騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第六節 魔族の確執

公開日時: 2021年5月21日(金) 12:00
文字数:5,321

※この節より先には残酷描写が含まれます。

 アンナから過去を聞いた後、俺はジェイミーに連れられてマリーニの丘へ向かう。そこで彼が俺に求めてきたのは──


『俺様と戦ってくれ。加減は無しだ』


 その理由は、他ならぬ想い人アンナを守るため。

 でも、それは俺としても都合の良い話でもあった。彼が『不死身の上級魔術師』と自負する以上、実力に興味があったからである。


 結果、俺たちの戦いは長く続いた。

 これはその途中からの出来事だ。




「うぉっ!?」

 俺のせい魔法に慄くジェイミーは、ガードしたまま後ろへずれた。靴の擦れる音と共に、葉と花弁が舞い上がる。色彩豊かな花畑の中、俺たちの周囲に咲く花々は全て魔法に巻き込まれて無残なざまを残していった。


 だが、それは俺らにとって無関係だ。戦いは犠牲がつきものであり、何の変哲もない草原で戦っても今度は草木が命を失うだけだからな。


 無人の花畑で対峙する悪魔おれ吸血鬼ジェイミー

 微かな熱風が俺らの髪を揺らす中、互いに腹を探り合っていた。


 そして──。


「うぉぉおおおおお!!!!」

「はぁぁああっ!!」


 先に魔力が溜まったのは俺だ。

 俺が氷柱の雨を射出すると、ジェイミーは風の刃で相殺。全ての氷柱が粒に変わって粉砕された後、彼は瞬く間に俺へ接近した。


「おらぁ!!」


 飛び交う右ストレート!

 しかし俺は、紙一重で躱して前屈する。片足を突き出し足払いを決める事で、ジェイミーは土の上で尻餅をついた。また一つ、小さな花々が下敷きとなったのは言うまでもない。


「勝負ありだ」

 長剣の切先を彼の鼻先に向け、自ら宣言する。すると彼は悔しそうな表情を見せ、大きなため息をいた。


「お前の動きに迷いがある。彼女を他の奴らに取られて良いのか?」

「良いわけないだろ」


 四肢を広げ、後ろへ倒れるジェイミー。先程までの緊張感は一気に解れ、この地に緩やかな空気が流れ込んだ。

 彼は澄み切った青空と膨らむ入道雲を見上げたまま、穏やかな声音で話す。俺もずっと立つのは疲れるので、剣を鞘に収めて胡座をかく事にした。


「でも、今の俺様に迷いがあるのは確かだ。『こんなんであいつを守れるのか』ってさ」

「戦いは弱気になった時点で負けだ。お前は十分に強いんだから、ジェシーと戦った時みたいに堂々としてくれよ」


「それが出来たら良いんだけどねー」

 ジェイミーは目線を俺にくれぬまま再び溜息を吐く。しばらく沈黙が続いた後、彼は何を思ったのか過去を打ち明けてきた。


「俺様さ、昔ジャックとつるんでたんだよね。で、あいつはずっとこの国を恨んでた。四百年ぐらい前に父親を女王の先祖に殺されたからね。だから故郷を奪い返すために、誰も目につかんとこでずっとずっと計画を立ててた。俺様はヤツの隣で見たり協力したりしてたんだけど、国に愛着が湧いたもんだからさぁ」


「それで見限ったと」

「そういうこと」


 ジェイミーが勢いよく上体を起こし、俺と同じ体勢になる。すると黄色く丸い身体を持つ虫が俺達の周りを飛び回るが、特に害は無いので気に留めない事にした。


「で、気持ちを切り替えるために髪の毛も切ったわけ」

「どれくらいあったんだ?」

「んー……背中までかな」


 ジェイミーが片手を背中に当て、当時の髪の長さを示す。


「お前が銀月軍団シルバームーンの一人じゃなくて良かったよ」

「あんな悪趣味な勢力、こっちから願い下げだからね。それに……俺様はあいつに嫌われたくない」


 彼は懐から一枚の写真を取り出す。白枠の中に写るのは、街中を楽しそうに散歩するアンナ。写真を見つめる彼の横顔はとても切なく、俺ですら胸が締め付けられる。何だかんだで本当は繊細なのだろう。

 然しながら俺は男二人でしんみりする趣味は無いので、とりあえず彼をからかってみる。


「やっぱ盗撮が趣味じゃん」

「ば……ちげーよ!! これも、仕事で……」


「お前も考えるんだろ? アンナちゃんとの

「あんたと一緒にすんな! 俺様は、好きなヤツとるのは気が引けるんだよ……」


「なんで」

「だって汚したくないじゃん。それに、あの過去を聞いちまったら大事にしたくなるじゃん」

「……つまんねえの」


 俺は、『何処までも純粋なんだな』なんて素直に言えなかった。ただの思い込みだと判ってても、己の穢れを晒された気分で思わず顔を逸らしたくなったのだ。

 緑の地平線は何処までも続いていて、この世界には今も昔も何も無かったかのように見える。蜂は蜜を求め、蝶は自由気ままに徘徊する。


 そんな長閑のどかな世界に、俺たち魔族が存在しても良いのだろうか。

 その問いを嘲笑うかの如く、あの男の声が鼓膜をつんざく──。



「貴様を始末し忘れたよ」



 俺たちが即座に立ち上がると、上空から闇の刃が降り注ぐ!


