シェリーとアルタ街でボートを漕いでから数日後。ヴァルカが『服を買いたい』と云うので、シェリーを誘って城に赴く。既に門の前に立つヴァルカは黒い令嬢服がよく似合っており、ひざ丈のスカートから伸びた人工的な白肌は少女らしさをより強調した。
彼女とシェリーが目を合わせるや、丁寧に一礼する。
「ヴァルカさん、ごきげんよう」
「こんにちは」
二人のお嬢様(といってもシェリーは庶民だが)が対面する様は一見眼福だが、到着前にシェリーが話してくれた事を思い出すと少し複雑な気分になる。
遡ること数分前。城下町を抜けて城までの平地を歩いていた時、シェリーが『実は……』と切り出した。
『八か月前、ヴァルカさんは私の実家を襲撃しました。両親を人質に、私が銀月軍団の配下になる事を要求したんです。幸い両親は解放されましたが、あの頃がどうしても忘れられませんの』
『無理もねえさ。でもあいつは地道に思考を書き換えているし、俺からは色々教え込んでるつもりだ。買い物もあいつの願望だし、もう裏切る事は無いだろうよ』
『そう、ですよね……』
事前に電話で誘ったとき、シェリーは渋々応じた気がした。彼女と会うまで理由が判らずにいたが、そういう事情があるなら致し方ないだろう。だが、俺らが直属の戦士である以上、隊員たちの間で露骨に避けるのは品性に欠ける。元々マリアが発案した存在だからこそ、『少しずつ親睦を深める必要がある』と考えたのだ。
俺の誘いは半ば強引ではあるが、シェリーの立ち振る舞いから『もう一度信じよう』という思いが伝わってくる。
その時、ヴァルカはもう一度シェリーに深々と頭を下げた。
「シェリー。かつてあなたに無礼を働いた事、深くお詫び申し上げます」
「えっ……?」
シェリーは驚く様子だが、徐々に頬が緩んでいく。それから彼女はヴァルカに手を差し伸べ、女神のような笑みで過去を赦すようだ。
「……あなたが撤退したおかげで、両親は今も無事ですわ。これからは共に護っていきましょ。大切な居場所をね」
「承知」
ヴァルカは表情筋を微動だにしない代わりに、シェリーの手を握り締める。これで仲良くやってくれたら俺も嬉しいさ。
さて、そろそろフィオーレに連れて行こう。俺が先頭を切って歩くと、シェリーらは話に花を咲かせたようだ。
──フィオーレ。
彼女らと会話しながら歩けば、あっという間に着く。鉄骨やレンガで造られた建築物は相変わらず混沌な印象を与えるが、同時に安心感を覚える自分がいた。
一方で、背後の人形たちを見ては振り向く者たちも絶えなかった。俺がその二人を率いるのだから、彼らの反応は言うまでもない。だからといって二人だけで行かせるのも、それはそれで心許なかろう。
適当に街中をまわっていると、桃色珊瑚のような色の建物が目に留まる。それはヴァルカも同じようで、アーチ窓の奥に飾られたマネキンをじっと見つめていた。
いつぞやのファッション誌で見たような、薄紫色の令嬢服。色素を失くしたブロンズヘアーも併せて見ると、やはり儚げな印象があった。
その隣を見れば、乙女色の髪を伸ばしたマネキンだ。彼女が着る水兵型の服も濃いピンクで、胸元の白く大きなリボンが人目を引かせる。もも丈のプリーツスカートから伸びる脚は、白いニーソックスで覆われていた。
「あ、かわいい!」
声を発したのはシェリーだ。ヴァルカの隣に駆け寄り、一緒にマネキンを眺める。彼女の存在に気づいたヴァルカは、シェリーの方を向いてこう尋ねた。
「シェリーの好み、ですか?」
「はい! マリアに憧れて、時々着ることもあるんです」
「良かったら今度着てくれよ。俺も見てみたい」
「それが……マリアに止められているんです」
「「どうしてですか?」」偶然にも俺とヴァルカの声が重なる。
「『可愛いお人形さんが悪魔に汚されちゃう』って……」
「汚される、とは?」
「……知らなくて良い言葉だ」
「まあ、今のあの子には大切な人がいますから……あくまで昔の話ですよ?」
マリアの心無い思考には傷つくが、シェリーの言う通り今は考えが異なるかもしれない。
そして、シェリーは衝撃的な真実を明かしてきた。
「私と会ってた頃、よくお洋服を作って下さいました。ただ、正直不気味なところもありましたわね」
「不気味?」
「あの子ったら、私のマネキンを使ってサイズを測っているみたいで……。髪の質や長さはもちろん、頭からつま先まで瓜二つですわ。それも三体ぐらい」
