騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第三節 機械仕掛けのパラディン

公開日時: 2021年7月30日(金) 12:00
文字数:3,590

 ルーセ王国──それは、“魔族の楽園”とも呼ばれる国。しかし、その実情は格差社会だ。魔族至上主義としているが、中でも富裕層が優遇される。無論、手を汚しても咎められる事など無い。裕福になれるのなら、財産を奪うことだって厭わないのだ。

 その国に住む人間は、奴隷として生かされる。隣するティトルーズ王国にて行方不明の女子供が続出した事は、想像に難くない。アリスもその一人であり、国王アルフレードとの子を生まされてしまう。蛇の血を引く彼は、世間から大いなる毒蛇ヨルムンガンドと呼ばれた。


 やがてティトルーズ王国は、隣国の“へプケン”と連合軍を結成し、ルーセ王国を壊滅へ追い込む。

 アルフレードとアリスの間で生まれたジャックは、ルーセの再建を図るべく発起ほっきしたのだろう。高い霊力を後世に継ぐ事を考えれば、彼がシェリーに執着するのも納得だ。


「それにしても、厄介な構造だ」


 本来のセレスティーン大聖堂は、内陣以外の立ち入りが許されない。銀月軍団シルバームーンが此処を占拠する以上は迷宮化など待った無しだが、此処まで面倒だとは思ってもみなかった。


 回廊に敷かれた赤い絨毯の上を暫し歩いていると、絵画が幾つも飾られた部屋が見える。此処は、限られた者が入れる画廊だと察知。しかも、随分とガタイの良い騎士たちが六体も佇んでいた。

 誰もが鎚矛メイスを持ち、広々とした部屋を徘徊する。向こう側には扉があるが、タダで通すなど有り得ない。


 ならば、一体ずつおびき寄せよう。

 まずは、出入口付近を回る騎士から。俺は壁際に隠れ、ぴゅうと口笛を吹く。すると鎧の擦れる音が止まり、辺りを見渡し始めたようだ。


 さあ、来い。巡回は他のヤツに任せて、お前こっちに来い。きちんと相手してやるから。



「「………………」」



 ──って、あれ?


 なんで表に出ないんだよ。口笛に反応してくれた騎士は、ただ出入り口に止まったままだ。しばらく様子見していると、その騎士が踵を返して再び巡回を始める。

 ……あいつが出たところを刺したかったが、思い切って顔を出してみるか?


 今度は出入り口から三メートルほど距離を開け、視線を送ってみる。すると誰かがまた気づき、出入り口に立ってくれた。

 ……が、そいつもただ棒立ちするだけだ。もちろん近接武器を構えていれば、俺に仕掛けることもできない。けれど暫く俺を見つめた後、持ち場に戻るだけなのだ。


 いくらとはいえ、入口の横幅は成人男性一人分だ。部屋の外で彷徨うろつくヤツがいれば、俺は真っ先に始末する。しかし、動きがどうも人間らしくない。首の動かし方や歩き方は、まるで機械のようにぎこちないのだ。


 ……ん? 機械か……。そういや、ジェイミーが偵察してくれた時に教えてくれたよな。

 おそらく彼らは、行動範囲を画廊内に留めるよう入力インプットされているのかもしれない。そうすれば、俺が入った途端に全員からボコられるだろう。


 これは……やべえな。

 汗がこめかみを伝うも、避けては通れない。ダイスに身を任せて戦おう。


 長剣を鞘に収め、背負っていたマシンガン──離反者が手にした魔力変換銃──に持ち替える。それから思い切って一メートル前後まで近づくと、うち一体が侵入者おれを認識したようだ。


 人型の機械──すなわち機械人形オートマタは、世界中で蒸気機関が発達した頃に誕生した。その多くは人々の暮らしを支えるために生まれたものであり、軍用を開発する際は厳重に管理せねばならない。ちなみに俺はその存在をへプケンで知ったが、それはあくまで生活支援用だ。


 今ここで確認できるオートマタは、おそらく聖騎士パラディンを模したものだろう。近接とよう魔法を兼ね備える彼らがどんな動きをするのか、全く想像がつかない。

 出入り口の前で深呼吸すると、手前の騎士がこちらに近づいてきた。


 よし……今だ!

 僅かな魔力をマシンガンに注ぎ込み、トリガーを引く!