 氷柱のように降ってきたそれは、どす黒いオーラに包まれた杭。

 凶器が狙いを定めるも、俺たちは転回や飛行を駆使してことごとく回避していった。


 杭の雨が止んだ直後、地に突き刺さる杭が次々と爆破。黒い煙と紫色の稲妻は、着地した箇所から順を追うように発生したのだ。

 俺はジェイミーと合流し、ジャックの居場所を探るべく辺りを見回す。


「ほんっとに空気読まねーな! あの蛇野郎!!」


 だが、ジェイミーが毒づいた瞬間──

 彼のつま先に例の杭が刺さり、爆発を起こす!


「「うぁぁぁあああぁああ!!!!」」


 隣にいた俺も諸共吹き飛び、身体が宙に投げ出されて一回転。鞭打たれた全身を無理やり起こした時、三メートル程先で目を疑うような光景が広がっていた。


「ぎ……ぐぇ……」

 ジェイミーの右膝より下が。彼は激痛に悶絶してもなお、身体を引きずって俺の方へ向かおうとしていた。


 流れる血は、道標みちしるべのように花々を穢す。

 俺が彼の元へ駆け寄ろうとした時、黒い影はジェイミーに更なる追い打ちを掛けた。


「ぐぁぁぁあ!!!」

「我が友も地に落ちたものよ」


 ジャックの左脚に宿る巨大な刃。スコップの尖端に似たそれがジェイミーの心臓目掛けて背を抉り出し、力強く蹴り上げる。肉片と鮮血が俺の方へ飛び散り、ジェイミーは更に苦鳴を上げた。


 無論、そんな光景を見ても黙ってる俺なんかじゃない。

 俺は再び長剣を鞘から取り出し、ジェイミーを踏みつける銀髪の男に向かって跳躍!


「てめえ! いい加減にし──」


 一瞬、何が起こったのか判らなかった。

 腹に強烈な痛みが入った後、身体が後ろへ投げ出されて剣が手から滑り落ちる。


「ぁ……がっ……!」


 立ち上がろうと意識するも、既にヤツは俺の前に現れて胸を片足で踏みつけてきた。

 苦しすぎる……っ! ギリギリと、締め付けられて──!!


「俺の女を奪うなど、どういう了見だ」


 くそ、言い返したくても何も言えねえ! それに、ジェイミーを助けなきゃならねえってのに!!


「貴様を愛する女がどこにいる!!」

 ジャックは片手を俺の顔に向け、こく魔法を放つ!


「うぁ……がはぁああ!!!」


 なんだこれ! 全身が痺れるし痛すぎる!!

 稲妻が毛穴まで入り込むせいで、眼を開ける事すら儘ならねえ……!


「これで終わりではないぞ」


 稲妻の呪縛から解き放たれたあと、憎悪剥き出しのジャックが視界に映り込む。白銀の毛先や黒いスーツに張り付く赤い点々──それが友の血である事は俄に信じ難かった。

 彼は虚空から漆黒の魔剣を取り出し、俺の鼻先に向けて──。



「っ!?」



 その時、ジャックの息を呑む声がした。表情を歪めたままで、一向に動く気配がない。


「さっきのお返しだよ」


 ジャックの背後にいたのは──で立つジェイミーだ。彼の片手から放たれるのは、白く伸びた無数の糸。それは、操り人形マリオネットのようにジャックの四肢を縛りつけていた。


 でも、何故ジェイミーの右脚が戻ってるんだ?

 口角を上げ、優越感を露わにする彼。嘲笑うような口ぶりで種を明かしだした。


「あんた、俺様が分身できる事を忘れたの?」

「ぐ……っ、とっとと俺を放せ!!」


 ジェイミーが糸を引くと、ジャックの片足が浮いて俺の圧迫された胸が解放される。鼻先に向けられた剣も徐々に離れ、ジャックは切先を左胸に向けるよう持ち替えていた。柄を握りしめる両手は小刻みに震えている。

 自害──今の彼から連想されたのが、この言葉だ。あれだけ亡霊をや不死者アンデッドを呼び寄せたくせに、死に怯えるとは何とも皮肉である。それは彼の焦るような声に表れていた。


「おい、ジェイミー! 俺に何する気だ!?」

「決まってるでしょ。あんたに相応しい事をしてもらうんだよ」


 その動きは抵抗もあってぎこちないが、確実に白い糸に主導権を握られている。


「とっとと死にな!!」



 ジェイミーが糸を引いた瞬間──

 魔剣がジャックの胸を貫く!!



