騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第八節 彼らの心、氷よりも冷たく

公開日時: 2021年11月22日(月) 12:00
文字数:5,940

 清の都ウンディーネにあるアングレスの領家も凍り尽くされ、既に銀月軍団シルバームーンが占拠しているようだ。屋根や中央庭園に立つのは、弓と銃を構える兵士たち。俺がロジャー達に号令すると、戦闘は再び始まりを迎えた。


「撃てぇぇえ!!!」


 前方に立つ兵士は一斉に銃口をこちらに向け、寸分たがわず光弾を発砲。後から弓兵が矢を放つ事で、俺たちの動きを封じてくる。

 だが、その思惑は吸血鬼によって阻まれた。


「無駄だよ!!」


 ジェイミーは俺たちの前に立ち、半球状の結界を展開。厚い膜は矢と銃弾から俺らを護り、あらゆる攻撃を無に変えてみせた。


「くそ、効かないだと……!?」

「第二陣、撃て!!」


 兵士たちは弾切れを起こしたのか、前方にいた彼らは撤退。入れ替わるように別の兵士たちが現れると、すぐさま発砲を再開した。

 無論、この機を逃すジェイミーではない。彼は片手を掲げてぶつぶつと詠唱すると、結界に大きな亀裂が走った。


「よし、効いたようだな!」

「いや待て! あれは反撃の予兆だ!!」

「よく判ってんじゃん。これが、お返しだっ!!」


 結界は硝子のような音を立て、破片が放射状へ放たれる。その破片は宙を舞う矢と弾を掻き消し、一部の兵士たちの身体を引き千切った。


「ぐあぁぁああ!!!」

「ごふ……っ!」

「そうそう、も忘れてたね♪」


 ジェイミーは前を突っ切った後、前方に跳躍しながら身体を横軸に回転。右腕を振り回すと、えんじゅの氣を同時に放出させて火の嵐を巻き起こした。


「ぎゃぁぁぁあぁあぁ!!! 熱いっ!! 熱いぃぃいいぃ!!!!」

「ふう、これで皆も動けるっしょ?」


「ああ、助かった!」

「次はうちに任せな!!」


 ジェイミーの魔法が強大である故か、先ほどの嵐で一部の氷や霜が溶け始めている。芝生や石畳が見え始めた頃、ヒイラギが目前の敵に向かって突進! 玄関の扉を護る二人の衛兵もまた、槍を構えて距離を詰めるが──。


「うぉ……!!」

「おわぁ!!」


 ヒイラギは彼らの間を横切る傍ら、刀を引き抜く動作で両断。彼女が刀を下ろすと、二人は血を噴出させながら呆気なく倒れた。

 一方、残党たちは俺に迫りくる。俺が片っ端から長剣で始末する傍ら、背後を護ってくれる大男が身近にいた。


「わざわざ俺を護りに来てくれたのか?」

「そりゃあてめぇが主将だからな! ほらよっと!!」


 玄関にいる敵も残りわずかだ。ヴァルカも魔法や斧槍ハルバードを華麗に駆使するおかげで、だいぶ片付いたようだ。


「よっし! 領主さんの家に突撃だな!!」


 無数の屍が転がる中、ロジャーが豪快に声を上げる。辺りがしんと静まり返ると、俺たちはついに巨大な二枚扉へと歩を進めた。


「領主さーーーん!! お邪魔するぜぇぇえぇぇ!!!」

「騒音により、敵の動作を検知……」

 このお気楽バカ野郎が扉を蹴破ったせいで、機械人形オートマタにまで呆れられてるじゃねえか……。


 それにしても、屋内はやはり薄暗いものだ。シャンデリアの蝋燭は灯っていないものの、今がまだ昼のおかげで何とか屋内を視認できる。内側へと弧を描く階段が左右に分かれており、一階と二階の正面はそれぞれで廊下へ繋がっているのだろう。双方にあるアーチ窓が真っ白な景色を映す事で、まるでモノトーンな世界に迷い込んだようだ。

 複雑な装飾は豪華な印象をもたらすが、とても長居したいとは思えない。ティトルーズ城と違って空気が酷く澱むのは、俺がアングレス家──厳密にいえば、ルドルフ元皇配を指す──に強い嫌悪を懐いているせいか?