「その用途、絶対ロクでもねえぞ」
「うう……気持ち悪いですわ……」
シェリーが身震いするのも無理もない。確かに俺も彼女が好きだが、自宅にマネキンを置けば人間性を疑われるし欲しいとも思わない。これ以上広げると、ヴァルカが興味を持っ
「……って、いない!?」
窓に視線を向ければ、本人は既に店内にいた。何やら女性店員と話し込んでいるが、流されてないか心配だ。
俺が真っ先に店内に入ったとき、店員とヴァルカがこちらを見てきた。
「あら? 彼氏さんですか?」
「そうで──」
「待て!! 俺の彼女はこっちだ!」
「きゃあ!!」
悲鳴!? 確か俺の隣にはシェリーが──
違う。
俺が掴んでいたのは見知らぬ少女の腕だ。派手な黒服の彼女は肩を震わせ、怯えた様子で瞳を潤ませる。
刺さるような声が淡い空間で響いたせいか、俺もどうやら身体が動けないようだ……。まずい、こんなのシェリーに見られたら絶対に殺されるのに!
「せ、先輩の彼氏さん!?」
「なんでよ! こんなのあたしのタイプじゃないから! つか、いい加減離してくれる!?」
うげっ、女の子に真っ向否定されるのは流石にクる……。
「悪かった……そういうつもりじゃなかったんだよ……」
しかし、俺が腕を離した直後、何かで後頭部を殴られたような気がした。
やがてピントが合わなくなり、真っ暗な世界へ堕ちていく──。
「おはようございます、アレックスさん♪」
「げふっ!!」
俺の脇腹を蹴るなんざ、随分と過激な起こし方だ。瞼を開ければ恋人の笑顔が視界いっぱいに広がるが、こいつは間違いなく怒っている。俺の後頭部を殴ったのも、今しがた脇腹を蹴ったのも絶対に彼女だ。
というか、どれくらい気を失ってたのだろう。起き上がってみれば壁や天井・服までパステルカラーで構成されているし、ヴァルカたちもいるからまだ店内だと判断した。
「そんなところで寝てはお店に迷惑が掛かりますわ。さあ、早くお立ちになって」
「いや、その…………まあいいか」
殴ってきたのはそっちなのに、なんだこの理不尽な扱いは……。ここで揉めるのも大人げないので、さっさと気持ちを切り替えよう。
ヴァルカはまだ思考中のようだ。ハンガーに掛けられた服を取ってみては戻す、という動作を何度か行っている。あまり長い時間をかけるのもなんだし、ここは俺が背中を押してあげても良いか。
俺が彼女に近寄ると、「御主人様」と声を掛けられる。
「一緒に選ぼう。……つっても、俺も女の子の服はよくわからないから三人でな」
「感謝します」
俺たちが話す間に、既にシェリーは一列に並ぶ衣服を睨んでいる。あれは明らかにスイッチ入ってるな……。変に話し掛けないでおこう。
「どういう感じが良いんだ?」
「軽快な服装を所望します」
動きやすい服、か。ヴァルカも武器を握れば強いし、万が一も考えればその方が良いだろう。ちょうどここにある服はパーカーとかシャツばかりだし、何にしよう?
その時、シェリーがトップスを持ったまま俺たちの方に寄ってきた。
「こういうのは如何でしょう?」
そのトップスとは、白とピンクを背景に謎の模様をあしらったパーカーだ。黒い縁の中に赤や薄紫・水色などのカラーを落とし込むせいで、どんな模様なのかわからずにいる。
しかし、ヴァルカはその模様の正体を探るべく、ただただパーカーを凝視していた。それも、長いまつ毛が布に刺さりそうな距離で。
「スイーツ……」
彼女がボソッと呟いた一言が信じられず、俺も凝視することに。
よく見ればこれはケーキだし、その隣にあるのはマカロン。別の方にも目を向ければ、フルーツ味っぽいドーナッツが確かに描かれていた。
ヴァルカはシェリーから服を受け取り、大事そうに抱える。
「これ、着用します」
「良かった! では、スカートはアレックスさんに決めてもらいましょうか?」
「お、俺!?」
さっき『女の子の服はよくわからん』って言ったんだけど……やってみるか。
裏側に回り、スカートの一連を眺めてみる。水玉模様のそれに、学生を彷彿させるチェック柄のプリーツなど──どこか幼い印象を与えるボトムばかりだ。しかし友達の服を選ぶだけなのに、この気恥ずかしさは何処から来るのか。
考えろアレクサンドラ、このパーカーに合う色から選んでみるんだ。この色は良さそう? いや、違う柄同士は流石に違う……。だとしたら何だ……?
