アンナがティトルーズ防衛部隊を抜けてから一週間近く経ったある日。ジェイミーの頼みにより、彼女を紹介することになった。俺もそうしようと思っていたし、ちょうどいいさ。でも、アンナからすれば男二人と行動なんて不安が付き纏うだけだろう。そんなわけで、シェリーも連れて四人で喫茶店に入る。
角丸四角形の大きな窓に視線を移せば、人々の歩く姿を眺められる。窓と窓の間にある吊り鉢と木造の壁が、自然を象徴しているようだ。天井から吊るされたペンダントライトがほんのり照らすおかげで、昼でも心地良い薄暗さを味わえる。
俺たちが座るのは、合成皮革で出来た紅いソファーだ。通路側に男二人、窓側に女二人。俺の隣にはシェリー、ジェイミーの隣にはアンナが座っていた。白基調でマーブル柄のカフェテーブルには、それぞれの好きなドリンクが置かれている。(もちろん俺は珈琲を頼んだ)
「その……こないだは、無視して悪かった」
「ううん、ボクは大丈夫だから……」
向かいに座るジェイミーは、視線を泳がせながらボソボソと話しだした。ったく、俺と話してるときのテンションで構わんってあれほど言ったのに。
「もともとよく喋るヤツなんだけどな」
「かなり緊張されてますわね」
「う、うるせえ……」
彼が顔を赤らめながら言い返すと、シェリーがくすくすと笑った。気遣いなのか好奇心かはわからないが、アンナは隣のコミュ障に話し掛ける。
「そういやアレックスから聞いたけど、写真を撮っているんだってね。良かったら見せてよ」
「ああ……」
ジェイミーは数枚の写真を取り出し、アンナに見せた。まあ、ヤツのことだから自然を写したものでも見せてるのだろう。彼女が食いつくおかげで、彼らなりに盛り上がってるように見える。……別に羨ましくなんかないぞ。
だが、それも束の間だった。
「まあ、こういうのとか」
ジェイミーがある一枚を見せたとき、アンナが突如魔物を睨むような形相をし出す。その違和感に気づいた彼は、手持ちの写真に視線を向けた。
「…………げっ!」
彼がそのショットを慌ててしまおうとした瞬間、シェリーがすかさず取り上げる。
「いったいどんな写真を見せてるんだ? ……って、おい」
写真に写っていたのは、
庭園で幼馴染の私物を優雅に嗅ぐマリア陛下だ。
「……あの、吸血鬼に有効な撃退法ってなんでしたっけ?」
《制裁タイム》
アンナとシェリーが散策に向かう一方。吸血鬼は十字架とニンニクの山に埋もれていた。所々が赤いが、まあ気のせいだろう。
「なんで持ってるんだよ……」
「……絵面が面白いと思って……」
「そうか……安らかにな」
彼の最期の言葉を聞くと、俺は片手を左胸に当てて弔った。
さて行くか。予定とは大違いだが、こうして三人で歩くのも悪くない。なんせアンナはずっと友人の介護をしていたからな。純真な花の一員になった祝いとして、何かあげてもいいかもしれない。
「そういえば、アンナにぴったりなお洋服をこないだ見つけたの」
「ホント!? こんなボクでも似合うかな……」
二人の邪魔にならぬよう、とりあえず後からついて歩……って!
