騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

【第二部】

序 引鉄

公開日時: 2021年8月11日(水) 12:00
文字数:1,229

 粉雪が風に舞い、緑豊かな草木が白く染まろうとしている。黄枯茶きがらちゃのコートに身を包み、辺境の草原に辿り着いた俺は、灰色の空の下である人物を待っていた。


 しかし──待ち人の表情にはかげりがあり、その蒼く大きな瞳からは雫がこぼれそうだ。

 その理由は判っている。俺はコートのポケットに入れていた片手を差し出すが、彼女はその手を振り払った。



「触らないで……」



 震える少女の声が俺の胸を突き刺し、ある記憶を呼び覚ます。


 彼女がその言葉を初めて放ったのは、俺が着任したばかりの頃。だが今は、あの頃と違って肌を重ねる程の間柄だ。

 それなのに──彼女は俺から目を逸らし、唇を噛むだけ。流れる蒼髪に絡む雪を払おうとして、思わず手を下ろしてしまう。


 何も言えぬまま口を開けていると、彼女は言葉を続けた。



「もう、嫌なんです。どんなにあなたが愛してくれても、私は二度と言葉を交わせないの。その唇だって──」



 視線を下ろす彼女の瞳から大粒の涙が溢れる。

 本当はその涙も拭ってやりてえのに──もう叶わねえのか?


 四ヶ月前、あの男に全てを壊された。

 俺と彼女の関係はヤツの嫉妬を買い、彼女が囚われた。


 けれど、『助けて終わり』と片付くほど容易な話ではない。

 身体に刻まれたが愛を蝕み、彼女を孤独に追い込んだのだ。


 だから俺の胸中は、そいつへの殺意に支配されていた。

 もはや国のためではない。自分のためだ。


「……必ずあいつをぶっ殺す。だから、それまでは耐えてくれねえか?」

「…………無理よ。だって……だって、彼は──!」


「話を聞いてくれ。俺に考えが──」

「来ないでっ!!」


 両手で彼女を抱き締めようとした刹那、強く突き放されてしまう。



 それだけでは無かった。



「私に近づけばどうなるか、判ってますの!?」



 彼女の手中に収まるのは、一丁の魔力変換銃。ハンドガンの形をしたそれは俺を捉え、全ての思考を掻っ攫う。

 頭の中が真っ白になった俺は、ただ恋人の名を呟くほか無かったのだ──。


「シェリー……嘘だろ……?」

「私と別れて下さらないなら……あなたとこの心を殺し、魔物ケモノとして生きるまでですわ」


 やめろ。やめてくれよ。

 お前の口から『別れる』なんて言葉は聞きたくない。口にしたくも無いんだ。


 長い時を超え、やっとお前と巡り会えたってのに……なんでそんな事が言えるんだよ……。


「……俺ははなから魔族だ。ならば、共に魔物として生きれば良いじゃねえか」

「それではダメなの……どんなに一つになっても、私の宿命は変わりませんから……」


 銃を持つ手が震え、端整な顔が涙で濡れていく。

 これ以上近づけば撃たれるのだ。


 それでも俺は──!

 地面を蹴り、決死の覚悟で彼女に近づく。


 また失っても良い。

 あの頃のように、熱い口づけを交わしたいんだ──!


 その想いで駆けた矢先。



「いやぁああぁああ!!!!」



 悲鳴と共に、無機質な咆哮が鼓膜をつんざいた。

 ついに意識を奪われ、灼けるような痛みが胸中に広がっていく。



 そして──俺はようやく気づいた。

 今までが、“終わりの始まり”だったという事を。






読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート