※この節には残酷描写が含まれます。
デュラハンと戦ってから二、三日が経った頃だろうか。すぐに馴染んだベッドの上で目を覚まし、髭を剃ってから外に出る。それから階段を降り、横並びの集合ポストを確認すると朝刊が俺の所に届いていた。しかし、すぐさま視界に飛び込んだ見出しは決して穏やかなものではないと悟る。
異形の獅子、人血を貪る
大きく映し出されたモノクロームの写真には、おおよそ四メートルぐらいであろう獅子が堂々と写っている。その付近で倒れる人からは大量の血が溢れ、何か管みたいなものが繋げられていた。
……いや、これは管じゃない。獅子の大きな口から露出するそれは舌だ。その舌は先端がホースのように開いているのか、人体にくっつけて血を吸い上げる仕組みらしい。こんな魔物、今までに見たことがあっただろうか?
とりあえず陛下に連絡して、状況を確認してみよう。彼女に尋ねてみれば、何かわかるかもしれない。まずはアーチ型の黒いポストを閉じ、階段を昇って自宅に戻る。
リビングに着いた俺はナイトテーブルにある通信機を取り出し、陛下に通話信号を送ってみた。
「もしもし?」
「おはようございます、陛下。お尋ねしたいことがございますので、お時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」
「もし例の朝刊のことなら、丁度あたしの方から連絡しようと思ってたの。本当は城に集めたいところだけど、時間が取れないから皆にも繋げるわ。一時間後に軍議を開くから、絶対に遅れないこと。良いわね?」
「御意」
壁掛けの時計を確認すれば、針は七時十二分を指している。陛下との通信が切れたあと、さっと朝食をとってから鎧に着替えた。軍議後に討伐に向かうことが予想されるからだ。剣の状態も良好だし、準備万全である。ひとまず陛下にメッセージを差し上げたあと、信号が来るまでこの国の地図を開いて今一度場所を確認することにした。
ちょうど八時を回った頃、信号が来たので手に取った。液晶に映る隊員たちの名前は、参加中のメンバーを指す。その一連には陛下と俺は勿論、シェリーとアイリーンの名前も在った。
「お嬢様、隊長。おはようございます」
「ああ、おはよう。アイリーンちゃん」
「おはようございます。あのライオン、とても不気味すぎますわ……」
「目撃した魔物研究員は、『吸血する獅子』――転じて“ヴァンレオーネ”と名付けたわ。牙で肉を喰らうところまでは普通のライオンに似てるけど、他と違って鼠色の体毛に白い鬣、長い舌が特徴ね。新聞の写真にもある通り、獲物の傷口に舌を通して血をじっくり吸うそうよ」
「被害者は生きてるの?」
「ええ。でも、喋ることすらままならない程の重傷みたい。奴からすれば、血を吸えるなら殺す必要はない。……だからこそ、被害者は生殺しの状態になるのかもね」
「それに加えて、『ヴァンレオーネは相手を雷魔法で麻痺させる』とされております。デュラハンと違って群れない代わりに、自分たちが力を合わせて倒さねばなりません」
確かに以前のデュラハン戦は各自で行動していたが、比較的大きい体格の魔物だとそうはいかない。建物で埋め尽くされたこの地フィオーレで暴れていると聞くし、何処で引き寄せるのだろう。ちょうどそこへ、アイリーンが俺の疑問を代弁するように尋ねる。
「陛下、場所は如何なさいますか?」
「公園に引き寄せたほうが良さそうね。銀月軍団が仕掛けたことだから、あたし達がそこにいれば無視できないはずよ」
「そこなら、街の人を巻き込まなくて済みそうだね」
「できれば今後もそうしたいけど、ね……。さあ、軍議はこれで終わりよ。準備が整い次第、直ちに公園に向かいなさい」
「「はい!」」
やはり彼女らはひと月前から動くだけあって手慣れているな。『俺は本当に要るのか』と疑ってしまうほどだ。
ただ、魔物討伐は何が起きるのかわからない。彼女らから信頼を得るためにも、すぐさま公園へ足を運ぼう。
