騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第四節 種族を越えて

公開日時: 2021年6月3日(木) 12:00
文字数:4,059

5th.Per, A.T.26


 師匠にお願いして、剣の試し斬りをしてみた! といっても、想像以上に使いこなすのが難しいし重い……。それに、うっかり自分の指とか切ってしまわないか心配だわ。

 あの人ったら、こんなものを平気で振り回してるの? やっぱり私には今の杖がちょうど良いわね。


 そういえば彼って何て名前かしら? 今度会ったときは、もうちょっとお話したいかも……。








 ──夕暮れ時。ティトルーズ暦二十六年、十六のペリドット。


 ギルドの任務は必ずしも一日で成し遂げられるとは限らない。時には数日──長くて一ヶ月なんて事もよくある話だ。


 討伐任務の最中さなか、疲れ果てた俺は森の中で一晩過ごす事にした。その辺にいたイノシシを狩り、ダガーを使って解体する。血生臭さが鼻腔を支配するものの、この肉に火を通せば食えなくはない。

 木の棒に肉を刺して篝火の前で焼く間、アリスの顔が脳裏をよぎった。


 彼女は何故俺に近づくのだろう。いつぞや会った貴族っぽい男が夫らしいし、相手にして貰えば良いのに。

 確かそんな風に考えていたと思う。後は……『ちょっとイカれた女』ぐらいだろうか。



「こんばんは!」



 ……って、考えていたら早速聞こえてきやがった。背に突き刺さるような高い声は、反射的に俺の口を結ばせる。元はと言えば、あの女のせいで例の男らに絡まれたんだ。

 しかし──彼女は黙って去るどころか、わざわざ俺の左側へ回り込んで怒鳴ってきたのである。


「ちょっと! 聞こえてますの!?」

「あーもう聞こえてるよ。いちいちでけえ声出すな」

「だってちっとも反応しませんもの!」


 燃え盛る篝火が白銀の髪を照らす。彼女は頬を膨らませて俺を睨むが、愛嬌があってどこか憎めなかった。

 例の如く素直になれない俺は、溜息をついて嫌悪の表情を見せてやる。


「……あのなあ。もしお前が峠に来なければあんな事にはならんかったんだぞ?」

「私だって、もう宮殿なかに引き籠るのはごめんですわ! それに、いい加減あなたのその態度を──」


 その時、アリスの胃袋がきゅうと鳴った気がした。きっと、飯も食わずに宮殿を飛び出したのだろう。彼女は腹を両手で押さえ、恥ずかしそうに唇を噛みしめる。


「何もしねえからそこに座れよ」

「……ありが、とう」


 餓死にさせたら面倒なので、左隣に座らせてやる。白いワンピース姿の彼女はスカートの広がりを押さえながら腰掛けると、興味津々といった様子で俺の手先を見つめた。


「お前もやるか?」

「はい!」


 空いた片手で木の棒を手渡し、焼き方をざっくり説明する。アリスもイノシシの肉を篝火の前に差し出すと、穏やかに話しかけてきた。


「そういえば、あなたのお名前は?」

「アレクサンドラ。長いから“アレックス”で良い」

「アレックス、さん」


 新しい知識を得たかのように復唱するアリス。この際なので、俺も彼女と色々話をする事にした。


「前から思ってたが、お前は天使なのか?」

「いいえ、あれは内なる力を解き放っているに過ぎませんわ。私は“ミュール”という神族の者ですから、いつもはあちらの浮遊島に住んでいますの」

「あー、そっちから来たのか」


 彼女は、ちょうど西方の空に位置する浮遊島を指差す。流石に此処からだと小さくて細部が見えないが、そこにしかない建物やら何やらが色々と在るのだろう。


「でも、神族も俺ら魔族みたいに変身できるっけ? それとも、『ミュールの連中がそういう力を持ってる』ってだけか?」

「……どうやら、開花できるのは私とだけのようで。何故あのような力を得たのか、今もわかりかねますわ」


「開花……」

「つまり『覚醒』ってところかしら。まあ、今は私しかいませんけどね……」


 アリスが物憂げな横顔を見せる。不覚にも綺麗だと思ってしまった俺は興味に駆られるが、理性がその衝動きょうみを引き止める。


「そんなヤツが、なんでこの国の魔物を狩ってるんだ?」

「旦那さまの祖国を守るため。ただそれだけですわ」


「勿体ねえな。お前が変身できるってことは、それだけの力を持ってるってことだろ。お前と一緒に世界を回れば、面白れぇヤツといっぱいり合えそうなんだがね」

「……ホント、もっと色んな世界に行けたらいいのに」


 アリスは寂しげな声音で話を続ける。


「本来のミュール族は、世俗や魔族と交わることは禁じられていますの。私たちが持つ霊力は純度が高い分、悪影響を受けやすいから。誰かを救うための奇跡を起こせる分、厄災も起こり得るんです」


「じゃあ、普段は監視されてるってか?」

「ええ。いつも霊力を高めるための修行をさせられますの。『いかなる時も皆さんのお力になれるように』──とね」


「んな窮屈そうな場所、とっとと抜けちまえよ」

「許されないから困っているんです。確かに私を助けて下さった事に感謝していますが……」


「助ける?」

「ああ、此方の話です」


 慌てて首を振るアリス。それはさておき、まだ肉が焼けそうにないだろう。俺は焼き加減を見つつ、彼女に別の質問を投げてみる。


「旦那とはどう知り合ったんだ?」

「もちろん教皇さまのご判断ですわ。高貴な人間と契りを交わし、子孫を残す。それが……私の役目でもありますから」


「まあ、よくある話だな。お前が何度も抜け出す辺り、満足してなさそうだが」

「そ、そんな事はありません! ラウクさんは優しくてカッコ良いですし……この指輪をしている以上、『愛してない』なんて事は……」


「この際だから本当の事言えよ。俺は友達いねえから誰にも話さないし」

「それは…………」


 俺は、彼女を『バカ』と思わざるを得なかった。本当はやりたい事があるはずなのに、周りの目を気にする余り行動がだ。どうせ種族も異なるのだからどうでも良かったはずなのに、苛立ちすら覚える。


