騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第二章 美しき花々、暗雲の下で咲く

第一節 初めてのランデヴー

公開日時: 2021年2月1日(月) 12:00
更新日時: 2021年3月10日(水) 15:57
文字数:4,762

【前章のあらすじ】

 へプケンに所属する悪魔騎士アレックスは、ルドルフ皇配の勅命によりティトルーズ王国へ帰国した。純真な花ピュア・ブロッサムの隊長に任命された彼は、行きつけの酒場ランヘルで看板娘のシェリーに一目惚れ。しかし、デュラハンの襲撃により彼女もまた隊員の一人――すなわち花姫フィオラであることが判明。国王マリア、メイド長アイリーンらと共にあらゆる魔物の掃討に成功した。

 やがて吟遊詩人エレと出会ったあと、彼女はじゅの花姫として覚醒。隊員たちと共に会食を行ったあと、アレックスはシェリーと一緒に帰る。そんな中、彼は逢瀬の約束を取り付けることに成功したが――。


・フジッリ:螺旋状のショートパスタ。

 シェリーを家まで送った日は色々あったものの、街を案内してもらう約束は取り付けられた。今日はその日……つまり、デートと言ってもいいのだろうか?


 此処はフィオーレの中心地である噴水広場だ。石で造られた巨大な噴水が堂々と設置されていて、あらゆる建物が囲うように並ぶ。中心の銅像は、ティトルーズ初代国王を模ったものだ。髪や髭を一本ずつ再現するほか、服のシワも描き出す辺り職人の魂が感じられた。彼の周囲は獅子や虎など獣たちが守るように座していて、大きく開いた口から水が噴き出される。


 その噴水の近くには、背を向けるように木造のベンチが数基置かれていた。俺は国王の眼下にちょうど収まる位置に腰を下ろし、背中から感じる微かな冷気に身体を預けることにした。幸い今日も良い天気だ。見上げなくても、この空が如何に青々としているかわかる程に。


 とりあえず背もたれに寄りかかっていると、ジャケットのポケットに手を突っ込む金の短髪男が視界に飛び込んてきた。その男が近づくにつれて、俺に用があることを悟る。


「ちーっす。何、デート?」

「ご名答……って、ジェイミーじゃねえか」


 彼はだるそうに片手を上げると、何の断りもなく隣に座ってきた。脚を組む辺り、居座りそうな予感しかしない。もしかしてか?


「幸せそうでいいねー」

「お前は連れてかないからな」

「知ってるよ。ところで、例の彼女と上手くいってんの? ストーカーくん」

「アレックスだ」


 前も似たやり取りをしたよな? これ、シェリーに聞かれてたら笑いごとじゃねえぞ……。


「茶化しに来たのか?」

「違うって。あんたが妙なことしないか心配してるだけ」

「それを『茶化す』って言うんだよ」


 あーーーーーー!!! 早々めんどくえええええ!!!!!!

 せっかくのデートってのに、なんでしょっぱい寸劇をやらなきゃいけないんだよ!


「疲れるからお前の事ぶっ飛ばしていいか?」

「わかったわかった、ちゃんと呼ぶから」


 やっとわかってくれたか……。とりあえずこいつの質問に答えてやろう。


「こないだ家まで送る日があったんだよ。で、俺が彼女を『綺麗』つっても信じてくれないもんだから、つい勢いで壁へ追い込んじゃって。そしたら家に誘われた」

「マジ!!? はやくね!?」

「おい、声でけえよ」


 どうしてくれるんだよ、周りがジロジロも見てるじゃねえか。


「で、たんでしょ?」

「してねえよ」

「え、行ってないの?」キョトンとした表情で尋ねてくる彼。


「彼氏のことまだ引きずってるらしいし」

「いや、そこは押そうよ! あんた、あれだけ写真を求めてきたじゃん。壁ドンもしたんでしょ? 俺様ならそのまま行くけどねー」


 確かにそうなんだけどさ。隊長という使命も抱えている以上、迂闊に手を出せないんだよ。ちなみに俺が純真な花ピュア・ブロッサム隊長であることは彼に話していない。

 ちょうどその頃、白いワンピース姿の少女が落ち着いた調子で此方へ向かってきた。足首までのスカートと蒼く長い髪を揺らす正体は、シェリーとみて良いだろう。


「来た」

 俺が知らせると、ジェイミーがだるそうに立ち上がる。


「じゃあこの辺で退散するよ。進展あったら教えてくれ」


 そうして彼はシェリーと入れ替わるように去った。俺は俺で『彼女に会話を聞こえてないか』という不安を隠すべく、左手をズボンのポケットにしまい込む。


「こんにちは。あの、待ちました?」


 笑顔で一礼し、首を傾げるシェリー。肩や胸元を魅せる花柄のレースは、女性らしさを強調させる。一方で(俺のように)無粋な男の目に留まれば、その下の素肌を必然的に想像してしまうのだ。

