騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第九節 疾風の咆哮 ~柳緑の花姫、希望を射よ~

公開日時: 2021年10月27日(水) 12:00
文字数:5,256

 じゅの神殿 中枢部にて、俺たち純真な花ピュア・ブロッサムはついにアーサーと対峙。始めに俺が挑むも、彼は持ち前のスピードを活かして凌いできた。彼の標的は、自身を城内の地下牢に閉じ込めたマリアだ。俺はすぐに立ち回り、彼女へのダメージを肩代わりした。

 シェリーはそんな俺を受け止め、霊術で傷を癒してくれた。その一方、声を取り戻したエレとその妹ヒイラギがアーサーの前に立ちはだかる。


「お主らの信念、この武で推し量ってしんぜよう」


 左に立つヒイラギは刀を構え、隣のエレが翠の翼で羽ばたく。先手を打ったのは、封印を解いたダークエルフだった。


「やぁぁあぁああ!!!!」


 ヒイラギが突進し、刀を素早く振り回す。その傍ら、エレは一本の矢を射た。矢はたちまち分裂し、弧を描きながらアーサーの元へ向かう。しかし彼は姉妹の攻撃をことごとく躱し、四肢から風の弾を幾つも放った。

 ヒイラギは、自身らに迫る前に全ての弾を分断。時にエレの放つ矢は爆風を起こしたものの、標的を挫く事は決して無かった。


「くそ、なんて素早いんだ!」

「アレックス様を凌ぐだけの事はあるわね……! でも、絶対に負けられない!」


 エレが着地すると、今度は姉妹でアーサーを囲う。彼が「ほう」と鼻を鳴らす中、エレたちは呪文を詠唱した。


風の炸裂エリアスプロージモ!」


疾風はやての爆裂!」


 エレが先に風の球体を、ヒイラギは後から同様の魔法を放つ。タイミングを遅らせる事で混乱を招くはずが、結果はさして変わらず。それから二人は複数の刃を撃って弾幕を張るが、アーサーはエレの異変を見逃す事は無かった。


「くっ……魔力が……!」

「エレ! 受け取って!」


 魔力を消費したエレがふらつくと、マリアは声を張り上げ魔力回復剤を放り投げる。だが放物線を描く瓶は、獅子男の鉄拳によって粉砕されてしまう。瞬時に移動する彼は、そのままヒイラギたちを回し蹴りで蹴飛ばした。


「うあぁぁあぁぁ!!」

「きゃぁぁぁあぁ!!」


 二人は離ればなれとなり、各々の背が石畳に打ち付けられる。衝撃が強すぎたせいか、彼女らが立ち上がる気配は無かった。

 アーサーはスピードのみならず、力も持ち合わせている。仮にマリアが防御壁バリエラを張ったとしても、場合によっては打ち負けてしまうだろう。展開する範囲も限られており、現状では誰かが犠牲になってしまう。


 その懸念を実現させるように、彼は拳で地を強打。周辺にある瓦礫が浮遊すると、直線状に向かって破片たちがこちらに襲い掛かってきた。


「危ない!!」


 シェリーが声を荒げ、片手を前に突き出す。いくつかの瓦礫が彼女の眼前に迫る刹那、空間が波紋を描いて襲撃を阻んだ。

 それはマリアやエレ達を襲う瓦礫も同じであり、全ての破片が一時停止してから静かに落下。この間に俺は起き上がり、シェリーの前に立って長剣を構えるが──。


「ぬあぁっ!!」


 風となったアーサーが俺を、そしてシェリーの身体をも吹き飛ばす。俺が受け身を取って彼女の方へ視線を向けた時、最悪な光景が広がっていた。


 獅子男がとめどない速さでシェリーを殴打し、真下へ叩きつける。その瞬間、彼女の身体から骨を折るような音が響き渡った。


「う……ぐっ……!!」

「シェリー!」


 どうやら彼女は、右腕を骨折したようだ。俺は高度治癒薬ハイポーションを差し出そうと真っ先に彼女の元へ降り立つが、突如出現した岩の壁によって阻まれてしまう。

 しかし、強敵の攻撃をも凌ぐ女はまた一人いた。



「あたしが行くわ!!」



 岩の壁に向かって全力疾走するマリア。四肢に宿る炎は、焔神えんしんフラカーニャから得た契約奥義。それは彼女の敏捷性を高め、壁を易々と飛び越えさせた。

 俺はその隙にアーサーとの距離を詰め、剣を斜めに払う。案の定彼は後方へ跳躍するが、刃は数本の毛束を切り裂く。再び大樹を操る事で無数の枝が俺を襲うが、同じ手に何度も嵌まる自分なんかではない。


