※この節には残酷描写が一部含まれます。
エク島から戻って数日後、マリアから布袋を受け取って帰宅。ソファーに腰掛け、袋からある布地を取り出した。
それは、丁寧に折りたたまれた黒マント。かつてアリスが隠密行動をする時に使ったものと酷似しており、顔を隠せるようフードも取り付けられている。
「俺も、これを身につける時が来たか……」
もし俺がこのマントを羽織るときは、違う名で過ごさねばならない。それがマリアとの約束だからだ。
『ミュール島の連中は、今も魔族を嫌っている。もし俺がそこにいると判れば、間違いなく摘発するだろう。それでも、彼女を一人にしたくない』
『…………あなたがそこまで言うなら、止めはしないわ。その代わり、無事シェリーと一緒に戻ってきなさい。あの子に何かあったら承知しないから』
エク島へ向かう前、俺は自分の意見をマリアに押し通した。彼女はきっと呆れただろうが、それでも俺がシェリーに付き添う事を了承してくれたのだ。
シェリーの幸せは俺の幸せでもあり、隊長としての責務でもある。
ミュール島の事を考えると重圧に押し潰されそうだが、その度に『大丈夫だ』と自分に言い聞かせてきた。
「いざという時は、親父の力がある。それまでは……“アダム”として振る舞えば良い」
アダム──それがミュール島での偽名だ。日中でもこんなマントを被れば注目を浴びるだろう。けど、角を隠す魔法など持ち合わせていない以上は致し方あるまい。まあ、隠者という存在はありふれているから、後は寡黙に徹すれば問題無いはずだ。
アリスはどういう気持ちでこれを被り、俺に会いに来たのだろうか……。
ふと考えがよぎった刹那、意識がある映像を呼び覚ます──。
その粗雑な寝台の上で、一人の女が仰向けになっていた。乱れた銀髪に、無惨に引き裂かれた白のドレス。長剣が突き刺さる胸元からは、鮮血がドクドクと溢れ出す。
彼女の顔は何処かで──いや、何度も幾度も見てきたはずなのに、それが誰だか思い出せずにいた。
『アレッ……クス、さん……』
女が名前を呼ぶ。それも──聞き覚えのある声で。
『おい、────!!!!』
嘘だ。
『私は……もう、生きたって……』
ウソだ。
『バカ野郎!! 俺を置いてったら一生恨むぞ!!!』
『知って、ますわ……。ですが……』
うそだ。
『生まれ変わったら……次、こそは……』
んなの……夢に、決まってるだろ!!!
『必ずお前を助ける! だから、んな事──ッ!!』
俺の手を包み込む温もりは、
するりと
滑り落ち───
「違う! 違う違う違う違う違う違う!!!」
あの女は、そんな末路など迎えちゃいねえ。
旦那と普通に生きて、普通に歳を取って死んだんだ!!
ああ、きっと暑さでどうかしてるだけだ。勿論、この頭痛だってな。
考えただけで、吐き気が込み上がってくる。水瓶を取りに行くのすら億劫だった俺は、思わず治癒薬のコルク栓を抜いてしまう。薄緑色の液体が喉を通ると、口の中は僅かな苦味で支配された。
「……んな事、考えてる場合じゃねえ」
俺はナイトテーブルに置かれたシェリーの写真を手に取り、親指でなぞる。写真の中の彼女は、決して俺を気に留めはしない。けれど、そんな事は今となれば大した問題では無かった。
「俺たちの幸せを奪おうってなら……何もかもを棄てて、本当の悪魔になれる」
そして翌日。
俺は彼女と共に、約束の地へ向かう事となる──。
(第一節へ)
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