騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第七節 悪魔騎士、宿命を砕き燐光と共に

公開日時: 2021年8月9日(月) 12:00
文字数:8,948

「嘘だろ…………シェリィィィイイィィィイイイイ!!!!!」


 内陣に辿り着いた末、俺は一基の棺を目の当たりにした。

 硝子の世界を蒼き薔薇で彩り、一人の少女を静かに眠らせる。


 彼女の名は──シェリー・ミュール・ランディ。

 ティトルーズ王国で崇拝されし女神アリスの記憶と能力を継ぎ、俺と愛し合った女だ。


『アレックスさん……さようなら』


 あれから四世紀ぶりに逢えたと云うのに、またお前が先に行くのか? それとも、ただ意識を失っているだけ……だよな?


 なあ、シェリー。

 頼むから目を開けてくれよ。


「獣の言葉を忘れたか? 相も変わらず愚かな男よ」


 その棺に腰掛ける不躾なクソ野郎は、紅い薔薇を持つジャックだ。棺を見下ろす冷酷な眼差しは、まるで彼女の眠りを望んでいたかのよう。自身の恋人を俺から奪い返し、玩具のように扱っていたと思うと反吐へどが出そうだ。

 彼は棺から降り立ち、薔薇を後方へ投げ捨てる。颯爽と振る舞う仕草は、『俺に勝てる』という余裕の証なのだろう。


 ジャックは両手をズボンのポケットに入れ、見下すような視線を俺に注ぐ。


「彼女は俺を怒らせた。三年という短い期間を待たずして貴様に目移りし、交合まで果たした。約束を破った女に罰を与えるのは貴様も同じだろう?」

「…………てめえと一緒にするな。それに“約束”ってのも、てめえの頭の中で勝手に決めた事じゃねえか」


「いちいち口にするなど、真の愛ではない」

「ほざけ!」


 右手にせい魔法を宿し、ジャックに向かって氷の弾を放つ。だが彼は鼻を鳴らし、素手で魔法を受け止めた。


「大人しく俺の犬になれ。さすれば、貴様の力を解放してやる」

「その返事はこうだ」


 今度はジャックとの距離を詰め、長剣で斬りかかる。彼もまた剣を召喚すると、横に構えて攻撃を受け止めた。


 全ての魔法を受け止める刃と、こくの氣を放つ刃。

 それぞれが幾度となく交差し、互いを牽制し合う。


「無力の癖に未だ抗うか」

「何度でも抗うさ。てめえが倒れるまでな」


 同時に剣が離れ、間合いを取る。

 ジャックが鋼鉄の右手を突き出す事で、手先が大筒に変形。それはガトリング砲を彷彿させるものだった。


 彼は勝ち誇るように口角を上げ、轟音と共に黒魔法の弾を乱射。

 俺は座席の間を掻い潜り、帯のように撒かれた弾を躱していった。


 椅子を飛び越え、時に潜り込む。

 背板に刻まれた穴の集合体は、たちまち追跡の跡となった。


 再び椅子の裏に潜り込むと、静寂が戻る。

 だがその静寂は、次の戦闘の前触れでもあった。


「逃しはせぬ」


 直後、心臓が止まりそうな瞬間に遭遇する。


 眼前の椅子から姿を表す鋭角な刃。その正体を探る前に、ジャックは上空からダガーの雨を浴びせてきた。

 俺を狙うと見せかけ、周囲の床や椅子に狙いを定める。紙一重を狙い相手を封じるのは、ダガー使いの基本的な攻撃手段だ。


 中空に浮かぶジャックは、次の詠唱に移ろうとしている。左手を掲げた瞬間、俺は足を動かそうとするが──。


 紫色の爆発が起こり、俺の身体が後方へ吹き飛ぶ。自身の背にある長椅子は分断され、ただのガラクタとなったようだ。

 それでも身体を起こそうとするが、ジャックは間髪入れずに追撃を加える。


 爆発と共に身体を再び打ち上げられ、周囲の椅子が真っ二つに。

 破片の一部が右の太腿に刺さり、ズボンを紅く染め上げる。激痛を凌いで異物を取り除いた時、視界が滲む程の痛覚が追い打ちを掛けた。


「がぁぁああ!!!」

 耐えろ、アレクサンドラ。此処で立ち上がらねえと……!


