騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第二節 暴食の使者

公開日時: 2022年3月29日(火) 12:00
文字数:3,852

※この章には残酷描写が多く含まれます。

 俺達はようの都アポローネに辿り着き、必需品を調達。道中で見かけた踊り子と奏者を眺める中、何かが自身を横切った気がした。その違和感を探るべく、ズボンのポケットに手を入れた時──あるはずのモノが無い事に気付く。



「アレックス、さん?」

「…………財布をられた」



 俺が事実を述べると、演奏を眺めていた花姫フィオラたちが一斉に此方を向く。そこでマリアが声を荒げる事に、薄々予想ついていた。


「ちょっと何してるのよっ!!?」

「それは大変なのです! 盗んだ人は何処にいるのですか!?」

「判らねえ。少なくとも、気配が全く感じねえんだ」


 ああ、まいった。犯人はとてつもない速さで逃げてしまっただろう。特段金に困っちゃいないが、現地での買い物がロクにできないのは実に情けない。少しでも形跡があれば追えるのに。


「……西の方角ですわ」


 両手を重ね、真摯な眼差しでその方角を見つめるシェリー。だが、彼女はこれまでに敵の居場所を感知した事はあっただろうか?


「アレックスさん、感じませんか? この瘴気は間違いなく魔族です。逃げるどころか、私たちを呼んでいるように思えますわ」

「…………」


 一旦目を瞑り、深呼吸してみよう。雑音が遠のき、視界に暗黒が広がっていく。そこには花姫たちは勿論、通行人だっていない。もはや此処は、虚無な世界と云えよう。

 ──その時だ。確かに、西の方から瘴気を感じる。俺の記憶が正しければ、その先にスラム街があったはずだ。本当の盗人ぬすっとなら、とっくに街を去っているだろう。


 気配を感知したところで瞼を開け、花姫たちに指示を出す。ちょうど演奏も終わったようで、観客はもう各々の用事へ向かっていた。


「シェリーが指した先にはスラム街がある。決して変身を解くな」

「「はい!!」」


 俺たちには飛行手段がある。誰もが翼を広げ、一斉に飛び立つと目的地を目指した。

 陽の都アポローネはそこまで広くないのが幸いだ。数分も経たないうちにスラム街に着き、入り組んだ街並みを歩く。道沿いには貧困層が蔓延るものの、構う暇なんて皆無だ。


「この状況を見過ごすのは忍びないわね……」

「陛下、今は眼前の敵を見据えましょう」


 この国を統べる女王にとって見苦しい現状だろう。ルーシェも然り、エレメントを先天的に持つ事はある意味不運でもある。

 ただ、今は出撃を惜しまない程の非常事態。幸い何処の街も機能しているが、いつ壊滅してもおかしくないんだ。


 やがて狭い通りをくぐると、石造りの城壁──その先にへプケンが在る──がそびえ立つ。まだ陽は昇っているのに、辺りは薄暗く悪臭立ち込めるばかりだ。

 そして、城壁の前には一人の男の姿があった。彼は決して人間ではない。山羊頭を持ち、乳白色の装束を纏う姿はあずまの忍を彷彿させる。


「待っていたぞ、我が同士」

「は!?」


 おいおい、勘弁してくれよ。確かに山羊男も悪魔の一種だが、こんなヤツと一緒にされちゃあ反吐へどが出そうだぜ。

 一方で、アンナは嫌悪感を露わにしている様子だ。俺は彼女を護るように立ちはだかり、花姫たちも構えの姿勢を取る。


「大げさな……ただ私に従えば良いものを」

「財布を盗んだのはお前だろう? 何に使うか知らんが、返してもらおうか」


「ならば、そなたの背後に立つ女を差し出せ。バフォメット様の御命令だ」

「────!!」


 アンナは、『バフォメット』という単語に反応して息を呑む。……まさかとは思うが、あの大悪魔の事か?


「……バフォメットが、父さんを食べたんだ……。それから、母さんを……」


「“暴食の山羊”とも呼ばれる悪魔ね。アレックス、魔界にいたあなたなら判るでしょう?」

「ああ、『共食いも辞さない』って噂の腐れ野郎だ。まさか人間界をほっつき歩いてるなんてな」


「人聞きが悪い。そなたらが弱者を喰らうように、バフォメット様も食糧を調達された……それだけの事だ」

「だから一緒にするなよ」


 俺がヴァンツォの次男である以上、彼の存在を知らないわけが無い。


 まだガキだった頃、魔界では親父の力を狙うヤツが数多くいた。その一人が大悪魔暴食の山羊バフォメット”だ。共食いは勿論、めすの扱いにも長けている。

 これらは他の悪魔にも云える事だが、大きな違いがあるとすれば執念深い事だろう。一度見つけた獲物を何十年・何百年も憶えているもので、彼から逃れるのは至難の業。この広大な人間界でアンナの一家がピンポイントに狙われるのは、あまりに不憫だった。