「うっ……!」

 ヒイラギが短い苦鳴を上げて跪く。本来の姿を維持する彼女だが、どういうわけか身体いが黒い靄に包まれ、元の姿に戻ってしまう。


「おお!? 何が起こってんだい!?」

「強力な瘴気を確認。これにより、魔族は覚醒不能となります」


「どおりでムカムカすると思ったよ……あんたはどうだ?」

「俺もだ。薬で何とかなる話じゃ無さそうだな」


 まいった。これじゃあ、ロジャーとヴァルカ以外の魔族が本領発揮できないってワケか……。銀月軍団のヤツ、親父の力じゃ太刀打ちできねえからって卑怯な真似を──!


「おっ! 敵さんのお出ましだぜぇ!」

「だいたいはお前のせいだがな……」


 廊下から現れたのは、またしても無数の銃兵たち。彼らは俺たちと対峙するや、銃弾の連射で牽制をかましてきた。

 俺がすぐに剣で弾をはじくも、その違和感はすぐに生じる。剣身が受け止める硬質な物体の正体は鉛──光弾よりも激しい痛みを与えるものだ。


 ロジャーはその弾幕をくぐり抜け、曲刀で次々と薙ぎ払っていく。その間にも壁は蜂の巣と化し、しまいには窓ガラスが砕け散る始末だ。


「そんなんで、俺様を止められるとでも!?」

「ジェイミーの魔力低下を確認。これより支援いたします」


 くそ……この瘴気のせいでどうも身体が鈍い。頃合いを見てせい魔法を放っても、巧く敵の頭を狙えそうになかった。


「ヴァンツォをらせはせんぞ!!」


 隣に立つヒイラギは弓を構え、五本の矢を一気に斉射。矢は五人の頭を纏めて射抜いたが、無情にも銃弾は彼女の左肩に喰らいつく──!


「うあぁっ!!」

「ヒイラギ!」


「アレックス! てめぇは彼女を治せ!」

「承知した!」


 左肩を押さえ、痛みを訴えるヒイラギ。俺は彼女を比較的安全な場所に連れ出し、治癒薬ポーションを懐から取り出す。


「沁みるぞ」

「頼む。早く……!」


 女性の衣服を脱がすのは気が引けるが、今はそんな事考えている場合ではない。

 襟を捲る事で細い左肩を露わにすると、そこから鮮血がどくどくと溢れ出る。まずはハンカチで血を拭き取ると、その上から薬を垂らした。


「くぅ……っ!!」

「弾が出てきた。もう少しだ」


 ヒイラギは身体を仰け反らせ、目尻に涙を浮かべる。その間にも、傷口からは一発分の銃弾が露出し、するりと抜け落ちた。

 ここまで来ればすぐに回復するだろう。傷口が急速に塞がるにつれ、ヒイラギも落ち着きを取り戻す。痛みが引いたようで、彼女は「恩に着る」と和装を着直した。


「お前はそこから援護しろ」

「判った。あんたも気を付けて」


 また彼女が負傷しては、治療した意味がない。そこで俺はヒイラギの前に立ち、彼女に迫りくる兵士を薙ぎ払ってみせた。

 しかし、どんなに倒しても兵士は絶え間なくやってくる。一同が疲弊する中、ロジャーだけは楽しそうに曲刀を振り回していた。


「良いねぇ!! 全員掛かってきなァ!!」

「離反者どもを生かすな!!」

「行けぇぇぇえぇ!!!」


 いったいあいつの肺活量はどうなってるんだ……? 彼が刀を振り回すたびに炎の軌道が生じ、後から襲う兵士たちを焦がしていく。

 一方、ヴァルカとジェイミーに視線を移してみると、ヴァルカはちょうどハルバードで兵士の身体を真っ二つにしていた。


 兵士のマシンガンが宙を舞い、ちょうど俺の手元に渡る。

 ここは、まだ弾があると信じて──!


「とっとと退きな!!」


 トリガーを引き、突進する奴らの頭を貫通させる。ああ、動乱の時と違って気楽だ。快楽さえ覚えてしまう。


「なっ!? アレク、銃も使えたのか!?」

「少々の経験と判断。しかし、命中率は九二%と推定」

「シェリーに教えてもらったんだ。一緒に訓練してた時にな!」


 銃の扱いは、付き合う前から身に付けたものだ。マリアが召喚した幻影を一緒に撃ち抜いた事が、何だか懐かしく思える。

 今後も銀月軍団シルバームーンを相手にする以上、銃器ほかの扱いも身に付けておかねばならない。そのためにも、まずは彼女を救出するんだ!


