騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第六節 邪神との対決

公開日時: 2021年4月14日(水) 12:00
文字数:5,260

 メルキュール迷宮の二階でシェリーと共にひと休みした後、いよいよ三階に辿り着いた。

 だが、これまでと違って異様な空間であり、天井がやけに高い。およそ十メートルはあるだろうか。天井には何故か空模様の絵画があり、どうやって描いたのかはなはだ疑問である。上部には吹き抜けがあって、左奥には扉らしきモノが見えた。


 それに、この階だけは一階分の広さを誇っているようだ。しかも両脇はバルコニーと繋がっているのか、アーチ型の出入り口が連なって存在する。だからこの迷宮において、三階が一番明るいと云えるだろう。また、実際の空は絵画と違って雲が一つもない。

 それぞれの空が同時に存在する部屋で立ち尽くすと、黒い破片が密集し始める。目の前で形成されたのは、竜らしき存在だった。


「……やはりそうきたか」


 姿を表したのは、紺藤色の鱗に身を包む巨竜アイヴィだ。そういや、邪神っていうのは場所──というか、元素エレメントの濃度──に応じて全長が変わるんだっけ。こいつの場合は『水中だと可変』という認識だが、陸地だと八メートルくらいなんだな。

 シェリーはアイヴィを睨んだまま、虚空からマシンガンを召喚。何の躊躇いも無く、ただ銃口を巨竜に向けるのみだ。


「今度こそあいつを倒してみせますわ!」


 彼女はこいつに苦しめられたんだ。この戦いで過去と決別できるなら俺も協力したい。

 二人だけで戦うなら、まずは──。


「辛いと思うが、お前はアイヴィを引き付けてくれ。俺が援護する」

「はい!」


 彼女が頷いてくれたところで、俺は背負っていたライフルを取り出す。アイヴィもおそらく臨戦態勢と云ったところだろう。咆哮を上げ、鋭い眼で真っ先にシェリーを捉えた。

 ならば俺は入口付近に向かって走り、右側にある階段を昇る。それから吹き抜けへ駆けると、ライフルの銃口をアイヴィに向けた。


 アイヴィの口元が白く光ると、大きな口から冷気の炎が噴き出す。シェリーはその炎をかわすように、奥の壁に向かって大きく跳躍した。

 両足を壁に着けると、竜は案の定そこにも火を噴く。それも回避されて苛立っているのか、今度は爪を振り回し始めた。冷静に対処できるシェリーなら、あんな攻撃にも当たらないのが見て取れる。


 一方で、シェリーが誘導した箇所を中心に次々と凍りつく。……室温が急激に下がると、少しやりづらいな。せっかく囮になってくれてるのに、手先がかじかんでやがる。

 ここは、息を大きく吸って集中しろ。肩に銃床を置き、照準に眼を凝らす。円形の小窓に映り込むのは、清竜せいりゅうの手だ。


 まずはブレぬよう、息を殺せ。

 ピタリと止まった瞬間、このトリガーで不意を突いてやる──!


──バァァアン!!

 見事に着弾。右手の甲を撃たれた神は赤子のように喚き散らした。


「シェリー、今だ!」

「はい!」


 俺が声を上げると、彼女は清竜と同じ目線まで飛躍。それから両手を突き出し、青白い光の球を生じさせた。彼女が今から打ち出す霊術──おそらくは、雪男との戦いで使ったそれだろう。


「行きます!!」


 極限まで膨らんだ光球は、前方に大きな閃光を放つ!

 その霊術がアイヴィを焼き尽くすと、ヤツは後ろへ倒れ込んだ。


 今度は俺の番だ。

 吹き抜けの手すりに足を掛けつつ翼を展開。それから竜に向かって飛び降りると、鞘から長剣を取り出し距離を詰める!


「せいっ!!」

 深く切り裂かれた腹部。その傷は下半身にまで及び、黒い血飛沫が放射状に舞った。


 ……って、何故だ!?

 倒したはずなのに、傷口が地割れのように裂けて


「うあぁっ!?」


 複数の、氷の手……!? いかにも硬そうなのに、何故こんなにぬるぬる動いてるんだ?

 つか、身体を掴まれたせいで冷たいし苦しい……! はルーシェと戦う時のために温存してたが、このままじゃ……!