案の定、公園は閑散としていた。白い絵の具で引き伸ばしたような曇り空は、平穏に潜む脅威を物語るかのよう。普段なら木々の下にあるベンチで休む者も見かけるが、今日ばかりは誰一人いない。仮に陛下が避難指示を出したとしても、あまりに不気味な状況だ。
辺りを眺めていると、花姫たちが後から舞い降りる。俺も空を飛べなくはないが、いちいち力を呼び起こすのも億劫なんだよな……。
彼女らの前に立つ陛下は、俺を見るや両手を腰に当ててこう話す。
「あら、ちゃんと来れるみたいね。隊長なんだから、あたし達より動きなさいよ」
「はっ、重々承知しております」
「あたしとシェリーは後方から、あなたとアイリーンは前方で迎撃なさい」
相変わらず陛下の放つ言葉からは棘が感じられたが、口答えするなど以ての外だ。俺とアイリーンの応答が重なったあと、陛下は息を吸って力強く叫ぶ。
「《邪悪なる獣よ、覚悟なさい。我ら花々が相手してあげるわ!!》」
直後、俺たちの数メートル先に巨大な魔法陣が展開される。集う漆黒の粒子は獅子の形へと収束し、禍々しい氣を放ち始めた。
まさに銀を体現するような体毛に、白くも澱んだ鬣。耳は普通の獅子と違い、猫のように尖っているせいで只ならぬ威厳を放つ。奴は口を大きく開け、咆哮を轟かせた。
――オオォォォオオオオォォ!!!!!
その牙はあまりに刺々しく、人間の皮膚を抉るには十分な程だ。戦闘経験を積み重ねてきた俺ですら戦慄する。けれど、隊長にして唯一の男である俺がそんな弱音を吐くわけにもいかない。
大剣を取り出し、
一歩、さらに一歩と踏み入れた刹那――!
「ふっ!!」
獅子の口から放たれる雷球が俺を狙う。右、左と大きく跳ぶことで深碧の平地に打ち付けられ、電流が全体に広がるのが判った。
俺は宙で一回転し、偶然目に付いた大樹の幹に足を着ける。
電流が自身の身体に及ぶ前に再び跳躍。大剣を振りかざし、灰色の身体に迫った!!
――ズシャァァ!!
大きな身体に紅い傷を刻み、横たわらせる。獅子が(自身が放った雷によって)麻痺する一方、花姫たちは既に翼で宙に浮いていたのだ。
「アレックスさん、ここは私が!」
「任せた!」
シェリーが高度をさらに上げ、虚空から長柄の銃を召喚。
両手でしかと構えたあと、未だ横たわる魔物に狙いを定める。
「当たって!!」
一発の蒼い光弾が鼠色の身体に着弾。
ドーム状の爆発を起こしたそれは、大きな音を立てながら獅子を後方へ吹き飛ばした!
――ドカッ!
獅子が先ほどの大木に当たり、地面へ引きずられる。無数の木くずが大きな身体に刺さるせいか、呻き声を上げ出した。
「ありがとう、シェリー! さあ、この魔法で心臓を露わにしてあげるわ!」
陛下は紅い水晶が埋め込まれた杖を突き出し、獅子を睨む。
しかし誰もが彼女に期待を寄せるなか、ヤツに異変が起こった。
――ガァァァァアァァアア!!!!!
電気を帯びた波が押し寄せ、陛下に迫りくる!
俺が直ちに彼女の元へ向かおうとしたとき、紫色の影が目の前を横切った。
影は陛下の前に飛び立ち、両手を広げて衝撃波を受け止める。
「うあぁぁああぁあああ!!!!」
「アイリーン!!!」
その影はほんの一瞬の出来事だった。アイリーンは姿を捉えられない程の速さで主を庇ったあと、逆さまに落ちていく。ちょうど地に足を着ける俺は彼女の身体を受け止めたあと、陛下とシェリーに治癒を頼んだ。
「そんな……なんで、あたしのために……」
「アイリーンさん、いま治しますからねっ!」
少女たちの弱気な声と、凛とした声が後方から聞こえてくる。
これ以上彼女らに危害を加えさせまいと、今一度柄を握り直したときだった。
「まだ行けるわ!!」
なぜアイリーンが俺の隣に……!? 全身は傷だらけだというのに、彼女は片腕を押さえつつも大地を踏みしめている。揺れる赤橙の髪が、逞しさを物語るが……。
「何やってんだよ、お前は下がれ!」
「マリアが笑って過ごせるなら、何度でも立ち上がるわ!」
「……お姉、様……」
ど、どうなってるんだ? アイリーンはいつものように『陛下』と呼んでねえし、主だって『お姉様』と呟く。まるで立場が逆になっているようだ……!
