ミュール宮殿の牢獄に捕まった翌日。俺は脱出を図り、シェリーがいるであろう礼拝室へ駆け付けた。
しかし、そこにいたのは──
「さあ立ち上がりなさい、迷える仔羊たち! この戦禍の元凶に裁きを!」
アマンダと、身体の一部を失った信者たち。立ち上がる彼らの片手には武器が収められている。草刈鎌に剣類・鈍器──と云った道具に殺意を込め、今にも血祭りを上げそうな勢いだ。
だが、俺はもう迷わない。
今はただ──決意を握り締め、無情をこの身に纏うまでだ。
「安心しな。今から俺が救ってやるよ」
もはや彼らには“理性”というのは存在しないのだろう。誰もが願いを叫び、一斉に俺の元へ駆け寄る。隊列もクソも無い状態だ。
「御神子さまは我々の未来に必要なお方だ!」
「うちの子を返して!!」
さて、誰から救おう。
まずは──草刈鎌を持つ老爺からか。
「忌まわしき悪魔よ、さっさとこの島を出てけ!」
痩せ細った彼は鎌を振り上げるが、その力は頼りないものだ。一振りしただけで腰を曲げ、息を切らし始めている。
「悪いな」
衛兵から盗んだ長剣を突き立て、心臓を貫く。血の臭いが一気に立ち込めると、早速噎せる者が現れた。
「よくもオレらの親父をぉおおお!!!」
次に襲い掛かったのは、鍬を持つ初老。此処で彼らの背景を考えれば不意を突かれてしまう。
振り下ろされる鍬を躱すと共に一閃。彼の首は赤い弧を描き、大理石の床に血溜まりを作った。
「きゃあああぁぁああ!!!」
「怯むな! 力を合わせれば浄化できる!!」
怒りと悲しみに搔き乱される雑踏。それは、戦闘に不慣れである事の裏返しでもあった。
次に迫りくるは、鈍器を持った青年。球体に棘を生やしたそれは“モーニングスター”と呼ばれるもので、星に例えられる事が多い武器だ。
おそらく彼も戦闘経験は皆無だろう。その武器を持てるのは、持ち前の筋力に他ならない。
「こいつも銀月軍団の一員だ! 喰らえ!!」
随分とデタラメな話だ。大口を叩いておきながら、鈍器をロクに扱えないでいる。それどころか周囲に当たるせいで、顔面や身体に穴が開く者が続出した。
次々と息の根を止めるが、迷える仔羊たちはまだ抗うようだ。
「あんたのせいで、うちの子が殺されたのよ!!!」
包丁を握る女。銀月軍団が現れるまで、平穏に暮らしていたに違いない。
しかし、当たり前の日常をジャックらに壊されたのだ。ならば──
「ふが……っ!!!」
剣を腹に突き刺し、勢いよく引き抜く。
怒りと悲しみを懐く彼女は、そのまま亡き子の後を追った。
懐かしい臭いだ。生きる意味を失くし、傍若無人な奴らを食ったときとまるで変わらない。
本来の俺なら黒魔法で一掃したいところだが、今じゃそれも叶わぬ話だ。今は彼らで腕鳴らしするしかあるまい。
何度も聞こえる断末魔。
耳を伝う度に胸がチクリと痛むが、手を緩める事は許されない。それに、彼らが勢いに任せるせいで清魔法の詠唱が追いつかないのだ。
だが、それは彼らにとって好都合かもしれない。何故なら、誰もがひと思いで楽になれるのだから。
「ぎゃあぁぁあああぁ!!!」
「ぐえぇ……っ」
前方は片付いた。
所詮は借り物の剣だ。捌けなくは無いが、切れ味は遥かに劣る。早く武器と防具を新調させたいものだ。
「ん……?」
響き渡る鐘の音。複数の足音が聞こえたと思いきや、扉は再び勢いよく開かれたのだ。
現れたのは、同じく被害に遭ったであろう仔羊たち。いちいち誰がどの武器を持っているか把握している暇はない──!