『何あの悪魔。不審者?』
『やだぁ、あんなにカッコいいのに……』
『可憐な子達につき纏うとは、実にけしからん……!!』
『ああ見えてパシリじゃね?』
『いいなぁ、俺も振り回されてぇ〜』
やめてくれ、視線が痛すぎる。そりゃあ傍から見れば美人らに付き纏ってるように見えるけど、実際はそうじゃないんだよ。
そんななか、シェリーが晴れやかな表情で振り向く。
「アレックスさん! あのワンピース、アンナに似合うと思いませんか?」
そのブティックには、橙色のセットアップがガラス越しで飾られていた。ブラウスと花柄フレアスカートという組み合わせ。しかし、これを『ワンピース』と呼ぶならそうなのだろう。
「あう……これ、可愛すぎない?」
「大丈夫だって! あとはリボンのカチューシャを着ければ完璧よ」
尻込むアンナに対し、背後から肩を叩くシェリー。お洒落のことになると、途端に活き活きしだすなぁ。
「ぜ、絶対似合わないって! そうだよね?」
突如アンナが俺に目線を送るが――。
「シェリーちゃんと同意見だ。俺も見たい」
「なんだよ、みんなして……」彼女が顔を紅潮させて、こちらを睨む。
これは個人の願望であって、決して合わせたわけではない。細身で純真無垢なアンナなら、間違いなく似合うはずだから。それに……なんだかんだでアンナのつま先はブティックの方を向いているし。
薄緑色のこじんまりとした建物は、ついに少女らに深緑の扉を開けさせたのだ。
「ほら、アレックスさんも早く!」
「え、ああ……」
女性向けの服屋に入るのは気が引けるが、想い人の強引気味な誘いを断れるほどの意思は持ち合わせていなかった。
店内に入れば、ゆったりしたモノやセピア調のモノなど優しい印象を与える服が揃っている。俺らに笑顔を向けるのは、店員を務める女性エルフだ。雰囲気がどことなくエレに似るものの、おそらく関係性は皆無だろう。
それはさておき、俺はアンナとシェリーを目で追うことにした。彼女らは目移りしがちな俺と違い、率先して窓際のワンピースを店員に求める。店員が服を取り出すと、アンナは恥ずかしそうに受け取りながらカーテンの仕切りへと向かっていく。彼女が着替える間、俺は再び視線を服の群れに戻してこんなことを考えていた。
もしシェリーがこの店にある服を身に纏えば、絶対に似合うはずだ。そうだな……例えば、あのマネキンが着てる紫色のフリルワンピースだって良いかもしれない。しかも肩口ががっつり開いてるし、適度に肌を見せる服装も堪らないものだ。それから俺はあの白い肌の上に手を添えて――
「ごめん、お待たせ」
カーテンの向こう側から聞こえる少女の声が、俺の妄想を見事阻む。同時にそのカーテンが開け放たれたとき、可憐な光景が広がっていた。
白のブラウスに、マリーゴールドやガーベラ・ダリアなど橙色の花を散りばめたフレアスカート。丈が膝まであるおかげで、姿そのものに上品な印象を与えた。肝心な本人は引き続き顔を赤らめたままで、俺たちと目線を合わそうとしない。けれど、それも含めて『とても可愛らしい』と思えてしまうのだ。
「どう、かな……?」
「すげえ似合ってるぞ」
「わっ、えっと……そんなに、見ないで……」
おいおい、お前から振ったくせに……。もしジェイミーがこの姿を見たら、キュンキュンしすぎて倒れちまうだろうなぁ。というか、彼で無くても他の男を惹きつける素質は十分にある。同じくシェリーもアンナの姿に目を光らせていて……むしろ本人よりはしゃいでる様子だった。
「私の思ったとおりだわ! これからも来てほしいし、私が買う!!」
「ま、待って! 友達にそんなことさせるわけには……」
「だーめっ、これは私のやりたいことだから!」
シェリーとアンナがそんな会話をしていると、店員があるモノを持ったまま此方へやってくる。それはまさにリボンのカチューシャで、『この時のために取り揃えていたのではないか』と思うほど出来すぎなタイミングだ。シェリーは『(ワンピースを)買う』の一点張りだし、この髪飾りは俺が……。
……いや、よそう。そのつもりじゃなくても、アンナに勘違いされたら傷つけるだけだし。俺は「先に出てるぞ」と一言告げてから店を後にした。
「あいつの誕生日に、何か買ってあげてぇな」
石材で造られた壁に背を預け、実現するかわからない未来を脳内で描く。
いつもより温かいそよ風は、『俺にも春が訪れる』という錯覚を運んでくれた。
(第三節へ)
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