騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第三節 不可解な呪術

公開日時: 2021年9月14日(火) 12:00
文字数:5,083

【前回のあらすじ】

 えんの都フラカーニャに辿り着いた純真な花ピュア・ブロッサムは、街中を荒らす呪術師の集団と遭遇。彼らを蹴散らす花姫フィオラたちだったが、リーダーらしき少年によって形勢逆転。マリアとアンナは動きを封じられ、呪術を掛けられる寸前であった。

「今から君たちに見せたいものがあるんだ。……大丈夫、こんな優秀な人達をあっさり死なせる趣味は無いから」


 前線に立ったアンナとマリアは、呪術師の反撃によって囚われてしまう。俺が半歩踏み入れるも、ヤツは二体の人影を召喚する事で脅してきた。


「陛下たちに何する気よ!?」

「まあ、見てなって」


 呪術師が杖を掲げると、黒い粒子が収束する。

 そして彼は独自の言語を紡ぎ、彼女らに恐ろしい術を掛けようとしていた。



「────」



 粒子が二人の身を包んだ時、彼女らが白目を剥く。

 その光景は、かつてマリアがジェシーに脳髄を抉られた事を彷彿させた。


「い、いやぁぁあぁぁああぁあ!!!!」

「そんなの、嘘ですわ……。マリアが……アンナが……!!」


 エレとシェリーが動揺するも、人質の二人が動く気配は無い。

 暫くは口を開け、白目を見せるアンナ達だったが、ついに首がだらりと垂れ下がる。こんな呪術師は何度も見てきたはずなのに……俺の手から、長剣が滑り落ちてしまった。


「陛下ぁぁあぁあああぁぁ!!!!!」

「何をそんなに慌ててるんだい? 『殺した』とは言ってないだろう?」


 呪術師が指を鳴らすと、二人を縛る触手が一気に千切れる。

 エレとアイリーンは人質をすぐさま受け止め、忌々しき少年を睨みつけた。


「アンナ様たちを、よくも……!」

「おや、お目覚めのようだよ?」

「え?」


 アイリーンは視線を落とし、腕の中にいる主を見つめる。瞼を閉ざすマリア達が動く気配など、何処にも見当たらない。


 その直後だった。

 彼女らは瞼を開け、小さな口をゆっくりと動かす。


 マリアが次に放った言葉は、俺達を動揺させるのに十分なものだった。



「…………、どうしちゃったの?」



 決して聞き違いなどではない。普段『あたし』が一人称のマリアが、『ボク』と言い出したのだ。

 誰もが顔を見合わせる中、アンナも声を発する。



「何よこの感覚……何だか、じゃない気分だわ」



 垢抜けない声で『あたし』と称するアンナを見て、俺達はもう一度顔を見合わせてしまう。

 一同が唖然としていると、呪術師は高笑いをしだした。


「あっははははは!! どうだい? 魂が入れ替われば生き様も変わる。すなわち、運命ですら変わるものよ! 君たち二人は、異なる己に永遠に苦しむが良いさ!!」

「…………随分と大袈裟ね」


 冷ややかに吐き捨てたのはアンナ──いや、アンナの姿をしたマリアだ。彼女らは既に呪術師の前で佇み、戦闘態勢に移っている。

 アンナ──外見での判断──が素手で対峙する傍ら、杖を握るマリアに指示を下す。


「アンナ、あなたは後方にいて。あたしの手でお返しがしたいの。他の皆も引き続き待機すること」

「お、おう……」


 こうして見ると、どっちがどっちだか判りやしねえ……。でも、なんでこいつらはすぐに適応できてるんだ?

 女王の魂を持つ剣士は両手にようの氣を宿し、呪術師に向かって魔法を突き出す!



雷撃トゥオルシモ!!」



 稲妻が手中から迸り、標的に襲い掛かる。

 彼が結界で凌ぐうちに、俺は大悪魔ヴァンツオの魂を叩き起こす事にした。


「さっさと終わらせよう」


 爪と牙が伸び、こくの氣を身に纏う。

 だが俺が本来の姿に変わった矢先、呪術師の増援が次々と現れた。


「残念だね、隊長さん。君が覚醒させたところで無駄というわけさ」

「それはどうかな」


 彼らはたちまち俺達を包囲し、木製の杖を構えだす。

 アンナが息を切らす中、俺はすぐにこく魔法を放つ事にした。



無の環アネリェンテ



 片手を掲げた刹那、赤黒い波動が俺達を中心に外側へ広がっていく。

 波動を浴びた呪術師どもは、悲鳴を上げる暇も無くあっさりと倒れていった。


「…………ぐっ……僕を倒したからって、決して変わりは……。逃げるぞ!」


 満身創痍の彼らが起き上がり、次々と走り去っていく。エレは彼らを追おうとしたが、俺は肩に手を添えて引き止めた。


 事が終わると、元の姿に戻って花姫フィオラたちの状態を確認する。

 やけに冷静なアンナ達──だと思ったが、ついにボロが出たようだ。


「「あたしボク達、いったいどうなってるのーーーーー!!!!???」」

「今更かよ……」


 むしろ何故すぐに対応できたか謎ではあった。確かに慌てふためいたところで、呪術師の優越感を更に助長してしまうかもしれない。そういった意味では正しい対応かもしれないが……。