 それでも俺は沸き上がる情欲を抑え、紳士らしく振舞うことに努める。


「どうも。来てくれてありがとう」

「いいえ、私こそ先日はありがとうございました。せっかくですから、まずは戦闘に必要な店から回りましょうか」

「よろしく頼む」


 振り向きざまにこちらを見つめる様子、どこか懐かしい感じがするのは気のせいだろうか。

 その細い腰を今すぐに抱きしめたい。そんな邪念を押し殺しつつも、スカートが揺れるほうへ付いて行った。




「まず、こちらが武器屋ですね。かなり評判の高いお店ですの」


 開放された二枚扉の先に見えるのは、何本も飾られた剣と槍の壁。ちょうど無人であるこの店で、カウンター越しの中年が暇つぶしがてら武器の手入れをしていた。中が広く見えるおかげで、試しにを握る余裕はありそうだ。


「もちろん武器だけでなく、防具も売っていますわ。必要な時は此方に立ち寄ることをオススメします」

「そうだな。今度立ち寄ってみよう」

「ええ。次は鍛冶屋へ行きましょ」



 こうしてシェリーは、俺が寄りそうな店を丁寧に紹介してくれた。まだ会ってからそんなに経ってないのに、俺の好みをことごとく当ててくる。ったく、こんな良い女を手放すバカがどこにいるんだよ……。


 そんな中、街の連中が俺らを見てヒソヒソと囁く。


『あの二人、お似合いね』


『やっぱシェリーちゃんはモテるな』


『くぅ~~~あの子の彼氏になりてぇ~~~』


 やはり彼女は高嶺の花のようだ。

 だが……ひとつ残念なのは、この隣にいるヤツが俺の恋人オンナじゃないということ。心は未だあの銀髪男ジャックのモノらしいし、本当に手に入れられるかも怪しい。


「こうして男の人と歩いたのは、とても久しぶりです」

「ウソだろ?」

「本当ですよ。もう三年ぶりですわ」


 シェリーの微笑みはとても美しいが、どこか哀しそうだ。


「その三年もの間、他のヤツらにも声かけられたんじゃないのか?」

「まさか! こんな私には無縁な話です……」

「みんな臆病なだけだよ。お前から動けば、絶対誰かがオッケーすると思うがな」

「『動く』……ですか」


 突如立ち止まるシェリー。どうやら俺がなんとなく言った言葉に引っかかったらしい。


「……やはり『待つ』だけでは、ダメですよね……」

「ああ」

「…………」


 彼女の表情がだんだんと曇る辺り、ジャックのことをずっと待っていたことが窺える。ただ、これ以上は俺が口を挟むべきではないだろう。今の俺は彼女からすればただの隊長だし、そろそろお腹が空く頃でもある。


「そろそろ昼飯にするか」

「いいですよ!」

「飯を食えば気分が明るくなる。こうして案内してくれてるんだ、お前のこと色々聞かせてくれ」

「わかりましたわ。でしたら、私の好きなお店をご紹介します」


 シェリーは周囲の目線に気づくことも無いまま、「あちらです」と曲がり角を指差す。その道を歩けば歩くほど人の気配が薄まり、やがて物静かな街並みへと変わった。

 その中で佇む一軒の店。ワインレッドの屋根と細いフォルムの木、そして白いテーブル席が目立つ其処は小さなレストランだった。真上の太陽は例外なく街を照らすものの、屋根のおかげで丸テーブルの上にはまばらな陰がある。


 運の良いことに、ウェイターは俺たちをその特等席へと案内してくれた。此処は屋外だが、いちいち誰かが俺たちを見に来ることはないだろう。彼が卓上に木製のバインダーを置いたあと、金具に挟まれたメニューを確認してみる。お互いが見えるようにバインダーを立ててみせるが、彼女はどこか躊躇する様子だった。


「どれにしようか?」

「えっと、実は……」


 シェリーが恐る恐る指を差した先には、『豚肉のクリームパスタ』と書いてある。でも何か違和感があるように見えないし、なんでそんなに怯えるんだ? とりあえず俺がキノコのスパゲッティを頼んだところで理由を尋ねる。すると、彼女はいきなり「す、すみません……」と謝り出してきたのだ。


「私、この店に来たら必ずお肉のパスタを頼んでしまうんです。アレックスさんは、そんな女の子を見たら引きますよね……?」

「ええ?」


 意味が分からなかった。肉を食べる女性に引く男と関わったことあるのか? それとも、ジャックにとか?


