騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第七節 エンデ鉱山

公開日時: 2021年5月24日(月) 12:00
文字数:4,387

 出撃の日。俺たち純真な花ピュア・ブロッサムとジェイミーの七人は、飛行船に乗ってエンデ鉱山へと向かった。


 岩だらけの山に降り立つと、すぐ視界に飛び込むのは線路だ。湾曲と直進が入り混じった道の先には、洞窟のような入り口がある。付近に放置された鉱山車両は比較的新しいもので、行方不明となった鉱夫たちは最後にこれに乗ったのだろう。

 いくつかの階段は、十数年かけて利便性を高めた証だと思われる。しかし、それらがいずれも入口に繋がる様子は無いし、俺らのような素人が昇れば生きて帰れる保証も存在しない。


 だから、まずは線路に沿って歩いてみるか。石壁に凹凸があるのに対し、空間は広く足場が安定している。天井にはランプが吊るされていて、ある程度見晴らしが良かった。至る所に木材の柱やアーチが存在するものの、それが何を意味するかはさっぱり判らない。


 先頭を歩くのは、アンナにエレ、そして俺だ。

 一方で、ジェイミーら他は後ろを歩く。マリアを奇襲から守るべく、アイリーンはあるじに真ん中を歩かせていた。


「ちょっと肌寒いわね……シェリーで暖を取ろうかしら」

「わー! 何処触ってるの!?」

「うふふ、たまには良いでしょ?」


 あの変態女王、いったい何してんだ……。まあ、此処が想像以上に冷えるのは事実だ。それだけ随分と日に当たっていない証だろう。

 だが、アンナとエレが魔物の気配を察知したのか、眉根を寄せて立ち止まる。彼女らはいつでも迎撃できるよう構えの姿勢を取り始めた。


「何かが来るよっ!」

「はい……わたくしの勘もそう言ってるのです」


 後ろで戯れていたマリアとシェリーも無言になり、背後から息を大きく吸う音が聞こえてくる。緊迫した空気の中、他方から現れたのは無数の蝙蝠だった。

 しかし、真っ先に攻撃を仕掛けたのは──


「シェリー! あたし達で始末するわよ!」

「うん!」


 マリアが杖を掲げ、シェリーが機関銃を構える。先に火蓋を切ったのはシェリーであり、絶え間ない銃声が次々と蝙蝠を撃ち落としていった。

 その傍らでじゅ魔法の詠唱に移るエレだが、蝙蝠の残党が群がって彼女に襲い掛かる。


「ひゃあ!!」

「エレ!?」


 アンナが助けに行こうと半歩踏み入れたとき、マリアは先端の水晶をエレの方に向けた。


焔撃フィアーレ!」

 小さな火の球が蝙蝠どもを包み込み、跡形もなく燃やし尽くす。明らかにエレにも飛び火したはずだが、それも花姫フィオラの力か火傷を負った様子が見られない。


 足下から聞こえてくる、掠れた呻き声。視線を落とせば、シェリーに撃ち落とされた蝙蝠が羽根を小刻みに動かし、死に抗おうとしていた。

 俺が構わずそいつを踏み潰すと血溜まりが広がり、鉱山に静寂が宿る。幸い花姫たちに怪我は無い……と思ったが、エレは突如よろめき出した。俺の手で彼女の細い身体を支えると、シェリーもエレの肩に手を回す。


「あうう……少し血を吸われてしまったのです」

「エレさん! いま私が手当をしますわ!」


 よく見れば、エレの白い腕には咬まれた痕がある。シェリーがそこに手を当てると、金色の光が宿り始めた。光の粒子はたちまち傷口を塞ぎ、エレの顔色が元に戻っていく。


「ありがとうございます、シェリー様!」

「いいえ! 回復したようで何よりですわ」



 その時、線路を駆ける音が鼓膜を掠めた。

 後方から近づく音は次第に大きくなり、アイリーンがついに声を張り上げる。



「線路から離れて!!」


 俺たちが一斉に脇道へバックステップした時、音の正体はついに姿を表した。


 それは──高速で線路を駆け抜ける、無人のトロッコ。

 前面の照明で俺らの目を晦まし、アイリーンに向かって直ちに突進する──!