「いま助けますわ!!」

 中空から機関銃で乱射するシェリー。光弾が次々と撃ち込まれると、氷の表面に亀裂が走り出した。


 魔手はシェリーにも手を伸ばすが、轟音と共に冷たい破片が飛び散る。俺がまばたきするうちにショットガンに切り替えたようで、彼女は次々と手の群れを粉砕した。

 それは俺を掴む手も例外ではなく、無事銃弾に解放される。こうして俺は再びシェリーの近くへ向かい、アイヴィを見下ろした。


 だが──肉壁に包まれていたのは、巨大な単眼だ。これこそが邪神の中枢であり、禍々しい声音で轟かす。



「人間ごときが世界を築き上げようなど、愚かな真似を……」



 瞳孔をぎょろぎょろと動かし、俺たちを一瞥する。その青い瞳は酷く濁っており、血管が不気味なほどに浮き出ていた。

 負傷したはずのアイヴィはゆっくりと起き上がり、双眼を紅く光らせる。──腹部に埋め込まれた単眼を、剥き出しにしながら。


「お前の目的はなんだ?」

「この世を原点に戻す。氷河こそが大地の源なり」


 へえ、つまり昔が恋しいって事か。どおりでブリガの時はだいぶに派手にやったわけだな。でもな、


「悪いが、俺たちはお前の望みに応えるつもりはない。この場で安らかに眠ってもらうよ」

「戯けが……」


 アイヴィの翼が光り、双方に魔法陣が展開される。

 魔法陣が青く灯った刹那、無数の氷柱が水平に射出された!


「くっ!」

 苛烈な攻撃に声を漏らしてしまう。翼で身を隠すも、掠めるせいで僅かに痛みが伴った。ただでさえ空気が冷えるのに、この魔法のせいでもっと寒くなるだろ……。


 無論、アイヴィの反撃が止む様子はない。口元が再び光ると、今度はが放たれた。

 久々に邪神を相手にしたが、やっぱやべえヤツだな。そう感心しつつ、俺はシェリーと違う方向へ回避。壁や吹き抜けなど、着弾した箇所を中心に小さな氷山が形成され始める。


 畜生、逃げ場が失われていく──。

 焦りが脳裏をぎった瞬間、単眼の瞳孔がくわっと開かれた。


 鋭角の部分が歪み出し、細長い筒に変形する。斜面は連なる立方体へと変わり、あるモノを想起させた。

 それは、兵器として使われる砲台だ。ハリネズミのような砲口が一斉に此方を向くと、神の号令が掛かる。



れ」



──ドガガガガガガガガガ!!!!

 嵐のように飛び交う、氷の銃弾──! 己に迫る弾を、この剣で絶え間なくはじき飛ばしてみせた。

 けど、これだけの数を弾くとなると……。さっきまでの戦いや寒気も相まって、振りが鈍くなってきている。


 気を緩めるな、アレクサンドラ。

 冷却の瞬間を狙


「うあっ!!」


 脇腹に抉られるような激痛が走る。この銃弾、鎧も貫くのかよ! けど、此処で倒れるわけにはいかねえんだよ!!


「きゃあ!!」


 まさかシェリーも……!? 一瞬だけ見遣ると、彼女の腕や脚からは大量の血が流れていた。


「シェリー!!」


 突如、白い光が俺の身体を包み込む。

 シェリーの力か……? いや、それにしては──


「うあぁぁぁぁあああぁあぁああ!!!!!」


 焦がれるような痛みなのに、身体が冷えていく……!!

 てが、あたまが……まったく……うご、かねえ……なにが、おきてるんだ…………


「アレックスさんを、助けに……うっ!」


 シェリーまで、やられてんじゃねえか。

 まさか……俺たちは、此処で終わるってのかよ。


 ……思えば、俺を純真な花ピュア・ブロッサムの隊長に選んだのも、あのルドルフなんだよな。


 でも今はシェリーと一緒にいるんだ。

 もう、良いよな……? あいつのためにやれる事をやってきたんだし。いずれシェリーも……。


『……さっさと行けよ、この……バカ女……』

『言われなくても、わかってますわ……!』


 シェリーに酷似した、銀髪の女。

 あの古びた場所で別れを告げたはずなのに、最後に会ったのは──


『私は……もう、生きたって……』

『バカ野郎!! 俺を置いてったら一生恨むぞ!!!』

『知って、ますわ……。ですが……』


 その手は冷え切っていて。

 俺がきちんと想いを伝えるには、遅すぎたのだ。


『─────たら……────は……』


 視界が、記憶が、どんどんぼやけていく。

 目の前で巨竜が暴れてるってのに、不思議なくらい音が聞こえねえんだ。


 ああ……この恋も、『好き』と言えずに終わるのか? マジで惚れた時に限って、その二文字が言えねえんだよな。

 その時、聞き覚えのある声たちが否定するように響き渡る。



『シェリーを見守ってくれないかしら?』


『命を粗末にするなんて、ボクが許さないよ……。シェリー、お願いだから生きて帰ってきて! またキミと一緒に遊びたいし、手作りだって食べたい』


『アレックス様という存在はこの世でただ一人だけなのです! 今日を逃してしまえば、またいつお会いできるかわからないのですよっ!』


『ジャックを凌駕する男でありなさい。心・力ともにね』


『シェリーのこと、あいつからぶん取りな』



 んだよ、皆して……。なんで、こんな時にお前らの声が……聞こえてくるんだよ……。



『お願い。私を……置いていかないで……』



 ……シェリー? こんな記憶あったか? それとも……。

 いや、考えてる場合じゃねえ。あいつ、本当は笑顔の下で孤独を隠してるんだ。ずっとずっと見せてこなかったんだ。


 だったら、尚更伝えなきゃダメだろ。

『お前の事が好きだ』と。


 もし俺が死んで、シェリーが生きてたら?

