騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第六節 機械少女《上》

公開日時: 2021年9月2日(木) 12:00
文字数:3,098

「侵入者を捕捉。これより、殺戮段階に移行します」


 直前に機械人形オートマタ型のガーゴイルと戦わせられた理由が判った。げつのオーブを守るのは、同じく鋼で造られた少女ヴァルカなのだから。

 此処は、げつの神殿における中枢部。女神アルテミーデの石像に埋め込まれたオーブは、助けを求めるように葵色の光を強く放っていた。


 ヴァルカは水晶のような眼で俺たちを捉え、お得意の斧槍ハルバードを握り締める。俺も鞘から長剣を取り出すが、まばたきをした直後にを覚える。


「え……?」


 彼女の気配が無い。

 そう思いきや、


「殲滅」


 俺の身体は既に宙を舞い、視界と音が無に変わる。

 そして──


「がぁ……っ!」


 全身が千切れそうな痛み。激痛に抗えない俺は、そのまま落ちゆくのみだった。


 何もかもが遅く感じる。

 その間にも、彼女らの声が耳に届いた。


「まさか、詠唱無しで……!?」


 慌てる様子のマリア。

 しかし、ヴァルカは変わらず機械的な声で応じるのみ。


「私があなたに勝てる確率、九九──」


 何が九九%だ。あんなヤツ、さっさと倒せるはずなのに身体が動こうともしねえ。


 もはや受け身を取るにも間に合わない。

 このまま頭を打ち、花姫フィオラたちを敗北に追い込んでしまうのだろうか。



「ダメぇ!!!」



 ……いや、違う。

 これはシェリーの声だ。俺の身体は浮いたままかと思いきや、ゆっくりと着地していく。頭と背が冷たい感触を覚えるも、どこか温もりがあるのだ。


 舞い上がる蒼い花弁──シェリーが霊術を使った証だ。幾度も触れてきた温もりが胸の上に添えられ、痛みが徐々に消えていく。


「いま治しますから!」


 顔を歪め、必死に祈りを捧げるシェリー。彼女の髪が揺れ、放たれる黄金の粒子はゆらゆらと俺の全身に収束した。


 痛みも傷も癒え、意識が鮮明になっていく。

 血の巡りが戻ろうとした時、ある少女の声が現実へと引き戻した。



「やらせないわよ!!」



 マリアの怒声と共に、何かが俺たちを包み込む。その正体は、半円状の結界──防御壁バリエラそのものだ。稲妻が結界の表面へ迸るも、中に入り込むことは無い。

 ふと首を左に動かせば、アイリーンもその結界の中にいる。だが、魔物を倒してきた時と違って身を縮こませているようだ。


「う、うう……」


 彼女が怯えるのも無理もない。相手は、人間に化けた鋼鉄な異形。何をしてくるか俺ですら予想し難いのだ。

 傷が癒えた俺はすぐさま起き上がり、アイリーンを抱き締める。その上半身は腕の中に収まるほど小さく、親心のような何かを懐かせる。あれだけ強気だった彼女だが、今回ばかりは胸に顔をうずめてきた。


「大丈夫だ。俺たちが全て片付ける」

「……うん」


 アンナが刃を交え、エレの矢がくうを切る。

 アイリーンを落ち着かせる傍ら、攻撃のチャンスを窺おう。


 ハルバードを振り回すヴァルカに、無駄な動きは見られない。アンナが大剣で払うも、頑丈な斧が全て受け止めるのだ。

 ヴァルカは残像が見える程の速さで薙ぎ払い、鋭利な矛で剣士を追い込んでいく。その隙にエレは弓を射るが、ヴァルカは射手の息遣いに気付けるようだ。


「遮断」


 片手に持ち替え、素早く回すヴァルカ。風車と化したハルバードは全ての矢を弾き落とし、げつの衝撃波をエレに放った。

 エレは目を見開くも、咄嗟にローリングで回避。衝撃波が壁に衝突すると、爆音と共に大きな窪みが生じた。


「ちっとも乱れてねえじゃん……いったいどうなってんだ?」


 珍しく戦闘中に毒づくエレ。ドスの利いた声音で咳払いすると、懐からある薬瓶を取り出した。

 それは、敏捷性を上昇させる薬だ。エレは小瓶を口に当てて飲み干すと、彼方へ放り投げる。瓶の割れる音が聞こえてきたが、彼女は気にも留めずダガーを引き抜いた。


 アンナとヴァルカが間合いを取る中、エレが注意を引く。

 ヴァルカは直ちに振り返るが、銀の軌道は彼女の脚部を捉えた。


 黒い令嬢服のスカートに風穴が空き、白い肌が垣間見える。

 それを見たアンナは、大剣でくうを薙ぎ払って光の衝撃波を放った。


「軽度の損傷」


 よう魔法がヴァルカに追い打ちを掛け、服の随所を更に破く。無論、そこで攻撃をやめるアンナでは無かった。



「はぁぁあぁああああぁぁ!!!!」



 剣士は気迫を柄に込め、

 白い刃を振り下ろす!!