直感。
あるモノが目に付いたとき、俺の手が勝手に伸びていた。
それはスカートを膨らませるパニエらしきモノだが、流石の俺も“見せるため”だとすぐに判った。レイヤーごとに色が分かれているが、どちらかというとグラデーションに近い。例えるなら妖精の羽根──博物館でしか見た事ないが、美しい事に変わりは無い。
しばらく眺めていると、シェリーが覗き込んでくる。
「アレックスさん、本当にセンスが良いですね」
「そう、かな?」
この場で恋人に褒められるのは照れくせぇな。『何となく良いなぁ』と思って選んだだけだが……。
俺もヴァルカにスカートを渡すと、彼女はシェリーと一緒に試着室へ向かった。カーテンの生地が心なしか薄いので、背を向けて着替えを待つ。
果たしてどんな格好になるのか。シェリーには申し訳ないが、男としてもちょっと期待してしまう。
「マエストロ」
カーテンを開ける音と共に、ヴァルカは俺を呼びかける。
しかし、一瞬誰だか判らなかった。
ふだん黒い服を着てるヤツが明るいモノを身に纏うと、印象が変わるものだ。先ほどのスイーツ柄のパーカーに妖精風のパニエスカートという組み合わせは、想像以上に可愛らしい。顔を赤らめる様子も、本人がオートマタであることを忘れさせてくれる。
「似合って、ますか?」
「ああ。そっちの方が良いよ」
まるで、親に守られてきた少女が自立する瞬間を見ているかのよう。隣に立つシェリーも、ヴァルカに対し好意の眼差しを送る。そしてヴァルカは「ならば、購入します」と言って元の服に着替え、自ら店員に話し掛けに行ったのだ。
「戦うことを忘れたオートマタは、人間のようですわ」
「マリアの事だ、ただ兵器として開発する事に気が引けたんだろう」
自分から動くオートマタを見つめながら、俺とシェリーは期待を打ち明ける。支払いも円滑に進んだようで、一気に安堵に包まれた。
「本日はありがとうございました」
「どういたしまして。とても素敵でしたよ」
陽が沈む頃、俺たちは城へ向かっていった。ヴァルカは買い物袋の紐を肩に掛け、袋に手を添えながら歩く。
「本当は『パフェでも食いに行こうか』とも考えたが、それはまた今度な」
「パフェ、食ベタイ」
いかにも涎を垂らしそうな彼女を見れば、無下にはできない。近いうちに実現させてやろう。
しばらく歩いていたはずなのに、城の門扉がもう目の前だ。楽しい時間はあっという間に過ぎるなぁ。
「じゃ、俺たちはこれで」
「はい、これにて撤退いたします」
「またお会いしましょうね!」
俺とシェリーが手を振ると、ヴァルカも同じことをし始めた。ちょっとぎこちないものの、関節を動かす音から人間味を感じ取れる。彼女の影が城へ呑まれるにつれ、穏やかな静寂が再び訪れるのだった。
「それでは、私たちも帰りましょうか」
「おう」
周囲に知人の気配はない。俺はシェリーと指を絡ませ、彼女の家へと歩を進めた。
だが、その時──。
「…………っ」
「どうした?」
シェリーの表情が一瞬だけ歪んだ気がしたのだ。彼女は余る右手を左腕へ持って行こうとするが、すぐに下ろしてしまう。そして、何事も無かったかのように俺に微笑を見せた。
「大丈夫ですわ」
「例の箇所が痛むのか?」
「そんな事なくてよ。ちょっと疲れてるだけですわ」
本当に気のせいだろうか。
恋人は首を横に振るが、物憂げな様子がどうも拭えない。
「それでは」
「ああ、今日はお疲れ」
結局、俺には問い詰める勇気が微塵も無いらしい。
無事彼女を家まで送れたが、心の中に絡む靄は増す一方だった。
(第十七章へ)
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