 おそらく彼女はジャックに捕われ──それだけはダメだ。


 俺が死ねば、あいつの心にまた傷が残る。

 最悪、恋人になれなくても良い。国のために戦い、彼女のために尽くせたらそれで良いんだ!



「都合よく死んで、あいつを一人にできるかよ!!」



 神が何だってんだ。運命が何だってんだ。

 霞んだ視界と聴覚の中で足を動かし、彼女の前で立てば良いんだ!


「ダメよ! そんなに、動いたら……」

「自分の身体を、癒せ。あいつは……俺が殺っておく」


 大丈夫だ、まだまだ動ける。

 単眼が光を収束させる──次に狙うのはシェリーだ。それまでに俺が阻止すれば良い!


 翼はボロボロだが、バランスを崩すこと無く飛べる。

 俺が単眼に近づいて剣を構えると、自身の周囲に四つの光球が密集していることに気づく。


「あなたの魔力をそこに注いでください。そうすれば、自ずと攻めてくれますわ」


 彼女はもう傷を癒やしたのか、先ほどと比べてと話す。俺は言葉通り意識を集中させ、魔力を球体に送り込むと……不思議な事が起こった。

 球体が黒い光に包まれたと思いきや、光の槍が一斉に眼球を貫く。そのまま肉体が焼かれると、収束した光はあっさりと消えた。


 攻めるなら今しかねえ!

 俺の剣舞をお見舞いしてやらぁ!!


──ズバグシャバシュッズシュブシャッ!!!!


「ぐあぁぁぁぁぁぁああぁぁあ!!!!!!」

「意外と大したことねえな。これぐらいで、倒れるなよっ!」


 網膜と肉体の双方に走る複数の傷。しかし、とどめを刺すのは俺じゃない。

 この邪神を最も恨んでいるであろう人物に向かって、こう言い放った。


「シェリー、ガキの頃の恨みを思い切りぶつけな」

「はい!!」


 シェリーがレールガンを召喚し、二つに分かれた細長い銃口を竜に向ける。


 そして彼女は神を睨み、指先に力を込めた。

 ──復讐を果たすかの如く!



「《我が力を以って、汝を浄化する》!!」



 光の刀が、稲妻と共に放出!

 瞬く間に竜の肉体を貫き──


 黒い靄を鮮血のように撒き散らした。



「おのれ、ミュール……我を、よくも、ぉ……」



 ついに邪神かみが消えると、氷も白銀に煌めき儚く散った。氷山の地と化した広間は元に戻り、嵐の前の静けさが生まれる。

 俺は最後の力を振り絞り、硬く冷えた床に着地。片膝をつき平静さを装ったつもりだが、荒くなった呼吸を整えるのは困難だ。それどころか、視界が真っ白でもはや何も見えねえ。


「……此処は私が……」


 背中に当てられた温もり──それが愛しい女の腕である事が判ると、こんなにも安心できるものだな。戦いはまだ終わってないと云うのに、まるで、平和が訪れたような──


「絶対に死んではダメ。それは……私が許さないから……!」


 これで何度目だろう。またシェリーに助けられちまうなんてな。


 温かい風が、傷を埋めていく。

 閉ざされようとした五感も、血の巡りも……全部元に戻っていくのだ。


 瞳を覆う霧が消え去り、優しくて美しい少女の顔が映り込む。

 介抱される俺は、なんて幸せなんだ。


「お前のおかげで命拾いしたよ。ありがとな」


 ようやく動いてくれたこの手で、彼女の頬に触れてみる。その透き通るような頬は、今まで触れた中で一番温かかった。

 彼女は微笑を浮かべて静かに頷くと、「アレックスさん」とややしたたかな声音で呼び掛ける。


「扉が……開きましたわ」

「……だったら、いつまでもこうしてられねえな」


 シェリーの言う通り、吹き抜けの奥にあった扉が確かに開いている。俺たちは飛んで移動すると、その中をくぐった。


「この階段がそうか」


 入った矢先に飛び込んだのは、螺旋状に続く鉄製の階段だ。見上げれば途方もなく続いていて、『一生辿り着けないんじゃないか』と錯覚する。

 視線を水平に戻してみれば、シェリーが既に一段目に踏み入れようとしていた。だから俺は、少し弱気な背中に敢えて問い掛ける。


「本当に良いのか?」

「はい。私には、皆さんやアレックスさんがいますから」


 彼女は決して振り向かない。

 けれど──手すりに手を掛け、一段ずつ昇る足取りは覚悟を決めたように重々しかった。




(第七節へ)






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