「何ボーッと突っ立ってんだよ!? さっさと避け──」


 ジェイミーの怒号を遮る爆音。

 俺は思わず顔を逸らしてしまったが──予想は見事裏切られた。


 武闘家が依然と立ち尽くす一方、眼前に在ったトロッコが見当たらない。……否、ただの鉄くずと化した。

 彼女が突き出す左の拳が何よりも証拠だ。その拳は紫色のオーラに包まれており、澄み切った氣を漂わせる。優雅に揺れる赤橙の毛先から、彼女なりの余裕が窺えた。


「な……何が、起きてんだ……!?」

 ジェイミーが呆然と立ち尽くす中、マリアは誇らしげに補足する。


「アイリーンに掛かれば、どんな堅物もあっという間にガラクタよ。もちろん素手と自慢の脚でね」

「こいつぁ、やべえねーちゃんだな……」

「陛下、それは買い被り過ぎでございます」


 構えを崩すアイリーンだが、主に褒められて赤面しているようだ。堀の深い顔立ちからクールという印象だが、眉を下げて唇を噛む様子はちょっと可愛いな……。いや、これは目移りじゃねえぞ? 美人が多いのがいけねえんだ!


「アレックス様、随分と嬉しそうなのです……」

「あんたみたいなヤツが隊長とか、やっぱ何かの間違いだよな」

「おい! なんで俺がで見られなきゃならんのだ!? ほ、ほら! 早く行くぞ!!」


 エレにジェイミーまで、ゴミを見るような目はよしてくれよ……。

 何だかんだで俺たちは探索を再開するが、小声で話すマリアとシェリーの会話は駄々漏れだった。


「この男、どれだけ女に飢えてるのかしら」

「まあまあ。本人の前でそれは失礼だよ」

「失礼をしてきたのはあいつよ。今度は『シェリーも食べちゃうんじゃないか』って気がかりだわ」


 まあ、それに近いことをしたのは事実だが、随分と酷い言い掛かりじゃねえか? つか、アンナがさっきから白い目で見てるんだが。


「良いか、アンナ。大人たちの言葉に耳を貸すなよ」

「失礼だな! ボクはもう十七だよ!」

「す、すまん……」


「あーあ、女子を怒らせるとかますます最低だな」

「うるせえぞ吸血鬼バンパイア


 まさかアンナが十五歳せいじんを迎えてるとはな……てっきり十三ぐらいかと思ってたよ。あとアイリーン、さっきから俺を見てくすくすと笑うな。


 とりあえず角を曲がって辺りを確かめてみるが、此処は行き止まりのようだ。近くには木箱に擬装したミメーシスがいた為、酸を掛けて水色の宝石を回収する。特に持っていても意味は無いので、城下町フィオーレに戻ったら換金しておこう。


 しかし、先程の通路に戻った時の事。

 凄むような低声が遠方から響き渡り、先程まで朗らかだった空気が一気に破れる。


「隊長! 西の方から魔物が!」

「よし、今すぐ向かおう!」


 アイリーンのアドバイスを頼りに、俺たちはすぐさま西の通路へ駆ける。

 そこには、四メートル程の体躯を誇る怪物が立ちはだかっていた。


「くっ、此処にオウルベアーが居るとはな……」


 その名の通り、フクロウのような頭と熊のような胴体を持つ魔物。大きなくちばしにぎょろっとした目つき、長く伸びた爪は見る者に恐怖を与えるだろう。胸部にある銀の心臓は、土色の羽毛から見え隠れする。

 無論、このような敵に怖気づく俺たちではない。錯乱させるために、隊員らに散らばるよう指示。俺とアンナ・エレの三人は背後に回ると、オウルベアーは人形のように首を真反対へと向けた。


「喰らいなさいっ!!」


 先手を打ったのはマリアだ。えん魔法でオウルベアーを包み込むと、ヤツは『キェェ』と苦鳴を上げ始める。


 間髪入れずに、アイリーンは片手を地面に付けてげつ魔法を発動。オウルベアーの足下に展開された魔法陣は妖しく光り、毒々しい色の茨が全身を縛り付けた。

 巨体のフクロウを焦がす火は茨と絡み合うと、黒い炎となってさらに焼き尽くす! 炎が薔薇のように咲き誇ると、身体の至る箇所から鮮血が噴水のように溢れ出した。


 だが、オウルベアーはまだ抗うようだ。ヤツは羽毛に包まれた筋肉質な肉体を活かし、茨をすべて引きちぎる。黒い炎に包まれたそいつは大きく腕を振りかぶり──


「やらせるか!」


 向かいに立つジェイミーの声。彼はオウルベアーの目元へ大きく飛躍した後、片目に拳を入れる。肉が潰れるような音と共に稲妻が走り、その目を使えなくした。

 オウルベアーが仰け反る合間、シェリーが頭部目掛けてショットガンを放つ。けたたましい銃声を響かせ、肉片をぶちまけた魔物はついに思考も儘ならなくなる。


「とどめは、わたくしにお任せを!!」


 俺の隣に立つエレが弓矢を構える。その矢は、銀の心臓を狙うには十分すぎる程の大きさだ。


 彼女は弦を極限まで引き、険しい表情を見せる。

 そして矢羽根を持つ指先が離れたとき──矢はくうを切り、心臓に向かって真っ直ぐに放たれた!


 鏃が宝石に突き刺さると、黒焦げとなった身体は粉々になって命の花を散らす。ふわふわと舞う羽根もすぐに消えた事で、最初から其処に存在しなかったかのように思える。


「やっぱり七人だと全然違うね」

「防衛部隊でも苦戦を強いられるヤツが容易くやられるとはな」


 特に戦うまでも無かったアンナと俺。こうして何もせずにいるのは気が引けるが、誰かが怪我をするよりは全然良いか。


「ジャックのヤツ……この国に魔物を召喚して滅茶苦茶にしようったって無駄だぞ」

「……今度こそ、陛下の代でティトルーズ王国を終わらせるつもりでしょうね。でも、それも自分たちの手で終わらせるわ」


 今は見えぬ敵を睨む、ジェイミーとアイリーン。アイリーンはしなやかな手先で拳を作り、碧眼で未来を見据えるように堂々と佇んだ。隣に立つマリアは、そんなメイド長を真摯な眼差しで見つめている。


 しかし、マリアが此方へ向き直った直後。

 彼女は目を見開き、口を片手で覆い始めた。


「アンナ!!」

「えっ!?」


 マリアの掛け声にアンナが声を漏らす。

 誰もがアンナに視線を移した時、奇妙な事が起こっていた。


 地面からゆらゆらと湧き出る無数の手。黒と紫のまだら模様が特徴のそれらは、彼女の足首を掴んで執拗に下へ引っ張っていた。

 足下には黒い水溜まりがあり、彼女の踵が既に侵食されている。


「いやだぁぁああ!! は、放せぇぇえ!!」


 アンナは瞳に涙を浮かべ、手で懸命に払おうとする。水溜まりから現れた腕は更に伸び、今度は彼女の両手にも絡みついてきた。


「やめろぉ! ボクに何するんだよぉぉお!!」


 此処で見てる場合じゃねえ!

 俺は真っ先にアンナの元へ駆け寄り、彼女の腕を引っ張った。だが、魔物どもの腕力は想像以上だ。アンナは既に両足首──脹脛ふくらはぎと水の中へ引き込まれていく。


「アンナっ!!」


 同じくジェイミーも駆け寄り、もう片方の腕を引っ張るが……全く持って無意味だ。それどころか水溜まりが俺らの元へと広がり、水面に映る世界は深淵のように底が見えない。


 やめろ。やめろ。

 氷みたいな手で俺の脚に触れるな──!


「アレックスさん!!」

「来るな! 最悪、お前らだけで脱出し──」



 それが、恋人との最後の会話だった。

 俺らの身体は一気に深淵へと導かれ、水中に放られたような圧迫感がしばらく続く。



 何も見えないし、何も聞こえない。ただただ息が苦しいだけだ。

 もはや、アンナもジェイミーも居るのかすら判らない。


 まさかこれで終わり……なんて事はねえよな……?


 皆、それにシェリー。

 俺たちは必ず生きて帰ってくる。


 それまでは、お前たちで──




(第八節へ)






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