「アレックスさん……さようなら」
白銀の長い髪をなびかせ、蒼く大きな瞳を持つ女は唇を震わせた。
俺のほうを振り向くと、白いワンピースとまっすぐな髪がふんわりと揺れる。片手を胸に当てるのは、いつもの癖だ。
彼女の近くには、年季の入ったドアがある。
「もう行ってしまうのか?」
「はい。そろそろ彼らが探す頃ですから」
窓から差し込む茜色の光。それは傷み切った木の壁やら床やらを照らしたが、今はどうだっていい。
下がった眉、瞳から溢れる雫、そして無理やり引き上げた口角。そんな彼女がまぶしかったから。
悪魔が神にすがるのもなんだが。今すぐこいつを闇で隠し、もう一度俺の腕で抱き寄せたい。それができたらどんなに幸せなことか。
俺は、古いベッドの上から見送ることしかできないというのか? 受け止め難い現実が近づくほど、彼女から目を逸らしたくなる。
白いシーツを無意味に見つめていたはずが、徐々に滲んだ。
見るなよ。
見てんじゃねえよ。
俺の無様な姿を見て、勝手に泣いてんじゃねえよ。
「……さっさと行けよ、この……バカ女……」
お前の顔なんか、もう見たくねえんだ。
「言われなくても、わかってますわ……!」
なら早く消えてくれよ。
こっちはもう胸が痛いどころじゃねえんだ。
「あなたのそういうところ、大嫌いですもの!!!!!」
ああ、それで結構さ。
ドアが強く閉ざされる音。
脳裏にこびりつく、涙まじりの怒声。
忙しない足音が、
遠のいていく。
「……なんで……なんで俺は悪魔なんだよ!!!!」
こんな辛い想いをするくらいなら。
親父からもらった力も、
俺という存在も、
何もかもいらねえ。
天井の一角に張られた蜘蛛の巣。
こんなグロテスクな模様を見つめたって無駄だ。
あの雪のような肌とかさ、
柔らかな感触とかさ、
甘い吐息とかさ。
忘れられるわけねえだろ。
だいたい俺たちの関係なんて、一騎討ちだけで終わるはずだったんだよ。
それなのに……いつの間にか劣情が抑えきれなくなって。
美味そうに飯を頬張ってたお前の顔だって、俺への想いを詠う声だって、
全部ぜんぶ俺のモノにしたかった。
ああ! クソったれが!!
こんなことなら、お前なんかと会わなきゃよかったよ。
「……『お幸せに』なんて言えるか、バカ野郎」
俺は腕を瞼に押し当て、先までの刹那を思い返すことしかできなかった。
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