騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第八節 灼熱の激闘 ~好敵手~

公開日時: 2021年9月20日(月) 12:00
文字数:6,120

※この節には残酷描写が含まれます。

 円形を成す、広々とした最上階。茜色の天井は六本の石柱に支えられ、この位置からえんの都を一望できる。しかし、魅力とされるカラフルな街並みは既に暗闇に溶け込み、秋風が熱気を運んできた。柱に掛けられた松明は強い光を放ち、全容を照らす。床に描かれた炎の模様──すなわち焔の紋章は、此処が神殿の中枢である事を教えた。


 正面奥に佇む焔神えんしん像の胸元には橙のオーブが埋め込まれているが、まずは手前にいる敵を倒さねばならない。額に深緑のバンダナを巻き、茶髪を無造作に逆立たせる大男。身長二メートルを超えるであろう彼は、三日月のような刀を握りしめていた。

 俺と目が合うや、無精ひげに包まれた彼の顎が動き出す。


「よく来てくれたなぁ! オレが遊びたかった相手はこいつなんだよ。人呼んで、“ほむらのロジャー”。てめぇが大悪魔ヴァンツォのせがれなんだろ?」

「いかにも、俺がアレクサンドラだ。お前と手合わせしたかったぜ」


「へへ、乗り気なのは嬉しいねえ。これは一対一の真剣勝負。例の力は使うなよ?」

「勿論だ」


 ロジャーが『真剣勝負』と言った時、俺の後ろを歩く花姫フィオラたちが足を止める。俺が彼との間合いを取ると、一時いっときの沈黙が流れた。


 そよ風の音すら失われ、互いの息遣いだけが聞こえてくる。

 そんな中、地面を蹴るタイミングはしくも重なった。


「るぁぁぁあああああ!!!!!!」

「その意気だ!! かかって来いやァ!!」


 互いに駆け寄り、刃先がぶつかり合う!

 隙を見つけて振ろうとも、金属音がそれを遮ってきた。


 にしても、随分と余裕そうな笑みを浮かべてやがる。それでいて曲刀に圧を加えるのだから、こちらは文字通り“真剣”にならざるを得ない。


「いいねいいねぇ! 『オレを倒す』って目つき、最高だァ!!」

「当然だ! それが俺の使命、だからな!!」

「そういう男は嫌いじゃないぜェ? ひゃっはァ!!」


 でも、ここまで高揚感が湧くのはいつぶりだろうか。祖国ここに戻って初めてデュラハンを倒した時以来かもしれない。

 払っては守り、守っては払う。流れるように剣を振り回した時の事だ。


「ふんっ!!」


 俺の剣が弾かれ、くうを切る音がつんざく!

 思わず仰け反ってしまった時、彼が主導権を握る事となる──!



「おらおらおらおらおらおらおらおらァ!!!!! てめぇの力はそんなモンかァ?? あぁ??」



 何だこいつ!? 刃先で守るのがやっとだ……!

 彼の動きに無駄が見られず、視界に残像が広がるばかりだ。


 それでも、この目で実像を捉えてみせる!

 だが、彼はその瞬間すらも見抜いていたようだ。


「おらよっ!!」

 ロジャーは踵を上げ、俺の腹部に衝撃を与える。


 自分の身体が、後ろへ飛んでいく──!

 いや、まだだ!!


「はっ!」


 即座に受け身を取り、右手にせい魔法を宿す。

 ロジャーも刃に炎を宿すことで、次は魔法の合戦が始まった。


氷霧ネヴィッシモ!」

炎幕フィテンダ!」


 干渉かよ!? 俺が放つ冷気の霧は、視界に広がる炎によって打ち消される。

 彼が鼻を鳴らす一方、汗が俺のこめかみを伝った。


「はっはっは、ありきたりな戦法は見飽きたよ。せっかく殺り合うんだ、オリジナリティが欲しいねぇ」

「畜生、どうすりゃいいんだ……!」


 俺が持つ清魔法は、ウンディーネの好意で授かったものに過ぎない。そんな女神の恩恵があってもなお敵わないと云うことは、俺の実力不足なんだろう。

 悔しいが、その事実を認めざるを得ない。己への苛立ちが込み上がるが、敢えて笑顔を見せるとしよう。


「良いねぇ、何事も笑顔が一番さ!」

「当然だ! 美女たちにカッコ悪いとこは見せられねえんでね!」


 あいつは明らかに本気を出していない。それは『呼び覚ましていない』と云う意味では俺も同じだが、実力は桁違いだろう。


 だが、それも一興だ。

 身体を前進させ、呑気な男の胸へ切先を向ける!


