだけなら良いのですけど……」


「言わんとしてることはわかるよ。俺もちょっと行ったことはあるけど、なんだか窮屈な感じがして」

「……もしかしたら、わたくし達はすれ違っちゃったのでしょうか? あなた様のような方をお見掛けしたら、わたくしがすぐに歓迎いたしますのに」


「気持ちだけでも十分嬉しいよ。それに、俺みたいな悪魔が来ても皆が不安になるだけだ」

「ええっ!? アレックス様って悪魔なのです!?」

「うん、このつのが証拠だよ」


 自身の角を指差し、彼女に見せる。


「ぜ、全然悪魔に見えないのです!! それどころか、竜人だと思っていたのですっ」

「あはは。そっちの方が良かったか?」

「ううん……むしろ、とてもカッコ良いのです……」

「それほどでもねえけど、ありがとう」


 なぜ顔を赤らめてるのかはさておき、楽しそうだから良いか。

 解散場所まではまだ距離があるためか、エレは上目遣いでこう尋ねてきた。


「アレックス様のこと、もっと訊かせてくれませんか?」

「うーん。そんな大した話はねえが、それでも良ければ」

「はい!」


 何を話せばいいだろう。とりあえず此処に戻ってきた理由でも話せば良いのかな。


「俺は二十年以上、へプケンっていう国で騎士をやってたんだ。でも、つい先週くらいかな。此処の皇配殿下からめいを受けて帰国してきた」


めいって?」

「魔術戦隊の隊長に任命されたんだ」

「あの、最近話題の純真な花ピュア・ブロッサムっていう部隊ですよね!? す、すごすぎます!」

「え、あ、肩書はそうだけど……」


 この子、無理してないか? 別に俺をそこまで持ち上げなくても良いのに。それに、花姫フィオラたちもまだ俺のこと半信半疑って感じだからなぁ。


 そんなこんなでキリのいい場所までたどり着いた。


「ああ、こうしてアレックス様のお話が聞けるの、すっごく嬉しいのです……もっとお話したいなぁ」

「俺も楽しかったよ。またそのうち会わないか?」

「はい……! では、近いうちに」


 ちょっと危ういところがあるけど、気分が良くてつい俺から言ってしまった。

 エレ、か。彼女ともこれから縁がありそうだ。


「あの、本当にありがとうございました!」

「いいって。じゃあな」


 エレは丁寧にお辞儀をしたあと、こちらに背を向けてトコトコと帰路へ向かった。

 さて。彼女の影が遠くなるのを確認したところで、俺も帰って――


「え?」


 蒼い髪をなびかせた少女――シェリーが俺を静かに横切る。

 でも俺の近くを通ってるというのに、なぜ無視するんだ?


 ……いや、彼女は気づいていないんだ。

 だからといって、此処で声をかけるのも気が引ける。



 何かに導かれるように、歩いていたから。




(第七節へ)





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