「と、とりあえず! 私の霊術で何とかなるかもしれませんわ! えいっ!」


 そんな軽いノリで力を使えるのか? というツッコミを心のなかに留め、シェリーの霊術によって元に戻るか見届けてみる。

 しかし──その結果が覆る事は無かった。金色の光はアンナ達に集まるだけで、早くも掻き消えてしまう。


「入れ替わってしまえば、えんの神殿で女神フラカーニャ様に祈りを捧げる他ございません」


 そう補足したのは、先程やられたはずの魔術師だ。シェリーの支援によって復帰した彼は、残念そうな表情を俺達に向ける。


「まいったな……今は銀月軍団シルバームーンが乗っ取ってやがる」

「そうなれば、このまま出向くしか無いでしょう。まるで、自分が子どもの姿に変えられた時と似ております」


「ほ、本当に対策は無いのですか!? アンナ様だからこそ可愛いですのに……!」

「『あの』ってどういう意味よっ!」


 エレの言葉を受け、声を荒げるアンナ。男勝りな彼女を知る以上、違和感が半端ないな。

 それはマリアに対しても同じで、でっかい何かを添えながら『ボク』と言えばとてつもないギャップが生まれるものだ。……別に目移りじゃねえぞ。


「とりあえず宿に行かない? ボクも頭の中を整理しておきたいし」

「これで落ち着いてなんかいられないわよ……城に戻ればやるべき事が山積みだし、どうしたら良いの?」


「落ち着いてください、陛下。まずは……アンナの仰る通り、宿泊所に戻って話し合うのが先決です」


 アイリーンはアンナを制止するが、認識に難儀しているようだ。早いとこ整理しておかねば、私生活においても色々と厄介である。

 シェリーが霊術で大通りをある程度修復させた後、予め確保してある宿屋に行く事にした。




 シャンデリアが照らすのは、クリーム色の天井と黄土色のフローリングだ。俺たちは琥珀のオーバルテーブルを囲うように、藍のアームチェアに腰掛けた。踵をつければ、椅子と同じ色のマットが優しく受け止めてくれる。黄褐色おうかっしょくのカーテンを隅に追いやった窓辺は、レースカーテンのおかげで景色が青白く映えた。


 此処は高級客舎かくしゃの会議室。テーブルの中心にはアンナを、その隣にはマリアを配置。繰り返しになるが、これはあくまで外見上の話だ。いずれも自身が置かれている状況に戸惑いを隠せず、何度か互いに見つめ合う。

 これでは一向に始まらないので、俺から話を切り出してみる。


「まずは呼称からだ。マリアちゃんとアンナちゃんは、名を呼ばれたら逆だと思ってくれ」


「……つまり……?」

 マリアが首を傾げるなか、俺は早速名を呼んでみる。


「アンナちゃん」

「あたしね」

「そういうことだ。マリアちゃん」


「えっと……ボク?」

「ああ。“見たまま”で呼び掛けないと厄介だからな」


「うーんと……マリアがアンナで、アンナがマリア……こんからがっちゃう!」


 シェリーが頭を抱えるのも無理も無い。だからこそ、呼称を固める事で一時的に認識しやすくなるだろう。

 また、現時点で変身を解いた者はいない。これは移動中に俺が指示したもので、開花を維持させるための理由が存在している。


「俺はさっき『戻るまでは変身を解くな』と話した。その状態で開花できる保証は無いし、何よりも訓練をする必要がある」


「訓練──陛下たちに慣れてもらうためね」

「うむ。アンナちゃんは陽魔法を使えるが、マリアちゃんは大剣を持てないだろ。その場しのぎにはなるが、何もしないよりはマシだ」


「でも、どこで訓練するのです?」

「闘技場だ。お前達が目に見えるところで訓練すれば周囲が驚くかもしれんし、呪術師がまた湧かないとも限らない。マリアちゃん、交渉を頼めるか?」


「えっ! そんなの、やったこと無いよ……」

「傍から見れば、あなたがあたしよ。目を合わせるだけで応じてくれるとは思うけど、『肩慣らしとしてお借りしたい』と言えば大丈夫だから」


 いつもは目を釣り上げるマリアだが、ここまで焦る彼女は希少だ。それに対し、アンナは口ぶりからより強気な印象を覚える。果たして、ジェイミーがこの状況を見たらどう反応するのだろうか。


