騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第八節 エルフとのデート

公開日時: 2021年1月29日(金) 12:00
文字数:3,683

 俺とエレが辿り着いた店は、ログハウス風のカフェだった。屋根も壁も小道具も全て木で造られたこの空間は、まさにエルフにぴったりだろう。客のほとんどが女性で、種族は人間から獣人まで多様だ。男もいないわけじゃないが、此処に限っては俺も珍しい存在だと思う。


 さて。それぞれの好みを頼んだ俺たちは、先ほどの経緯を話しながら待つことにする。流石にシェリーを尾行していたことは話せないので、『出会い頭にショートヘアの少女とぶつかった際、うっかりいけない部分に触れてしまった』という出来事から先の事――子ども達に罪を問われた――だけ話しておく。


「そうだったのですね……」

「お前を騙して本当にすまなかった」


 美人に抱き着かれて全く嬉しくないわけがない。それでも保身のためにエレを利用したことについては罪悪感が晴れなかった。こうして向き合う形で座ることすら気が引けるのに、なぜ彼女は真っ直ぐな眼差しで俺を見つめてくるのだろう。


 どんな仕打ちを受けたって良い。今ここでもう片方の頬に手形を残したって文句を言う筋合いは無いんだ。むしろ、俺を思い切り引っ叩いて――


「それでも、わたくしはとても嬉しかったのです。アレックス様にとってお役に立てることでしたら、どんなことも引き受けるのですっ」

「…………え?」


 口元で両手を合わせ、笑顔で話すエレ。その答えはあまりにも予想外で、肩透かしを喰らったような気分だ。


「エレちゃんは本当にそれで良いのか? お前の気持ちを利用した男と食う飯は不味いはずだ」

「『利用された』とは思っていないのです。アレックス様が困惑したままの方が、わたくしにとって辛いことですから」


 首を横に振るエレの声音から我慢が感じられない。それどころか、「おかげさまであなた様とお食事できるのですから」と笑みを浮かべてくれた。


 自然を癒すような笑顔に見惚れていると、十代ぐらいの少年が歩み寄ってきた。

 彼は顔を赤らめたまま、ただひたすらエレだけを見つめている。


「あの、貴女がエレさん、ですよね……?」


 手中に麻紙と黒のペンを収める彼がそう尋ねると、エレは「ええ、そうなのです」と笑顔を絶やさず答えた。


「昔、故郷で聴いた貴女のうたは僕の励みになっています。サインしてください!」


 はきはきと喋る少年は、意中の人に想いを告げるように頭を下げる。その時、エレは彼の両手にある文具をゆっくりと引き抜いてはテーブルに置いた。


 彼女がペンを軽く捻ると、鋭角な先端が現れる。その先端には極小のボールが付いていて、紙に触れればインクが出てくる仕組みだ。エレはペン先を麻紙につけ、黒い軌道をさらさらと走らせる。

 手を止めたとき、紙には『Elleエレ』と筆記体で書かれていた。末尾である『e』は花へと繋がっていて、可憐さが窺える。


「はい、どうぞ!」

「わぁ、ありがとうございます! 一生の宝物にします!!」


 少年はエレから紙とペンを受け取ると、目を輝かせたままその場を去った。この光景は他の客をも釘付けにしたようで、誰もが彼女のことを口にする。


『すげぇなぁ、あの吟遊詩人が此処に来てるなんて』

『落ち込んでたとき、あの子の詩を聴くためによく出かけたものね』


 彼女は詩人として確か各国を周ってるって言ってたけど、かなり評判が良いんだな。ここまで噂になるなら、俺も聴きたくなるよ。

 だが、肝心の本人はただ顔を紅潮させるだけだ。さらには誰とも目を合わさぬよう、俯いている。


「もっと自信持てよ。あの少年、かなり喜んでたぞ」

「いえ……わたくしなんて、妹と比べたらまだまだ」


「妹さんはどんなヤツなんだ?」

「そうですね……」エレは顔を上げ、指を顎に当てながら思考する。


「わたくしよりもしっかりしてて、美人で、弓の使い方もすっごく上手い子……なのです。あの子に狩りを任せれば、百発百中なのですよ。それに、お友達も多くてよくモテるのですよっ。学校に行けば毎日ラブレターを貰う子で……! わたくしには縁のない出来事なのです」

「うーん、そうか?」


 姉が綺麗な顔をしているんだし、妹もきっとそうなのだろう。でも仕草を見るたび、姉は可憐じゃないかとも思えてくる。なんというか、こう……小動物みたいで。


「お前だって詩で魅了できるし、妹さんのためなら単独で探しに行ける。それに、俺みたいなヤツの話も真摯に聞いてくれるだろ。優しくて勇敢な女、嫌いじゃないぜ」

「………!!」


 彼女が息を呑むと、しばらく互いの間で沈黙が続いた。

 そこへ店員が二人分の食事をテーブルに置く。


 卓上に並ぶのは、いずれも野菜彩るご飯だ。こっちの肉は植物性にしてもらっているが、すり替えても気づかないぐらいにそっくりである。

 俺たちは食べ物を前に両手を合わせたあと、静かに食事を取った。スプーンで複数のケールとご飯、そして植物性の肉を一気に掬う。それらを口の中に放り込んだとき、柔らかい食感と野菜本来の味が広がっていった。