 腿から血が溢れ、右足が痙攣しだす。椅子だった物体に手を掛けて立ち上がると、ジャックは既に目の前に在った。

 腕組みで余裕を見せつける彼は、俺にこんな言葉を吐き捨てる。


「何故そこまでティトルーズ王国に執着する?」

「俺がそこで育ったからだ。他に理由などあるか?」


「詭弁だ。その実はを殺すために強くなった……違うか?」

「んなわけ無えだろ! 確かに兄貴は許せねえけど……!」


戯言ざれごとを」


 ジャックが手を振りかざした瞬間、俺の頭上にいかづちが落ちる。幸いなことに、俺はすぐに横跳びで回避できた。脚は痛むが、まだまだ動けるさ。


「欲望をさらけ出せ。純真な花ピュア・ブロッサムの隊長という責を引き受けたのも、かこいを求めていたからであろう?」

「だからお前と一緒にするな。同じミュール族なら、アマンダ十分なはずだ」

「彼女とシェリーは似て非なる」


 無数の鎖が迫りくる──!

 これもあいつの黒魔法だ。俺の剣で切り落と……


 って、切っても切っても無限に湧いてやがる!

 ここで手を止めたら、また彼の玩具おもちゃにされちまうぞ……!


 情けない事に、鎖を薙ぎ払う事で精一杯だ。そんな中、ジャックは話を続ける。


継承者シェリーの霊力さえあれば、我が父アルフレードの魂は復活するのだ。母親は夫に霊力を捧げ、俺を産んでもなお“貴様”という幻想に苛まれた。母親を殺したのは、アレクサンドラ──貴様なのだよ」


 アリスが本来の家族を棄て、ルーセに尽くした?


 違う。こいつは事実を捻じ曲げているだけだ。

 その怒りを刃に宿し、今度こそ全ての鎖を断つ!


「アリスは自ら『捧げた』わけでも『産んだ』わけでもねえ。てめえの親父にさらわれ、苦しんでいた!!」


 鎖が千切れた刹那、このまま肉弾戦インファイトに持ち込む!

 あの頃の右ストレート、そのままそっくり返してやるぜ!!


「ぐふぅ!!」

 彼の顔が右を向く。次は顎だ!


「うあっ!」

「その洒落になんねえ儀式を、元カノにもやらせるつもりか!? 親子揃って、とんだ悪趣味だな!!」


 ここまでで何度顔を殴ったかわからない。

 だが、それぐらいでめる俺なんかじゃねえ。ヤツがよろめくうちに両腕で押さえ、急所をひたすら蹴り上げた。


「おうっ、ぎあぁぁああ!!!!」

「何が『俺の女』だ? その腐った目で死ぬほど見てきたんだろ? あいつが今更戻ってくるとでも思ってるのか? あぁ!!?」


 気の済むまで打撃を加えたあと、一旦離れて助走をつける。


「おらぁあ!」

「ぐおぉおお!!」


 飛び蹴りでジャックの腹部を狙い、壁際まで吹き飛ばす。

 後頭部と背中を打ち付けられた彼は、そのまま床へ倒れる他なかった。


 ヤツが起き上がる前に、ダッシュで接近!

 長剣を再び取り出し、ジャックの胸を貫く。ね返る血と鉄のにおいは、新調したはずの鎧と服に滲み込んでいった。


「う……くっ……」

「おい、まだ起き上がるつもりか?」


 彼が左手を伸ばし、痙攣させる。

 その時、彼は断片的にぼやき始めた。


「──は、しない……」

「あ?」


 未だ足掻く蛇男を黙らせようと、頭を蹴ろうとしたとき──


 黒い光に包まれ、長剣が鮮血と共に弾き飛ばされた。

 その光は俺をも呑み込み、全身に疼痛とうつうを与える。


「おいっ……なんだよ、急に!」

「貴様にシェリーを渡しはしない!!」


 まばたきをした直後、

 俺の身体が宙を舞い



 天井に吊り下げられた何かが、全身に喰い込んだ。



 すべての景色が小さくなる程に遠く、彼の姿が見当たらない。ただ判るのは、この肉体から赤い雫が滴り落ちる事だけだ。

 そして鱗の触感が俺の首を締め付け、か細い粘膜が俺の顎を掠める。その正体は蛇と化したジャックであり、黄金の鋭い瞳で俺を凝視してきた。


「あ……がぁ……っ!」


 窒息感に苛まれ、頭の中が真っ白になる。

 しかし彼は断末魔を与えながら、脳にしてきたのだ。


 おぞましい程の低声を持つジャック。

 彼が放った報せは、如何なる痛みを遥かに上回るものだった。



『命が枯れる前に、伝えておかねばな。シェリーの体内に不死の薬イモータリタを注入したのは──この俺だ』



 真実という名のダガーは、俺の心を確実に貫いた。


 セレスティーン大聖堂の内陣に吊るされたシャンデリア。まさかダガーが仕込まれているなんて、誰が予想できただろう。

 背に突き刺さる無数の異物が、俺の身体から大量の血を絞り出す。遠い床へと滴り落ち、深紅の雨模様を描いていた。


『二度と貴様に会えぬことを知れば……俺との愛を取り戻し、霊力を捧げるだろう。彼女に残された道は、最早もはやそれしかあるまい』


 彼女の命運は、たった一人の男に書き換えられた。例え俺が死んでも、彼女は継承などできない。永遠に生き地獄を味わう事となるのだ。

 四肢の感覚が失われようと、ジャックは語りをめない。


 俺が乳飲み子だった頃、両親は天へ旅立った。如何に継母ままははに愛されようと、俺の心は満たされずにいた。如何に女を抱こうと、この渇きを潤してくれる存在は四世紀もいなかった。

 唯一興味があったのは医学だ。外科医を務める傍ら、再建の計画を立てていたある時……彼女が入院してきた。その時、俺は初めて計画を棄てようと思えた。


 しかし、三年後には貴様の女と化し、俺の時以上に尽くしてやがる。そこで決意したのだ。彼女が何と言おうと、“俺の手で運命を変えてやれば良い”とな。


 ……やはり、初めて遭遇したときに始末すべきだった。いつのことか忘れたが、その時から殺し合う関係だった。時に俺から仕掛けたこともあるが、大抵は向こうからだ。こいつのやり方はいつも同じでつまらなかったのに、今年になって格段と力を付けてやがる。

 悔しいが、油断しちまったようだ。ミュール宮殿にいた時にもっと早く見抜ければ、今頃こいつをぶっ飛ばせたはずなのに。


 ジャックは、俺に敗北を突きつけるように高笑いしてきた。



『最高の筋書きだ。最愛の女は邪魔者から離れ、共に永遠の愛を紡ぐ。ふふふふ……はははははははははは!』



 クソ、こんなヤツの声を聞いて死ぬのか!?

 嫌だ、厭すぎる。せめてシェリーを庇いたかったのに、それすらも叶わねえなんて。


 あらゆる記憶が、鮮明に蘇る。

 そして──


 柄にも無く、“最期”という単語が浮かび上がった。




Benvenutoベンヴェヌート, signoreシニョーレ! 《いらっしゃいませ、紳士おにいさま!》』


 シェリーとの出会いは酒場ランヘルだ。あの天使の笑みに全てを奪われ、彼女を射止める為なら手段を選ばなかった。今思えば、あの時の表情は建前だったのだろうか? いや、可愛かったから真意などどうでも良い。



『あたしはマリア・ティトルーズ。これより、あなたを魔術戦隊“純真な花ピュア・ブロッサム” 隊長に任命するわ。女しかいないからって調子に乗らないでよね』


 今から四ヶ月しか経っていないと云うのに、ツンツンしてた頃が懐かしいな。あの頃の俺はまだ陛下のことをよく知らなくて、普通に敬語を使ってたっけ。

 マリア──お前は、本心より俺たちの幸せを優先してくれたよな。改めてありがとう。



『こうしてアレックス様のお話が聞けるの、すっごく嬉しいのです……もっとお話したいなぁ』

『俺も楽しかったよ。またそのうち会わないか?』


 エレはずっと俺を気に掛けてくれたよな。こっちに帰るまでは男所帯だったから、お前とのひと時を心から楽しめた。ちょっと強引なところもあったが、気持ちだけは受け止めるよ。



『本当は魔族も男も信じられなかった。でも、アレックスやジェイミーと出会って、『それは違う』ってやっと思えるようになったんだ』


 初めは“男勝りで大食い”って印象だったが、今じゃ太陽のように温かいお姫様だ。優しくて強いお前を好いてくれるヤツは、すぐ近くにいる。

 あいつなら、アンナをずっとずっと大事にするだろうよ。



『この気持ちは、あの子には絶対に届かないって……だから、貴方で満たそうとしてた……』


 メイド長にして魔性の女──それがアイリーンだ。堅物かと思えば、俺にだけ違う一面を見せてくる。はっきり言って、お前のような女も俺好みだ。だが、その身を捧げるべき相手は俺なんかじゃない。後は……判るよな。



『あんたは死ぬほど欲しいみたいだけど、知らない男に頼まれた俺様の気持ちを考えたことある?』

『悪いが、今は考える余裕がないんだ』

『いや考えろよ!』


 思えば、吸血鬼ジェイミーとの出会いも奇妙なモノだ。元々は俺が強要した事だけど、そのおかげで桁違いの強者つわものと出会えたわけで。

 すまんな。もし力が復活すれば再戦を申し込みたかったのに、それも夢の話になりそうだ……。



『こうしてお前と一緒に住めたら良いんだけどな』

『それができるなら、毎日料理を振舞えるのにね』


 アリス……お前は今、シェリーの中にいるんだろ? お前との恋は実らなかったが、結果的に俺は幸せになれた。

 俺への想いも継承してくれて、本当にありがとう。けれど……せっかく新たな生を得たというのに、また離ればなれになりそうだ。




 色んな奴らとの思い出がグルグルと駆け巡る。

 今更フラッシュバックなんてよ……。何世紀も生きてきたってのに足りねえよ。ここで死ぬには……全然足りねえよ。


 これからも仲間たちとワイワイしたかったのに。

 シェリーともっと一緒にいたかったのに。


 それに……両親おやより先に死んでどうすんだよ。きちんと兄貴と向き合ってねえじゃないか。


 ごめんな。

 みんな、ごめんな。


 俺はもう











「リアニマ」



 死んだはずなのに、なぜジャックの声が……?

 黒い光が意識と身体を包み、何もかもを戻す。


 気付けば俺は身廊に立ち、向かいにはジャックが



「失せろ」



 つぶれた



 なぜ



 からだが

 ちらばっ



「リアニマ」



 またもどっ



「はぁああ!!!」



 ごうかにやかれ



「リアニマ」



 やめてくれ



 からだがしびれ

 すべてのけあなからちが



蘇生リアニマ



 もういやだ



 けとばされ

 ハリネズミにされて



蘇生リアニマ!」



 ああ、またよみがえ



「死にたいか?」



嫌だ厭だイヤだ嫌だイヤだいやだ厭だ嫌だいやだ厭だイヤだいやだいやだ厭だ嫌だイヤだ嫌だいやだイヤだイヤだ厭だ嫌だイヤだ逃げたいにげたいニゲタイにげたいいやだいやだ痛いイタいいたいイタい痛いイタいいたいイタいイタいいたい痛いイタい痛いいたいイタいいたい痛い痛い苦しいクルしい止めろやめろヤメロやめろ死ぬシヌしぬシヌしあぁぁあぁぁああぁあぁああぁぁああああああああぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ






「ふう、なかなか愉しめたぞ。……蘇生リアニマ



 もう、嫌だ

 俺はまた──



「貴様が粋がれば粋がるほど、遊び甲斐があるというモノよ。……これで効きはしまい」



 赦せねえ



 本気で赦せねえ

 ここまで腹が立ったのは久しぶりだ



 こんな目に遭うならいっそ──



 ふふふ……

 ははははは……



「あっははははははははははははは!!!!!!!」

「なぜ貴様が笑う?」


「俺の命をここまで弄ぶヤツは初めてだ!!! てめぇへの仕返しが愉しみだよ!! うっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!!」


 もう何だって良い。

 地獄みてえな痛みも、今となりゃ快楽のうちだ。


 亀裂が迸る音。

 封じられた何かが、戻る感覚。


 そう、これこそが──



「もっと遊ぼうぜ、ジャック・ルーセ」



 封印の石は砕かれ

 殺意が一気に滾りだす。


 背からは翼が生え、爪と牙は伸びゆく一方だ。

 この真っ黒に満ちた魔力も、随分と久しぶりじゃねえか。


 俺は──大悪魔アレクサンドラ・ヴァンツォ。

 復讐の時は、ついに訪れた。


 何だよ、あれだけ調子こいてた癖に今更尻込むのか? この身体で散々弄んでたくせによ?


「貴様が力を取り戻したところで……っ!」


 指の間に納まる複数のメスが、俺の顔面に向かって直進。


 しかし──何もかもが遅い。

 すべてのメスは掠め、左右に並ぶ長椅子に突き刺さった。


「おいおい、下手くそか?」

「……ただの挨拶だ」

「へえ、やっぱ学習してねえなぁ」


 この右手をジャックの足下に突き出し、魔力を宿す。 

 床から現れたのは緋色の霜。その霜は脚から下半身を急速に凍らせ、皮膚感覚を急激に麻痺させる。


「なっ!?」

「まだまだこんなもんじゃねえぜ」


 こくの氣を眼前で具現化。それは深紅と漆黒の魔法陣として描かれ、巨大な剣を顕にした。


 そして古の剣を構え、

 肩から斜めに掛けてぶった斬る!


「く、来るな──ぐはぁああああ!!!」


 肉が弾け、血飛沫が舞う。あれほど俺を苦しめたジャックの表情も、今では苦渋に満ちていた。


「き、きさ……ま……!」

 ジャックは左手を自身の首に当て、紫色の光を灯らせる。


 上半身に刻まれた大きな傷が消え、足元の氷が溶けゆく刹那。

 この一筋の光が邪を貫く!



「うぉおあぁぁあああぁ!!!!!」



 まずは前座。

 爪を振り下ろし、胸元を抉る。



「ぐぶぅ!!」



 次に左腕だ。

 穢れた手を捻じ曲げ、聖堂に痛みを響かす。



「ぎぁぁああぁ!!!」



 まだまだ。

 肩を喰らい、百年分の寿命を奪う!



「ぐぬぅぁああ!!」



 俺を弄んだ奴の肉は実に美味い。男は激痛に耐え切れぬ余り、身体をのけぞらせた。


 さて、どうしたものか。

 そう考えていた矢先、ジャックが突如吠えだす。



「貴様の思い通りに……させるかぁぁああああ!!!!!!」



 彼の全身を包み込むのは黒い光だ。

 その光はたちまち大きくなり、全てを呑み込──



 いや、違う!



 黄金の光が瘴気を打ち消し、硝子の棺を輝かせた。

 直後、蒼い花弁が雪のように舞い降りる。その一枚が俺の掌に届き、彼女の声が意識に直接語りかける。



騎士ナイト様、どうか終わらせて。この醜い争いを──!』



「……シェリー……」

 澄み切った声に呆然としていると、背後から女性たちの声が聞こえきた。


「あのクズをぶちのめすわよ、皆!」

「「はいっ!!」」


 着任して以来、何度も聞いてきた声。

 それは、他ならぬ花姫フィオラたちだった。


 既に開花した彼女らは、強い眼差しで俺たちを見据える。


「後はわたくし達に任せるのですっ!」


「お嬢様、もう暫くのご辛抱を……!」


「皆を苦しめた事、絶対に許さないんだからね!」


 こうして一同で集まったのはエク島以来だろう。嬉しさで胸がいっぱいなのに、何故か照れくさくてこう言ってしまう。


「……遅かったじゃねえか」

「ごめん……でもその分、取り返してみせるよ!」


「ジェイミーたちには防衛をお願いしているわ。アレックス、反撃の準備はできてるでしょ?」

「勿論だ」


 俺が頷くと、花姫たちは早速攻撃に徹する。

 まずはアイリーンが地面を蹴り、目にも留まらぬ速さでジャックに急接近した。


「覚悟ぉ!!」


 彼女に蹴られたジャックは、宙に放り投げられる。

 シャンデリアに吊るされたダガーが彼の背を突き刺すも、身体はずるりと真下へ落ちていった。


「やぁぁあああ!!!」


 次の一手はアンナだ。

 彼女はお得意の大剣を持って高く跳躍。墜落寸前のジャックに向かって斬り掛かるが──


「……目障り、だ……!」


 彼は僅かに残る魔力を以って長剣を召喚。

 刃は甲高い音を立てて鍔迫り合いとなるが、アンナは自身の剣に力を込めた。


「絶対に、諦めない……!!」

「戯言を」

「うあぁぁああ!!」


 彼女の想いは敵わず、小柄な身体が吹き飛ばされる。

 俺が彼女を受け止める間、宙に浮かぶエレが行動に出た。


「食らうのです!!」

 エレは大弓を構え、矢の大群を放つ。それらは自我を持つように放物線を描き、ジャックを執拗に追いかけた。


「無駄だ!」

 ジャックは漆黒の盾を召喚。矢が金属音を打ち鳴らすも、はらはらと落ちながら掻き消えた。


「そ、そんな……!」

「脆弱な魔法で俺を倒せると思うな」


 彼の背から放たれた闇の流星が、高速でエレに接近!