 しかし──連なる光弾を何かが弾き出し、甲高い音が鳴り響く。

 俺はいったん射撃をやめ、見えぬ壁の特質を記憶から探ってみた。


 この魔法は、一般魔法である防御壁バリエラと違って特殊なものだ。使役者にとって都合の悪いもの全てを弾き、だけを受け入れる。

 使い方としては、『侵入者の攻撃は全て防ぐが、特定の場所へ引き入れる』というのが定石じょうせきだ。そのため、この魔法は誘引の結界インドゥジオヌと名付けられている。


「……その誘い、特別に乗ってやる」


 意を決して踏み入れた刹那、聖騎士どもが俺を視界に入れ目を赤く光らせる。するとメイスの先端が上へ曲がり、細い筒のような武器に変形した。


『まさか』と思ったその時、三体は一斉に陽魔法の弾を乱射。隙間なく撒かれた弾をサイドステップで回避し、壁をキック。そのまま宙へ転回する俺は真下に向けて撃ち返すが、どの弾も頑丈な鎧に弾かれてしまった。

 僅かな隙間に着地した瞬間、付近の騎士がメイスを振り下ろす。俺が後ろへ跳躍する事で当たらずに済んだが、思考を巡らす余裕など無い。


 ちょうどそこへ、弾の嵐が止んだようだ。奥を見てみると先程の三体は冷却期間と云った様子で、銃口から煙が噴き出る。遠くで見つめる二体は様子見だろう。近づけばロクな事にならない。


 反撃なら今のうちだ。

 右手にせい魔法を宿し、天に掲げる!


氷霧ネヴィッシモ!!」


 冷気を込めた霧が掌から溢れ、急速に視界を曇らせる。突然の低温に追いつかないオートマタは、唸るような音を立てて停止した。動きそうな気配があるものの、こちらが切れば問題ない。

 手前の騎士に視線を戻せば、鎧の隙間からコードの塊が垣間見える。それはオートマタにとっての血管であり、どんな有能な機械も切られたら終わりだ。


 今度は清魔法を剣身に注ぎ、そいつに向かって横に一閃。すると小気味良い音と共に分断され、上半身だけが床に落ちた。


 次は支援者だ。例の二体は腕を動かそうとしている。ますは左にいるヤツから狙おう。

 右腕に繋がれたコードを切断され、無力化する騎士。左に立つ彼もまた、斜め下から切られた事で心臓コア部分に損傷が入った。


 彼らの身体から噴出する青い液体──もしや、魔力回復剤か? オートマタの燃料は国によって様々だが、此処は薬で動かしていたのだろう。それならば、手元の薬を使わなくても良い方法があるな。


 今の俺は疾風だ。先程光弾を乱射した三体に迫り、舞うように終止符を打つ。爆発が付近の聖騎士を巻き込むと、たちまち機能不全となった。


 俺が剣を下ろした時、最後のオートマタが倒れる。

 再びこの聖堂に静寂が戻ると、ガラクタと化した騎士たちに目を向けた。


 コードが無残に千切れ、床に青い血が広がっていく。剣身に付着した血糊を指の腹でなぞると、俺はその指先を試しに舐めた。

 薬特有の苦味が口の中で広がり、魔力が漲ってくる。そして俺は床に這いつくばり、必要分だけ啜る事にした。生き残りたいなら、ただ上品に瓶を開けるだけではダメだ。目の前に落ちてるモノを限りなく使う事で生きていけるのだ。


「もう十分だろう」


 魔力が回復した俺は立ち上がり、閉ざされた扉に手を掛ける。再び回廊に出ると、手当り次第シェリーとランヘルを探してみた。




「此処にもいねえか」


 雑魚を倒しつつ向かった先は地下牢。どの牢獄よりも整った造りだが、それでも魔族のものと思われる赤黒い点々が目立つ。換気ができない場所だからか、あらゆる異臭が鼻孔をくぐって吐き気を催す。

 だが、右中央に位置する部屋だけは使い込まれたような形跡があった。天井から吊るされた手枷に、おびただしい量の血──。


 その時、苦痛に顔を歪めるシェリーが目に浮かんだ。もし彼女が此処で拷問をされてたとしたら……


「……いや、今は考えてはダメだ」


 此処で理性を失くせば命を落とすだけだ。

 それで憤りが収まればどんなに楽なことか。


 最悪な流れがよぎってしまった俺は、この拳で汚れた壁を殴ってしまう。でも、これで良い。後はあのクソ野郎に全部ぶつければ良いんだ。

 役に立ちそうなモノは存在しないし、此処にいればいる程気分が悪くなる。俺は早々と立ち去り、階段を使って二階へ向かった。




 二階を探索していると、幅広の部屋が見つかった。此処は最上階なだけあって比較的見晴らしが良い。東の方を見遣れば漆黒の空に満月が浮かび、黄金の光が窓に射す。

 敵が入り込まぬよう両開きの扉を閉めると、正面奥で蠢く大きな影を目視。獣の耳を生やしたそいつは、一枚扉を背にして立ち尽くしていた。


 整った毛並みに、鍛えられた肉体。尖った耳からして、おそらく狼男だろう。

 その正体を確かめるべく、一歩ずつ近づいていく。だがその行動が、俺の足を止めるとは思ってもみなかった。



「嘘、だろ……」



 銀灰の毛並みに、金色の左眼。

 長年眼帯に包まれた右眼は露わになり、鮮血のように紅く光っていた。


 その狼男は鋭い眼差しで俺を捉え、渋みのある声でこう告げる。



「わしを越えてみせろ」



 皮膚感覚は末端まで失われ、長剣がついに滑り落ちる。

 それでもなお、彼は高く跳び──



 爪を振り下ろしてきた。




(第四節へ)






読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート