騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第四節 五人との午餐

公開日時: 2021年2月14日(日) 12:00
文字数:4,819

「結局、胸を痛める理由はわからなかったのね」

「俺が付いていながら、申し訳ない」


 応接間のソファーで向き合う俺とマリア。テーブルに置かれた陶器の白いティーカップからは、まだ湯気が昇っている。彼女はソーサーをカップごと持ち上げ、口をすぼめてから湯気を逃した。静かに紅茶を飲む姿はまさに優雅で、俺には真似できそうにない。

 彼女は口からカップの縁から離したあと、俺を一瞥いちべつしながらこう言った。


「いいわ。それよりもアンナを助けてから色々忙しかったし、みんなで食事なんてどう? 改めて説明する必要があるしね」

「確かに、せっかく五人揃ったのにきちんと話せてなかったもんな」

「ええ。覚醒したとはいえ、まだ呑み込めてないと思うから」


 そうだよな。アンナがようの力を解き放ってからは、友人ルナの介護に勤しんでいるようだし。ティトルーズ防衛部隊を辞めて早々にはなるが、そろそろ話すべきだろう。


「最近は隊員の皆も忙しいからなかなか会えないけど、大事なことだから来てもらうようにするわ」

「みんな揃って忙しいって……仕事でか?」

「そうね。でも、これにはがあるのよ」

「いったいどんな?」


 しかし、マリアは答えようとせず、「ふふっ」と笑うだけだ。


「いずれわかるわ」

「はあ……」




 ~§~




 花姫フィオラの皆が忙しい理由などわからぬまま、数日の時が経った。今度は俺がアンナを応接間に招く番で、アイリーンと一緒に彼女を案内する。

 俺に付いてくるアンナの足音がやけに大きい。それだけ緊張しているということだろうか。まあ、無理もない。なんせ防衛部隊は男の方が多いし、(あんまり誇示したくはないんだが)俺みたいな隊長にいきなり呼ばれたら普通はビビる。なんとかほぐしてやれたら良いんだけど……。


 さて、辿り着いた。二枚扉の片側にあるノブを回し、扉を引いてみせる。俺は指先を揃え、「入っていいぞ」と内側へ通した。俺らしくなくてちょっと照れくさいが、女性にはこうでもしないとな。


 アンナを先にソファーに座らせたあと、俺が彼女の真正面に腰掛ける。そしてアイリーンが俺の隣に立つと、クロエがティーセットを持ったまま入ってきた。彼女はテーブルに一式を置いたあと、俺たちにお辞儀してから去る。