「隊長、闘技場ではアンナと陛下を花姫たちに戦わせましょう」

「無論、そのつもりだ」

「じゃあ、頑張ってみるよ……」


 こうして俺達は席を立ち、闘技場へと足を運ぶ。荒れた街中で歩を進める中、マリアは両手を胸に当てて辺りを頻繁に見回すのだった。




 石材で囲まれた巨大な建物は、このビビッドな街並みの中で際立っていた。俺達は円形を模るこの闘技場に入り、受付の者に交渉をしてみる。


 先頭に立つのはマリアだ。彼女は変わらず心の準備が不十分なようだが、今は待っている暇など無い。

 マリアは息を深く吸うと、たどたどしい言葉遣いで要件を話した。


「えっと……マリア・ティトルーズ、よ。肩慣らしとして、此処をしたいのだけど……良いかし、ら?」


 本当は『お借り』のはずが、緊張の余り間違えてしまったのだろう。だが受付は揚げ足を取るどころか、笑顔で一礼をしてくれた。


純真な花ピュア・ブロッサムの皆様には、呪術師を退けて頂いた御恩がございます。どうぞ心ゆくまでご利用くださいませ」

「あ、ありがとう……!」


「なんだか、昔のあたしを見てるみたいね……」

「確かに、マリアって子どもの頃はあんな感じだったよね」


 小声で話すアンナとシェリー。あのスケベ女王が弱気でいる様子など、全く想像できない。いったいどういう心境の変化でシェリーのを吸うようになったんだ……?


「あたかも『マジかよ』って顔してるわね」

「思って悪いか?」

「まあまあ」


 アンナが俺を睨んだ矢先、シェリーが止めに入る。なんだかんだで交渉が終わると、いよいよステージへ向かう事になった。


 青空の下、俺達はステージの中心に立つ。まずはアンナを外側に立たせ、詠唱の確認を行う。アンナは既に準備ができているようで、両手には白い光が宿っていた。


「それじゃ、早速やってもらえるか?」

「わかったわ。光速べルーチェ


 アンナが両手をかざすと、白い粒子が全身を包み込む。直後、彼女は消えたと思いきや、橙の翼を広げて宙に浮いていたのだ。

 彼女は一瞬にして降り立ち、光速を解除する。


「わぁ、かっこいい! ボク、あんな風に使った事ないよ」

「これも、あなたが普段鍛えてるおかげよ」

「そう言われると照れちゃうな……」


 アンナに褒められ、頭を掻くマリア。アンナは次に炸裂弾エスプロージモ光波ルォンダを放ってみせるが、いずれも使いこなせていると感じた。


「やっぱり、上級魔術師ってすごいのです……!」

「ありがと。じゃあ、次はあなたの番よ」

「う、うん……!」


 マリアの手中にあるのは、木で作られた練習用の長剣。一応は技術を身につけているそうで、闘技場で借りる事となった。

 俺達はマリアを囲むように立ち、当たらぬようある程度の距離を保つ。そして彼女は両手で柄を握り、勢いよく振り下ろす。


「えいっ!」


 だが、その挙動はどうもにぶい。理由に心当たりがあるものの、男の俺が明文化するのは憚る。

 マリアは一旦止まって首を傾げ、申し訳無さそうに不満を口にした。


「なんか、重い……」

「どういう意味よっ!」


「薄々予想しておりましたが……」

「アイリーン〜? あたしに『体重が増えた』って言いたいわけ?」

「ち、違うよ! スタイル抜群なだけだって!」


 シェリーがフォローに入るが、マリアはその言葉を聞いてキッと睨みつける。


「それ、ボクの身体が『貧相』って事?」

「わー! そういう意味でも無いんだってばー!! うぅ、アレックスさんも何か言ってくださいよー……」


「ま、まあ皆落ち着け! 俺はどっちも好みだぞ!!」

「「え??」」


 あ。うっかり本音が出てしまった……。シェリーらはさておき、エレの目がすっげえ怖い……。俺、もしかして此処で死ぬんじゃないか?


「やはり、アレックス様にはのわたくしを見せないとダメなのです……うふふふふふ」

「こ、こっち来るな! 俺が悪かったよ!!」


「逃さないのです! えーいっ♡」

「なんでこうなっちまうんだよ!? 弓をしまえ──って、ひぃぃいいぃいい!!!!!」


「土下座するまで許さないのですよ〜♡」

「知るか、ここはティトルーズ王国だぞ!! 誰かこのエルフを止めてくれーーー!!!」


「全く……生粋の変態ですわ……」

「心中をお察しします、お嬢様」


 俺は花姫たちに助けを乞うが、誰一人助けてくれはしない。

 結局マリアとアンナを訓練させるはずが、俺がエレに訓練させられる羽目になったのだ。






「でも、『どっちも好み』って言われてボク嬉しいかも……」

「「えっ」」

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