【前回のあらすじ】
焔の都フラカーニャに辿り着いた純真な花は、街中を荒らす呪術師の集団と遭遇。彼らを蹴散らす花姫たちだったが、リーダーらしき少年によって形勢逆転。マリアとアンナは動きを封じられ、呪術を掛けられる寸前であった。
「今から君たちに見せたいものがあるんだ。……大丈夫、こんな優秀な人達をあっさり死なせる趣味は無いから」
前線に立ったアンナとマリアは、呪術師の反撃によって囚われてしまう。俺が半歩踏み入れるも、ヤツは二体の人影を召喚する事で脅してきた。
「陛下たちに何する気よ!?」
「まあ、見てなって」
呪術師が杖を掲げると、黒い粒子が収束する。
そして彼は独自の言語を紡ぎ、彼女らに恐ろしい術を掛けようとしていた。
「────」
粒子が二人の身を包んだ時、彼女らが白目を剥く。
その光景は、かつてマリアがジェシーに脳髄を抉られた事を彷彿させた。
「い、いやぁぁあぁぁああぁあ!!!!」
「そんなの、嘘ですわ……。マリアが……アンナが……!!」
エレとシェリーが動揺するも、人質の二人が動く気配は無い。
暫くは口を開け、白目を見せるアンナ達だったが、ついに首がだらりと垂れ下がる。こんな呪術師は何度も見てきたはずなのに……俺の手から、長剣が滑り落ちてしまった。
「陛下ぁぁあぁあああぁぁ!!!!!」
「何をそんなに慌ててるんだい? 『殺した』とは言ってないだろう?」
呪術師が指を鳴らすと、二人を縛る触手が一気に千切れる。
エレとアイリーンは人質をすぐさま受け止め、忌々しき少年を睨みつけた。
「アンナ様たちを、よくも……!」
「おや、お目覚めのようだよ?」
「え?」
アイリーンは視線を落とし、腕の中にいる主を見つめる。瞼を閉ざすマリア達が動く気配など、何処にも見当たらない。
その直後だった。
彼女らは瞼を開け、小さな口をゆっくりと動かす。
マリアが次に放った言葉は、俺達を動揺させるのに十分なものだった。
「…………ボク、どうしちゃったの?」
決して聞き違いなどではない。普段『あたし』が一人称のマリアが、『ボク』と言い出したのだ。
誰もが顔を見合わせる中、アンナも声を発する。
「何よこの感覚……何だか、あたしじゃない気分だわ」
垢抜けない声で『あたし』と称するアンナを見て、俺達はもう一度顔を見合わせてしまう。
一同が唖然としていると、呪術師は高笑いをしだした。
「あっははははは!! どうだい? 魂が入れ替われば生き様も変わる。すなわち、運命ですら変わるものよ! 君たち二人は、異なる己に永遠に苦しむが良いさ!!」
「…………随分と大袈裟ね」
冷ややかに吐き捨てたのはアンナ──いや、アンナの姿をしたマリアだ。彼女らは既に呪術師の前で佇み、戦闘態勢に移っている。
アンナ──外見での判断──が素手で対峙する傍ら、杖を握るマリアに指示を下す。
「アンナ、あなたは後方にいて。あたしの手でお返しがしたいの。他の皆も引き続き待機すること」
「お、おう……」
こうして見ると、どっちがどっちだか判りやしねえ……。でも、なんでこいつらはすぐに適応できてるんだ?
女王の魂を持つ剣士は両手に陽の氣を宿し、呪術師に向かって魔法を突き出す!