 無論、結果は変わらなかった。

 剣撃を弾く音が、無慈悲さを物語る。


「オレみたいにセオリーを破ってごらん? そうすりゃ見えてくるだろ?」


 まずい、完全に相手のペースに呑まれちまってる。

 落ち着け、アレクサンドラ。刀を振り上げた時がチャンスだ!


「はっ!!」


 長剣に力を込め、ロジャーの攻撃を跳ね除ける。

 一瞬彼が怯んだように見えたが、すぐに体勢を持ち直したようだ。


「見損なったぜ、アレクサンドラさんよぉぉ!!」


 声が聞こえるのに、消えた……?

 一体な



「魔界に戻って、出直してきなァァア!!!」



 背後から身体を掴まれたと思いきや

 床へ投げ出される


 何が起きてるのかよくわからなかった。

 気が付いたときには……石造の地面が俺の背を叩きつけたのだ。


 背中が灼けるように痛い。それでも起きろ、俺! でなければ、このまま殺されるやもしれんぞ……!

 起き上がろうとしたとき、曲刀の切先が俺の鼻に迫る。


「さあ立て。三秒以内に起きなきゃ首を突っぱねるぞ? いーち、」

「やらせるかよっ!」


 刀が俺の顔から離れた瞬間、腹筋に力を込めて立ち上がる。先程の激痛で体力を奪われたが、此処は押し殺さねばならない。


「さぁ! オレを殺す気で挑めぇぇ!!!」

「言われなくとも! うぉぉおおぉおおお!!!!」

「もう見ていられないのです……わたくしが援護を!」


 長剣と曲刀が幾度も交わり、火花を散らす。そんな中、後方に立つエレは美しい声を以って魔法を謡い始めたようだ。

 その唄は俺の身体を軽やかにするもので、今ならどんな剣舞も躱せる自信がある。


「あのエルフ、良い声してるな……。あれが世界を渡る吟遊詩人だろ?」

「やめとけ、色目使ったらマジで火傷するぞ」


「よし、決まったァ! てめぇを破ったら次は彼女だッ!!」

「人の話聞いてるのかよ!!」


 なぜ戦闘中にこんなやり取りをしなければならんのだ……! しかし、こんな会話をするくらいには余裕なのだ。今なら不意打ちだってできそうだぜ。


「そこだ!」

 細剣のごとく、ロジャーの脇腹を突こうとする刹那──


「甘ぇな!!」

 刃に絡む焔魔法が俺の全身を焦がす!


「うあぁぁぁあああ!!!!」


 灼けるような熱さはほんの一瞬。しかし、骨にまで及ぶ痛みは俺の体勢を見事崩し、前に倒れるほか無かった。

 そこへ唄をやめたエレが駆けつけ、俺を仰向けにさせる。


「アレックス様! しっかりなさって!!」

「ごめんな、お前が補助してくれたってのに……」


 思ったほか言葉を放つのに精一杯だ。口を開けられるものの、声がなかなか出ない。


「そんなことは言わないでください! ……こうなったら、わたくしがあの男を倒してみせるのですから!!」

「おい、何を言って……!」


「もう喋らないで。あなたは此処で死ぬべきではありません」


 エレと入れ替わるように近寄ったのはシェリーだ。彼女は霊術を掛けるべく祈りの姿勢を取るが、ロジャーはこの状況にすぐ気づいたようだ。


「すまんねェ。これも仕事なんだ」


 ロジャーは片手を掲げ、炎に包まれた巨大な槍を具現化させる。

 筋骨隆々な腕を振り下ろし、鋭利な存在がこちらに迫りくるが──。


深風斬ヴァランティモ!!!」


 エレの両手から放たれる、複数の風の刃。それは槍を確実に捉え、粉々にしてみせた。それでもこの大男は相変わらず笑うだけで、あの凌ぎも判り切ってるようだ。

 一度は霊術の発動を中断したシェリーだが、冷静に再開した様子。このおかげで俺の火傷は大まかに癒えたものの、ロジャーは誰かの乱入を許さないでいる。


「はっはっはっは、じゅ魔法で対抗するたぁ面白いねェ。盛り上がってきたぞォ!!」

「……絶対に諦めないのです。アレックス様を傷つけた男なんかに!」


 じゅの射手が手にするのは大弓──ではなく、ダガーだ。かつて彼女はオークに捕らわれるも、護身用のそれを以って切り抜けたと云う。そんな彼女が柄を握り締めると云う事は、相応の覚悟を持ち合わせている証だ。


「大丈夫、この身体がどうなろうと……!」


 息を大きく吸い、自己暗示するエレ。

 今、疾風の如く駆け抜け、銀の刃を唸らす!!


