粉雪が風に舞い、緑豊かな草木が白く染まろうとしている。黄枯茶のコートに身を包み、辺境の草原に辿り着いた俺は、灰色の空の下である人物を待っていた。
しかし──待ち人の表情には翳りがあり、その蒼く大きな瞳からは雫がこぼれそうだ。
その理由は判っている。俺はコートのポケットに入れていた片手を差し出すが、彼女はその手を振り払った。
「触らないで……」
震える少女の声が俺の胸を突き刺し、ある記憶を呼び覚ます。
彼女がその言葉を初めて放ったのは、俺が着任したばかりの頃。だが今は、あの頃と違って肌を重ねる程の間柄だ。
それなのに──彼女は俺から目を逸らし、唇を噛むだけ。流れる蒼髪に絡む雪を払おうとして、思わず手を下ろしてしまう。
何も言えぬまま口を開けていると、彼女は言葉を続けた。
「もう、嫌なんです。どんなにあなたが愛してくれても、私は二度と言葉を交わせないの。その唇だって──」
視線を下ろす彼女の瞳から大粒の涙が溢れる。
本当はその涙も拭ってやりてえのに──もう叶わねえのか?
四ヶ月前、あの男に全てを壊された。
俺と彼女の関係はヤツの嫉妬を買い、彼女が囚われた。
けれど、『助けて終わり』と片付くほど容易な話ではない。
身体に刻まれた存在が愛を蝕み、彼女を孤独に追い込んだのだ。
だから俺の胸中は、そいつへの殺意に支配されていた。
もはや国のためではない。自分のためだ。
「……必ずあいつをぶっ殺す。だから、それまでは耐えてくれねえか?」
「…………無理よ。だって……だって、彼は──!」
「話を聞いてくれ。俺に考えが──」
「来ないでっ!!」
両手で彼女を抱き締めようとした刹那、強く突き放されてしまう。
それだけでは無かった。
「私に近づけばどうなるか、判ってますの!?」
彼女の手中に収まるのは、一丁の魔力変換銃。ハンドガンの形をしたそれは俺を捉え、全ての思考を掻っ攫う。
頭の中が真っ白になった俺は、ただ恋人の名を呟くほか無かったのだ──。
「シェリー……嘘だろ……?」
「私と別れて下さらないなら……あなたとこの心を殺し、魔物として生きるまでですわ」
やめろ。やめてくれよ。
お前の口から『別れる』なんて言葉は聞きたくない。口にしたくも無いんだ。
長い時を超え、やっとお前と巡り会えたってのに……なんでそんな事が言えるんだよ……。
「……俺は端から魔族だ。ならば、共に魔物として生きれば良いじゃねえか」
「それではダメなの……どんなに一つになっても、私の宿命は変わりませんから……」
銃を持つ手が震え、端整な顔が涙で濡れていく。
これ以上近づけば撃たれるのだ。
それでも俺は──!
地面を蹴り、決死の覚悟で彼女に近づく。
また失っても良い。
あの頃のように、熱い口づけを交わしたいんだ──!
その想いで駆けた矢先。
「いやぁああぁああ!!!!」
悲鳴と共に、無機質な咆哮が鼓膜をつんざいた。
ついに意識を奪われ、灼けるような痛みが胸中に広がっていく。
そして──俺はようやく気づいた。
今までが、“終わりの始まり”だったという事を。
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