騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第三節 責務よりも大切なモノ

公開日時: 2021年4月7日(水) 12:00
文字数:3,310

 もし平穏と愛の何れかを選ぶなら──悪魔騎士は愛を採るだろう。しかし、本来の彼にとってその選択は苦痛を伴うものである。

 翌日の午前七時ごろ。俺はシェリーを追うべく、単独でメルキュール迷宮へと飛び立つ。そこは清神せいじんウンディーネが宿る場所のはずだが、前回のヴェステル同様銀月軍団シルバームーンに乗っ取られたのかもな。

 メルキュールは、城下町フィオーレから少し離れた先にある丘“マリーニ”の近くに位置する。あまり魔物が寄り付かない事から観光地とされているが、流石にこの状況下で足を運ぶヤツはいまい。


 目的地に辿り着くと、その迷宮はやや広い沼の先に在った。本来は石材のタイルが敷かれていたのだろうか。その痕跡を物語るように大きな破片が沼の上に点在。橋が見当たらないため、タイルとタイルの間を跳んで移動しなければならないだろう。

 幸い翼を持つ俺は、そのような手間を掛けずに移動できる。辺りを見回し、魔物が居ないことを今一度確認すると、迷宮の入り口付近まで飛行した。


 いま俺の眼前にあるのは、浅葱鼠あさぎねず色の石で造られた横長の建物だ。扉のない入口からは冷風が流れ込む。

 早速中に入ってみると、寒色の石材によって青々とした空間が広がった。両脇に設置された石柱は奥まで続いており、天井と床を支える部分には波のかたどりがある。所々で亀裂が走る壁は、触れただけで崩れてしまいそうだ。また、既に穴が開いた箇所もあり、そこから漏れる光が灯りの代わりとなる。


 ここ数日は湿気が肌に張り付いていたせいか、この冷えた乾風が心地良い。まあ一応の避暑地としては申し分ないだろうが、迷宮である以上あまり長居したくない。

 入口から数歩進んでみると、遠くで女性のような人影が右に曲がったのが見えた。長い髪を揺らしたあいつは、もしかしてシェリーか?


 しかし、神は俺がそのまま追うことを赦さないようだ。

 左手から現れた一頭の海山羊うみやぎが、道を阻むように睨みつける。


 山羊のような頭と、魚のような下半身を持つ魔物。

 尾を上げるのと同時に、地面から波を召喚しだした!


「ふっ!」

 俺は咄嗟に長剣を取り出し、剣身で波を遮断。海山羊が僅かに硬直する瞬間、距離を詰めて剣を振り下ろす!


──ズバァッ。

 山羊の頭がずるりと落ち、赤黒い断面が露となる。身体を浮かせていたその魔物はあっさりと落下。身体が地面に叩きつけられると、大きな血溜まりを広げて鉄の臭いを充満させた。


 ……まだ魔物がいそうだな。

 漆黒の粒子が、前方と後方でそれぞれ二体ずつ形成。姿を表したのはセイレーンだ。手の部分に翼を生やし、裸で飛行する女どもが俺を囲む。一瞬『どうしたものか』と躊躇したが、ダメ元である事を実行してみる。


 彼女らが一斉に口を開き、喉を震わそうとする刹那。

 俺は右手前のヤツに向かって長剣を投げ放ち──左手でマグナムを構える。頼りない感触だが、構わず左後方に向かってトリガーを引いた。


──ズシュ、ドォォン!!

 右手前から肉の裂ける音が、左後方からは風穴の開く音が同時に聞こえてきた。もはやここまでの動作で一秒も無いだろう。


 残りのセイレーンたちは、驚く余り何もできないようだ。俺はそのままマグナムを両手で構え、各々の頭を確実に撃ち抜く。

 何故俺が頭部を狙う事にこだわったのか。それは、『こいつらの歌声は地を揺るがす』と云っても過言ではないからだ。囲まれた時は流石にヒヤッとしたが、銃を貸してもらって正解だった。静寂が戻ると、セイレーンの顔に突き刺さった長剣をただちに引き抜く。


 さて、シェリーは右の角に曲がってたな。また魔物が現れないうちに移動しねえと。

 俺は速歩きで曲がった後、目を瞑って気配を確かめてみる。……けど、さっきの包囲網で見失っちまったようだ。


「くそ……」


 辿り着いた光景を見て、思わず毒づいてしまう。迷宮というだけあって、途端に道が枝分かれし出したからだ。

 これじゃあ、あいつが何処に行ったかわからねえだろ。仮に魔物を倒したとしても、銀月軍団が生み出した魔物なら跡形も無く消えてしまう。


 騎士たるもの、そんな焦燥を抑えつつ道なりに歩いてみる。その時、嗅覚はある匂いを逃さなかった。

 初めて会った時に嗅いだ、甘い花の香り。それは微々たるものにせよ、今の俺にとっては大きな証拠だ。


 残り香が漂う方へ進んでみると、小さな部屋に辿り着く。しかし、中央には粘性の強い焦げ茶の液が広がっているだけだ。おそらく酸でミメーシスを溶かし、何らかの必需品を拾ったのかもしれない。

 証拠かおりが徐々に薄れていく。本当に掻き消えるまでに見つけねえと──



「きゃぁああ!!!!」



 って、思った矢先にあいつの悲鳴かよ! ああ、『やっぱり一人じゃ心許ねえ』って思ったんだよな!