「雷撃!!」
稲妻が手中から迸り、標的に襲い掛かる。
彼が結界で凌ぐうちに、俺は大悪魔の魂を叩き起こす事にした。
「さっさと終わらせよう」
爪と牙が伸び、黒の氣を身に纏う。
だが俺が本来の姿に変わった矢先、呪術師の増援が次々と現れた。
「残念だね、隊長さん。君が覚醒させたところで無駄というわけさ」
「それはどうかな」
彼らはたちまち俺達を包囲し、木製の杖を構えだす。
アンナが息を切らす中、俺はすぐに黒魔法を放つ事にした。
「無の環」
片手を掲げた刹那、赤黒い波動が俺達を中心に外側へ広がっていく。
波動を浴びた呪術師どもは、悲鳴を上げる暇も無くあっさりと倒れていった。
「…………ぐっ……僕を倒したからって、決して変わりは……。逃げるぞ!」
満身創痍の彼らが起き上がり、次々と走り去っていく。エレは彼らを追おうとしたが、俺は肩に手を添えて引き止めた。
事が終わると、元の姿に戻って花姫たちの状態を確認する。
やけに冷静なアンナ達──だと思ったが、ついにボロが出たようだ。
「「あたし達、いったいどうなってるのーーーーー!!!!???」」
「今更かよ……」
むしろ何故すぐに対応できたか謎ではあった。確かに慌てふためいたところで、呪術師の優越感を更に助長してしまうかもしれない。そういった意味では正しい対応かもしれないが……。
「と、とりあえず! 私の霊術で何とかなるかもしれませんわ! えいっ!」
そんな軽いノリで力を使えるのか? というツッコミを心のなかに留め、シェリーの霊術によって元に戻るか見届けてみる。
しかし──その結果が覆る事は無かった。金色の光はアンナ達に集まるだけで、早くも掻き消えてしまう。
「入れ替わってしまえば、焔の神殿で女神様に祈りを捧げる他ございません」
そう補足したのは、先程やられたはずの魔術師だ。シェリーの支援によって復帰した彼は、残念そうな表情を俺達に向ける。
「まいったな……今は銀月軍団が乗っ取ってやがる」
「そうなれば、このまま出向くしか無いでしょう。まるで、自分が子どもの姿に変えられた時と似ております」
「ほ、本当に対策は無いのですか!? あのアンナ様だからこそ可愛いですのに……!」
「『あの』ってどういう意味よっ!」
エレの言葉を受け、声を荒げるアンナ。男勝りな彼女を知る以上、違和感が半端ないな。
それはマリアに対しても同じで、でっかい何かを添えながら『ボク』と言えばとてつもないギャップが生まれるものだ。……別に目移りじゃねえぞ。
「とりあえず宿に行かない? ボクも頭の中を整理しておきたいし」
「これで落ち着いてなんかいられないわよ……城に戻ればやるべき事が山積みだし、どうしたら良いの?」
「落ち着いてください、陛下。まずは……アンナの仰る通り、宿泊所に戻って話し合うのが先決です」
アイリーンはアンナを制止するが、認識に難儀しているようだ。早いとこ整理しておかねば、私生活においても色々と厄介である。
シェリーが霊術で大通りをある程度修復させた後、予め確保してある宿屋に行く事にした。
シャンデリアが照らすのは、クリーム色の天井と黄土色のフローリングだ。俺たちは琥珀のオーバルテーブルを囲うように、藍のアームチェアに腰掛けた。踵をつければ、椅子と同じ色のマットが優しく受け止めてくれる。黄褐色のカーテンを隅に追いやった窓辺は、レースカーテンのおかげで景色が青白く映えた。
此処は高級客舎の会議室。テーブルの中心にはアンナを、その隣にはマリアを配置。繰り返しになるが、これはあくまで外見上の話だ。いずれも自身が置かれている状況に戸惑いを隠せず、何度か互いに見つめ合う。
これでは一向に始まらないので、俺から話を切り出してみる。
「まずは呼称からだ。マリアちゃんとアンナちゃんは、名を呼ばれたら逆だと思ってくれ」
「……つまり……?」
マリアが首を傾げるなか、俺は早速名を呼んでみる。
「アンナちゃん」
「あたしね」
「そういうことだ。マリアちゃん」
「えっと……ボク?」
「ああ。“見たまま”で呼び掛けないと厄介だからな」
「うーんと……マリアがアンナで、アンナがマリア……こんからがっちゃう!」
シェリーが頭を抱えるのも無理も無い。だからこそ、呼称を固める事で一時的に認識しやすくなるだろう。
また、現時点で変身を解いた者はいない。これは移動中に俺が指示したもので、開花を維持させるための理由が存在している。
「俺はさっき『戻るまでは変身を解くな』と話した。その状態で開花できる保証は無いし、何よりも訓練をする必要がある」
「訓練──陛下たちに慣れてもらうためね」
「うむ。アンナちゃんは陽魔法を使えるが、マリアちゃんは大剣を持てないだろ。その場しのぎにはなるが、何もしないよりはマシだ」
「でも、どこで訓練するのです?」
「闘技場だ。お前達が目に見えるところで訓練すれば周囲が驚くかもしれんし、呪術師がまた湧かないとも限らない。マリアちゃん、交渉を頼めるか?」
「えっ! そんなの、やったこと無いよ……」
「傍から見れば、あなたがあたしよ。目を合わせるだけで応じてくれるとは思うけど、『肩慣らしとしてお借りしたい』と言えば大丈夫だから」
いつもは目を釣り上げるマリアだが、ここまで焦る彼女は希少だ。それに対し、アンナは口ぶりからより強気な印象を覚える。果たして、ジェイミーがこの状況を見たらどう反応するのだろうか。
「隊長、闘技場ではアンナと陛下を花姫たちに戦わせましょう」
「無論、そのつもりだ」
「じゃあ、頑張ってみるよ……」
こうして俺達は席を立ち、闘技場へと足を運ぶ。荒れた街中で歩を進める中、マリアは両手を胸に当てて辺りを頻繁に見回すのだった。
石材で囲まれた巨大な建物は、このビビッドな街並みの中で際立っていた。俺達は円形を模るこの闘技場に入り、受付の者に交渉をしてみる。
先頭に立つのはマリアだ。彼女は変わらず心の準備が不十分なようだが、今は待っている暇など無い。
マリアは息を深く吸うと、たどたどしい言葉遣いで要件を話した。
「えっと……マリア・ティトルーズ、よ。肩慣らしとして、此処をお貸ししたいのだけど……良いかし、ら?」
本当は『お借り』のはずが、緊張の余り間違えてしまったのだろう。だが受付は揚げ足を取るどころか、笑顔で一礼をしてくれた。
「純真な花の皆様には、呪術師を退けて頂いた御恩がございます。どうぞ心ゆくまでご利用くださいませ」
「あ、ありがとう……!」
「なんだか、昔のあたしを見てるみたいね……」
「確かに、マリアって子どもの頃はあんな感じだったよね」
小声で話すアンナとシェリー。あのスケベ女王が弱気でいる様子など、全く想像できない。いったいどういう心境の変化でシェリーのアレを吸うようになったんだ……?