「はぁぁぁぁああああああぁぁぁ!!!!!!」

「良い威勢だぁ!! どこぞの隊長と大違いだ!!!」

「あのお方は! あなた様が思うほど弱くないのです!」


 ……なんて凛々しいんだ。彼女の並々ならぬ気迫には、心を揺さぶられずにはいられない。強大な敵に抗う彼女は、どんな星々よりも美しかった。

 華奢な身体を活かし、幾重もの軌道を描く。その様は、ロジャーの構えを確かに崩した。


「えいっ!」

「ぐぬぅ!」


 エレはダガーを振り上げ、ロジャーの腕に傷を刻む! さすがの彼も予想外と思ったのか、片膝をついていた。

 彼女が追撃を加えようとしたとき、ロジャーは刃を掴むことでを阻止。彼の左手からは血が大量に溢れていた。


 息が乱れる二人の間で、張りつめた沈黙が流れる。


「なかなかやるじゃねぇか……あのダークエルフの姉なだけあるな」

「そんなこと言われたって、嬉しくないのです」

「ははっ、強ぇ女だ。……けどよぉ!」


 ロジャーの手中にある刃が突如燃え盛り、エレが慌ててを手放す。

 彼は右手に曲刀、左手にダガーを持って立ち上がる格好となった。


 そして──。


「おらぁぁぁあああ!!!!」


 二つの刃を交差させ、炎の残像でエレを弾き飛ばす!


「きゃぁぁあああ!!!」


 エレの身体は奥まで吹き飛び、柱に打ち付けられる。その衝撃で亀裂が走り、彼女の背からは引きずるように血が流れだした。


「エレ!」

 マリアが駆けつけようとしたとき、ロジャーは阻むように炎の壁を作り出す。


ようの剣士さんは何処にいるんだい?」


 じりじりと近づき、花姫たちを舐めるように見渡すロジャー。本当ならフォローしたいが、下手に動けば彼女らが危害を被るかもしれない。

 彼が求める陽の剣士は今、女王の肉体に在る。しかしこれまでのように剣を握れない本人は、足が棒のように動かないでいた。



「ここはあたしが出るわ」



 剣士の肉体を持つ女王が粛々と声を上げる。マリア──いや、アンナが地を踏みしめた時、ロジャーはエメラルドの瞳で彼女を見遣った。


「あの蛇男から聞いてるさ。てめぇらが『入れ替わった』とな。だが、オレはそれで手加減する性分じゃねえんだ」

「別に気遣わなくて良いわよ。この身体はあたしのものじゃないけど、接待は苦手なの」

「なら話が早ぇ」


「マリアさん……!」

「……この戦いであなたの身体を壊したら、片目をあげる。そう約束するわ」


 アンナの静かな声音から決心が窺える。彼女が拳を作ると、ロジャーも曲刀をしまいだした。


「あら、銀月軍団シルバームーンの一人にしては律義ね」

「何事も互角が面白れぇからな」


「あの男、何故この状況を愉しめますの……!?」

「あれが強さの証だからだ。きっとあいつは、俺たちと戦うためだけにジャックのもとにいるに違いない」

「そんな理由で皆さんを傷つけるなんて……許せませんわ」


 シェリーがヤツを睨むのも無理もない。俺自身、あの手の野郎と戦うのは嫌いじゃないが、経験に乏しい彼女らからすればただの戦闘狂だろう。いや、俺から見ても戦闘狂だとは思うが。


 アンナとロジャーが構えを取ると、熱を帯びた風が勢いを増す。

 向かい風に逆らうかの如く、ロジャーはアンナに迫った!


