騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第九節 古来の衝突

公開日時: 2021年3月29日(月) 12:00
文字数:3,789

『あたしはいつでもあなたの味方だから』


 マリアは誕生会の時にそう言ってくれたけど、きっと複雑だったと思う。『味方でいること』と『“私と一緒にいたいと”いう想い』のいずれも本音で、きっと辛い気持ちを抱えていたはずだ。


 当時の私は彼女の気持ちをきちんと判っていたはずなのに、あの人の話ばかりする程周りが見えなかった。

 ついに彼女は十四歳の夏の茶会で、『もう聞きたくない』と怒りを露わにした事がある。今思えば当然な反応なのに、私も頭に血が昇ってしまった。その時、彼女が初めて『あの男は危険だからやめなさい』と言ってきたんだ。


 それでも和解したはずだけど、当時を振り返れば距離が少し遠ざかっていた気がする。私とジャックさんの交際に反感を抱くのには、何か理由があるはずだから。……けれど、あの子はずっと教えてくれなかった。


 それから一年半。十六歳になった私は、アメシストの月初にジャックさんの家に向かう事になった。その頃には彼を呼び捨てしていたし、少しずつだけど彼の表情も柔らかくなった。いつものように会って、いつものように愛し合う。そんな日々がいつまでも続くと思っていた──。








 此処は、彼の家にあるリビングだ。広々とした部屋の中心にはソファーがあり、暖炉の火がばちばちと燃え上がる。モノトーン基調の部屋において、窓辺のグランドピアノがひときわ目立っている。

 掛け時計の針は二時を指し、真鍮の振り子が静かに揺れ動く。私は、部屋を明るく照らすこの時間帯が大好きだ。今この部屋にいるのは彼と私だけで、執事さんが勝手に入ることはない。二人きりの世界でピアノを弾く事が、私の楽しみでもあった。


 私は今、彼の前でピアノを弾いている。楽曲は、隻腕の音楽家クルトが手掛けた『星空』。病で他界した妻への鎮魂歌であり、クルトはこの曲を書いた直後に亡くなったと云う。まさに、大切な人を追うような最期だった。


 この指先で哀愁を奏でる中、私の大切な人は今頃ワインを飲んでいることでしょう。壁に寄り掛かりながら嗜む様は、光が反射して鍵盤蓋に映り込む。初めて此処で弾いた時、彼は『酒が美味くなる』と褒めてくれた。それ以降は私の演奏をさかなに、赤ワインをじっくりと味わうらしい。


 十分じゅっぷんという短い尺の中で、澄んだハーモニーを彼に届ける。郊外から離れたこの家はとても静かで、最後まで集中できるのだ。丁寧に手を浮かせると、最後の一音が緩やかにフェードアウトした。


 しばらく余韻に浸ったあと、彼はゆっくりと此方に歩み寄る。それから私の肩に腕を回して、いつものように妖しく囁いた。


「愛している」

「うん……私も愛しているわ」


 例え技術的な事を言われなくても、その一言だけで『褒められた』と実感できる。フランクな接し方を案外受け入れるジャックは、「俺も弾こう」と言ってきたのですぐに退しりぞいた。


 彼が演奏するのは、ポール・ラ・ボンの『紅の薔薇』だ。情事をイメージしたとされるこの曲は、エロティックな旋律が実に印象深い。まさにジャックのためにあるようなもので、交合を思い出さない日は一度も無かった。


 鍵盤の上で躍る、細やかな指先。その指で私を弄ぶと思うと、身体の奥が必然的に熱くなってしまう……。それに、ワインを飲んでいるのにどうして演奏できるんだろう。だんだん焦らされている気がして、疼きを抑えるのに精一杯だ。


 演奏が終わった直後、我慢できなくなった私はジャックに迫る。膝上に跨がろうとしたけど、察したのか抱き上げられてしまった。

 無論、向かう先は城が見える寝室。私を紅いベッドに押しやると、深い口付けと共にブラウスのボタンを一段ずつ外していく。


 それから彼は自身の黒ネクタイをほどき、私の腕を──



 ────────────。


 ──────────。


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 ──────。


 ────。




 互いに愛を示した後、ジャックは例の如く紫煙をくゆらせる……と思いきや、腕に私の頭を載せてくれた。

 今、私の両手首には跡がはっきりと残っている。独占の証をこの心身に刻まれたせいか、つい「ご主人様」と甘えたくなる。彼に手懐けられることで、思わず猫のような声を上げてしまった。


 しばらく髪を撫でていた彼は、意味ありげな事をぼそりと呟く。



「貴様と共にあれば、それで構わんのかもな」



 それがどういう意味か。当時は全く見当がつかなかった。例え私が尋ねても、彼は「こっちの話だ」としか答えてくれない。唐突に不安に襲われた私は、上目遣いでお願いをしてみる。


「ずっと、傍にいてね?」

「当然だ」


 この一時ひとときも、永遠の愛の一部に過ぎない。勿論こういう瞬間も大切な事だから、仕事で会えない日が心苦しかった。

 それでも、『彼に愛されたいから』と自分磨きに励んできたつもりだった。結婚して、一緒にいたいとも思っていた。


 けれど──



 十四のアメシスト。

 愛の日を最後に、彼は行方をくらましてしまう。








 日の沈みが少し遅くなり、寒さが和らぐ放課後。はやる気持ちを抑えつつ、フィオーレ遊歩道で彼を待っていた。

 鞄の中に入れてあるのは、昨晩に作ったチョコレートだ。いつも高級感を意識してるけど、今回のチョコは思い切ってハート型で攻めてみた。うー、早く来てくれないかな? もうそろそろのはずなんだけど……。


「あれ?」


 背後から馬の足音が聞こえる──と思ったら、金の装飾を施した桃色の馬車がやってきた。

 どうしてマリアの馬車が此処へ……!? こんな時間に巡回なんてしないはずだし、私に用が?


