アンナは花姫と共に王城で過ごした末、自宅へと帰還。午餐を忘れ、ある男を思い浮かべていた。
彼の名は“ジェイミー”。男はアンナに想いを寄せるも、未だに成就する事が無かった。
しかし、神は双方に訪れる試練を静観する。
二人を待ち受ける結末は平穏か。それとも────。
窓は快晴を映し、淡い陽光が一つの空間を照らす。
桃色に包まれたその場所は、アンナの部屋だ。随所に散りばめられたレースは空間を華やかに彩り、王城の部屋と錯覚させる。壁際の蚊帳とベッドの正面で佇むドレッサーは、いずれも彼女の潔白さを表すようだ。
共に過ごした友は既にこの場を離れ、王の剣として生きる。半年前はティトルーズの使用人が配置されたが、それも一時的なものだ。こじんまりとした家で暮らすのは、陽の花姫ただ一人。若くして身寄りも無かった。
そんな彼女はベッドに腰掛け、窓を呆然と眺める。翡翠の瞳は青空を映すも、彼女の心を晴らすには至らなかった。
「いったいどうしちゃったんだろう……」
青空に浮かぶ男の横顔。無論、アンナの意識が映し出したものだ。褐色の肌は明朗な印象をもたらすが、青眼に光を宿していない。
ひと月前、彼女はこの男と共に月の都へ赴いた。出来事は互いの距離を縮め、友として他愛ない日々を過ごす。
しかし、今となればそれらは幻に近しい。現実で取り残された彼女は、こうして空を眺めるほか無かった。
「……ねえジェイミー、そろそろ教えてよ」
目頭が熱くなり、視界が滲みだす。堪えんばかりに爪をシーツに喰い込ませ、身をわなわなと震わせた時だ。
鈴を振るような音がけたたましく響き、アンナの身体がびくりと跳ね上がる。発信源は、ベッドの傍に置かれた電話機。小さな棚の上に在るそれは、金属製の受話器を小刻みに揺らしていた。
彼女はすぐさま存在に気づき、ベッドの上からそっと手を伸ばす。受話器を手に取った後、スピーカー部分を耳に当て声を振り絞った。
「もしもし……?」
静寂が再び訪れ、胸の鼓動を高鳴らせる。スピーカーから発せられるのは、馴染み深い男の静かな声だ。
「ジェイミーだよ。……あんたと話すのも、これで最後か」
「ちょっ、なに言ってるの!?」
アンナが取り乱すも、ジェイミーの声音は変わらない。彼女は不安に駆られるあまり、受話器越しで声を荒げる。
「そうやってはぐらかすのもいい加減にしてよ。ボク、ずっと君を心配してたのに……!」
「あはは……ちょうど良いや……」
「……もしかして、泣いてる……?」
「んなわけ、ねえっしょ……つーことでさ……」
ジェイミーの震える声が鼓膜を伝い、アンナの憤りを鎮める。そして彼が次に紡いだ言葉は、想い人の思考を一気に奪い去った。
「……今までありがとさん、アンナ。ずっと好きだったよ」
──時を同じくして、悪魔騎士らは如何なる行動を取ったか。物語は、今より数時間前へ遡る。
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