「あたかも『マジかよ』って顔してるわね」
「思って悪いか?」
「まあまあ」
アンナが俺を睨んだ矢先、シェリーが止めに入る。なんだかんだで交渉が終わると、いよいよステージへ向かう事になった。
青空の下、俺達はステージの中心に立つ。まずはアンナを外側に立たせ、詠唱の確認を行う。アンナは既に準備ができているようで、両手には白い光が宿っていた。
「それじゃ、早速やってもらえるか?」
「わかったわ。光速」
アンナが両手をかざすと、白い粒子が全身を包み込む。直後、彼女は消えたと思いきや、橙の翼を広げて宙に浮いていたのだ。
彼女は一瞬にして降り立ち、光速を解除する。
「わぁ、かっこいい! ボク、あんな風に使った事ないよ」
「これも、あなたが普段鍛えてるおかげよ」
「そう言われると照れちゃうな……」
アンナに褒められ、頭を掻くマリア。アンナは次に炸裂弾や光波を放ってみせるが、いずれも使いこなせていると感じた。
「やっぱり、上級魔術師ってすごいのです……!」
「ありがと。じゃあ、次はあなたの番よ」
「う、うん……!」
マリアの手中にあるのは、木で作られた練習用の長剣。一応は技術を身につけているそうで、闘技場で借りる事となった。
俺達はマリアを囲むように立ち、当たらぬようある程度の距離を保つ。そして彼女は両手で柄を握り、勢いよく振り下ろす。
「えいっ!」
だが、その挙動はどうも鈍い。理由に心当たりがあるものの、男の俺が明文化するのは憚る。
マリアは一旦止まって首を傾げ、申し訳無さそうに不満を口にした。
「なんか、重い……」
「どういう意味よっ!」
「薄々予想しておりましたが……」
「アイリーン〜? あたしに『体重が増えた』って言いたいわけ?」
「ち、違うよ! スタイル抜群なだけだって!」
シェリーがフォローに入るが、マリアはその言葉を聞いてキッと睨みつける。
「それ、ボクの身体が『貧相』って事?」
「わー! そういう意味でも無いんだってばー!! うぅ、アレックスさんも何か言ってくださいよー……」
「ま、まあ皆落ち着け! 俺はどっちも好みだぞ!!」
「「え??」」
あ。うっかり本音が出てしまった……。シェリーらはさておき、エレの目がすっげえ怖い……。俺、もしかして此処で死ぬんじゃないか?
「やはり、アレックス様にはありのままのわたくしを見せないとダメなのです……うふふふふふ」
「こ、こっち来るな! 俺が悪かったよ!!」
「逃さないのです! えーいっ♡」
「なんでこうなっちまうんだよ!? 弓をしまえ──って、ひぃぃいいぃいい!!!!!」
「土下座するまで許さないのですよ〜♡」
「知るか、ここはティトルーズ王国だぞ!! 誰かこのエルフを止めてくれーーー!!!」
「全く……生粋の変態ですわ……」
「心中をお察しします、お嬢様」
俺は花姫たちに助けを乞うが、誰一人助けてくれはしない。
結局マリアとアンナを訓練させるはずが、俺がエレに訓練させられる羽目になったのだ。
「でも、『どっちも好み』って言われてボク嬉しいかも……」
「「えっ」」
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