ルーセ王国──それは、“魔族の楽園”とも呼ばれる国。しかし、その実情は格差社会だ。魔族至上主義としているが、中でも富裕層だけが優遇される。無論、手を汚しても咎められる事など無い。裕福になれるのなら、財産を奪うことだって厭わないのだ。
その国に住む人間は、奴隷として生かされる。隣するティトルーズ王国にて行方不明の女子供が続出した事は、想像に難くない。アリスもその一人であり、国王アルフレードとの子を生まされてしまう。蛇の血を引く彼は、世間から“大いなる毒蛇”と呼ばれた。
やがてティトルーズ王国は、隣国の“へプケン”と連合軍を結成し、ルーセ王国を壊滅へ追い込む。
アルフレードとアリスの間で生まれたジャックは、ルーセの再建を図るべく発起したのだろう。高い霊力を後世に継ぐ事を考えれば、彼がシェリーに執着するのも納得だ。
「それにしても、厄介な構造だ」
本来のセレスティーン大聖堂は、内陣以外の立ち入りが許されない。銀月軍団が此処を占拠する以上は迷宮化など待った無しだが、此処まで面倒だとは思ってもみなかった。
回廊に敷かれた赤い絨毯の上を暫し歩いていると、絵画が幾つも飾られた部屋が見える。此処は、限られた者が入れる画廊だと察知。しかも、随分とガタイの良い騎士たちが六体も佇んでいた。
誰もが鎚矛を持ち、広々とした部屋を徘徊する。向こう側には扉があるが、タダで通すなど有り得ない。
ならば、一体ずつ誘き寄せよう。
まずは、出入口付近を回る騎士から。俺は壁際に隠れ、ぴゅうと口笛を吹く。すると鎧の擦れる音が止まり、辺りを見渡し始めたようだ。
さあ、来い。巡回は他のヤツに任せて、お前だけこっちに来い。きちんと相手してやるから。
「「………………」」
──って、あれ?
なんで表に出ないんだよ。口笛に反応してくれた騎士は、ただ出入り口に止まったままだ。しばらく様子見していると、その騎士が踵を返して再び巡回を始める。
……あいつが出たところを刺したかったが、思い切って顔を出してみるか?
今度は出入り口から三メートルほど距離を開け、視線を送ってみる。すると誰かがまた気づき、出入り口に立ってくれた。
……が、そいつもただ棒立ちするだけだ。もちろん近接武器を構えていれば、俺に仕掛けることもできない。けれど暫く俺を見つめた後、持ち場に戻るだけなのだ。
いくらでかぶつとはいえ、入口の横幅は成人男性一人分だ。部屋の外で彷徨くヤツがいれば、俺は真っ先に始末する。しかし、動きがどうも人間らしくない。首の動かし方や歩き方は、まるで機械のようにぎこちないのだ。
……ん? 機械か……。そういや、ジェイミーが偵察してくれた時に教えてくれたよな。
おそらく彼らは、行動範囲を画廊内に留めるよう入力されているのかもしれない。そうすれば、俺が入った途端に全員からボコられるだろう。
これは……やべえな。
汗がこめかみを伝うも、避けては通れない。ダイスに身を任せて戦おう。
長剣を鞘に収め、背負っていたマシンガン──離反者が手にした魔力変換銃──に持ち替える。それから思い切って一メートル前後まで近づくと、うち一体が侵入者を認識したようだ。
人型の機械──すなわち機械人形は、世界中で蒸気機関が発達した頃に誕生した。その多くは人々の暮らしを支えるために生まれたものであり、軍用を開発する際は厳重に管理せねばならない。ちなみに俺はその存在をへプケンで知ったが、それはあくまで生活支援用だ。
今ここで確認できるオートマタは、おそらく聖騎士を模したものだろう。近接と陽魔法を兼ね備える彼らがどんな動きをするのか、全く想像がつかない。
出入り口の前で深呼吸すると、手前の騎士がこちらに近づいてきた。
よし……今だ!
僅かな魔力をマシンガンに注ぎ込み、トリガーを引く!
しかし──連なる光弾を何かが弾き出し、甲高い音が鳴り響く。
俺はいったん射撃をやめ、見えぬ壁の特質を記憶から探ってみた。
この魔法は、一般魔法である防御壁と違って特殊なものだ。使役者にとって都合の悪いもの全てを弾き、都合の良いものだけを受け入れる。
使い方としては、『侵入者の攻撃は全て防ぐが、特定の場所へ引き入れる』というのが定石だ。そのため、この魔法は“誘引の結界”と名付けられている。
「……その誘い、特別に乗ってやる」
意を決して踏み入れた刹那、聖騎士どもが俺を視界に入れ目を赤く光らせる。するとメイスの先端が上へ曲がり、細い筒のような武器に変形した。
『まさか』と思ったその時、三体は一斉に陽魔法の弾を乱射。隙間なく撒かれた弾をサイドステップで回避し、壁をキック。そのまま宙へ転回する俺は真下に向けて撃ち返すが、どの弾も頑丈な鎧に弾かれてしまった。
僅かな隙間に着地した瞬間、付近の騎士がメイスを振り下ろす。俺が後ろへ跳躍する事で当たらずに済んだが、思考を巡らす余裕など無い。
ちょうどそこへ、弾の嵐が止んだようだ。奥を見てみると先程の三体は冷却期間と云った様子で、銃口から煙が噴き出る。遠くで見つめる二体は様子見だろう。近づけばロクな事にならない。
反撃なら今のうちだ。
右手に清魔法を宿し、天に掲げる!
