騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第六節 扉の先で待つもの

公開日時: 2021年9月17日(金) 12:00
文字数:4,590

 飯を終えたところで探索を再開。えんの神殿のやや狭い通路を渡ると、左手に扉があった。ドアノブを回して押してみるが、幸い鍵は掛かっていないようだ。

 念の為ゆっくり扉を開けてみても、魔物の気配はない。視界に広がるのは少し開けた部屋で、小休止にも役立つだろう。ちなみに僅かな隙間から光が差し込むため、よう魔法を使わなくても十分に目視できる。


 ふと視線を右に移すと、年季の入った服に身を包む骸骨が横たわっていた。スケルトンのような魔物というより、ただの白骨化した死体である。いつから在ったのかわからないが、とりあえず中に役立つ物が無いか探ってみよう。


 俺は倒れる骸骨の前で膝を折り、くたびれたコートのポケットに手を入れてみた。男の手首もすんなり入る大きさから、探索用の上着であることがわかる。

 意識を研ぎ澄ませて探ってみると、皮膚が粗目の紙に近いものを感じ取った。指先で正体をつかみ取り、引っ張るように取り出す。


「これは……」

 俺が思わず声を漏らす……程の事でもないが、とにかく巻物が現れた。大きくくるまれた紙を細い紐で結んでいる。


「読んでみますか?」

「そうだな。何かに役立つかもしれん」


 シェリーが俺の近くに立ち、首を傾げる。彼女らが見守る中、早速紐をほどいて開いてみた。筆記体で記された巻物から、げつの強い氣を感じ取る。


 この書を開き、幻聴ファンチェと唱えよ。

 さすればの者をただちに狂わすだろう。


「これは、魔力が無くても詠唱できるヤツね。その場でしか使えないけど」

「この手の巻物には、紙そのものに魔力が込められていると聞くのです。どちら様が持ちます?」

「じゃあ、エレちゃんに託そう」


 俺はエレに巻物を手渡した後、別のポケットにも手を入れてみる。すると、今度はひんやりとした小さな金属物も在る事に気づく。


「何かありそうね」

「鍵だ。それも、随分と凝った作りだよ」


 鍵の取っ手には、焔の紋章が描かれている。この紋章を見た時、入口付近にあった鉄の扉が脳裏をよぎった。そこで俺は、部屋の隅々を見回すマリアとアイリーンにも声を掛ける。


「そっちはどうだ?」

「こっちは何も無いよ」

「同じく。邪悪な気配も見当たりません」

「よし、さっさと此処を離れるとしよう」




 入口に戻ると、最初に見つけた扉の前に立つ。先程入手した鍵を穴へ通してみるが、無事すんなりと入ってくれた。


「そういや、げつの神殿にあった試練みたいなヤツが無いね」

「仮にあったとしても、罠である可能性は高いわ」

「試練という名の罠──考えただけで恐ろしいですわね」


 マリアとアイリーン・シェリーが会話する間に、解錠の音が響く。それでもなお、扉は俺らの入室を許さなかった。

 扉の表面に赤い魔法陣が灯り、文字が浮かび上がる。そこにはこう記されていた。


 灼炎の狭間を通りしせいの者。汝の手を扉に差し出せ。


「もしかして、先程の罠の事なのです?」

「そのようね。アレックス、用心なさい」

「判った」


 俺は言われるがままに右手を差し出し、掌を扉に押し当てる。甲に刻まれた清の紋章が光る中、高熱が俺の手を包み込む。


「うあぁっ!!」

「隊長!?」

「大丈夫、だ……此処は俺の役目、だからな……!」


 耐えろ、アレクサンドラ。むしろ俺が清の使役者で良かったんだ……!