「いっくぜぇぇえぇぇえええぇぇ!!!!!!」

「望むところよ!!」


 ロジャーの拳をまともに喰らえば、アンナは破顔される事となろう。

 だが、彼女は横ステップで回避し、回し蹴りを決める。ここまでが一秒間の刹那であり、瞬きする頃には新たな攻防が繰り広げられていた。


「てめぇとの戦いも、刺激があって楽しいぜぇ!」

「こんな時によく言えるわね!」


 ロジャーが蹴りを繰り出す一方、アンナは軽快に躱していく。もし他のエレメントも操ることができれば、依り代との相性は抜群と云えるだろう。

 勿論、そこで押されるロジャーではない。アンナに何度も不意を突かれる彼だが、苛立つどころか笑顔を崩さないようだ。


「オレも少し本気を出そうか」


 ロジャーが呟く矢先、アンナが屈んで足払いする。しかし、翼を持たないはずの彼は無言で高く跳躍し、流星のように突進してきた。


「ひゃぁぁ!!」

 重力が乗った拳はアンナの胸元を突き、彼女を後方へ吹き飛ばす。その時、アンナの鼻から紅い飛沫が舞うも、ロジャーが気に留める事は無かった。


「確かにてめぇは強い。でも、それもお見通しだぜぇ!」


 ロジャーは宙に浮いたアンナの片足を掴み、横軸に一回転させてから投げる。アンナが甲高い悲鳴を上げる中、女王の側近アイリーンが真っ先に駆けつけた。


「陛下!!!!!」


『当面はに名を呼ぶ』はずが、思わず本来の名を口走ってしまったのだろう。アイリーンはアンナの身体をしかと受け止め、不安げな様子で肩を揺さぶる。


「あたしは、大丈夫よ……!」

「……よくも陛下を!」

「これが戦いってもんだ。文句がありゃ、かかってきな」


「お待ちなさい、次は私が!」


 とうとう、俺の隣に立つシェリーがロジャーに仕掛ける。両手には二丁の魔力変換銃。ロジャーは鋭い眼差しで銃士を捉えると、すぐさま曲刀を引き抜いた。


「てめぇ、ただでさえ苦労してんだろ? オレと戦うからにゃ、霊術は抜きにしてもらおうか」

「元よりそのつもりですわ。いきますっ!!」


 シェリーは拳銃で光の弾幕を張り、ロジャーの行く手を阻む。のらりくらりと隙間を縫う彼に対し、彼女は可能な限り乱射し続けた。

 それでもシェリーの必死は叶わず、精彩を欠いていく。しまいには苛立ちを覚えたのか、珍しく愚痴をこぼし始めた。


「ああもう! なんで当たらないの!?」

「おいおい。そんなにイラついてちゃ、綺麗な顔が台無しだぜ」


 ロジャーが半歩進んだとき、シェリーは急きょ拳銃を宙へ放り投げる。銃たちは意志を持つように惹かれ合い、大口径の散弾銃ショットガンへと変形させた。

 ショットガンがシェリーの手元に落下すると、彼女はロジャーの顔に向けて光弾を発射。


「うおぉ!?」


 咆哮と共に光弾が広がり、茶色い毛束を撃ち抜く。ロジャーは少し驚いたようだが、距離を詰めることに成功してしまった。


「来ないで!!」


 ショットガンを片手に持ち替え、彼の脇腹に風穴を開ける!

 ロジャーは口から血を吐き出すが、それが接近をやめる理由にはなり得なかった。


 彼女は襟を掴まれ、宙へ放り投げられる。その隙にロジャーは火球で追撃し、いとも容易く火だるまに仕立て上げた。


「あぁぁぁああぁぁあ!!!!!」

「シェリー!!!」


 全身を焼かれ、床上でのたうち回るシェリー。

 俺は彼女の元へ駆けようとするが、またしても切先が自身の眼前に在った。


「行かせるわけにゃあいかねえ」


 もはやロジャーの表情に笑顔はない。俺が思わず半歩引いた時、えんの衝撃波が俺の身体を天高く打ち上げた。


 景色が目まぐるしく回転し、三半規管に乱れが生じる。

 そんな中、彼の呟きが耳に届いた。



「ったく、ヘンリーの兄ちゃんと大違いだ」



 何故ここで兄貴の名を……?

 そう思った矢先、はち切れん程の激痛が全身を襲う。


──バシュズシュガシズカドシャァァ!!


「ぐ、あ…………っ!」


 何やってんだ、俺は……。これで二度目じゃねえか……!


 天井からゆっくりと遠のき、背中が床に叩きつけられる。

 鉄のにおいが鼻腔をくぐることで、自身が血まみれであることを報せた。


「遊びはそろそろ終わりだ。今度こそこれで果てなぁ!!」


 ロジャーが武器を投げ棄て、両手を天にかざす。

 だが、炎の渦が手中から生じた時──



 ある少女の怒号が、この神殿に響き渡るのだった。




(第九節へ)






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