 馬車は私の数メートル先で止まり、御者が扉を開ける。執事さん達・マリアという順で降りたけど、物々しい空気が漂っていた。

 一同が粛々と此方に近づくと、マリアは強めのトーンで私に声かけた。


「シェリー、もう彼と会うべきじゃないわ」

「どうして!?」


 なんでまたそんな事を……? 私が突然の忠告に取り乱しても、彼女は話を続ける。


「あなたがずっと夜遅くに帰ってくるものだから、あたしもあなたの両親も心配してるの。……今すぐこの馬車に乗りなさい。これは命令よ」

「ジャックを疑わないで! あの人は……悪い人なんかじゃない」


「憶えておきなさい。男はね、女の子を都合よく利用するためなら綺麗事も言えるのよ」

「信じてよマリア! あの人はそんな人じゃ……」



「ティトルーズ、何故貴様が此処にいる」



 ジャックが現れ、言葉に怒りを込める。マリアは私の前に立つと、両手にえん魔法を宿し始めた。


「彼女には指一本触れさせないわ。それ以上近づくつもりなら……」

「やめてマリア!!」

「シェリー、これは避けられない戦いなの。あなたは離れていなさい」

「そんな…………」


 いやだ、大切な人同士が戦うなんて見たくない!

 私はただ、マリアの後ろから見守るだけなの……!?


「ほう。貴様一人で戦うつもりか」

「上級魔術師を甘く見ると、火傷するわよ。焔撃フィアルテ!!」


 まさか、上位の焔魔法を!?


「ふん」


 何、今のオーラ……! 彼の右手に宿ったあれはこく魔法?  

 こんな時、いったいどうしたら……!


「あの子の力を使って、何する気なのよっ!?」

「はっ、戯言ざれごとを。貴様には関係なかろう」


 私の、力……彼が何かを企んでいたってこと?

 ううん、それは絶対にない! あの人が私に向けた笑顔は本物だし、ずっとずっと優しくしてくれたもの!


 木の陰に隠れている場合じゃないのに、どうして身体が動かないの……!?


「お嬢様。貴女様はそちらでお待ち下さい」

「お願い! ジャックを傷つけないで!!」


 そんな! 執事さん達まで加勢するなんて!

 あのままじゃ、ジャックが……!


「ルーセの遺族め! 抵抗しても無駄だ!」

「……失せろ」


 私の嫌な予感が外れて、執事さん達やマリアがジャックの術で吹き飛ばされる!


「「ぐぉぉあぁぁあ!!!」」

「きゃぁぁああぁああ!!」

「この虫けらどもめ」


 あの人から強い霊力を感じる……!

 だから、入院していた時から私を──


 ……だとしても、霊力を使える者同士で知り合っただけだ。『ルーセの遺族』だとか、そんな事はどうでも良いはずよ!


 けれど、ジャックは攻めの手をやめる様子がない。

 右手には短剣……まさか──!


「二度と俺に関わるな」


 私が彼を止めなきゃ!!

 両手を突き出し、意識を集中させる!


 マリアの顔に迫る今、

 あの剣を跳ね返──


 え?

 空中からの人影が、マリアの前に来て素手を掲げる。


 そして──



「くっ……!」



 三つ編みのメイドが上げた短い悲鳴。それは意識を途切れさせ、緊迫した空気を一変させた。


 マリアを庇ったのは、ほかならぬアイリーンさんだ。短剣を受け止める手からは血が零れ落ち、床に小さな溜まりを作っていく。その光景を見たジャックは舌打ちし、戦闘態勢をいた。


「……邪魔が入ったか」

「ちょっと! 何処へ行く気!?」

「憶えていろ。貴様らが阻んだ事、いずれ後悔させてやる」


 え、何処に行くの!?

 まさかそのまま居なくなりは、しないよね……!?


「いや! 行かないで!! ジャック!! ジャックぅぅぅぅうううぅぅうう!!!!!」

「追ってはなりません! 陛下、早く措置を!」

「放してよっ! マリア、私達は友達じゃなかったの!?」


 お願い、マリア……そんな怖い顔をしないで。

 こんなことで、二年前の事を思い出したくないの……!



「ごめんねシェリー。だからこそ、こうさせてもらうわ。……眠れドルミ



 幼馴染は最後まで私の耳を貸すこと無く催眠魔法を唱える。

 彼女の手のひらを見つめてしまった私は、そのまま意識を失い──



 城へと、連れて行かれた。




(第十節へ)






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