「……好きでもないヤツとくっつけられて、何が愉しい?」

「き、決めつけないでくださいっ! あなたが思うほど、彼に不満などございませんわ!」


「んな事があり得るか。そんだけ一緒にいたら喧嘩の一つや二つぐらいするだろ」

「そんなこと、しませんわ……喧嘩、なんて……」


「それも、お前が我慢してるだけだな」

「うっ……」


 図星、か。


 さて。ようやく焼けたところで木の棒を火から離す。先程の肉は赤みが薄れ、程よく茶色がかっていた。

 だが俺がその肉を口の中に放り込もうとした時、アリスの目つきが突然鋭くなった。


「アレックスさん。命を“いただく”のですから、一言告げるべきですわ」

「……わかったよ」


 旦那にはぜってえ言わねえくせに、なんで俺には煩く言うんだよ。

 癪ではあるが、理にかなってない事は無いので仕方なく聞き入れた。


「いただく」


 今度こそ口の中に入れた時、不思議な気持ちが溢れ出した。いつもは黙って喰ってたのに、命を“もらった”という感覚が俺の全身を駆け巡る。噛めば噛むほど、そいつの魂が組み込まれる気がするのだ。

 それなら……悔しいが、これぐらいの挨拶はしようと思ったよ。悔しいが。


「それでは、いただきます」


 アリスが持つ肉もちょうど焼けたようで、唇を尖らせてから息を吹き掛ける。熱を逃した矢先、口を大きく開けて豪快にかぶりついた。

 それから幸せそうに頬を動かし、最後はごくんと飲み込む。頬が桃色に染まっているのは、おそらく火熱のせいだろう。それも相まって、彼女のラフな一面が垣間見えた気がする。


「美味しい!」

「だろ?」

 その頃の俺は、余った肉をもう一度焼いていた。ひと通り焦げ目が付くと、肉を刺した木の棒をアリスに差し出す。


「ほら」

「良いんですか?」

「ああ、今日の俺は機嫌が良いからな」


 彼女の事だ。きっと串を両手で受け取──


「えっ?」

「ふぁああ!! はふぃっ!!」


 こいつ、そのまま頬張りやがった!? 熱を逃さなかったせいで、瞳に涙を浮かべる彼女。それでもなお頬を上品に動かし、咀嚼音をはっきりと響かせる。

 程なくして飲み込む音がまた聞こえると、すぐに笑顔に戻ってこう言った。



「これ……好きです」



 刹那、俺の胸が弾けた気がした。

 その無邪気な表情は、まるで己の責務を忘れたかのよう。何なら、その『好き』が俺への告白だと錯覚してしまう。


 ついに串が手から滑り落ち、距離を詰めてしまう。彼女も此方に気付いたのか、大きな碧眼で俺を見つめてきた。


 流れるような白銀の髪を持つ女──アリス。

 女を知らないできた俺にとって、そいつがどれだけ美しかった事か。


 だけど、灯りは彼女の左手を輝かせた。

 薬指に嵌められた銀の指輪は、あの篝火のように嫉妬心を燃え上がらせる。


 耐えきれなくなった俺は。

 彼女の肩にこの手を載せ、綺麗な顔に近づいた後──



「それだけは……ダメ!」



 アリスの頬がさらに赤くなり、俺の手を振り払う。けれど、この時だけは彼女の高鳴る心臓音が聞こえた気がした。

 そして──


「あっ、おい!」


 彼女は何も言わぬまま、俺の前から走り去ってしまう。俺は引き留めようと立ち上がったが──その頃には影が小さくなり、最奥の森に呑み込まれる。

 此処で力を使えば追えるのに、何故か足が棒のように動かない。横に伸びる天の川の下、ぱちぱちと小枝を燃やす音が聞こえるだけだ。


 俺は、こう口にせざるを得なかった。

「いくじなし」と──。








「くっ……!」

 追憶の反動か、再び頭痛に苛まれる。片手で頭を押さえる傍ら、俺はある直近の出来事を思い出した。


『アノ人と私ノ邪魔ヲすル人ハ、皆許サなイ!!』


 それは、シェリーがティトルーズ城の庭で暴走した事だ。『純度が高い分、悪影響を受けやすい』というのが本当なら、シェリーがのも納得いく。

 三年もの未練が災いと為したのか、俺らに銃を向けたシェリー。思い出しただけで今でも胸が痛む。今度は俺のせいで同じようにならないか、少し気がかりでもあった。


「……うん?」


 指の腹をふと紙面に滑らせた時、強い筆圧が触覚に訴え掛けた。

 何かに執着するような走り書きが、俺に興味と不安をもたらす。果てまでは脂汗が皮膚を伝い、指先を小刻みに震わせた。


 だが、葛藤も束の間だ。ついに興味が勝り、恐る恐るページを捲ってしまう。

 そしてそこには──目を見張る語句が隙間なく羅列されていた。




(第五節へ)






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