 エレは空中で回避に専念するが、流星群は彼女に追いついてしまった。


「いやぁぁああああぁああ!!!!!」


 爆風に包まれ、悲鳴を上げるエレ。ちょうどアンナが立て直す頃、同じく墜落するエレを救出してみせた。


 一方でジャックは片手をかざし、暗黒の氣を収束させようとする。

 誰もがその様子に慄く余り、手も足も出ない様子だった。


めすどもを殺すには惜しい。アレクサンドラ、まずは貴様から果ててもらうぞ!」

「早く下がって! 防御壁バリエラ!」


 俺たちが直ちにマリアの元へ集結した後、彼女は半円状の結界を展開。

 だが、ジャックの拳は既に振り下ろされていた。


「消えよ!!」


 俺たちに迫りくる、巨大な衝撃波。

 それが結界に触れる刹那──



「開花!」



 少女の力強い声と共に、光と蒼の花吹雪が全てを呑み込む。

 闇を照らす温かな光は、宙を舞う彼女の肢体を鮮やかに映した。



「バカな! 霊力を奪ったはずが──」



 流れる蒼髪は白銀に変わり、身体に花弁が纏わりつく。その花弁が黄金の鎧とフレアスカートに変化すると、背中から四枚の翼を生やした。

 彼女が左手を掲げれば、背丈ほどの杖が具現化。杖の先端を模る太陽の紋章は、ミュールの証だ。


 ステンドグラスに射す光を背景に、彼女は口を開いた。



「我が名は、アリス・ミュール。忌々しきルーセよ、直ちに罪を償いなさい!」



 ……アリス、本当に戻ってきたのか?

 否。シェリーが何らかの原理で変身しているのだ……!


 この時、俺は革新した。

 この動乱はいよいよ収束する、と──。


「くっ……極限解放を許した俺が愚かだった……!」

「逃しませんわっ! コンセ!」


 呪文と共に杖を掲げる彼女。

 あれは……初めて会ったときに見た霊術か!?


 青白い粒子が杖の先端に集まり、大きな光を生成。

 彼女は鋭い眼差しでジャックを捉え、高らかに叫ぶ!


波動カノーネ!!」


 扇状に広がる光弾は、瞬く間にジャックに着弾。

 白金しろがねの爆発は蛇男を打ち上げ、轟音を響かせた。



「ぐあぁぁぁあああああ!!!!!」



 彼の身体は床に打ち付けられ、フローリングに大きな亀裂を生みだす。蜘蛛の巣にも似た大きな窪みは、底知れぬ霊力を物語った。


 それでもなお、血まみれの男は立ち上がる。

 俺らに向けて片手を突き出し、また魔法を放つと思いきや──鼓膜がつんざく程の高笑いを始めた。



「ふっ…………ははははははは! それで勝ったと思うなよ、純真な花ピュア・ブロッサムの者ども! 俺は何度でも立ち上がる……この地を制すまでな!!」



 ジャックが黒い靄に包まれ、聖堂から消え去る。突然の出来事に一部の花姫が声を漏らすが、既に彼の気配は無かった。


「うっ……」


 頭上からの声が耳に届く。

 見上げた矢先、純白のドレスを纏った恋人が地に落ちようとしていた。


「シェリー!!」


 俺はすぐさま彼女を受け止め、共に着地。

 彼女の身体に熱があるものの、瞼は閉ざされたままだ。


「おい、しっかりしろ! シェリー!!」


 嘘だろ……せっかく力が戻ったってのに、こんな事って──!


「起きてください、シェリー様!!」

「嫌だよ……ねえ、起きてよ!!」

「大丈夫、疲れただけよ……! そうでしょ……?」

「お嬢様……」


 誰もが瞳に涙を浮かべ、眠る同志に声を掛ける。

 しかし、彼女が目覚める事はない。


 こんなの、無情すぎるだろ……。俺は、天を仰ぐしかないと云うのか?



「なあ、そこで見てんだろ? ホントに奇跡があるなら、今すぐ助けてくれよ。頼むからよ……」



 恋人を抱える手が震え、視界が滲み出す。

 悪魔おれが涙を流そうと、クソったれは呑気に眺めるだけだった──。











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