「ひぎ……っ!」

「首領、様……!」

「……ふう。こんなもんか」


 もうどれ程の敵を相手にしたか判らない。辺り一面に血だまりが広がるせいで、霜もだいぶ降りたようだ。

 それでも酷寒は未だ拭えず。身体が熱いうちに動くとしよう。


「此処は二手に分かれる。二階は俺とジェイミー、一階はロジャーとヴァルカ・ヒイラギで回ってくれ」

「承知。御主人様マエストロ、後ほど合流を」


 こうして俺とジェイミーは左手から階段を昇り、そのまま左へ曲がってみる。通路沿いの小部屋はドアが開かれており、兵士たちは此処に立てこもっていたのだろう。一つ一つをくまなく探すが、いずれも破損した家具ばかりで有力な情報は見当たらない。


「あのさ、奥の扉開けてみない?」

「そうだな。もしかすると、領主がいるかもしれん」


 結局俺たちが辿り着いたのは、奥にある両開きの扉。他の部屋と比べて派手な装飾を施したそれは、領主の部屋と推測してみる。

 早速ジェイミーが片方の扉を開けると、全身を凍らす程の冷気が毛穴に入り込んできた。


「ちわーっす。……つか、寒っ!!」


 大きな格子窓は曇り、暖炉やシャンデリアに氷柱が降りる程だ。カーペットを踏みしめるたびに軽やかな音が鳴るせいで、まるで極寒の国コズミシアに迷い込んだのかとも思ってしまう。

 ふと右の方へ視線を移せばダブルベッドがある。その手前で氷漬けにされているのは、金髪が特徴的な男女。四~五十代の人間であろう彼らは、怯えた様子で手を差し伸べたままだ。


「ジェイミー、お前の魔法で部屋を暖められねえか?」

「お安い御用!」


 鼻を啜りつつ片手を突き出すジェイミー。彼の手中に炎が宿ると、瞬く間に氷や霜が溶け出した。氷柱はたちまち水と化し、滴るたびに湿っぽい音を立てる。少し水浸しのせいで歩きづらいが、今は割り切るとしよう。

 凍てついた夫妻も例に漏れず、氷が次第に解けていく。意識を取り戻した彼らはすぐに慌てふためいたので、俺は心を無にし跪く事に。


「あああああああ!!! 貴方あぁあ!!」

「な、ななななな何が起こってるんだ!!?」

「どうか落ち着いてください。私は純真な花ピュア・ブロッサム 隊長アレクサンドラ・ヴァンツォ。故あって隊員は不在ですが、貴方がたを救出しに参りました」


「な……お主が!?」

「息子の次は、私たちを……!! この人殺しぃぃいいぃ!!!!」

「待てって!! あれはマジでしょーがなかったんだよ!!」


「『何がしょうがない』だ!! ティトルーズの未来を潰したのはお主らだぞ!!」

「貴方、こうなればあの剣を──」

「…………」


 だからアングレス家とは話したくなかった。確かに俺は彼らの息子を殺したが、“陛下マリアが彼に襲われた”という肝心な事実が抜け落ちている。あのまま放置すれば、本当にこの国の未来が潰えてたかもしれないのだ。

 それにしてもどうしたものか。領主は宝であろう剣を取り出し、俺たちに刃を向けてくる。俺が下手に動けば、更に面倒事が起きると確信した。


 突如、ジェイミーは『良い事思いついた』と言わんばかりに指を鳴らす。

 そして──。


──ドォォォオオォオオ!!!