この古びた剣で幾度も弧を描き、罪無き者たちを天国へ導く。誰もが激痛に苦しむが、それも僅かな刹那だった。
残骸が積みあがり、いよいよ悪臭が増す。
剣にこびりついた血糊を振り払っていると、残酷な駆動音が礼拝室にこだました。
「今度は誰だ」
新たにやってきたのは、チェーンソーを持つ二人の大男。片方は鋸型、もう片方は歯車型だ。彼らが背負う機械からは、憤りを体現するように蒸気を燻らせる。蒸気機関があまり発達していないミュール島だ。恐らくはジャックが手配したのかもしれない。
この時に湧き上がったのは恐怖ではなく高揚だ。いくら民間人とはいえ、騎士である以上強敵の気配に過敏にならざるを得ない。
「まとめてかかってこい。俺が全て切り捨てる」
彼らは挑発に乗ったようで、一気に襲い掛かる。
まずは歯車の近接攻撃。何度も振り下ろされるが、舞うように回避しつつバックステップ。
しかし、機械仕掛けの剣が左側から接近。横に一振りするも、俺は瞬時にしゃがむ。結果、ちょうど付近に立つ信者の目を切り刻んだようだ。
「うぎゃあぁぁぁぁああ!!!! いだいっ!! いだいぃぃいいいい!!!」
信者が如何に泣き叫ぼうと、彼らは気にも留めない。どうやらこの二人には血も涙もないようだ。だが、それも悪くない。この只ならぬ気迫が、今の俺にとってちょうど良いからだ。
鋸持ちの足首を蹴って体勢を崩してやると、今度は歯車が暴れ出す。良い連携ぶりだが、彼も隙だらけだ。
脇腹めがけて薙ぎ払うと、上半身が後方へ吹き飛ぶ。後ろに立つ信者たちも巻き込む最中、歯車が誰かに当たって血の嵐が巻き起こった。
あと一人か。
間に合え、ウンディーネ!
「氷撃!」
右手から放たれた氷の弾が鋸と両腕を凍らせると、刃の咆哮が静まる。仕留めるなら今だ!
切っ先が不気味な触感を覚える。肉を断つ音が聞こえると、力を込めて引き抜いた。自分の全身はもはや人間の血で染まっていることだろう。
「も……もう無理だ……」
「退け!! これ以上は死人が出るだけだ!!」
俺に背を向け、廊下を駆け抜ける彼ら。礼拝室に響くのは、信者の掠れた悲鳴と歯車の駆動音だけだ。
音源に近づき、コードを腕ごと切り離す。すると先までの勢いが嘘のように止まり、ただの銀の円盤と化した。
「まあ、本当に悪魔だったなんて……貴方の戦いっぷり、却って清々しいわ」
艶を作った女の声。振り向けば、アマンダが人差し指を口に当てて腰を妖しく動かしていた。
「シェリーは何処だ」
「さあね? でも、私を倒したところで彼女はもう手遅れよ?」
のんびり話している暇など無い。
先手必勝。僅かに残る魔力を全て費やし、剛速球の氷弾を放つ。
「うふふ」
アマンダの前に生じる柱。それは氷の弾を見事弾き、粉々にしてみせた。対応の速さに思わず舌打ちせざるを得ない。
ならば近接はどうだ? 一本鞭に霊術、と如何にも弱点が判りやすい。
彼女の胸目掛けて突進してみせるが──。
「なっ!?」
何だ、この感触!? 彼女の前には何も無いはずなのに、剣身が消失している……!? まるで肉壁に嵌ったような感覚で、どんなに引き抜こうとビクともしない。
やむを得ない。
右手で拳を作り、彼女の顔を殴ろうとした刹那。
「霊術を侮ってはダメよ? その気になれば、アイリーンと同じくらいの力を出せるんだから」
「てめっ、人を犬扱いするなど──ぐあぁっ!?」
胸は大きくも身体は細い彼女が、俺の拳を受け止められるなんて思いもしない。
だが、彼女はそれも霊力で受け止め、左の拳を突き出す! 俺の身体が呆気なく後方へ吹き飛ぶと、一台の長椅子が衝撃で分断された。
昨日の痛みに比べれば序の口だ。まだまだ俺は立ち上がれる!
