騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第四節 もう一人の大悪魔 〜残虐な遊戯〜

公開日時: 2021年5月11日(火) 12:00
更新日時: 2021年5月11日(火) 13:58
文字数:3,754

「出来損ないの分際でやるではないか」


 意識の中でデーモンとの戦いを終えた俺とシェリーは、次の場所に転移される事となる。魔界を象徴する赤黒い空から、吸血獅子ヴァンレオーネと戦った場所──青紫の壁に囲まれ、幾何学模様の柱が存在する空間──に一変。正面奥には、俺と同じつのと羽根を生やす兄貴ヘンリーが立っていたのだ。


 かつて足下まであったはずの呂色の髪は、今じゃが見える程の短さだ。癖毛の無い部分を除けば、顔立ちも髪型もおれにそっくりである。宮廷衣装を彷彿させる姿は王子気取りか? にしても、しばらく見ないうちにまた顔つきがゲスくなったな。

 彼は右腕の上に左の肘を置き、指先を額に当てて佇む。そして勝ち誇るように口角を上げると、尊大な物言いで俺たちを煽ってきた。


「汝は全ての魔物を打ち払った。特別に褒めてやろう。……まあ、そこの情人に阻まれたのは心外だったがね」

「此処の魔物を仕掛けたのはお前か? 何故頭の中に押し入る?」


「押し入ったのではない。これは汝が望んでいた事だ」

「は……?」


 意識の中で起きた事が、全部俺の望みだと云うのか? 魔物を薙ぎ払った事も、デーモンに苦しめられた事も?


「我はただ、アレクに眠る破壊衝動に応えただけに過ぎぬ。アリス、汝も見たであろう? 人々が滅び、文明が失われた故郷を。人たらしの仮面を被り、破壊を望む男の何処に惹かれたと云うのだ?」

「アレックスさんの優しさは本物ですわ。私が見たあの城下町フィオーレは、彼の心の傷そのものです!!」


「ならば、その心の傷とは何だ?」

「そ、それは──」

「良いさ、シェリー。俺にもそういう感情があるのは事実だから。……このクソ兄貴と銀月軍団シルバームーンに対してな」


 俺は兄貴に剣幕を見せたまま、鞘から長剣を取り出す。彼もその気なのか、左手を額から離し俺らを見下してきた。多少の身長差とは云え、動作にいちいちイラッと来る野郎だ……!

 シェリーも拳銃を凛と構え、硬骨な銃口を兄貴に向ける。だが、肝心の兄貴はそれを物ともせず話を続けてきた。


「我に容易く銃を向けるとはな。もうの事を忘れたのか?」

「っ!!」

 兄貴が右手をシェリーに向けた瞬間、彼女は目を大きく見開き息を呑む。


 次の瞬間。シェリーの両手から鋼鉄の武器が滑り落ち、硬質な床に叩きつけられる音が聞こえてきた。

 その傍ら彼女は頭を抱え、拒絶を叫びながらうずくまる。


「い、いやぁああ!!! もうやめてぇぇええ!!!」

「てめぇ!! シェリーに何しやがった!?」


「この女が勝手に思い出しただけだ。前世アリスに眠る数々の記憶をな」

「とぼけるのも大概にしろクズ野郎!!」


 冷気を剣に宿し、地面に向かって振り下ろす!

 鋭角な氷の筋がビキビキと音を立てながら地を駆け、兄貴の足下へ接近。氷が彼の足首に絡みつくと、俺は次のせい魔法を放った。


氷撃ギォルテ!!」


 右手から放つ巨大な氷の球。残像が見える速さで兄貴の全身に着弾すると、身体の至る所が凍りだした。流石の兄貴もあれじゃあロクに動けまい。


 もう情けなど無用だ。

 俺は右の壁に向かって跳躍し、片足を一瞬だけ着地させる。その足をバネにして三角を描くように跳ぶと、兄貴の左腕に向かって剣を振り下ろした。


「うぉぉっ!!」


 左腕を上げ、咄嗟に身を守ろうとした兄貴。しかし、俺の剣は骨をも切り裂き、腕そのものが床に転がり落ちた。

 彼は懸命に右腕を動かそうとするが、凍っているせいで全く動かせずにいる。──ならばっ!!


「せいっ!!」


 凍った右腕を斬れば、先程よりも容易く切断できてしまった。兄貴が絶鳴を上げる中、露出した断面には霜が急速に降りていく。


 俺は一旦、翼を展開してシェリーの方へ飛行。苦しみから解放されたとは云え、未だ座り込む彼女は復帰にもう少し時間がかかるだろう。

 けれど、此処でそれを待っている暇など無い。彼女の弱気な肩に両手を添えて顔を覗き込むと、憂いな表情から突如驚くような表情へと切り替わる。


「立て。お前の力が必要だ」

「はい……!」


 シェリーが頷き、立ち上がってから拳銃を拾う。それから両手で構え直すと、彼女は今度こそ兄貴の左胸に狙いを定めた。

 ドンという鈍い音と共に兄貴の身体が揺れ、胸から赤い花が咲き誇る。それでも彼はまだ息をしているようで、シェリーは立て続けに光弾を撃ち込んだ。


「ああもう、魔力の気配が濃すぎるっ!!」


 苛立つ余り、言葉遣いが砕けてしまうシェリー。俺がこの悪魔と何度もり合った以上、その気持ちは十分じゅうぶんに伝わった。

 しかし兄貴のヤツ、まだ首が動いてやがる……! 暴れるつもりなら、今度は俺が吹っ飛ばしてやらぁ!!


「これで終わりだ!!!」


 剣を突き出し、兄貴の前へ突進。

 浮き出た首筋に向かって横に薙ぎ払おうとした時──


 彼の身体が破裂を起こした。

 割れた水瓜すいかのように肉と骨が飛び散り、俺の皮膚や鎧に肉片が張り付く。


 そんな不可解な事象を前に呆然と立ち尽くしていると、後ろからは骨肉を貫く音と共にシェリーの苦鳴が聞こえてきた。

 反射的に振り向いたとき、心臓にナイフが突き刺さるような衝撃を目の当たりにする。



「シェリィィイイイィィ!!!!!」



 彼女の足下に広がる血の海。それは、真下から突出した無数の細長い槍が華奢な身体を貫いていた。腿や膝・胸からは鋭利な穂が露出し、赤い液が滴り落ちる。

 特に中心から現れた一条の槍は、下半身から頭上に掛けて串刺しにしていた。おまけに彼女は白目を剥いて口が半開きなのだから、これで嫌悪感を催さない方が異常だ。


『汝は人間界で何を学んだ? だから何時いつまで経っても出来損ないなのだよ』


 許さねえ。絶対に許さねえ……!!

 俺は奥歯を噛み締め、兄貴の居場所を突き止めるべく怒号を上げた。


「出てきやがれ! 俺が同じ目に遭わせてやる!!」

『それはどうかな』


 なっ!? 足下に魔法陣!?

 逃れるべく飛躍を試みるが、見えない何かが足を引っ張りやがる!!


 それでも必死に抗っていると、魔法陣は食肉植物のような巨大な花弁を召喚。

『喰われる』と戦慄した頃には既に遅し。


 花弁が一気に閉じ、俺の身体を丸呑みする。人肉に酷似した皮に包まれると、蟲のような触手が俺の全身を縛り付けた。

 恐怖の余り、瞼を固く閉じるが──。


「ぐぉぉお……っ!」

 その触手は容赦なく瞼と唇をこじ開け、首を極限まで締め付ける。


 ああ、嫌だ。これだけは絶対に嫌だ。

 人間界に降り立つまでの間、俺はこの“花の拷問具”で何度も滅茶苦茶にされたんだ。


『弟よ、憶えているだろ? これで我は投擲を身につけたのだ』


 違う。こいつの言う“投擲”は『仕留められるか否か』という次元ではない。

 この中で延々と生かされるくらいなら、死んだ方がマシだ。早く解放してくれ!!


『まずは腕鳴らしといこう』


 あぁぁぁああやめろやめろぉぉおおお!!!!

 くうを切る音がき、聞こえ、きこ……え……


「ぎっ!?」


 右側から矛が突出し、眼球を──

 いや、その隔たりは紙一重だ。もし投擲にもっと勢いがあれば、そのまま刺さっ


「ぬぉぉおおおぉおおおおぉぉおお!!!!!!」


 次の槍が音もなく現れ、下半身に突き刺さる。

 その激痛は瞬く間に全身を支配し、俺の尊厳を


「がぁぁああ!!」


 今度は左肩。矛が骨にめり込み、生暖かいものをどくどくと流


「んぐっ!」


 次は右も


「ごふぅ!!」


 更に腹を


「ぐぁぁあ!! ぎぃいい!!」


 槍が迫り来る速度はさらに上がり、

 そして──


「ぐぉ……っ!!」


 槍は、開かれた口腔をとうとう貫いた。


 痛みに悶える間も無く、

 指を鳴らす音が聞こえて


「────!!!」



 からだがいっきにはじけとんだ

 そのしゅんかん、あにきはおれにかいふくまほうをかける



「久方ぶりに弟と会えたのだ。愉しませてもらうぞ」



 炎で焼かれ


「どうした?」


 巨大な刃で切り裂かれ


「兄と会えて、嬉しいのだろう?」


 何度も何度も身体を殴られ


「何か言ったらどうだ?」


 巨大な槍で顔を打ち砕かれる


 傷つけられては回復され、痛めつけられては回復される。

 俺が死に掛ける時、兄貴は必ず引留めるんだ。


 何だよこれ。

 結局昔と変わらないじゃねえか。


『兄貴を超えるために強くなる』そう思って鍛えた事はあった。

 だから今度こそあいつを負かせると思ったのに……。


 ちくしょう、畜生!!

 もはやシェリーも兄貴あいつの玩具だし、今度こそ此処で果てちまうのか……?


「ふがぁっ!!」


 回し蹴りが溝に入り、身体が後ろへ吹き飛ぶ。

 そして──


「ぐほぉおお……っ!!」


 このために生み出された刃の枝が俺の右胸を貫き、切先がたちまち赤く染まっていく。

 血も涙も無い兄貴は俺の元へ近寄り、つま先で顎を蹴り上げる。革製の長靴には鉄などあらゆるにおいが染み付いているせいで、反射的に吐き気が押し寄せてくるのだ。


 兄貴が俺の右腕を引っ張るたび、またはち切れそうになる。

 もうやめてくれ、今度は何する気だ?


「つまらんな」


 身体を引き抜かれ、血まみれの地面に叩きつけられる。

 もう血の臭いなんざ嗅ぎたくねえんだ。いっそこの鼻をへし折──


「んぐっ!!」


 後頭部に掛かる重圧。

 それは他ならぬ兄貴の踵だ。何故どいつもこいつも俺を踏みつける? 口を閉じる余裕すら無くて、ドロドロとしたものが中に入り込むんだ。


「汝も案外しぶといものだ。たまには昔話でもしようではないか」


 とうとう、俺たちを痛めつけるのに飽きたらしい。

 でも、それは新たな絶望の始まりでもある。


 兄貴は『小休止』を理由に、俺から胸糞悪い過去おもいでを引きずり出すのだった──。




(第五節へ)






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