「氷霧!!」
冷気を込めた霧が掌から溢れ、急速に視界を曇らせる。突然の低温に追いつかないオートマタは、唸るような音を立てて停止した。動きそうな気配があるものの、こちらが切れば問題ない。
手前の騎士に視線を戻せば、鎧の隙間からコードの塊が垣間見える。それはオートマタにとっての血管であり、どんな有能な機械も切られたら終わりだ。
今度は清魔法を剣身に注ぎ、そいつに向かって横に一閃。すると小気味良い音と共に分断され、上半身だけが床に落ちた。
次は支援者だ。例の二体は腕を動かそうとしている。ますは左にいるヤツから狙おう。
右腕に繋がれたコードを切断され、無力化する騎士。左に立つ彼もまた、斜め下から切られた事で心臓部分に損傷が入った。
彼らの身体から噴出する青い液体──もしや、魔力回復剤か? オートマタの燃料は国によって様々だが、此処は薬で動かしていたのだろう。それならば、手元の薬を使わなくても良い方法があるな。
今の俺は疾風だ。先程光弾を乱射した三体に迫り、舞うように終止符を打つ。爆発が付近の聖騎士を巻き込むと、たちまち機能不全となった。
俺が剣を下ろした時、最後のオートマタが倒れる。
再びこの聖堂に静寂が戻ると、ガラクタと化した騎士たちに目を向けた。
コードが無残に千切れ、床に青い血が広がっていく。剣身に付着した血糊を指の腹でなぞると、俺はその指先を試しに舐めた。
薬特有の苦味が口の中で広がり、魔力が漲ってくる。そして俺は床に這いつくばり、必要分だけ啜る事にした。生き残りたいなら、ただ上品に瓶を開けるだけではダメだ。目の前に落ちてるモノを限りなく使う事で生きていけるのだ。
「もう十分だろう」
魔力が回復した俺は立ち上がり、閉ざされた扉に手を掛ける。再び回廊に出ると、手当り次第シェリーとランヘルを探してみた。
「此処にもいねえか」
雑魚を倒しつつ向かった先は地下牢。どの牢獄よりも整った造りだが、それでも魔族のものと思われる赤黒い点々が目立つ。換気ができない場所だからか、あらゆる異臭が鼻孔をくぐって吐き気を催す。
だが、右中央に位置する部屋だけは使い込まれたような形跡があった。天井から吊るされた手枷に、おびただしい量の血──。
その時、苦痛に顔を歪めるシェリーが目に浮かんだ。もし彼女が此処で拷問をされてたとしたら……
「……いや、今は考えてはダメだ」
此処で理性を失くせば命を落とすだけだ。
それで憤りが収まればどんなに楽なことか。
最悪な流れがよぎってしまった俺は、この拳で汚れた壁を殴ってしまう。でも、これで良い。後はあのクソ野郎に全部ぶつければ良いんだ。
役に立ちそうなモノは存在しないし、此処にいればいる程気分が悪くなる。俺は早々と立ち去り、階段を使って二階へ向かった。
二階を探索していると、幅広の部屋が見つかった。此処は最上階なだけあって比較的見晴らしが良い。東の方を見遣れば漆黒の空に満月が浮かび、黄金の光が窓に射す。
敵が入り込まぬよう両開きの扉を閉めると、正面奥で蠢く大きな影を目視。獣の耳を生やしたそいつは、一枚扉を背にして立ち尽くしていた。
整った毛並みに、鍛えられた肉体。尖った耳からして、おそらく狼男だろう。
その正体を確かめるべく、一歩ずつ近づいていく。だがその行動が、俺の足を止めるとは思ってもみなかった。
「嘘、だろ……」
銀灰の毛並みに、金色の左眼。
長年眼帯に包まれた右眼は露わになり、鮮血のように紅く光っていた。
その狼男は鋭い眼差しで俺を捉え、渋みのある声でこう告げる。
「わしを越えてみせろ」
皮膚感覚は末端まで失われ、長剣がついに滑り落ちる。
それでもなお、彼は高く跳び──
爪を振り下ろしてきた。
(第四節へ)
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