騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第三節 Sh. 力になりたくて

公開日時: 2022年1月20日(木) 12:00
文字数:3,575

 ──ティトルーズ城、マリアの部屋。


 フィオーレから城まで全速力で駆けたせいで、呼吸などできやしない。でも、マリアとアイリーンさん達が私をベッドに運んでくれたおかげで何とか呼吸が整った。


「シェリー様……! 大丈夫なのですか!?」


 エレさんを始めとした花姫フィオラたちは、天蓋付きベッドを囲う様に集まっている。その中に、さっき清の都ウンディーネで会ったベレさんの姿もあった。

 私はゆっくりと上体を起こし、彼女らの方に目を向ける。


「ありがとうございます、ご心配をお掛けしましたわ。それで、皆さんに大事なお話がございますの」


 誰もが私を真摯な眼差しで見つめてくる。自分で切り出しておきながら、この張り詰めた空気に圧し潰されてしまいそう……。

 だけど、きちんと話さなきゃいけない。私のせいで過ちを冒した事も──!


「あんたがヴァンツォを撃った末、竜人アリアに捕まった事は既に話してある。だから、ヴァンツォとせいの神殿に行った時の事を話してくれ」

「わかりましたわ」


 ベレさん……。私には当たりがキツいけど、本当は気配りができる人……なんだよね。

 皆の目を見て話すのは辛くて、反射的に目線を落としてしまう。それでも彼女に助けられた私は、言葉通り神殿での出来事を明かす必要があった。


せいの神殿には、魔物が棲んでいたのです。それも、清神ガニメデ様の加護を破る程の邪悪な……。私がオーブを回収した後、警備をして下さったアレックスさんはクラーケンに呑み込まれてしまいましたわ。あまりに突然でしたので、霊術を使う余裕も無かったんです。銃もジャックに奪われてしまいましたから、何のためにこの力があるのか──」


「シェリー。もしボクがキミだとしても、同じようにすぐ動けなかったと思う。だって、加護があれば普通は近寄れないんだから!」

「アンナの仰る通りです。しかしそれは、銀月軍団シルバームーンを超える存在がこの世を徘徊している証ね……」


 アンナはこんな私を励まし、アイリーンさんは顎に指を当てて考え込む。アイリーンさんが「まずは続きを」と尋ねてきたので、記憶に在る限りの事を話した。


「あの方に『早く逃げろ』と言われるがまま、ガニメデ様に乗って逃げるしかすべがございませんでした。それで清の都ウンディーネから城下町フィオーレまで馬車で向かい、途中ジェイミーさんに助けられて今に至ります」


「ジェイミーは何て?」マリアが尋ねる。

「私には行き先を明かしてくれなかったよ。でも、何となく虫の居所が悪そうだった」


「ボクはあの人と時々出かけるから判るけど、ジェイミーはちょっとところがあるんだ。本当は秘密主義っていうか……」

「……とにかく、あなたの状況は判ったわ。あまり時間が無いから、あたし達の近況も伝えるわね」


 マリアによると、私が捕まっている間にこんな事があったらしい。


 霊石を封印された花姫たちは、急きょ城内にかくまって訓練を重ねていたらしい。それも、開花に頼らないための模擬戦闘だ。

 その期間中も魔物がいなかったわけじゃない。アイリーンさんはマリアを護り、アンナはエレさんや騎士団と一緒に魔物を討伐する事があった。幸い大した敵じゃなかったけど、彼女らは魔法や飛行手段を使えなくて苦労したそうだ。


「皆さん、私のせいで申し訳ありません……」

「己を責めるのは後にしな。それに、うちも話したい事がある。──ヴァンツォが天界に行く事を考えてるそうだ。あの感じだと、ルーシェと話がしたがてったね」


「天界? あそこは亡霊と神しか棲めない場所よ。それに、『お嬢様や陛下のような存在でなきゃ容易に往来できない』と聞いてるわ」

「アレックスは、ジャックの蘇生魔法を受けたせいで不死の薬イモータリタには耐性があるはず……。そのためには“心映しのレンズ”が不可欠よ」


「心映しのレンズ?」

 私が聞き返すと、アイリーンさんがこちらに向き直り淡々と説明してくれた。


「天界を往来するにあたり、守護者は来訪者の人格を見定めます。あちらでは魂を扱いますので、不死でない者が安易に行けば命を落とすおそれがございます。ロクに徳を積んでいない者なら尚更ね」


「つまり。聖人である事が大前提で、不死の存在は保険……って事か?」

「そういう事になるわ。大魔女アルディの魔法専門店に行けば確実に手に入るでしょうけど、お店自体はリタ平原より南にある──此処は花姫の誰かが行った方があの人も理解できるかもね。あたし自身が行っても構わないけど、今は開花も儘ならないからね……」


 そういえば、デルフィーヌ・アルディさんの話はまさにマリアから聞いた事がある。

 五大元素を操れるアルディさんは、知識が豊富だけどとても気難しい人。冷やかしに来る人は勿論、生半可で魔術を学ぶ人がとにかく嫌いなんだっけ。


 マリアはアルディさんと知り合いだから、行くことを望んでいる。でも彼女に何かあれば、本当に国が滅んでしまうかもしれない。……だとすれば、答えは一つだ。


「マリア、私が行くよ」

「待ってください! これ以上シェリー様に負担を掛けるわけには──」

「そうだよ! どうしてボクたちに頼らないの?」


「エレさんとアンナの心遣い、とても嬉しく思います。ですが、今のあなた達は国のかなめ。此処は、結成時から所属する私が行くのが筋ですわ」

「シェリー……」私に近寄り、手を握り締めるマリア。


「あなたに押し付けるあたしを許して。開花できないのはあなたも同じ。購入費と交通費の支援に加え、衛兵二人を手配するわ」

「ありがとう。マリアは私の事など気にせず、自分の責務に集中して。アレックスさんを二度も撃った過ちを、これで拭えるとは思えないけど……」




 ~§~




 マリアの部屋で開かれた軍議は終わりを迎え、私たちは借り部屋で眠る事に。その間、マリアはフィオーレ銀行バンコの上層部に急きょ小切手の発行をお願いしたそうだ。

 私が小切手を受け取ったのは翌朝の事。それとは別に交通費を受け取ると、衛兵を務める二人の男性に挨拶をした。……のは良いんだけど、いざ大金を抱えるとなると緊張しちゃう……。


「それではお嬢様、始発へ向かいましょう」

「私たちがお守りします」

「感謝しますわ」


 ラピスの月なだけあって、朝は酷く冷える。朝食を済ませて花姫たちに見送ってもらった後、リタ平原を経由する蒸気機関車に三人で乗り込んだ。アルディさんのお店はリタ平原より南、つまりへプケンに近いところだから『ちょっとは暖かい』と信じたい。


「ふう……」


 座席に背中を預け、小さな窓辺の景色に目を向けてみる。闇が残る空の下、チョコレート色に染まる山には、パウダーシュガーが掛かったように雪が積もる。確か此処は、夏になると向日葵がたくさん咲いてたっけ。

 思えば、アレックスさんと一緒にこの景色を眺めてたよね。せっかくあの人が別れ話を消してくれたのに、もう遠い昔のように思えてくる……。


 もしあの人が先立てば、私は永遠にこの世界で留まり続けるでしょう。

 その時も、こうして過去に浸っているかもしれない。何十年も、何百年も……何億年も。


「せめて今は、無事でいて……」


 いつの間にか景色から目線を逸らし、心を落ち着けるように両手で胸を抑えている。

 大丈夫、アレックスさんについては騎士団たちが探してくれている。昨晩のうちにフィオーレを離れたって云うし、今ごろ清の神殿周辺を捜索中のはずだわ。


 本当は私も行きたいけど、今は彼が果たそうとしていた事に集中しよう。そうすればスムーズに運ぶでしょうし、あの人も安心してくれるかもしれない……!

 再び流れる景色に目を向けると、左斜め前から紳士的な声が聞こえてくる。


「ヴァンツォ殿は、数百年もの間死地を乗り越えてきた御方。あの蛇男なんざに殺される程、軟な男ではありますまい」

「……そう、ですよね。私ったら、どうして彼を信じられないのでしょう……」


 そこに腰掛けるのは一人の衛兵。もう一人はというと、私たちに背を向けるように通路側で警備をしてくれている。

 私の前に座る彼は、おそらく五十代半ば。ピンと伸ばした背筋に温かな笑みは、ベテランの風格を漂わせる。


「無理もございません。我々人間にとって、銀月軍団は脅威である事に変わりありませんから。その一方で、ヴァンツォ殿は魔界から舞い降りた悪魔。疑う者もいますが、『愛を知った彼の強さは破格』と云われております。……まあ、最後の言葉はランヘル殿の受け売りですがね」


 この人の言葉に、嘘が微塵も感じられない。やはり王家に仕えるだけの事はある方だ。

 確かに、マスターからは『アレックスさんは随分とだった』と聞く。……戦いに留まらず、女性関係についても。


 アリスわたしが死んだ後、あなたはどれほど戦いをくぐり抜けてきたというの? きっと、想像を絶する事も経験したはずよね……。



 だから、アレックスさん……いつか私に話してくれませんか。

 あなたが経験した喜びも、悲しみも──憎しみも全て。



 そう思いながら、暫く機関車に揺られていた。




(第四節へ)






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