「ぐはぁああ!!!」

 背からは刃が突出し、大量の紅い花弁が舞い散る。剣から放たれる瘴気は更なる痛みに換わり、ジャックの断末魔が響き渡った。


 ようやく痺れも消え、俺の意識が全身に行き渡る。痛みが無いわけじゃないが、俺が立ち上がるとジェイミーは視線を此方へ遣った。


「アレク、手伝ってくれるよな?」

 ジェイミーは片手で糸を操りつつ、余った手で回復魔法をかける。涼しい風が全身を包み込み、受けた傷が急速に癒えていった。


「ありがとう、これならいける」


 よし、今こそ反撃の時だ。


 大悪魔ヴァンツォの力、いま解き放たん!

 その汚らわしい右腕は、俺が食い千切ってやる。


 翼が背から生え出し、爪や牙が伸びていく。

 力が漲った刹那、俺は真っ先に距離を詰めた。


 ヤツの右腕をこの手で掴み、爪を皮膚──そして骨へと食い込ませる。その反動でジャックは剣を手放し、俺の力によって方向へと捻じ曲げられた。無論、魔剣は依然として彼の胸を貫いている。

 骨の折れる音が聞こえたのは、ほんの一瞬。その音はたちまち肉を断つ音に掻き消され、ジャックはこれ程に無い苦鳴を上げてもがき始めた。


「がぁぁああぁぁあああぁぁあああああ!!!!!」


 シェリーら女をも傷つけた右腕。

 それは今、俺の手中に収まり──悪魔の血肉に成り代わろうとしている。


 肉なんて、昔の事を思い出すからずっと避けてきた。

 でも、今は違う。何らかの奇跡でこいつの腕が元通りになるぐらいなら、“人喰い悪魔”という本来の自分に身を任せるべきだ。


「ジェイミー、後は任せた」

「ういっす」


 指先を千切る瞬間、肉の味が口の中で染みわたる。今は骨を噛み砕く音すら心地良くて、長年肉を避けてきたのがバカみてえだ。

 その間、ジェイミーがジャックに何らかの仕打ちをしている事だろう。証拠としてジェイミーの愉しそうな声とジャックの悲鳴が入り交じる。


 一片残らず蛇男の腕を食い終えると、俺は彼らの方を見遣った。魔剣は打ち砕かれ、ジャックの身体が派手に吹き飛ばされる。ジェイミーは間髪入れずに両手を掲げ、えんのオーラを限界まで溜め込んでいた。


「せいっ!!」


 人間を飲み込むほどの大きさと化した火球。仰向けで倒れるジャックに強大な魔法をぶつけると、半球状の爆風が彼を──いや、この丘全体を飲み込んだ。

 目が眩みそうな光──俺は反射的に腕を上げて顔を覆ったが、ただならぬ熱気が皮膚に触れる事は無い。花姫フィオラ以外の者が魔法を使えば味方も巻き込まれるはずなのに、こいつの魔法もまた味方には害が無いようだ。


 流石のジャックも木っ端微塵になった事だろう。骨肉どころか、影も形もない。

 その時、俺の意識に何かが入り込むような違和感があった。それはジェイミーも同じようで、ジャックは俺らの意識にこう語りかけてくる。



『憶えて、ろ……。人間の……皮を被った、魔族どもめ……!!』



 ……今度こそ気配が消えたようだ。またしてもとどめを刺せなかったが、右腕を失った以上復帰に時間が掛かると思いたい。俺は元の姿に戻り、今一度辺りを見渡した。

 あれだけヤバい爆発が起きたと云うのに、花も木も健在だ。ジェイミーのヤツ、どんな修行をしたらこんな奇跡じみた事ができるんだ?


「あーあ、せっかくの綺麗な場所が台無しだね」

「つかジャックが来るまでも荒れてたってのに、なんで爆発が起きても何も変わらないんだ?」

「それは、これ以上自然を荒らさないよう魔力をたくさん使ったからだよ。はー、疲れたー」


 ジェイミーが座り込み、両脚を外へ投げ出す。彼はさっきのサドっぷりから一変して、いつもの飄々ひょうひょうとした感じに戻っていた。

 俺は魔力回復剤が無いか、懐に手を忍ばせて探ってみる。つるつるとした手触りに委ねて取り出してみると、薄花色の液体が波打って水音が微かに聞こえてきた。


「ほらよ」

「おー、サンキュ!」


 ジェイミーの方へ軽く投げると、彼は瓶を見事キャッチ。コルク蓋に爪を立てて引っこ抜くと、小気味良い音が聞こえてハーブの香りが漂ってきた。

 相当魔力を費やしたのか、彼は一気飲みして喉を唸らせる。それから俺に目線を送ると、「アレク」と強気な調子で声掛けてきた。


「あの男は何としても倒せ。そのためなら俺様も協力する」

「嬉しいこと言ってくれるぜ。そのぶっ飛んだ力、使いたいと思ってたとこだよ」


「『使いたい』って何だよ! 俺様はあんたの部下になったつもりはないぞ!?」

「どっちでも良いだろ」


「「あははははは!」」


 銀月軍団はこれまでに酷い事をしてきたんだ。笑ってる場合じゃねえけどよ、やっぱ俺らにはこういうカラッとした空気が丁度良いんだ。


 エンデ鉱山に向かう日はもう間も無い。

 この心強い友が来ることは──純真な花ピュア・ブロッサムの力になるだけでなく、同性である俺にも安心感を与えた。






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