「あれ、引かないんですか? 『世間ではモテない』なんて聞いたことありましたけど……」

「むしろ遠慮するヤツは苦手だな。飯ぐらい楽しく食べたいのは、男も女も関係ねえよ」

「よ、良かった……!」


 いったい何処の誰がそんな概念を持ち出したんだ。どうせしょうもないタブロイド紙が煽っているだけだろう。

 シェリーが胸を撫で下ろしていると、先ほどのウェイターが注文した食べ物を運んできてくれた。彼女の前に置かれたのは、薄切りの豚肉が載ったパスタだ。乳白色のクリームが肉やフジッリと絡むことで、調和を成しているのがわかる。一方で、俺は同じクリームと言えども肝心のパスタと食材が異なった。太すぎず細すぎない麺は山のように、てっぺんにはキノコ類が無造作に盛り付けられている。周囲に掛かった粉状のパセリは、この白い山の中で存在感を放った。


「「いただきます」」


 俺たちは両手を合わせたあと、各々の手元にあるフォークを手に取った。矛先を黄色い群れに入れると、軽く回転させて麺を絡めとる。それから小さく細いたけを巻き込んで持ち上げ、口の中へと運んだ。


 ……すげえ、かなり歯応えがある……。しかもクリームはまろやかだし、臭みがない。ティトルーズ王国の主食は、大きく分けてパスタとパンの二種。そこにも拘るか否かで料理の腕や品質が判るというが、此処は間違いなく良い店だ。

 真正面に座る彼女を見てみると、美味しそうに頬を動かす姿があった。その表情はいつぞやのステーキを食べた時と反応が似ていて、とても可愛らしい。しかし、彼女は俺と目が合った途端に逸らしてきた。


「み、見せ物じゃありませんのよ……!」

「もっと自信持てよ。飯食ってるときのお前も可愛いんだから」


 俺はさりげなく口説いてみるのだけど、その言葉が耳に届いてるのかどうかわからない。ただ言えるのは、以前より少しだけ緊張がほどけたことかもな。

 シェリーが平静を取り戻すと、俺にこんなことを尋ねてくる。


「ところで、アレックスさんは肉がお嫌いなんですか?」

「うーん。嫌いってよりも、だ」

「えっ。食べないように、ですか?」

「ああ、ちょっと思い出したくないことがあってな。それに、野菜をよく食うのは両親の影響もある」


「野菜を食べる……悪魔……」

「両親は長いこと人の魂を喰らってきた。ワケあって人間界こっちに降りたとき、野菜の美味さに惹かれてね。以降、今も畑を耕しながら過ごしてるよ」


 悪魔には色んなヤツがいるが、特に親父は人を喰うタイプだ。そんな悪魔が人間界で畑を耕すなんて他に聞いたことないし、戸惑うのも無理もない。

 でも、シェリーは笑わずに話を聞いてくれた。誰よりも真っ直ぐな眼差しで。まだ彼女とはそこまで親しくないけれど、この時だけは旧友同士のような温かい居心地を覚えた。



 レストランでそれぞれの好みを平らげたあと、食後の飲み物が卓上に置かれる。俺はコーヒーで、彼女はレモンティーだ。レモンの輪切りが、紅く透き通った水の上でゆらゆらと泳ぐ。


「マリアちゃんとは長い付き合いなのか?」

「ええ、二歳の頃からの幼馴染ですの。母に花畑へ連れて行ってもらったとき、ちょうど彼女と出会ったんです。それで三歳の頃にはお互いの両親が既に顔を合わせていて。さすがに学校まで一緒ではありませんが、しょっちゅう会っていましたわ」


「これまたすげえな」

「たまに不可解なところはありますが、それでも国民みなさんを想って行動されている方です」

「ちょっと行き過ぎた奴が」

「そ、それはそうですが……」シェリーが顔を赤らめて目を逸らす。


「変だって思うなら、なぜ止めない?」

「うぅ……マリアは強引だからです……」

「嬉しいくせに」

「ち、違います!」


 どもっているが、その実はまんざらでもないのだろう。照れながら怒る彼女もたまらない。ますますいじりたくなるが、これ以上はよしとくか。


 この朗らかな空気を打ち破ったのは、シェリーのある一言だった。



「私には、忘れられない人がいますから……」




(第二節へ)





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