「──!」


 ヴァルカは短く声を漏らし、ハルバードの斧で剣を受け止める。依然として表情を変えぬ彼女が、一瞬だけ歪ませたのは気のせいだろうか。


「街の人々を苦しめるヤツなんて、滅べばいいんだっ!!」

「降伏を推奨」

「ボクたちが降りるわけ……!」

「対象者を反逆者と再認識。攻撃を継続します」


 ヴァルカの身体が黒く光り、アンナを後方へ弾き飛ばす。アンナはその衝動で身体を打ち付け──られるかと思いきや、受け身を取って再び迫る!


「やっ! たあぁああ!!」

「対象者の焦燥を確認。あなたが私を倒せる確率は零・四五%」

「うるさいっ!」


 まずい。熱くなっているせいでエレも攻めにくいようだ。あのまま突っ込めば、アンナの攻撃が仲間を当てる事になるだろう。

 此処は行くしかあるまい。俺はアイリーンを解放すると、立ち上がって結界の中を抜け出す。


「シェリー、アイリーンを頼む!」

「えっ、アレックスさん!?」


 可能な限り足音を掻き消し、ヴァルカの背後に回る。幸い、彼女は俺の気配に気づいていないようだ。同じく彼女の背後に立つエレに目配せする事で、声を出さぬよう指示。


 ヴァルカはハルバードをいったん後ろに構え、刃先に黒い光を宿す。

 鋭い矛でアンナを捉える瞬間、俺は長剣でヴァルカの背を突き刺す!


「損傷、甚大……」


 無機質な声に乱れが生じ、斧槍に宿った光が消え去る。彼女は硬直状態に陥り、体内から青い血が溢れ出た。


「……私ハ……」


 今のは、だろうか。機械人形に痛みの概念があるのか知らないが、静かに剣を抜いてみせる。

 抜き終えると、ヴァルカは武器を手放さぬまま片膝をついた。一方で俺は剣身に付着した液を振り払い、こう尋ねる。


「逆にお前が降伏すれば、命を保障するぜ。俺も女を殺すのは趣味じゃない」

「…………拒否」


 彼女の腹部に穴が開いているにも関わらず、すっと立ち上がる。それから俺の方を向き、鬼のような形相でこちらを見つめてきた。


「私ヲ侮辱……シナイデ」


 右手で柄を強く握り締め、わなわなと震わせるヴァルカ。次の言葉から、彼女なりの怒りが伝わってきた。


御主人様マエストロハ、私ヲ一人ノ人間トシテ見テクレル。デモ、アナタ方ハ違ウ。私ヲ只ノ機械人形トシテシカ見テイナイ。まりあハ、私ヲ奴隷ニスルツモリダッタ」

「ちょっと! 何を言って……!?」


 名を呼ばれた本人が声を漏らすも、ヴァルカは俺に近づいていく。


「まりあヲ無力化スルニハ、アナタ方ノ排除ガ必要不可欠。ヨッテ──純真な花ピュア・ブロッサムノ殲滅ハ最優先事項」

「……だからなんだ?」


 大剣に切り替え、右下斜めから振り上げる。

 見事柄で防がれたが、もう一押しすれば行けるはずだ。


「お前らが人々を苦しめる限り、俺たちは何度でも邪魔するぜ」

「挑発無効」


 言葉とは裏腹に、ヴァルカの表情が歪んでいく。彼女はさらに力を強めるが──。


「武器の破損により、勝率低下」


 ハルバードが見事真っ二つになる。このまま本人も分断する勢いで追い込もう。


「はっ!」

「阻止」


 諦めの悪い彼女は武器の下部を捨て、刃がある部分を握りしめる。短くなった武器で俺の剣撃を受け止め、再び黒い光を宿し始めた。


「ハァァァア!!!!」


 何だ、今の……!? こいつ、本当に機械なのか?

 その気迫は俺の手を緩ませ、両手から大剣を弾き飛ばす──!


「接近までおよそ九十八センチメートル」


 ハルバードは目と鼻の先。今度は俺が串刺しにされる番かよ……!



 だが、死を覚悟した時。

 金属音の擦れる音が、最悪な結末を打ち砕く。




(第七節へ)






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