 アンナは目の前のティーカップを手に取ろうとしたが、礼節を必死に守るようにすぐ手を離す。


「えっと……」

「リラックスして聞いてくれ。その方が俺も話しやすい」


 プライベートだとあれだけ俺を白い目で見てきたくせに、仕事となるとそうはいかないってか。公私を分けるのは良いことだけども。

 まだぎこちないが、上がり切った肩を徐々に下ろしていくアンナ。両手を膝上に置いたまま、ゆっくりと俺の方を見てくれるようになった。


「お前の力について、マリアちゃんから話を聞いているか?」

「うん。ボクが持つエレメントの話、だよね」

「なら話が早い」


 俺も少し緊張するが、本題に入ろう。


「改めて、純真な花の隊員……すなわち花姫になってくれないか? 俺たちはお前の力が必要なんだ」

「えっ……でも、ルナが……」

「安心して」


 目を丸くするアンナに対し、はっきりと告げたのはアイリーンだ。彼女は静かに口角を上げ、話を続ける。


「自分たちにがあるから、彼女のことは任せて良いわ」

「考え……?」

「ええ」


 その『考え』を隊長である俺が把握できてないのもどうかしているが、今は話を進めよう。

 しかし、アンナは視線をやや下に落としながら話す。


「……都合が悪くなったら、ボクを捨てる気なんでしょ。みんな最初はそう言うの。『ボクの力が必要だ』って」

「んなこと言わねえよ。シェリーちゃんはもちろん、女王本人だって戦うんだ。キツいときは俺に任せればいい」

「…………」


 自分の胸に手を当て、アンナに真剣な眼差しを送ってみる。

 まだ信じてくれないか。いったいどうしたら……。


「倒したいんでしょ? あのジェシーって猫男を」

「!!」

 アンナがアイリーンの言葉を受けて咄嗟に顔を上げる。


銀月軍団シルバームーンを倒せるのは、自分たちしかいないの。今の防衛部隊かれらじゃ歯が立たないってこと、貴女もわかったでしょ? 今こそ恨みを力に変える時よ」

「力に……。ルナ……」


 拳を握り締めるアンナは、しばらく黙ってからこう言った。



「戦うよ。あなたたちのおかげでボクたちは助かったんだから、今度はボクが手伝う番だ。ジェシーとの蹴りはまだ付いてないしね」



 よかった……。アイリーンが促してくれたおかげで、何とか持ち込めた。にしても、他人ひとの恨みを引っ張り出せるなんて俺にはできないぜ。


「ありがとな。せっかく来てくれたんだし、皆で昼飯にしないか?」

「そうね。お嬢様の他にも、貴女と仲良くなれそうな子もいるわ」

「うん、行く!」


 ああ、やっと元気になってくれた。勢いよくソファーから立ち上がる様子からして、溶け込めそうだな。

 俺も腰を上げたあと、食堂に向かうべく扉の方へ歩いて行った。



 食堂に向かうと、既に花姫たちが俺らを待ってくれていた。皆の視線がアンナに集中すると、本人は顔を赤らめて彼女らから逸らす。


「アンナ様!」


 最初に声を掛けたのはエレだ。手を振る彼女の隣は空いている。アンナもそれに気づいたのか、皆にお辞儀をしてから恐る恐る席に着いた。


「えっと、キミは……?」

「わたくしはエレと申します。よろしくなのですよ!」

「う、うん! よろしく……!」


 アンナの両手を握るエレ。このエルフ、すっごく嬉しそうだし仲良くなるのも時間の問題だろう。ちなみに彼女は俺の真正面に座っている。

 此処は相変わらず厳粛な空間だが、彼女らのおかげで緊張が和らぐ。差し込む陽の光が、昼の真っ只中であることを指していた。


「あの……陛下……ありがとうござい、ます……」

「アンナったら、そう固くならないで。あたしとも友達みたいに接してほしいくらいだわ」

「えっと……わかった! マリアさん!」

「ええ、それで良いわ。さて、もうすぐ来るわよ」


 数名の使用人たちが食堂に入る。料理が次々と置かれるたび、感嘆の溜息が微かに聞こえてきた。野菜のパスタに、玉子とハムが入ったガレット。もちろん肉料理やパン、トマトスープだってある。あらゆる料理の香りが鼻腔をくぐるたび、食欲が掻き立てられた。


「今日は純真な花ピュア・ブロッサムのメンバーが初めて揃ったお祝いよ。いっぱい食べてね」

「「はい! いただきます!!」」


 少女らの声が響き渡ったあと、誰もがカトラリーを手にして思い思いに食事を始める。ある者は肉をほお張り、ある者はパンをスープに浸していた。アンナもその一人で、フォークにパスタを巻き付けては口に運んでいく。あれほど顔が強張っていた彼女だが、噛み砕くたび緩んでいく。

 アンナはパスタを呑み込んだ後、シェリーに向かって話し掛けた。


「こないだシェリーが勧めてくれた服だけど。その恰好でジェイミーと会ってみたら、ずっとんだよね。やっぱり変だったのかな?」


「違うわよ、あなたがとっても可愛いから。ただそれだけ」

「えぇ!?」

「わかります、わかりますっ!」

 アンナの問いに答えたのは、シェリーではなくアイリーンだった。エレもまた、メイド長に同調するように身を乗り出す。


「だって、アンナ様はとっっっっても可愛らしいもの……。ねっ、リーダー?」

「えっ、ああ……」

 いきなり話を振ってくるな、ビックリするだろ。確かにアンナはすごく可愛いと思うけど。


「というか、お前らいつの間に会ってたんだな」

「『どうしても電話番号が知りたい』って言うから」


 なんだかシェリーの写真をねだった俺みたいだ。ったく、あいつも人のこと言えねえじゃん。


「あの人、ちょっと変だけど友人ルナのことを話したら真剣に聞いてくれてたし。悪い人じゃないんだと思う」

「まあ……確かに変だよね」


 シェリーからすればそうだろう。事故とはいえ、ジェイミーはマリアの衝撃写真スクープを持ち出したわけだから。

 ちなみにマリアはあまり会話に入ってこないが、楽しそうに聞いている様子。女王という立場上、安易に加わらないのだろう。(でもいじる)