 熱は掌を焦がし、皮膚が爛れ始める。全身から汗が大量に噴き出る中、扉はようやく俺を認めてくれたようだ。


 魔法陣の光と共に、熱が一気に引く。扉から手を離し掌を見てみると、利き手は真っ赤に染まっていた。


「いま治しますわ!」


 シェリーが駆けつけ、俺の手を握り締める。互いの手が黄金の光に包まれると、右手の傷が急速に癒えた。とめどない痛覚も消えたとき、俺はもう一度まっさらな掌を見つめる。


「さっきの事が嘘みたいだな……いつもありがとな」

「あっ……!」


 左手で彼女の頬に触れよう──としたが、シェリーの声で今は花姫フィオラたちと一緒である事に気づく。その間、マリアとエレの表情が一瞬だけ曇ったのは気の所為だろうか。

 すぐさま左手を離し、利き手でドアノブを回す。取っ手は酷く重いが、先程のやり取りを誤魔化すように意識を集中させた。


 取っ手を極限まで回し、ドアを引く。

 一ミリ、また一ミリと──。


──ギィィイイ。


 視界の先に広がるのは高熱の世界だ。尋常じゃない熱気の中、成人一人分しか通れないであろう狭い通路が続く。少しでも踏み外せば、マグマの湖へ落っこちてしまうだろう。両側で流れる灼熱の滝は、直視しがたい程の輝度を放つ。

 さて、どういう並び方で進もうか。此処はアンナに訊いてみるとしよう。


「アンナちゃん、どうする?」

「そうね……まずはアレックスが先頭、次にあたしとあなた、シェリーが真ん中。それからエレとアイリーンが最後尾でどう?」


「問題ございません。後方は自分たちにお任せを」

「この身体はマリアさんのものだし、火傷しないようにしなきゃ……」


「此処から落ちれば洒落にならない。常に飛行できるようにしろ」

「「はい!」」


 いよいよ一本道に踏み込むと、小さな石屑が湖へ落ちていく。パラパラと聞こえる軽やかな音が、命の軽さに直結するかのよう。これを暫く歩くのは心臓に悪いな……。


「こ、怖いのです……」

「しばしの辛抱よ。背筋を立てて」

 後方でエレとアイリーンが会話する。こういう状況でも冷静だと心強いものだ。


 果たしてどれ程歩いたのだろう。もう少しで比較的広い足場に辿り着


──ビュン!!


「くっ!」


 何かがくうを切り、自身の顔に迫る。即座に長剣で振り払うと、短く甲高い音を立てて明後日の方向へ落ちる。

 直後──


「わあぁ!!!」

 シェリーの悲鳴が聞こえたとき、彼女の片足は既に宙に浮いてた。


「シェリー!!」


 マリアが咄嗟に手を伸ばし、シェリーの手首を掴む。シェリーは荒くなった呼吸を整えると、自ら手を離して蒼い翼を翻した。彼女はそのまま通路へ着地し、「ご迷惑をお掛けしましたわ」と一同に声掛ける。


