「侵入者を捕捉。これより、殺戮段階に移行します」
直前に機械人形型のガーゴイルと戦わせられた理由が判った。月のオーブを守るのは、同じく鋼で造られた少女ヴァルカなのだから。
此処は、月の神殿における中枢部。女神アルテミーデの石像に埋め込まれたオーブは、助けを求めるように葵色の光を強く放っていた。
ヴァルカは水晶のような眼で俺たちを捉え、お得意の斧槍を握り締める。俺も鞘から長剣を取り出すが、まばたきをした直後に違和感を覚える。
「え……?」
彼女の気配が無い。
そう思いきや、
「殲滅」
俺の身体は既に宙を舞い、視界と音が無に変わる。
そして──
「がぁ……っ!」
全身が千切れそうな痛み。激痛に抗えない俺は、そのまま落ちゆくのみだった。
何もかもが遅く感じる。
その間にも、彼女らの声だけが耳に届いた。
「まさか、詠唱無しで……!?」
慌てる様子のマリア。
しかし、ヴァルカは変わらず機械的な声で応じるのみ。
「私があなたに勝てる確率、九九──」
何が九九%だ。あんなヤツ、さっさと倒せるはずなのに身体が動こうともしねえ。
もはや受け身を取るにも間に合わない。
このまま頭を打ち、花姫たちを敗北に追い込んでしまうのだろうか。
「ダメぇ!!!」
……いや、違う。
これはシェリーの声だ。俺の身体は浮いたままかと思いきや、ゆっくりと着地していく。頭と背が冷たい感触を覚えるも、どこか温もりがあるのだ。
舞い上がる蒼い花弁──シェリーが霊術を使った証だ。幾度も触れてきた温もりが胸の上に添えられ、痛みが徐々に消えていく。
「いま治しますから!」
顔を歪め、必死に祈りを捧げるシェリー。彼女の髪が揺れ、放たれる黄金の粒子はゆらゆらと俺の全身に収束した。
痛みも傷も癒え、意識が鮮明になっていく。
血の巡りが戻ろうとした時、ある少女の声が現実へと引き戻した。
「やらせないわよ!!」
マリアの怒声と共に、何かが俺たちを包み込む。その正体は、半円状の結界──防御壁そのものだ。稲妻が結界の表面へ迸るも、中に入り込むことは無い。
ふと首を左に動かせば、アイリーンもその結界の中にいる。だが、魔物を倒してきた時と違って身を縮こませているようだ。
「う、うう……」
彼女が怯えるのも無理もない。相手は、人間に化けた鋼鉄な異形。何をしてくるか俺ですら予想し難いのだ。
傷が癒えた俺はすぐさま起き上がり、アイリーンを抱き締める。その上半身は腕の中に収まるほど小さく、親心のような何かを懐かせる。あれだけ強気だった彼女だが、今回ばかりは胸に顔を埋めてきた。
「大丈夫だ。俺たちが全て片付ける」
「……うん」
アンナが刃を交え、エレの矢が空を切る。
アイリーンを落ち着かせる傍ら、攻撃のチャンスを窺おう。
ハルバードを振り回すヴァルカに、無駄な動きは見られない。アンナが大剣で払うも、頑丈な斧が全て受け止めるのだ。
ヴァルカは残像が見える程の速さで薙ぎ払い、鋭利な矛で剣士を追い込んでいく。その隙にエレは弓を射るが、ヴァルカは射手の息遣いに気付けるようだ。
「遮断」
片手に持ち替え、素早く回すヴァルカ。風車と化したハルバードは全ての矢を弾き落とし、月の衝撃波をエレに放った。
エレは目を見開くも、咄嗟にローリングで回避。衝撃波が壁に衝突すると、爆音と共に大きな窪みが生じた。
「ちっとも乱れてねえじゃん……いったいどうなってんだ?」
珍しく戦闘中に毒づくエレ。ドスの利いた声音で咳払いすると、懐からある薬瓶を取り出した。
それは、敏捷性を上昇させる薬だ。エレは小瓶を口に当てて飲み干すと、彼方へ放り投げる。瓶の割れる音が聞こえてきたが、彼女は気にも留めずダガーを引き抜いた。
アンナとヴァルカが間合いを取る中、エレが注意を引く。
ヴァルカは直ちに振り返るが、銀の軌道は彼女の脚部を捉えた。
黒い令嬢服のスカートに風穴が空き、白い肌が垣間見える。
それを見たアンナは、大剣で空を薙ぎ払って光の衝撃波を放った。
「軽度の損傷」
陽魔法がヴァルカに追い打ちを掛け、服の随所を更に破く。無論、そこで攻撃をやめるアンナでは無かった。
「はぁぁあぁああああぁぁ!!!!」
剣士は気迫を柄に込め、
白い刃を振り下ろす!!