 声が聞こえたのは南の方からだ。長年の経験を頼りに角を次々と曲がり、湧きそうな魔物を片っ端から撃ち落とす。幻影の魔物ファントム骸骨スケルトンと、幸い在り来たりの奴らばかりで何よりだ。


 直感に身を任せて辿り着いた場所は小広間だ。蒼い髪をなびかせた後ろ姿は、間違いなくシェリーである。彼女はただ立ち尽くしているのではなく──縛られているのだ。四肢と首に括り付けられた白銀の細い紐は、もしや……。


──キヒヒヒヒ……。

 屍のような青白の肌に、血のように赤い鼻と唇──その醜悪な顔を持つ男は、間違いなく蜘蛛男だ。道化師のような身体の左右には長い脚が各四本組み込まれている。黄色と黒のしま模様はタランチュラのようで、ひと目見ただけで嫌悪感をもたらした。


「う……がぁ……っ」

 肝心のシェリーは首を締められて苦しそうだ。一方で、蜘蛛は彼女の前に立ったまま微動だにしない。


『シェリーが身を投げ出さないよう見張ってちょうだい。ただし、人質がいる以上バレないようにね』


 マリア。あの時も話したが、最後の約束は守れねえようだ。

 俺は柱の後ろにまわり、背負っていたライフルを取り出す。それから静かに構えると、小さな照準に目を凝らした。


 照準の中央には、不気味な男の頭部が収まっている。僅かに震える指先を抑えるべく、息を殺し、今一度敵を見据える。

 そして引鉄を引いたとき──


 鼓膜を破る程の銃声が鳴り響き、

 蜘蛛男の顔半分が砕け散る。


 ヤツが後ろへ倒れる間、俺は長剣に持ち替えてシェリーに接近。

 彼女に当たらぬよう、しかし素早く糸だけを切り裂いた。解放された彼女は前屈し、激しく咳き込む。気になるところだが、今は蜘蛛の撃破に集中だ。


 蜘蛛男が再び起き上がる。顔の右半分が大きく欠けても、ヤツにとって致命傷には至らなかったようだ。


──ガァァァアァアァ!!!

 道化師の大きな口が開かれ、牙が垣間見える。左右の脚から放たれた糸は蜘蛛の巣を形成し、俺に迫ろうとする。


「……それがどうした?」

 左手で再びマグナムを構え、中央に向けて発射。銃弾は巣を裂き、縞模様のタキシードを紅く染め上げる。


 身体に開いた穴から湧き出したのは、大量の子蜘蛛だ。

 小走りで俺たちに迫る中、背後から連なる銃声が聞こえてきた。


 光の連弾が蜘蛛を貫くと、小さな体が次々とひっくり返る。俺はその身体を踏みつけつつ、魔物本体へと距離を詰める。露出した銀の心臓めがけて、切先を振り下ろした!


──オォォォオオオォ……。

 蜘蛛男が呻き声を上げて、子蜘蛛と共にその場から掻き消える。もうシェリーに知られた以上、身を隠す必要など無かろう。


「あの……アレックスさん……」

「気にするな。俺の気まぐれだ」


 礼なんて要らない。彼女が生きていればそれで良いのだから。

 俺はマグナムを懐にしまい、ゆっくりとシェリーの方を向く。彼女の肩に手を添えると、大きな目を見開いて吃り始めた。


「こんな事があっては……人質が……!」

「すまん。俺は、国を守るヤツ一人喪う方が辛い」

「でも……どうして、私なんかを……」


 黙らせるために、彼女を自身の胸の中へ引き寄せる。……生きている事が当たり前と思えなくて、思わず細い身体を抱き締めてしまうのだ。


「本当はお前が思うほど温情な男じゃない。お前に何かあれば、どんな手を使ってでも必ず助ける。……それが、隊長という役目を失うことになってもだ」

「…………っ!」


 シェリーの肩が上がる。本音を言えばこのままキスしたいところだが、此処だといつられてもおかしくない。

 感極まりそうなところで腕を離し、彼女に背を向ける。俺が「行くぞ」と切り替えを告げたあと、シェリーは黙ってついて行った。




(第四節へ)






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