「アンナ……じゃなくてマリア、ありがとう」

「キミが落ちなくて良かったよ……」


 だが、次に迫る足音は俺達に猶予を与えなかった。

 現れたのは、弓矢を構えた三体のスケルトンに、燃えるような毛並みを持つ一体の猪。敵数こそ少ないが、足場が悪い以上苦戦を強いられるだろう。


 スケルトンが一斉に矢を放ち、俺達を牽制させる。ここは俺が凌ぐ番だ。


「はっ!」

 矢をこの剣で捉え、次々と粉砕。その時、赤い影が花姫たちに突進するのが見えた。


「行きます!」


 後方でシェリーが銃声を鳴らす。弾が着弾したのか、猪は豚のような鳴き声を上げて倒れたようだ。

 いや、今はスケルトンの処理に集中だ。俺は思い切って地面を蹴り、大きく跳躍。その間に大剣に持ち替え、着地と同時に骸骨どもを一気に切り裂いた。


 これで気配が消えるわけでもない。猪を倒して花姫たちも前進すると、赤い皮膚を持つ醜い大男が四体程やってきた。

 彼らはレッドオークと呼ばれる魔物だ。棍棒やくわなど長柄の武器を持つ彼らがぞろぞろと近づき、うち一体は口から涎を垂らしながら歩く。


 また、その後ろには古びたコートを羽織る男が佇んでいる。おそらく彼が呪術師であり、彼らを従えているのだろう。


「くくく……これだけ用意すれば、花姫どもをぶちのめせる」


 俺もあの野郎をさっさとところだが、先にオークどもを倒さないと彼女らに危険が及ぶだろう。


「アレックス、ボクも戦うよ」

「すまんな」


 俺とマリアは前に立ち、赤い怪物たちと対峙する。先に動いたのは棍棒を持ったオークだが、その一振りはマリアにかわされた。

 魔術師の肉体を持つ剣士は間合いを取ったあと、左手を振りかざす。


「喰らえ! 炸裂弾エスプロージモ!!」


 その手に宿る強い光は、大きな球を成して怪物に迫る。

 しかし、オークは光球を両断し、散らばった光を棍棒の中に注ぎ込んだ。


「無駄だよ。彼らの武器には君たちの魔法を吸収する力があるのだからね」

「魔法の吸収、ですって?!」


 声を上げたのは、魔力変換銃を武器とするシェリーだ。霊力も節制しなければならない彼女にとって、かなり不利だと悟ったようだ。


「隊長、ここは自分も出ます!」

「助かる。シェリーは補助を、他は援護に回ってくれ」

「わかりましたわ!」


 他のオークたちが後衛に向かって走り出す。鍬が振り下ろされる瞬間、剣を高く振ってを分断する。


──ヌゥウ!?

 混乱している隙に、切先でヤツの腹を貫く。これで一体は、為す術もなく倒れる事となった。


 向こうでは、先ほどの棍棒とアイリーンが攻防を繰り返している。壁に追い詰められる彼女だが、壁を蹴ってから一回転。幻影の鉤爪を以って、脳天を見事切り裂いたのだ。


 一方、残る二体もまた後衛を狙っているようだ。彼らは野太い雄叫びを上げ、彼女らに向かってなたと巨大な鉄槌てっついを下す。だが、それらの攻撃を防いだのはシェリーだった。


防御壁バリエラ!!」

 彼女の一声で広大な結界が展開され、二つの巨体が弾かれる。


 それでも、彼らはまだ屈しないようだ。オークたちは空中で受け身を取りつつ、各々の武器に魔力を宿す。

 奇声を上げながら襲うオーク達。俺が急遽シェリーらの元へ向かう中、背後から少年の声が聞こえてきた。


「無駄だよ!」


 足元に魔法陣!?

 いや、こんなの回避してしまえば


「っ!?」

 なんだこれ! 結界に囲まれて動けねえし、魔力がどんどん吸われていく……!?


「仲間たちがやられていく様を見てな!」

「よくも卑怯な真似を! お覚悟!」


 アイリーンは鉤爪を解除し、呪術師に向かって走る。

 しかし呪術師は体術を習っているのか、彼女の蹴り技を何度も躱す。加えて呪文を詠唱し、地面から衝撃波を放った。


「「きゃあぁっ!!」」


 闇の衝撃波はアイリーンのみならず、他の花姫たちを巻き込む。彼女らの身体が更に後方へ吹き飛ばされるが、幸い落下せずに済んだ。


「私達が、動かなきゃいけないのに……!!」

「……ここは、わたくしが」


 エレは立ち上がるや、声に凄みを込める。そして先程拾った巻物を広げると、息を大きく吸った。



「どいつもこいつも邪魔なんだよ……幻聴ファンチェ



──ズゥウゥウン……。

 オークたちの周囲にある空気が、歪な音を立てて波紋を描く。すると彼らは突如耳を塞ぎ、うずくまり始めたのだ。


「ぐああぁぁぁあああやめろおぉおおぉお!!!!! 俺は……俺は……!!」


 呪術師はおろか、オークらも呻き声を上げる。その呪文の通り、脳内に嫌な音が入り込むのだろう。むせび泣く辺り人間らしさがうかがえるが、ここで手加減すべきではない。

 それを最も理解しているのは、二面性のあるエルフだった。


暴風テンペスタ!!!」


 呪文の通り暴風が巨体たちを弾き飛ばし、マグマへ突き落とす。一見軟弱な呪術師だけが残るものの、彼は幻聴に苦しめられていた。


「うああぁぁあぁあ!! もうやめてくれぇぇえぇえ」


 先ほどまでの勢いは何処へやら、ついに尻餅をつきながらエレを見つめる始末。

 引き続き、エレは粗暴な口ぶりで呪術師を脅してみせた。


「そこのあんた、オーブのある場所を教えろ。あいつらみたいに火傷したくはないだろ?」

「は……はい!! 教えます!! 教えますからどうか!!! ああ、こ、これも解除しなきゃ!! ごめんなさいぃぃいい!!!」


 男は泣きながら、俺を取り囲む結界を解除してくれた。

 少しふらつくが、魔力回復剤を飲めば取り戻せると思いたい。


「で、では……こちらへ……」


 ただのみすぼらしい男へと戻った呪術師は、背後から漂うエルフの殺気を感じながらも道案内をしてくれた。




(第七節へ)






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