余裕そうな佇まいを見せ、しなやかな手付きで自身の胸に触れるアマンダ。その誘惑は、俺を嘲笑うようで苛立ちが募る。
「いい加減諦めて、私の信者になったら? この身体に触れてみたいんでしょ?」
「……あいにく、俺の好みじゃないんでね」
「あら、残念だわ。なら、力ずくでも!」
アマンダは胸に当てた手を突き出し、次々と光の弾を放つ。俺はその隙間を縫い、彼女に向かって駆け抜けた。
次はどんな霊術だ?
金色の粒子が彼女の身体に集まり、大きな光を生み出そうとしている。
だが、俺はアマンダの左に飛び、回し蹴りを決める!
脛で脇腹を当てられた彼女は、唾液を吐いてその場でうずくまった。
「ぐ……っ!」
「女とて容赦はしない」
距離を詰め、もう一度拳を──!
「うぁっ!!!」
突如俺の視界が光に支配され、反射的に瞼を閉ざしてしまう。
くそ、これも判りきってた事なのか……!
その時、
「捕まえたわ」
「あがぁぁ……!!」
首に何かが絡みつき、とめどない圧迫感を覚える。不敵な笑みを浮かべる彼女が握り締めるもの──それは、昨日に幾度も俺を痛めつけた一本鞭だった。首を絞めつける革の紐が、徐々に思考を奪っていく──。
それでも彼女は、追い打ちを掛けるように耳元で囁いた。
「あの小娘ったら随分と穢れてたわね。悪魔の臭いがプンプンしていたものだから、私たちの手で浄化して差し上げたのよ。そうしたら何て言ったと思う? 『許して、許して』と何度も泣いて謝ってきたのよ? 勿論、ジャック様も許さなかったわ。『永久に悔め』と彼女の身体に刻んだのは──」
「そこまでだ」
この声は──!
迫りくる葉の嵐。それらが紐を引き千切り、解放された俺はそのまま尻餅をつく。誰かの樹魔法によって、鞭はただの棒に成り下がってしまった。
俺とアマンダの間に立ちはだかるのは、赤と黒の和服に身を包むヒイラギだ。彼女は腰に手を当て、アマンダを見下すように鼻を鳴らす。
「随分と楽しそうじゃないか。けど、ヴァンツォの所有権はうちにあるんでね」
「お、お前は……あの裏切り者!?」
「何とでも言えば良いさ。シェリーの親戚だからって容赦しないよ」
アマンダが顔を歪める一方、ヒイラギが扇子を仰ぐ。アマンダは棒と化した鞭を投げ捨てると、後ずさりを始めた。
そして──。
「……ここは退くしかないわね」
黒い靄となって姿を消す神官。彼女の気配は既に無く、辺りはしんと静まり返った。
ヒイラギは「やれやれ」と溜息をつき、扇子を畳む。それから身体を俺の方へ向けると、片膝をついて腕を背に回してきた。
「これを飲め。悠長に休んでいる暇はない」
彼女が差し出したのは、薄緑色の液を詰めた瓶──高度治癒薬だった。俺は「すまん」と言って受け取ると、コルク栓を抜いて液を喉に流し込む。すると全身の痛みが癒え、傷口が急速に塞がっていく感覚がした。
ヒイラギは黄金の瞳で俺を見つめ、ある事実を淡々と告げる。
「城下町が炎上した」
その言葉は、俺の目を見開かせるには十分なものだった。
だが、彼女は話を続ける。
「それだけではない。先日からマリアやアイリーンと連絡が付かない状況だ。うちらが向かった頃には既に火竜が暴れ、民衆どもが逃げ回る始末。あのサラマンドラ、恐らくは巫女部隊が召喚したものだろうな」
「他の花姫たちはどうなっている? シェリーはいたか?」
「シェリーも見当たらない。今は姉貴にアンナ、ジェイミーが騎士団の残党と一緒に救助へ向かってるよ」
巫女部隊がサラマンドラを召喚し、自身の住処を燃やすなど考えられない。だが、ヒイラギが嘘を言っているとも思えないのだ。