「いちばん変なヤツはこいつだけどな」

「なんであたしを見るのよ」

「否定はいたしません」

「アイリーン!!」


「もうここの奴らは知ってるだろ、お前の

「だから何も嗅いでないって!」

「あの……」エレがマリアを見つめ、首をかしげる。


「陛下って何かをキメてるのですか?」

「そんなところだ。それもシェリーの……」

「「説明しなくていいからっ!!」」

 マリアとシェリーの怒声が重なる。ちょっと面白くて可愛い。


「エレちゃんもそのうちわかるさ」

「まあ! 楽しみにしてるのですー!」

「こらー! あたしの趣味は見世物じゃないのよ!?」


 アイリーンとアンナが笑いをこらえているようだ。シェリーは赤面して睨んでるけど。

 ……こうして食堂が温かい空気に包まれると、ほっこりするな。それに、美女が五人もいればその分華やかになるし。俺にはもったいないけど、女子に囲まれるのも悪くな


「アレックス様! あーんっ」


 えっ、ここで? 『あり得ない、何かの間違いじゃないのか』と思ったが、確かにエレは俺の方にスプーンを差し出している。それもグラタンだし、熱を逃がしてたから自分で食うのだとてっきり……。まあ……選択の余地はなさそうだし、流れに身を任せよう。


「な、何をして……!?」


 ああああああああああああああシェリーに気づかれた!!!!!!!!!!!! 違うんだよ!!!!! 決して浮気なんかじゃないんだって!!!!!!!!!!!!! でももう口の中に入っちゃったし、口の中でとろけて無駄に美味いし、マジで不可抗力!!!!!!!!!!


 なあアイリーンちゃん、そこでニヤニヤしてないで助けてくれないか?


「やっぱり貴方たちはラブラブなのね」

「はいっ! これからもアレックス様とずっと一緒なのです♪」


 違うんだってばーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!




 食堂を離れるときも花を咲かせる各々。そんななか、俺はアイリーンと一緒に廊下を歩いていた。


「隊長、最近幸せそうですね」

「そう見えるか?」

「ええ。お嬢様と何か進展が?」


 あるとすれば――。


「家に行った」

「もうまで行ったの!?」

「違う! あと声でけえ」

 女性陣が一気に振り向いたので、俺は「こっちの話だから」と手を強く振った。


「これは失礼いたしました。あまりに性急だと思いましたから」

「そうじゃねえんだよ……まあ、抱き着きはしたけどさ」


 というわけで、シェリーの家で起きた出来事を簡潔に話した。


「もしかしてプールでの一件と関連しているのでは……?」

「俺もそんな気がする。でも、結局細かいことはわからなんだ」


 これ以上続きがないので、話題を変える。


「ところで、皆して忙しそうだが、何してるんだ?」

「それは……秘密です」

「なんだよ、お前までそう言うのか! つれねえなあ」

「うふふ、何とでも言いなさい」


 武術を抜きにしても、この女性ひとには敵わねえ。仮に『実はどこぞの女王でした』なんて言われても全く違和感がないし、それぐらい威厳がある。

 しゃあねえ。エレにでも聞いてみ――



「大変です、ブリガで清竜せいりゅうが暴れています!」



 一人の騎士が俺たちの前に駆けつけ、力強く叫ぶことで明るい空気が破れる。息を切らす彼は、マリアの問いに対し次のように述べた。


「被害状況は?」

「既に街中が凍り付いております! 敵の動きがあまりに速く、対応が追いつきません!」

「みんな、出撃よ! ……アンナ、これが花姫フィオラとして初めての戦いになるけど頼んで良いかしら?」

「もちろんだよ!」


「ブリガ……そこがフィオーレの隣町なのは知ってるが、何か引っかかるな……」

「アレックスさん、ですか?」

「ああ。何度もあの街には行ってるが、ずっと思い出せないままでね。そこで気に入ってる店は知ってるのに……不思議な感覚だ」


 俺とシェリーはブリガって街に縁があるということか?

 ただ、今は討伐の方が先だ。俺たちはすぐさま屋上へ向かい、グリフォンに乗って例の場所へ急ぐ。




(第五節へ)





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