騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第六節 二人の女神

公開日時: 2021年2月7日(日) 12:00
更新日時: 2021年2月7日(日) 13:50
文字数:3,692

 この日は、城の訓練場でいつものように鍛練をしてから帰るつもりだった。しかし廊下を歩いていると、バイオリンの美しい音色が鼓膜を震わせる。この音は、ティータイムでよく使う裏庭からだろう。一旦エントランスを抜け、荘厳な石造の裏側に回り込む。

 まだ春――エメラルドの月初頭ということもあって、裏庭のバラ園は赤や黄色・桃色と美しく魅せていた。中には幻とされる青色もあるが、これは魔術によるものだろうか?


 数歩先には優雅に弓を弾くマリアがいるが、なるべく音を立てずに向かおう。周りには誰もいない。バラだらけの庭で悠然と佇む姿は、まさに女王そのものだ。


 ちょうど一曲が終わり、顔から静かに弓を離す。

 そして幸か不幸か、俺と目が合った。


「いつからそこにいたの?」

見惚みとれて悪いか?」

「見世物じゃないのよ」

「はいはい」


 なんだよ、つまんなさそうな顔しやがって……。マリアはバイオリンを革製のケースに入れて去ろうとするが、衝動でこう吐き捨ててやった。


「お前ってさ、黙ってれば美人だよな」

「何とでも言いなさい」


 はあ、こんなヤツが花姫フィオラなんてな。ずっと此処にいても虚しいだけだし、もう家に帰ろう。




 複雑な気持ちで家に着いたあと、リビングのソファーに座って通信機を開く。そこで俺は液晶の中で文字盤を起こし、指先を素早く滑らせた。


<マリアちゃん、バイオリンすっげえ上手いのに睨まれちまったぜ。俺、何かしたか……?>


 このメッセージの宛先は、ほかならぬシェリーだ。すると既読の印が速く点き、短めなメッセージが届く。しかしその返信内容は、決して俺の期待に添えたものではなかった。


<いいえ。>


 真っ先に浮かんだ言葉は、“淡白”だ。この通信機は相手が打鍵すると『入力中』と小さく表示されるのだが、フォローする気配もない。

 少し前に送ったときは、もっと丁寧な印象だったのに……。普段はこういうヤツかもしれないと思うと、ちょっと寂しい。


 まあ、いいか。気を紛らすために、剣の手入れでもしてよう。

 俺は棚から瓶と布切れを取り出し、作業を始めた。小さな布に油を染み込ませ、大剣の刃に丁寧に塗る。それから乾いた布で拭くと艶が増した。この作業を長剣でも行うのだが――。


 通信機が短く震える。エレか? 他の女性たちが特に用も無いのに連絡をよこすとは思えない。まあ、今は手が汚れているのでひと段落したら。


<明後日はマリアとお茶しようと思いますが、アレックスさんもご一緒にどうですか?>


 差出人はシェリーからだ。さっきは冷気のこもった文っぽかったのに、この文からはなんとなく彼女らしさが伝わってくる。どっちが本当の彼女なのだろう。勿論、この貴重な誘いを『断る』なんて選択肢はないけどさ。


<ありがとう。喜んで向かうよ>


 躍る親指に答えを委ねたあと、端末をテーブルの上に静かに置く。高まる気分を抑えつつ、長剣の手入れを再開した。




 普段は自炊だが、今晩は何となくピザを食べたい気分だった。この小さな建物は以前シェリーが紹介してくれた店で、(ピザの)耳の中までチーズが詰まっているという。窓から光が漏れているものの、薄暗いせいでどんな外観かはわからない。

 玄関に辿り着いて入店しようとしたとき。ある人物とぶつかりそうになった。


「おおっと」

「悪い……って、ジェイミーじゃねえか。まさかこんなところで出会うとはな」

「ま、此処で会ったのも何かの縁って言うじゃん? 良かったら一緒に食おうぜ。そっちの進捗を聞かせてよ」

「良いぜ」


 ジェイミーの誘いに流されて(まんざらでもないが)、俺はドアを開けてやった。彼が「どうも」と軽く会釈した後、賑やかな空間に踏み入れる。

 そこはたったの六席で構成されている店だった。木材の壁とペンダントランプが、村にいるような安心感をもたらす。丸テーブルにはどれもチェック柄のテーブルクロスが敷かれてあり、良識を持つ魔物や獣人たちが楽しそうにピザを頬張っていた。


 俺たちはウェイターである猫の獣人に案内され、赤い柄のテーブルに座る。それからウェイターに注文を頼んだあと、向かいに座るジェイミーが食い気味に尋ねてきた。


「ねえ、最近上手くいってるの?」

「わからん。お話できるっちゃできるし、ついさっき遊びに誘われた。……けど、どこか冷たい感じがするんだよな」

「うーーーん。それ、照れ隠しじゃね?」

「ああ、そうか! ……って思えたら良いんだがねぇ」


 安心を求めるように、自分の身体を背板せいたに預ける。


「ま、焦ったら失敗するからゆっくりね」

「そうだな」

「ちなみにさ、その彼氏って誰なの?」

「……ジャックだ」

「!!!」


 ジェイミーの瞳孔が開く。喧騒が温もりをもたらす中、俺たちの空間だけが瞬時で凍り付いた。こいつ、ジャックと何かあったのか?

 問おうか迷っていると、この空気に不釣り合いな肉球が香ばしい匂いと共に近づいてきた。


「あ……その、なんでもねえんだ! ちょうど来たし、食おうぜ!」

「えっ、ああ……」

 明らかに誤魔化しているのがわかるが、言いたくない事情でもあるのだろう。


 それはさておき、テーブルには二枚のピザが並んだわけだ。キツネ色のそれはいずれも一人分で、耳の部分が異様に膨らんでいる。俺が頼んだのは、トマトソース一面にチーズと葉を載せたもの。ジェイミーのほうは、チーズの上でトマトやオリーブの切り身が散らばっていた。切れ込みは既にある。まずは前者を持ち上げ、食べやすいように織り込んだ。

 早速かじってみると……チーズが糸を引いた。その柔らかな生地を噛めば噛むほど、小麦の味が口の中を満たしていく。トマトソースの酸味も丁度いい。こんなピザを食ったのは初めてだ。


 そうしてひと切れ目の終わり際へ辿り着く。いよいよ噂の耳を噛み砕くと、ドロッとした食感が一気に押し寄せてきた。これは……やみつきになりそうだ。ずっと噛んでいたいし、喉に通すのが惜しいとさえ思える。ジェイミーも、さっきの動揺が嘘のように上機嫌だ。


「ここのピザ、すっげえ好きなんだよ! あんたはどうやって此処を知ったの?」

「例の彼女が紹介してくれたんだ。次一緒に出掛けるときはまた寄るよ」

「さっき言ってた『遊び』?」

「それとは違う」


 俺が首を横に振ると、彼は軽く笑ってからかってきた。


「……やっぱ照れ隠しじゃん」



「ごちそうさま。他人の奢りで食うピザは格別だねー」

「今回だけだぞ」


 食事を終え、ピザ屋を後にする俺ら。美味い飯を食ったおかげで朗らかな空気が流れる。

 だが俺が戻ろうとしたとき、彼の視線が此方を向いているのがわかった。その目つきは『ジャック』という単語を聞いたときに似ている。


「シェリーのこと、あいつからぶん取りな」


 真剣な声音が空気を変えるも、唖然とする俺を気に掛けることなくそのまま去るのだった――。

 ……いったいどうしたと言うんだ。




 〜§〜




 茶会当日のバラ園。マリアとシェリー、俺の三人で紅茶とティースタンドに手を伸ばしていた。これらを提供してくれたアイリーンは、丸トレーを持ったまま側面で佇んでいる。


「せっかくだから、あなたを混ぜてやらないことはないわ」


 左側に座るマリアは相変わらず偉そうに言うが、どこか嬉しそうだ。

 その時、右側のシェリーが俺に近寄って耳打ちする。


「演奏を聴いてくれたお礼に、だそうですよ」

 なんだよ、素直にそう言えばいいのに。


「お前のバイオリン、また聴かせてくれよ」

「何のことだかさっぱり」

 わざと言い放っても、マリアが平静を装って紅茶を飲む。


 まだ湯気が立っている。そのうちにティーカップを持ち上げ口に含むと、桃の味が口の中で広がっていく。へプケンでもピーチティーを飲んだことはあるが、そこのとは違う味わいだ。王室御用達といったところで、優しい舌ざわりが俺の心を癒す。


「あとであなたに茶葉を贈ってあげる。ありがたく受け取りなさい」

「私からも茶菓子をお渡ししますね。先日の御礼です」

「ありがとう。楽しみにさせてもらうよ」


 まったく、二人の女神からプレゼントをもらえるなんて光栄なことだ。その辺の野郎にこんな話をしたら、間違いなく刺されるだろう。

 俺は彼女らに笑顔を見せたあと、マリアに話題を振ってみた。


「ところで、いつからバイオリンを始めたんだ?」

「三歳からよ。確か、シェリーもそれぐらいからピアノを始めたのよね?」

「うん! 初めてセッションしたときが懐かしいねー」


 シェリーの幸せそうな笑顔は、ランヘルでも見たことのない表情だ。いつか、俺にも直接……。


 それにしてもセッションか。マリアの演奏に心打たれたんだ。シェリーも加われば感動が増すに違いない。加えて目の保養にもなるし、つい期待しちまうぜ。

 しかし、マリアは俺の想像を察知するようにキッと睨んできた。


「何か変なこと考えてない?」

「んなわけねえだろ。お前だってシェリーに色々ちょっかい出してるんだろ?」

「なっ!?」

「おっ、図星か?」


「もう! せっかくのお茶会なのにどうしてこんな話になるんですか……」

「まあ、何もかもこの男が原因だし」

「ふふ、楽しそうで何よりですね……」

「おい、アイリーンちゃん! 人を見て笑うなって!」


 一見優雅なお茶会は、女王のせいで妙な空間のまま時が過ぎていく――。





 あ、あたしのせいなの!?

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