 こうなりゃ財布なんざどうだって良い。此処で大事な仲間を護らねば、俺は一生後悔するに違いないから。


「気が変わった」

「ほう?」


「その金で好きなモンでも食ったらどうだ? 勿論、人間以外でな」

「何とも面白みに欠ける反応だ。……でよ」


 口元を隠すベールが揺らめき、眉間に皺を寄せる山羊。彼が指を鳴らした瞬間、複数の魔物が俺達を囲い始めた。


「な、何なんですの!? この者たちは!」

「これが、悪魔だと言うの……!?」


「さあ行け、我がしもべたち! 愚者どもからようの剣士を奪還せよ!」


 アイリーンらがたじろぐ間も無く、悪魔たちが一斉に動き出す。シェリーが咄嗟に防御壁バリエラを展開すると、マリアとエレで迎撃を始めた。


「お友達には、指一本触れさせないのです!」

「業火に焼かれなさい! 炎幕フィテンダ!!」


 矢を射る音に、炎を撒く音。それぞれが共鳴し、断末魔の悲鳴を響かせる。俺も魔族を倒す一人として、剣を振る事をやめなかった。


「喰らいなさい!!」

「アイリーン……助かったわ!」


「アレックスさん、此処は私たちが何とかしてみせますわ。だからあの者を──!」

「おうよ!」


 シェリーが言うように後は彼女らに任せ、俺はあの忍風情をぶった切ろう。

 山羊はそれを察したのか、こちら目掛けてクナイを複数投げつける。俺は突進がてら全てのクナイを弾き落とすと、長剣を横払いしてみせた。


「ふっ!!」

「遅い」


 くそ、なんて速さだ!? いくら隙を突こうと、全てが残像でしかない。

 このままだと体力が消耗する一方だ。此処は一旦立ち止まり、彼の動きを目で追ってみせる。脂汗がこめかみを伝う中、視界は今度こそ確実に捉えた。


 それは、城壁に手を掛け此方を見下ろす山羊だ。俺が立ち止まった事に違和感を覚え、向こうも様子見しているのだろう。


「休んでいる暇はあるまい」


 山羊が先に仕掛ける。彼は城壁から飛び降りるや、鋭利な物を構え彗星の如く落下。俺が後方転回で回避すると、彼が曲刀を持っている事に気付く。


「くそ、よりによって……」


 互いの跳躍するタイミングが重なり、刀と剣の衝突音が幾度も響く。彼はしなやかに刀を振り回す一方、俺はその速さに追いつくのが精いっぱいだった。

 砂漠を一望できる程に跳ぶ俺達は、落下してもなお刃を交える。ついに元の場へ降り立つと、山羊はすぐさま次の行動に移っていた。


「隙あり」


 降り注ぐ黒い光球。その幾つかは、今もなお悪魔と応戦中の花姫たちに着弾しそうだ──!

 俺は氷霧ネヴィッシモを唱え、青白い霧で光球を相殺。弾は寒気によって砕け散り、雪のようにはらはらと消えていった。


「主に伝えておけ。『しつこい男は嫌われる』とな」

「その言葉、そなたに返そう」

「何の事だ?」


 なぜ悪魔はこうも面倒な奴しかいないのか。

 半ばうんざりしていたところに、周辺の歪な気配が一気に失われる。その答えは、山羊の方を向く花姫たちにあった。


「あなたの下僕は皆散ったわ。いい加減降参したらどう?」

「逃げるなら、この矢で射抜くのです!」

「ふっ……」


 あれだけいた悪魔を、皆が倒してくれたんだな。本当に頼もしい人たちだ。

 山羊は鼻を鳴らしたかと思えば、曲刀の切先を自身の腹部に向ける。まさか──!


「ぐはぁぁああ!!!」


 その『まさか』は間もなく訪れ、切先がついに山羊の肉体を貫く。ベールで覆われた口元は瞬く間に赤く染まり、大量の血飛沫が溢れ出た。

 直後──彼の肉体は爆発を起こし、その衝撃で結界の割れる音が響き渡る。嫌な予感がした俺は、すぐさまアンナの背後へと立ち回った。


「誤魔化せると思ったか?」


 一瞬にして、山羊の影が見える。

 捉えるなら今だ!


「とおっ!!」

「ぬおぉおお!!」


 斜めに払い、山羊を後方へ吹き飛ばす。そして俺の財布が宙を舞うと共に、アイリーンが跳躍し出した。


「隊長!」

「サンキュ!」


 彼女は財布を取るや、俺の方へ投げつける。どうやら先程自害した山羊は分身のようだ。本体には傷一つ無いものの、先ほどの返しで立ち上がれそうに無いらしい。


 だが、俺が剣を構え直した時だった。

 山羊が片手を掲げた瞬間、黒いシルエットへと変化。雪のように消えると共に、何処からか彼の声がした。


純真な花ピュア・ブロッサムよ、そなたらにはいずれ厄災が訪れよう。……偉大なるあの御方によってな」


『あの御方』? さっきまであるじを名前で呼んでなかったか?

 否、もしかすると彼らも銀月軍団シルバームーンに招かれた存在かもしれない。であれば、厄災が訪れる前に潰せば良い話だ。


「アンナ様!」


 振り向けば、アンナが項垂れエレに支えられている。エレや花姫たちは何度も本人に呼び掛けるが、言葉が返ってくることは決して無かった。それだけではない。戦意の喪失からか、既に変身を解いてしまっているのだ。


「……一度宿屋へ運びましょう。そうすれば回復するかもしれませんわ」

「なら俺が運ぼう」


 この少女の身体を抱き上げたのはいつぶりだろうか。あの時と比べて彼女の肌は氷のように冷たく、体重だってひどく軽い。──本当に人間を運んでいるのか、疑うくらいにな。


「アンナ様……どうかお目覚めになって……」


 果たして、友の言葉は彼女に届いているのだろうか。

 宿屋を目指す中、胸のざわめきが消える事は決して無かった。




(第三節へ)






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