「どうした? さっきもそれやったよな?」


 俺は次々と枝を分断し、時に氷撃ギアーレを混ぜ込む。氷の弾を不規則に放つ事で、一応は牽制として成立しているようだ。

 ようやく此処で形成逆転か。シェリーの治療を終えたであろうマリアは、音も無くアーサーの背後に回る。そのまま拳を突き出すと、彼の全身が焦がれ始めた。


「おぉ……っ!」

「まだまだよ!」


 アーサーが怯むうちに、マリアは次々と武術を繰り出す。えんのエレメントが宿るそれは、アーサーをさらに焼き尽くしたのだ。

 俺は、花姫フィオラの魔法が味方に効かないのを良い事に再び彼の元へ接近。ついに彼の腹筋に傷を刻む事に成功した。


「ぐふぅ!!」


 腹部に走る傷から血が流れだす。それから左胸を切先で貫くと、生臭い飛沫が俺の顔に掛かった。


「俺らの力、これで判ったろ。さっさと降参して牢に戻るか、此処で生き地獄を味わうか選びな」

「……儂は、決して……」


 吐血しながらも言葉を発するアーサー。その時、背後にいるシェリーが俺たちを呼び止めた。


「下がって!!」



 けたたましく響くアーサーの咆哮。

 それは俺とマリアの身体を吹き飛ばし、全身にただならぬじゅの氣を纏い始めた。



「い、て……」

「もう、しぶといわね……!」


 石材によって擦れた衝撃が、痛覚に訴え掛ける。俺たちが痛みに悶える中、アーサーは追い打ちを掛けようとしていた。


「何度挑んでも無駄だ。お主らは此処で果てるがよい」


 くそ、何でこんな時に身体が動かねえんだよ!

 このままじゃ、俺たちが全滅しちまう……!


 アーサーの身体が宙に浮き、両手に氣を収束させる。風圧が拳に集まる事で、空気も獣の如く唸り始める。

 そして風の力が振り下ろされようとした時──二つの影が急速に降りてきた。



「そこまでよ!!」



 ……声の主は、アイリーンだ。しかし、彼女はアンナと一緒に城で療養していたはず。それが何故……?

 この地に降り立った存在たちこそが、答えだった。



「後はボクたちに任せて!」

「……此処に来て、救援とはな」



 俺から見て右に立つのは、何も持たぬままのアンナ。

 隣には、赤橙のウェーブヘアーを揺らすアイリーン。


 開花した花姫フィオラたちの後ろ姿は、強い意志を秘めるように堂々としていた。

 その際、アイリーンはエレに向かってこう訴える。


「エレ、樹神じゅしん様に強く願いなさい。『邪悪な存在を滅ぼすための力が欲しい』と──!」

「……はい!」


 エレは痛みを堪え、両足で地を踏み締める。それから両手を重ね天を仰ぐと、必死そうに瞼を閉ざす。彼女はきっと、アイリーンの言葉通り樹神に祈っている事だろう。

 願いが届いたのか、女神像に埋め込まれた深緑のオーブは輝きを増し、麗しき声が頭上から響き渡る。あらゆる攻撃を凌いできたアーサーでさえ、その奇跡を止められぬようだ。



「貴女の勇姿、この眼で見届けさせて頂きました」



 緑がかった黄金の髪を揺らし、白のドレスを身に纏う女性。彼女こそが樹神ウェンティーヌだ。閉ざされた瞼も、エルフのような長耳も、扉に刻まれた肖像とほぼ一致している。このような光景を目の当たりにしたのはもう三度目だが、未だ慣れず仲間ともに唖然とする他無かった。

 その一方、アイリーンたちは樹神の存在に揺さぶられる事無く、アーサーと対峙する。


「もう十分に暴れたでしょう? アンナ、自分たちの手であいつを止めるわよ!」

「うん!」


「相手にとって不足なし。掛かって参れ」

「言われずとも!」


 普段は物腰柔らかなアイリーンだが、元々は勝気な性格である事が窺える。草木を揺らす程の速さで突進──したと思えば、視界にが生じる。彼女が繰り出したのは、げつ魔法による分身だった。

 二人のアイリーンは酷似しており、どちらが本体か俺も判らずにいる。挟撃されたアーサーは籠手や義足を用いて攻撃を受け止めるが、曖昧なリズムによって徐々にペースを崩されているようだ。


「喰らえぇ!!」

「これは陛下たちの分よ!」


 アンナがよう魔法を放ち、アーサーの頭上に雷を落とす。

 彼が感電した瞬間──アイリーンは分身を消し、全身に拳を叩き込んだ!


 時を同じくして、エレもそろそろ契約を結ぶ頃だろう。

 視線を移すと、代償の痛みに耐え切れず跪くエレの姿が在った。樹神は変わらず使役者を見つめ、穏やかな声音で言葉を紡ぐ。


「《柳緑の花姫エレ。貴女に私の力を授けましょう》」

「っ……!!」


 エレが助けを求めるように片手を伸ばす。……否、収束する光の筋を見る限りだと、何かを召喚しているようだった。

 光の粒子は一本の巨大な矢に変わり、姿を現す。金色のやじりに土色と白の羽根を持つ矢には、生命が宿っている気がした。


「貴女の手で射止めなさい。眼前の邪を……この世に蔓延る、恐怖を……」


 その言葉を最後に樹神が掻き消え、エレが立ちあがる。

 アーサーが未だ感電に苦しむ最中さなか。エレは大きく前方へ跳躍し、矢を放った!