 この店は当たりだ。近くに畑でもあるのか、ここまでみずみずしい野菜なんて滅多にないぞ。そのおかげでスプーンを持つ手が止まらない。


 一方で、エレはなぜか顔を赤らめながら食事している。おっとりする彼女がスプーンを持つと、すごく可愛らしいな。

 俺が少々見つめていると、エレがこちらを向き始める。


「あの……どうしました?」

「いや、ただ見てたかっただけだ」

「も、もう……! アレックス様ったら……」


『からかうな』と言わんばかりに、照れと怒りを混ぜたような表情を見せてきた。


「俺は嬉しいよ、お前みたいな女の子とこうして飯食えるの。ちょっと前までは男所帯だったから新鮮なんだ」


 確かに仲間と飯食うのも楽しめたが、やっぱ男である以上は女性と飯食いたいときもある。シェリーともこんなひと時を過ごしたいと思うのだけど、考えるだけ胸が痛むだけなので今はよしておこう。それよりも、エレとの時間を過ごすことに集中すべきだ。



 食事を終えたあと、店員はコーヒーを持ってきてくれた。加えて中央に角砂糖の入った小皿が置かれると、エレはすぐさま木のスプーンで二個ほど掬い上げる。ついでにミルクも淹れてから両手でカップを持ち、静かに口に含んだ。


「アレックス様は何も淹れないのです?」

「うん。ブラックの方がしっくり来るんだ」


「お、おとこらしいのです……! 子どもの頃に飲んだのですが、わたくしにはキツくて……」

「そこは人それぞれさ。お前と一緒にコーヒー飲めるだけでも嬉しいし。俺を誘ってくれてありがとな」

「い、いえ……!」


「……今度は皆と来るのも悪くねぇな」

「皆様って、あの純真な花ピュア・ブロッサムの?」

「そうそう。実はあいつらと会食したことなくてね。マリア……じゃなくて陛下なら城で昼食会なり何なり開いてくれるだろうが」


 シェリーと顔を合わせるのは心苦しいが、仕事なら時に割り切らねばならない。その時、もしエレも同行できるなら誘いたいところだ。

 ……まさか、彼女がじゅ花姫フィオラってことは無いよな? 仮にそうだとしても、どう戦うのかさっぱりわからんし。(他の花姫に関してもそうだったが)


 しばらくエレを見つめていると、彼女も首を少し傾けて口角を上げる。この沈黙はとても心地良いもので、この吟遊詩人と一緒にいられる自分を誇りに思った。






 カフェを後にしてもまだ昼下がりだったので、エレと一緒に通りすがりのコーヒーショップや本屋に立ち寄った。今日が初対面だというのに意気投合したおかげで、胸の痛みが少し和らいだ気がする。


 ただ、楽しい時間はあっという間で、時刻は既に夕暮れ時。

 午前中、暴漢に襲われたエレを考慮して、俺は彼女を家まで送るつもりだった――。



「ぎゃぁぁああああ!!!!」



「男性の、声……!?」

「公園のほうからだ」


 ちょうど公園近くを通る俺たちは、声が聞こえた方へ駆けつける。

 そこには、血まみれの青年が仰向けで倒れていた。


「おい、大丈夫か!!」

「あの……あいつ、が……」


 青年が指差す先――。

 そこにはローブに身を包み、手を掲げる骸骨が立っていた。


 死霊の魔術師――リッチ。

 まだ陽があるとはいえ、不死者アンデッドの力がそろそろ湧き出す頃だ。


 腰に下げた剣を早速抜き、リッチに近寄る!

 だが、その死霊は防御壁バリエラを張ることで、俺の剣裁きをことごとく凌いだ。


「……やっぱり効かねえか」


 確かに、かつて俺が戦ったときと違って対応が速い。これも銀月軍団シルバームーンが生み出した魔物の一つか?

 じゃ魔法は使えんし、止むを得ない。


 意識を集中させ、真の自分に目覚めようとした時。

 上空から光の弾が降り注ぎ、リッチの身体に穴を開けた。


 先ほどまで勢いがあった死霊は、枯れた花のようにしおれて黒の花弁と化す。

 それと同時に、シェリーら花姫たちが駆けつけてきた。


「アレックスさん! 大丈夫ですか!?」

「ああ。ちょうど良いところに来てくれた」


 しかし、リッチの出現はあれで終わりじゃない。一体、二体と、複数が召喚されていった。

 彼女らはさておき、俺は太刀打ちできるのか?


 その時、桃色のツインテールを揺らす少女が前に立ち、俺にこう言い放つ。



「魔法が使えないなら、黙って見てなさい」



 この凛々しい声音を聞いたとき、彼女を心から『陛下』と呼べる気がした。




(第九節へ)





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