そんな話を聞けば居ても立っても居られなくなり、勢いよく立ち上がる。同じくヒイラギも立つと、俺は自分より背がやや低めの彼女にこれまでの事を明かした。
シェリーは、この礼拝室で確かに霊力を極限まで解放した。
……だが、それは俺と彼女を引き離すための罠だった。
昨晩の俺は牢獄でジャックとアマンダの砂袋にされ、胸に翡翠の宝石を埋め込まれた。その宝石とは、俺に眠る親父の魂を封じるもの。おかげで力を呼び覚ますどころか、空を飛ぶ事も儘ならない。勿論、魔力の大半も奪われた。
今朝、衛兵が牢獄に来たのを良いことに脱出し、此処に辿り着いた。でも此処にもシェリーはいない。それどころか、ミュール教の信者どもがわらわらと押し寄せ、『俺を殺そう』と躍起になっていたよ。日常を銀月軍団に壊され、発狂した彼らを救う手段はただ一つ──楽にしてやる事だった。
「……的確な判断だ。お人好しでは生き残れないからな」
視線を死骸の山に移し、呆然と見つめるヒイラギ。しかし、言葉とは裏腹に心做しか悲しげな表情が伝わってきた。
同意を貰えて気が緩んだのか、俺はつい弱音を吐いてしまう。
「……もう何のためにここに来たのかすら、わからなくなっちまった。いかなる非情も救ってもらえねえんじゃ、神を信じる意味など無い」
「そうかもな。神にすがるってのは、ある意味現実逃避みたいなものだよ」
ヒイラギは死骸の山から俺の方へ目線を戻すと、「それよりさ」と話題を変える。
「宮殿の外に待ち人がいる。早く行かないと、彼も信者たちに襲われるぞ」
「彼?」
「行けば判るさ」
彼女の後ろに付き、礼拝室を抜ける。廊下には衛兵が随所で斃れるが、今の俺達にとってはどうでも良い事だった。
宮殿を抜け、広々としたエントランスに出る。直後、ヒイラギが『彼』と言った理由がすぐに判った。
堂々と佇む黄色のプロペラ飛行機。その前には、飛行用ゴーグルを頭に掛けたアルが立ち尽くしていた。
何故彼が……? 俺は此処の住民を手に掛けたはずだし、中にはアルの知り合いもいたはずだ。それなのに──
「アダムさん!」
彼はこんな俺に手を振って駆けつける。両膝を押さえて暫く息を切らした後、此処に来た理由について明かしてくれた。
「聞きましたよ、ヒイラギさんから……。さあ、早くお乗り下さい!」
まさか、俺が飛べない事を知って此処に来たのか? いや、流石にそれは違うか。ヒイラギからフィオーレの事情を聞いて、わざわざ自分の為に飛行機を引っ張りだしてくれたのだ。
けれど、この心に絡みつく罪悪感は拭えなかった。
「お前、俺が怖くないのか?」
俺に背を向け、歩こうとするアル。言葉が耳に届いた彼は、振り向きざまに優しい笑みを浮かべた。
「……判っていました。アダムさんが魔族である事を。ですが、種族の違いなど微々たるものに過ぎません。それでは、お話の続きはまた後ほど」
彼の笑顔は昨日に見たはずなのに、何だか久しい事のように思える。
俺は飛行機の後席に乗ると、複雑な気持ちで革製のシートベルトを巻いた。
(第七節へ)
◆アマンダ・ミュール(Amanda=MUHL)
・外見
髪:柳色/ロングストレート/ハーフアップ
瞳:えんじ色
体格:身長172センチ/B89
備考:右目は包帯で覆われている/額にはミュール族の紋章
・種族・年齢:神族/不明
・職業:神官
・属性・能力:ともに不明
・武器:一本鞭
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