「皆様、伏せてください!」



 ……矢から生命を感じる理由が判った。

 そう、彼女が放つ契約奥義は──



「《鷹神ようじんよ! 疾風となり、彼の者を吹き飛ばせ!!》」



 矢がエレの指先から離れた刹那。シャフトが鳥のような姿に、羽根部分が翼に変わる。脚部に鋭い爪を持つ巨体は、鷹そのものだった。


 鷹神に姿を変えた矢は、アーサーに向かって猛突進。これはもはや、隕石が落ちるような速度だ……!!


「皆、早くこっちへ!!」


 俺たちはマリアの指示に従い、一斉に彼女の元へ駆け寄る。エレを除いた全てのメンバーが結界の中で集った瞬間、鼓膜が張り裂けそうな轟音が塔内に響き渡った。


 まさに鷹の咆哮。

 並々ならぬ風圧は獣人を打ち上げ、壁の随所に亀裂が走る。マリアは「絶対に離れないで!」と叫ぶが、早速耳を持たぬ者が現れた。


「ベレさん! 何処へ行くつもりですの!?」


 シェリーは結界から飛び立つヒイラギに向かって叫ぶが、当の本人は一切答えない。暴風の中でヒイラギは、扇子を片手に力強く振り下ろした。


「ヤツを……捕えろ!!」


 石畳が崩れ、露わとなる土から蔓が芽生える。蔓は風に煽られながらも触手のように生え出し、未だ宙に浮くアーサーの身体を縛り付けた。


 どうやら、アーサーに抗う力は残っていないらしい。四肢を縛られた彼の首がだらりと下がり、身体を包み込む樹の氣はとうに消えていた。

 ヒイラギは彼に近づき、刀を引き抜く。刃を水平にして彼の顎を持ち上げると、勝ち誇るように問いただす。


「さあ、どうしてくれようか?」


 相手は不死の武闘魔術師だ。そのまま首を貫けば、更なる生き地獄が待っているやもしれない。

 ダークエルフが刀を顎から離し、両手でを握り締めた時だった。



「もういいわ、ベレ」



 妹を諭すように、静かに呼びかけるエレ。彼女は慈悲深い表情をアーサーに見せ、獣の手を優しく取る。それを見たヒイラギは、どうやら納得が行かない様子だ。


「な、何でだよ! 元はと云えば、こいつが姉貴の声を──」

「良いの。彼もきっと、暗闇の中を走っていたでしょうから……」


 エレは、自分たちの境遇を思い出したのだろう。異端者扱いされた妹と共に故郷を抜け出し、オークの暴行から逃げ切った過去を。妹を持つからこそ、亡くした悲しみを汲み取ったに違いない。

 アーサーが次に放つ問いは、復讐に対する諦念とも取れた。


「……お主、何故なにゆえとどめを刺さぬ?」

「あなた様は、妹様の分も生きねばなりません。ただそれだけなのです」


 果たしてアーサーは降伏を決意したのか。

 それとも──。



「…………恩に、着るぞ。吟遊詩人……」



 おとこの震える声に偽りは無い。エレは温かな眼差しを獣人に向けた後、ヒイラギにほどくよう指示をした。

 アーサーが地に落ちそうになった瞬間、シェリーが霊術で受け止める。解放された彼は満身創痍の状態で立ち上がると、何も言わずに忍のように去っていった。


「彼にはもう、枷など必要無いでしょう」

「そうね。あの感じだと、銀月軍団シルバームーンに戻る事も無いはず」


 アイリーンやマリアを始め、空を見上げる一同。あれだけ圧し掛かっていた雲はいつの間にか去り、水色と乙女色のグラデーションが広がっていた。

 暫しの無言が続く中、アンナがある異変に気付く。彼女が見つめる先──壁に彫刻された樹神像の前でオーブが浮遊していたのだ。


「み、見て!」

「まさか、オーブが自ら使役者の元へ……!?」


 シェリーが驚くのも無理もない。これまでのオーブは、彼女を介する事で回収することができた。だが、じゅのオーブは意志を持つようにゆらゆらと舞い、エレの手元に収まる。エレは深緑の宝石を握り締めると、俺たちの元へ降り立った。


「……そろそろ、参りましょう。これ以上長居しては、樹神様の邪魔になってしまうのです」

「そうだな。今晩はこの周辺の宿に泊まるぞ」


城下町フィオーレほど豊かじゃないけど、あなた達にとって居心地の良い場所になるはずよ」

「じゃあ、楽しみにするね! はぁ、疲れちゃったから美味しいのいっぱい食べるぞー」


 アンナが伸びをする事で、張りつめた空気が一気に朗らかになる。……特に俺とシェリーは、過去の世界に放り込まれてシエラや兄貴と戦ったんだ。一緒に風呂に入ってゆっくりしたい。


 俺たちは翼を翻し、鉄塔を抜け出す。

 向かう先は風の町ウェンティーヌ。そこで待つのは、フィオーレには無い美しい景色と──新たな厄災の予兆だった。




(第十節へ)






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