「ひぃぃぃいいぃ!!!!??」

「ここには大切なモノがいっぱいあるの!! だから燃やさないでーー!!」

「ああ、悪りぃわりぃ。あんた達と会ったのも何かの縁だし、ちょっとした手品を見せてやろうと思ってねー」


 いかにも悪びれもない様子のジェイミー。彼が引き起こした爆発はカーペットの一片を燃やし、天井に張り付く氷が解けて雨のように垂れる。そのおかげか領主は剣をしまい、奥方は委縮して夫の背に隠れ出した。


「じゃ、アレク。本題~」

「友人が御迷惑をお掛けしてしまい、謹んでお詫びいたします。さて、昨今清の都ウンディーネが吹雪に見舞われた事につきましては心中お察し申し上げます。早速ですが、犯人の行方についてご存知ありませんか?」


「……あのと化け物の息子か……確か広間にいるはずだ。何やら女の子を攫ったようでね、彼女の悲鳴も聞こえてきたよ」

「「!!」」


 やはり、ジェイミーの推測通りって事か……?! 思わず息を呑むも、すぐに平静を取り戻し尋ねてみる。


「その女性の声に心当たりはございませんか?」

「何となくシェリーちゃんに似てたわ。私たちで助けたかったけど、この状態だからどうにもならなかったの」


 ルドルフがシェリーをよく思わなかったのに対し、領主夫妻は『助けよう』と思った。娘であるルーシェを『非才』と言いながらも、彼女と遊んでくれた礼か。

 しかし──奥方が放った理由は、あまりにも思いがけぬものだった。



「第一、せい魔法しか扱えぬ女は私の娘なんかじゃないわ。シェリーちゃんが彼女を葬った事で、私たちアングレス家の名誉は保たれるの。だから、ルドルフが取り乱す必要なんて決して無いのにね。私が求めていたのは、シェリーちゃんのように健気で並々ならぬ力を持つ子──地を統べるには、力が第一。貴方たちにもそれぐらい判るでしょう?」



 ……ルドルフ兄妹は反吐が出る程に厄介だった。だからって、それは自分の娘に言って良い言葉なのか?

 胸中に苛立ちが募っていく。もし彼らがルーシェを大事にしていれば、ルドルフももっとでいられたんじゃねえのか?


 この怒りを代弁するように吐き捨てたのは、他らなぬ友だった。


「あんた達を助けた俺様がバカだったよ。こーゆーヤツが都を護ってるとか、此処に住んでる連中がマジ可哀想だね」


「貴様!! 先程から我々に何たる事を!!」

「よして旦那様! お願い、何でもするから今の話を口外しないで!!」


「何でもする、ねぇ……」

「ジェイミー、もう良い。……とにかく、貴方がたは此処から出るべきではございません。私の指示に従って頂ければそれで結構でございます」


「人殺しの言葉に従うなんざ不本意だが、致し方あるまい……」

「ああああ、ありがとうございます! 私たちは救われたのね……!」


 本音としてはジェイミーの言葉通りだが、仮にも俺は王家直属の騎士だ。もしこの夫妻が果てれば、清の都ウンディーネの秩序があやふやになってしまう。

 これ以上いても虫の居所が悪いだけなので、部屋を後にしよう。ジェイミーはドアノブに魔力を注ぎ込む事で、部屋全体に施錠の魔法を掛ける。彼らとの会話が一応終わると、途端に気力が失われてしまったようだ。


「はあ……」

「おつ。ちょっと一休みする?」


「いや、その時間は無い。全くイラつかねえつったら嘘になるがな」

「だから休もって。俺様も疲れちったしさ」


 こういう事で足を止めれば、シェリーがどうなるか判らない。深呼吸で怒りを鎮め、反対側の通路へ向かおうとした刹那──。


「!? 爆発か……?」

「この感じ、ロジャーかもね。ちと行ってみますか!」


 何かが爆ぜる音と共に、窓が振動を起こした。俺たちは全速力で駆け、廊下を照らすアーチ窓に向かって跳躍。ガラスを突き破って飛び降りると、大きなプールが見える中庭に着地した。

 付近にはパラソルの形をしたヒーターがあり、傘の部分からも氷柱が下がっている。人工的な湖は、一面が凍るせいでスケート場のようだ。


「おお! ちょうど良かったぜ! この仮面の王子さんをやってくんねえか?」


 ロジャーは振り向く事なく、曲刀を構えたままある人物と対峙。その人物とは──。



「……ついに来たか。わたくしと彼女の愛を阻む者たちよ」



 顔の右半分を不気味なマスクで覆う、金髪碧眼の男。

 その亡霊の名は──ルドルフ・アングレスだ。




(第九節へ)






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