だが――四足で立つ獅子は、この疑問について考える余地を与えないだろう。その証拠に、鋭い眼差しが徐々に迫ってきている。
「なら、息を合わせるぞ。お前の拳と俺の剣が組み合わされば、あいつもぶっ倒れるはずだ」
「まずは自分から行くわ。奴の身体がそっちに飛んだら、容赦なく叩き切って頂戴」
「おうよ」
これまで俺に対して敬語だったのに、感極まると言葉が砕けるんだな。冷徹に見えて、意外と直情的なところがあるのかもしれない。
彼女が一気に距離を詰めると、葵色の粒子が左の拳に集まる。
月魔法によって何らかの力を得たアイリーンは、そのまま拳を突き出した!
「はぁぁあ!!!」
衝撃が獅子の頬に加わると、ヤツの身体が俺の方へ吹き飛ぶ。大剣を構えていた俺は横に一振りすることで、彼女の方へバウンドさせた。
「せぇいっ!!」
今度は蹴りだ。魔物が宙を舞う最中、俺は高く跳躍したあと、剣舞でヤツを翻弄させてみせた。縦、横、斜めと描かれる軌道は毛を千切り、皮膚を抉っていく――。
「よし、心臓が見えたぞ! お前に託して良いよな?」
「言われなくても!」
既に勝気な性格に豹変したアイリーンは、いよいよ右の踵で心臓部分へ踏み込む!
「永遠に……眠りなさいっ!!」
力強い声音と共に白銀の宝石が砕かれ、獅子は足先から黒の花弁へと変化していく――。
そして吸血獅子は、闇の中で永き眠りにつくこととなった。
再び静寂に戻る公園。冷たい春の風は、銀月軍団との戦いが始まったばかりであることを伝えているようにも思えた。
この重苦しい沈黙を破ったのは、いったい誰だろうか。
それは――不安と迷いを桃色の瞳に秘めた、一人の少女だった。
「……さっきはありがとう。アイリーンがやられたときはどうなるかと思ったけど、あ……あなたのおかげで、解決に至ったわ」
「とんでもありません。全ては彼女のおかげでございます」
例え少女らしい振る舞いを見せようと、相手は国王だ。騎士として片膝をつき、彼女の前で頭を下げる。
「隊長、自分からも御礼を申し上げます。先程は冷静さを欠いてしまいましたが、貴方のおかげで役目を果たせました」
「そういうことだから、もう頭を上げて良いわ」
お言葉通り頭を上げてみると、そこには静かに微笑む三人の花姫がいた。この光景が今の俺には勿体なくて、思わず距離を取ってしまう。
「あっ、勘違いしないでよね! 別にあなたを歓迎しようとか、そんなつもりは一切無いんだから!」
「もうよろしいでしょう、陛下」
「うるさいうるさい! これぐらいで褒めたら、この男が調子に乗るでしょ!?」
「…………わかりやすい女だ」
「なんですって!? そんな口の利き方、許されると思って!?」
「わーーー!! マリア、もうそれぐらいにしておこ! ねっ?」
思い切ってこのツンデレ女王を煽ってみたら、見事挑発に乗ってくれた。そういうタイプも別に嫌いではない。
謎の勢力である銀月軍団が、何故こんなことをするかはわからない。
でも、今後純真な花の皆と手を組むんだ。今はちょっと縮んだ距離を楽しむことにしよう。
◆マリア・ティトルーズ(Maria=TITELOUZE)
・外見
髪:ベビーピンク/セミロング/カール/ツインテール(ラビットスタイル)
瞳:髪の色に近い
体格:身長160センチ程度 ※シェリーよりごく僅かに高い/B90
・開花時の外見
髪飾り:二つの薔薇(ピンクと赤)
鎧:薄紅
・種族・年齢:人間/18歳
・職業:ティトルーズ王国の四代目国王/上級魔術師
・属性:焔
・攻撃手段:魔法/変身時は杖を媒体とする
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