「──!」
ヴァルカは短く声を漏らし、ハルバードの斧で剣を受け止める。依然として表情を変えぬ彼女が、一瞬だけ歪ませたのは気のせいだろうか。
「街の人々を苦しめるヤツなんて、滅べばいいんだっ!!」
「降伏を推奨」
「ボクたちが降りるわけ……!」
「対象者を反逆者と再認識。攻撃を継続します」
ヴァルカの身体が黒く光り、アンナを後方へ弾き飛ばす。アンナはその衝動で身体を打ち付け──られるかと思いきや、受け身を取って再び迫る!
「やっ! たあぁああ!!」
「対象者の焦燥を確認。あなたが私を倒せる確率は零・四五%」
「うるさいっ!」
まずい。熱くなっているせいでエレも攻めにくいようだ。あのまま突っ込めば、アンナの攻撃が仲間を当てる事になるだろう。
此処は行くしかあるまい。俺はアイリーンを解放すると、立ち上がって結界の中を抜け出す。
「シェリー、アイリーンを頼む!」
「えっ、アレックスさん!?」
可能な限り足音を掻き消し、ヴァルカの背後に回る。幸い、彼女は俺の気配に気づいていないようだ。同じく彼女の背後に立つエレに目配せする事で、声を出さぬよう指示。
ヴァルカはハルバードをいったん後ろに構え、刃先に黒い光を宿す。
鋭い矛でアンナを捉える瞬間、俺は長剣でヴァルカの背を突き刺す!
「損傷、甚大……」
無機質な声に乱れが生じ、斧槍に宿った光が消え去る。彼女は硬直状態に陥り、体内から青い血が溢れ出た。
「……私ハ……」
今のは、彼女の言葉だろうか。機械人形に痛みの概念があるのか知らないが、静かに剣を抜いてみせる。
抜き終えると、ヴァルカは武器を手放さぬまま片膝をついた。一方で俺は剣身に付着した液を振り払い、こう尋ねる。
「逆にお前が降伏すれば、命を保障するぜ。俺も女を殺すのは趣味じゃない」
「…………拒否」
彼女の腹部に穴が開いているにも関わらず、すっと立ち上がる。それから俺の方を向き、鬼のような形相でこちらを見つめてきた。
「私ヲ侮辱……シナイデ」
右手で柄を強く握り締め、わなわなと震わせるヴァルカ。次の言葉から、彼女なりの怒りが伝わってきた。
「御主人様ハ、私ヲ一人ノ人間トシテ見テクレル。デモ、アナタ方ハ違ウ。私ヲ只ノ機械人形トシテシカ見テイナイ。まりあハ、私ヲ奴隷ニスルツモリダッタ」
「ちょっと! 何を言って……!?」
名を呼ばれた本人が声を漏らすも、ヴァルカは俺に近づいていく。
「まりあヲ無力化スルニハ、アナタ方ノ排除ガ必要不可欠。ヨッテ──純真な花ノ殲滅ハ最優先事項」
「……だからなんだ?」
大剣に切り替え、右下斜めから振り上げる。
見事柄で防がれたが、もう一押しすれば行けるはずだ。
「お前らが人々を苦しめる限り、俺たちは何度でも邪魔するぜ」
「挑発無効」
言葉とは裏腹に、ヴァルカの表情が歪んでいく。彼女はさらに力を強めるが──。
「武器の破損により、勝率低下」
ハルバードが見事真っ二つになる。このまま本人も分断する勢いで追い込もう。
「はっ!」
「阻止」
諦めの悪い彼女は武器の下部を捨て、刃がある部分を握りしめる。短くなった武器で俺の剣撃を受け止め、再び黒い光を宿し始めた。
「ハァァァア!!!!」
何だ、今の……!? こいつ、本当に機械なのか?
その気迫は俺の手を緩ませ、両手から大剣を弾き飛ばす──!
「接近までおよそ九十八センチメートル」
ハルバードは目と鼻の先。今度は俺が串刺しにされる番かよ……!
だが、死を覚悟した時。
金属音の擦れる音が、最悪な結末を打ち砕く。
(第七節へ)
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